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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

一寸魔王

作者: GODIGISII

 近づくだけで精気を吸い取られそうな異形の草木、一度足を踏み入れれば二度と抜け出せないような毒々しい沼、枯れ果てた大地の四方八方に転がっている獣の骨。どこを見てもそういったおどろおどろしい景色が広がっている。

 そんな瘴気で満ち溢れた土地にポツリと、これまた禍々しい城がそびえたっている。


 ――魔王城である。

 

 その魔王城の最奥部、歴代魔王が何代にも渡って勇者達との死闘を繰り広げてきた部屋である玉座の間にドカドカと駆け込んでいく者が一人。

 その者はシルエットだけなら人間と同じ形をしている。しかしながらそのシルエットを外して見た姿はとてもじゃないが人とは呼べない。青い肌、ギョロリとした一つ眼、優に3mを超える巨躯と鋼のような肉体。

 この者がこの城の主である魔王……ではない。



「魔王様ーっ! どこですかー!?」


 この一つ目の大男は魔王の側近であり、名をゼニスターという。

 ゼニスターは部屋を見渡して魔王の姿を探し始めた。


 この広々とした部屋にあるのは玉座と千里眼の力を持つ水晶と「街」しかない。街と言っても人族の子供がお人形遊びで使うようなオモチャの家を組み合わせた物である。


 ゼニスターはこの部屋に来る前に、部下と一緒に城中を探した。まだ探していないのはこの部屋だけだ。この部屋のどこかに魔王がいることを知っている。

 しかしこの部屋には、大人が隠れられるような場所など何処にもない。魔王について何も知らない者に捜させたとしたら、丸一日かけても見つけられやしないだろう。

 今からこの男がどうやって魔王を捜し出すかを見てみよう。 



 彼は一目見て、玉座と水晶の近くに魔王の姿がないことを確認すると街の方に寄り――


「――おはようございまーッす!!!」

 

 ミニチュアの街に向けて、大声で挨拶をした。


 数秒して、それに答えるかのように街の南にある一軒家のドアが開き、身長が3cmあるかどうかすら怪しい小人が出てきた。そして――


「うるせええええええええええええええーーーッ!!!!」


 ゼニスターの挨拶を上回る声量で吠えた。

 ――この小人こそ、魔王なのである。




「我とても気持ちよく昼寝していたのだが? 人生の楽しみを誰かさんにぶち壊された腹いせにこの世界をぶち壊したくなるのだが?」


 ゼニスターの指に乗せられて玉座に運ばれた魔王は悪態をついている。

 魔を統べるものとして圧倒的な力とカリスマ性を持ち、頭には二本の雄々しい角が生えているのだが……その背丈は一寸、3cmにギリギリ届くか届かないか程度しかない。故に陰では「一寸魔王」や「指乗り魔王」などと呼ばれている。


「やめてください」

「それで何の用だ? 早く教えろ、世界滅ぼすぞ」

「これを見てください」


 ゼニスターがすぐ側に置いてある水晶に手を取り、とあるものを映し出した。

 水晶に映し出されたのは、この魔王城に一直線に向かってくる勇者一行の姿であった。


「あー、勇者かー。夏なのに珍しいな」

「そうですねー」

「それでこれを見せてどうしろと? 我に倒せというのか?」

「はい」

「このレベルの勇者なら、門番のフーライ兄弟にも勝てないだろ。わざわざ我が手を下すまでもない」


 魔王城の門はディンフーとディンライという双子の巨人が守っている。いままで幾度も勇者一行や挑戦者達に地面を舐めさせてきた。そんな二人を魔王は信用しきっている。

   

「フーライ兄弟は現在帰省中です」

「……そうか、夏だものな」

「夏ですからね。ちなみに他の戦闘員もほとんど帰省しています。今現在この城にいるのは最低限の戦闘員と料理人だけです」

「一応聞くけど、四天王は?」

「四人で南国のリゾート地を周遊しています」

「……」


 勇者一行と戦う部下がいない事よりも、四天王の誰にも誘われなかった事について酷く落ち込む魔王。


「ま、魔王様、元気出してくださいってば。私がいますから!」

「ゼニスター、お前も誘われなかったのか?」

「それは……」

「正直に話せ」

「私も誘われました」


 自分だけ誘われていないという事実を知ってさらに落ち込む魔王。ゼニスターの目にはただでさえ小さい魔王の姿が、普段の半分以下の小ささに縮んで見えたことだろう。 

 

