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6月(上)

 6月、シスタニア帝国帝都ヴィクトリアは雨季に包まれていた。

 雨季、つまり雨が多い時期である。

 ここウォールナット宮も例に漏れず、雨が続いていた。



 ウォールナット宮は6月の離宮で、当然、雨季を想定した造りになっている。

 どんな建物でも雨水を流す水路があるものだが、ここウォールナット宮では、それらの水路を装飾として活用しているのだ。

 柱に巻きつくガラスの水路、雨水を利用した水時計、雨量によって水かさを変える庭園の池……。



「つーまーんーなーいー!」



 しかし建築家が趣向を凝らした諸々も、実際に住んでいる人間にとってはどうでも良いものだった。

 特にヴィクトリアのような飽きっぽい子供にとっては、そんな物は2日もあれば飽きてしまう。

 ただの子供であれば叱りつけることで我慢もさせるだろうが、皇帝を叱りつけるなど出来るはずも無い。

 結果、談話室のカーペットの上をゴロゴロと転がるヴィクトリアが出現するわけだ。



 掃除係や針係のメイドが実にハラハラした顔をしているが、彼女達は足元を見て顔を上げることは無い。

 皇帝の私生活を見てはならない、そんな不文律を守っているのだろう。

 そしてそうなってくると、彼女達の期待は――もちろん、口にはしないが――ヴィクトリアの傍にいるベガへと向けられることになる。



(いや、そこで期待されても仕方ないんだけどなぁ)

「つまんない、つまんない、つまーんなーいー!」



 カーペットにドレスのスカートをふわりと広げて座るベガの前を、右へ左へとヴィクトリアが転がっている。

 それを首を振って目で追いかけながら、ベガは何をするでもなく、ただヴィクトリアの様子を見守っていた。

 暇を持て余した子供ほど、扱いに困るものは無い。



「えーと、ヴィクトリア? 何がそんなにつまらないんだ?」

「うなー!」

「うなーか、そうか。うなーね」



 何もわからないが、とりあえず頷いておいた。

 まぁ、要するに雨ばかりで暇だと、そう言うことだろう。

 ……どうしろと。

 しかしここまで退屈を訴えるのは珍しい、放っておけば不機嫌になるのは時間の問題だった。

 どうしたものかと、頬に手を当てて考えてみる。



(と言っても、お喋りくらいしかすること無いよなぁ)



 後はお昼寝くらいか、だが今日のお昼寝は実はもう終わっている。

 なので、本格的にやることが無い。

 皇帝と言っても仕事など無いので、毎日が日曜日のヴィクトリアにとって、退屈と言うのはまさに天敵だった。

 とは言っても、実は余りベガは深刻に捉えていなかった、何故なら。



「ヴィクトリアが退屈していると聞いて!!」



 こう言う時、だいたいリチャードがどこからか何かを持ってくるからだ。

 半年余りの夫婦生活で学んだことがこれと言うのも、何だか妙な話ではあった。



  ◆  ◆  ◆



 雨の日に外で遊ぶ者は少ない。

 濡れるのは嫌だし、足元は汚れるし、衣服も湿って鬱陶しくなるしと良いことは無い。

 このあたりは、いくら国が発展しても変わらないところだった。



「ようしヴィクトリア、お兄ちゃんが良いものを持ってきてあげたぞ!」



 と言うわけで、自然、遊びとなると室内で出来るものに限られてくる。

 ボードゲームは、そうした暇つぶしの一つだった。

 駒取りやカードゲームも暇つぶしにはなるだろうが、単純故に飽き易い。

 それに、そうしたゲームはすでにやり飽きてしまっているのが常だ。



 そこで、ボードゲームである。

 ボードゲームの多くは複数人で遊ぶことが出来るし、対決タイプもあれば協力タイプもあり、多様な遊び方が可能だ。

 だから、雨の日の暇つぶしとしてボードゲームと言うのはありだった。



「や」

「何故なんだヴィクトリアあああああぁぁぁ――――ッ!?」



 唯一、ヴィクトリアが拒否する可能性を考慮しなければ、だが。

 ごろりとカーペットに横倒れに寝転んで、ヴィクトリアは兄に背を向けていた。

 視界に入ったらしいベガのスカートの端をちょいちょいと弄っているあたり、相当に暇なのだろう。

 それでも嫌だと言うのは、ボードゲームを遊ぶ上であることを覚える必要があったからだ。



「むずい」



 ルールを覚えなければ、ボードゲームは遊べないのである。

 駒取りやカードゲームより面白いのがボードゲームだが、駒取りやカードゲームよりルールが複雑なのがボードゲームなのである。

 その説明を受けて、なおかつルールを覚えると言う行動をヴィクトリアは拒否したわけだ。



「いやいや待ってくれヴィクトリア、これはとてもルールが簡単なゲームなんだ!」

「めどい」

「めどくないぞヴィクトリア!」

「いや、めどいって何だよ」

「おおベガ、お前も言ってやってくれ。これはとても簡単で面白いゲームなのだと!」

「ワーオモシロソウダナーヤッテミタイナー」



 何だか、最近はこの展開の繰り返しのような気がする。

 おかげで口調も機械的になってしまうので、何とも締まりが悪く感じる。



「じゃあ、やる」



 そして、そうすると決まってヴィクトリアが前言を翻すのである。

 正直、ベガとしては二重の意味で心配になるのだった。

 第一に、リチャードに嫉妬されて大変なことになるのでは無いかと言うこと。

 そして第二に、自分がヴィクトリアをコントロール出来ると思われるのでは無いかと言うこと。

 シスタニアの生活にも慣れて来たベガだが、憂鬱な日々は続いているのだった。



  ◆  ◆  ◆



 そんなこんなで始まったゲームだが、要するに財産ゲームの類だった。

 簡単に言うと、ボードに描かれた「土地」を買い資産を増やしていくゲームだ。

 大人なら簡単だが、子供にはやや難しいかもしれない、それくらいの難易度だ。



「うーん?」



 首を傾げながら、買収を示す駒を置いて行くヴィクトリア。

 おそらくあまりルールを理解していない様子だが、とりあえずやっている、と言う風だった。

 正直、余り面白そうでは無かった。

 ただ幼い子供が一生懸命にゲームをしている姿は、やはり可愛らしく思えるのだった。

 何より、ゲームをしている間は大人しいし。



(まぁ、私も良くわかってないんだけどな)



 別に勝つ必要は無いので、ベガ自身は割と適当にゲームを進めていた。

 買える土地がありそうなら買い、無理そうなら諦める。

 これが案外良いやり方だったのかどうなのか、収益は可も無く不可も無くと言ったところだった。

 こう言うゲームは性格が出るものなので、人となりが少なからずわかってくる。



 例えば、ヴィクトリアは意外と小出しにするタイプだ。

 ルールを覚えていないと言うのもあるだろうが、ちまちまと小さな買い物をして、そこで得た収益で大きな買い物をすると言う、なかなかの財テクを見せてくれている。

 案外、家計簿とかつけさせたら上手なのかもしれない。



「ははは、凄いなヴィクトリアは。お兄ちゃんはまた破産してしまったよ」



 一方で、リチャードは下手だった。

 自分で勧めて来たゲームだと言うのに、3人の内で1番下手だった。

 と言うのも、リチャードは基本的に全賭けなのである。

 手持ちのお金で買えるだけ買ってしまうため、その後何もできなくなってしまうことがしばしばあった。

 