「それでその、勇者一行についてですけど……」

「ああ、軽く殺ってきていいよ。我最近、膝や肘なんかの関節が痛むせいで、あまり無駄な動きをしたくない」

「嫌ですよ。私手加減できないので蘇生魔法が使えないくらいぐっちゃぐちゃにしちゃいますって。今夜の肉料理が勇者一行になっちゃいますよ?」

「……我を屋上に運べ」

「了解しました」



 いつものようにゼニスターに運ばれて屋上までやって来た魔王。その蟻の頭ほどの小さな目が見据えるのは、はるか遠くを歩く勇者一行。


「まだ何kmも離れているはずですけど、見えますか?」

「おう、視力20を舐めるなよ」

「それでは、お願いします」

「勇者と戦士と僧侶の三人パーティーか。ならば僧侶だな。――レッドブレット」


 魔王の指先から赤い魔弾が放たれた。そしてそれは2km先の僧侶の心臓を貫いた。小さくともさすがは魔王といったところか。途轍もなく精密な魔力操作である。

 勇者と戦士は突然胸に穴が空いて死んだ僧侶を担いで、大急ぎで来た道を引き返していった。

 千里眼の水晶でその場を見ていたゼニスターが魔王を褒め称える。


「さすが魔王様、やる事が小さい」

「違う違う。奴らに城に入られて、無駄に部下を殺されたら困るのだ。最低限の力でそれを防いだ我はデカい事を成し遂げたと言っても過言ではない」

「そんなもんですかねー」

「そんなもんだ」



 

 夏の暑さも衰え始めて、帰省から帰ってくる者達が増えてきたある日のこと。


「――おはようございまーッす!!!」

「うるせええええええええええええええーーーッ!!!!」


 いつものようにミニチュアの街に眠る魔王を起こすゼニスター。


「またか? また勇者なのか? これで八組目だぞ? 今年の夏は異常すぎやしないか? というか四天王はまだ遊びまわってんのか? 夏休みギリギリまで遊んでるつもりなのか?」

「今の全ての質問に対して、肯定します」

「あぁもうッ! あったまきた!! 腹いせに勇者一行の内一人を残して全員にハートショットしてくれるわ!!」

「それなんですが……。とりあえず水晶を見てください」


 水晶に映っていたのは勇者、戦士、魔法使い、僧侶と、平均的な組み合わせの勇者一行であったが――


「うわぁー……ガチ装備じゃん」

「そうなんですよ」


 伝説級の装備で身を固め、いつ襲われてもいいように結界を貼っている勇者一行であった。


「これじゃいつもの遠距離ハートショットも出来んな。ゼニスター、お前殺れる?」

「両腕か両足を犠牲にすればなんとか」

「……」


 魔王の側近と言えど、純粋な戦闘力だけなら歴代魔王と肩を並べる強さを持っている。そんな男が多大な犠牲を払う必要があるほどに勇者一行は強い。

 魔王はしばしの間、その小さな脳味噌を使って熟考した。

 

「我にいい考えがある」


 どうやら名案が浮かんだらしい。




 *******




「ここが魔王城か……」


 道中何事もなく魔王城に辿り着いたガチ装備一行。


「門番はいないが、門は固く閉ざされているな」

「俺のギガントスマッシュでぶち破るか?」


 単純な物理攻撃力ならこの中で一番の戦士が提案した。



「――その必要はない」


 門の向こうから重低音ボイスが聞こえてきた直後に、重く冷たい門が音を立てて開き始めた。


「誰だ!?」


 四人は臨戦態勢をとった。いつどこから攻撃されても対応できるように。


 門が完全に開ききった。しかし誰の姿も見当たらない。

 ――四人に緊張が走る。


「どこにいる!? 姿を見せろ!!」

「――ここだ」


 たしかに門の方から声がするというのに、四人には何も見えない。


「幻術か!? 卑怯な真似を……!」

「だからここだって! おい! 今から炎出すからよく見とけよ!! ――プロメテ!!」


 四人には突然地面から火柱が上がったように見えた。

 全員が火柱の元に目を凝らすと――


「「「「あっ」」」」

「やっと気付いてくれたか」


 小指よりも小さな何かが仁王立ちしていることに辛うじて気付いた。


「妖精……さん?」


 精霊魔法を得意とする魔法使いがそう問いかけた。


「ま、まぁそんなものだ。我……私はこの城の案内人だ。魔王様の命により貴様r……あなた方を玉座の間まで案内する」

「見た目は可愛いけど、魔王城から出てきたってことは、信用できねえなぁ?」


 見た目に散々騙されてきた戦士が疑いの眼差しを向けている。


「魔王様は無駄な戦いを望まない方だ。あなた方が城の部下を全員殺してしまうことのないように、直接の戦闘を所望しておられる」

「……ずいぶん男気のある魔王だな。いいだろう、俺達は君に付いていこう」

「あんたがそう言うなら……」

「私達もそれでいいわよ」


 勇者の言葉を皮切りに、全員が妖精さんを信じて付いていくことになった。




「このドアの先だ。――魔王様! 勇者一行を連れて参りました!!」

「入れ」


 重厚な扉の向こうからは、これまた重低音でドスの聞いた恐ろしい声が響いてきた。声だけで魔王だと認識できる迫力だ。

 そして扉は開く。

 


「――よくぞ来た勇者よ」


 青い肌に一つだけの巨大な眼、そして3mを超える巨躯。人族にとっては異形の者としか認識できないそれが、魔族を統べる王(代理)が、玉座に鎮座していた。


「お前が……魔王!!」

「そうだ、人の子よ。我が王の中の王、魔王だ。なにゆえもがき、生きるのか。夢……命……希望……どこから来てどこへ行く? えっと……」

(『お前への贈り物を考えていた、絶望を贈ろうか?』だ!)


 魔王(本物)はつい先ほど教えたばかりの口上を忘れかけているゼニスターに、勇者一行の後ろから必死の口パクで伝えようとしている。 


「そしてわたしも消えよう、永遠に!!」 

(それ最後の奴だから!!)


「――オメガフラッシュ!!」


 ゼニスターが呪文を唱え、鋭く発光した。眩い光が全てを包み込む。

 勇者一行は咄嗟の判断で、正面に全力の魔防壁を張った。そう、正面だけに。


「クソッ! 目くらましとは卑怯な……ぁっ!」

「おい勇者! どうした!? 返事をし……ぐっ」

「皆さん!? 大丈夫ですか? 今この……うっ」

「ちょっとみんな!? 一体何があったの!?」


 ゼニスターが発光を止め、魔法使いの目に入ったものは――


「嘘っ……!?」


 左胸、ちょうど心臓の辺りから血を噴き出して倒れている仲間三人の姿だった。

 


「――この程度か、他愛もない」

「ひっ……ぁ……」


 魔王(代理)が喋り出した。

 先ほどまで勇ましかった魔法使いは、恐怖で身体を震わせ、腰を抜かしてへたり込んでいる。年相応の乙女のようにだ。

 そうなるのも無理もない。突然光に包まれたと思ったら、どんな強力な魔法でも防ぐ防壁を張っていた味方が全員殺されていたのだから。


「我は無駄な殺生はしない主義だ。早く転移魔法でも使って、そこのゴミ共を連れて国へ帰るがいい。そして戦いから離れて静かに暮らすのだな」

「ぁあ……あ……」

「――さっさと消え失せろ!!」

「はひぃっ!! ――テ、テレポーテーション!!」


 魔法使いと3つの死体が魔王城より姿を消した。


「……魔王様、やりましたね! バンザーイッ!! バンザーイッ!!」

「よくやったゼニスター! 今夜は宴だ宴だーッ!!」


 玉座の間に、歓声が沸き上がった。



「いやー、それにしてもさすがですね魔王様は。あの一瞬で三人同時にハートショットを決めるなんて」

「これでも一応魔王だからな、フハハハ」

「それにしても生かしておいて本当によろしかったのですか? ガチ装備はさすがに皆殺しにして埋めておかないと……」

「いやほら、我そこまで極悪非道じゃないし……」

「やっぱり魔王の癖して小さいですね、ハッハッハ」

「ゼニスター、お前今日の晩飯抜きな」


 数十年に一度のピンチをなんとか切り抜け、魔王城に再び平和が訪れた。


 それから数日して四天王が南国リゾート地より帰って来た。

 今は四人揃って、玉座に佇む魔王の前で整列している。


「「「「ただいま帰りました魔王様」」」」

「おう、楽にせい楽にせい」

「それではお言葉に甘えて…………あぁん魔王様ぁ~! 寂しかったですわぁ~!!」

「こら! やめろケラ! 暑苦しい!!」


 四天王の紅一点、サキュバスのケラが魔王を摘まむや否や、その豊満な胸に押し付けている。

 その後しばらくして、魔王は解放された。



「夏休みの間一日も魔王城にいなかったり、数十年に一度のピンチが訪れた時にもいなかったり、言いたい事は色々あるのだがな。声を大にして言っておきたい事は一つだけだ」


 魔王が四天王をじっと睨みつける。

 ピリっとした空気に変わった。


「――なぜ我を誘わなかった?」

「……ちっさ」

「何か言ったか!? ゼニスター!!」

「いえ、何も」


 実はまだ、自分だけが誘われていなかったことを根に持っていた魔王。小さい、すごく小さい。

 四天王達は皆、顔を見合わせている。どうやら誰が魔王に申し開きをするかで悩んでいるようだ。

 しばらく沈黙した後、四天王のリーダー的存在である竜人の男が申し出た。


「実はですね魔王様。私達はただ遊んでいただけではなく……」

「何なのだッ!!?」


 申し開きを最後まで言わせずに怒鳴り散らす魔王。本当に小さい。


「ゼニスターさん、アレを魔王様に」

「――魔王様、これをどうぞ」


 ゼニスターが魔王に紫色の毒々しい液体の入った小瓶を手渡した。いや、手渡すことは出来ないので魔王のすぐ隣に置いてあげた。


「なんだこれは?」


 瓶の周りをぐるぐる回りながら、訝し気に見つめている魔王。そして、文字通り小動物のように動き回る魔王をうっとりとした表情でケラが見つめている。


「これは巨大化の秘薬でございます」

「ッ!? それは真か!?」


 ――闇の底で生まれてこの方三百年、古今東西の巨大化になる術を試してきたが効果は一切無し。だがそれでも希望を捨てきれないのであった。

 勇者には絶望を与える癖に、自分の希望は絶対に捨てない辺り、やはり小さい。


「この秘薬ならばいけるはずです。私達と同じく南国リゾートで休暇中の『神』を名乗る者より頂きました」

「神ィ……? 魔の者が飲んだら朽ちてしまうような代物ではないだろうな?」

「飲まないのでしたら廃棄しますが」

「いいや! 飲む!! 早くストローを用意せよ!」

「どうぞ」


 小瓶の蓋が開けられ、魔王専用の針のように細いストローが差された。


「では、いくぞ……」


 ゴキュゴキュと、音を鳴らして瓶の中身を飲んでいく魔王。自身の体積の2倍以上もある液体が、地獄に繋がっていると噂される魔王の胃袋へと吸い込まれてゆく。

 魔王はものの数十秒でそれを飲み干した。


「ふぅ……。何とも言えない味だった。海水とリンゴジュースと梅干しの混ざったような……」

「どうです? 何か変化はありましたか?」

「いや、特には……」


 魔王が薬の効果を否定しようとした、まさにその時だった。


「きゃあ! 魔王様のお身体が少しずつ大きくなっていますわ!!」


 魔王大好きサキュバスのケラだけがその変化に気付いていた。


「それは本当か!?」

「魔王様! 私の指にお乗りになってください!」


 言われるがまま差し出された人差し指に飛び乗る魔王。


「おっとと……」

 

 そして少しバランスを崩しそうになっていた。身体が大きくなったせいで、指の上で安定することが出来なくなったからだ。


「やっぱり! 確実に大きくなっていますわ!!」

「どれどれ……」「言われてみれば確かに……」「おぉ……」

「きゃー! カブトムシみたいで可愛いぃー!!」

「うっぷ! コラ、やめろケラ! 暑苦しいって!!」


 またもキツく抱きしめられる魔王。

 なんとか抜け出して、ゼニスターに自身の成長について尋ねた。 


「ゼニスター! 我は本当に巨大化したのか!?」

「肯定します」

「うぉおおおおおおおおおおおおッ!!! やったぞおおおおおおおおおお!!」


 まるで世界征服を完了したかのような喜び方をする魔王。

 見事魔王は一寸の指乗り魔王からカブトムシサイズの手乗り魔王へとジョブチェンジを果たした。

 

 

 ――実はこれが、人生初の成長期であることをこの場の誰もが知らないでいた。

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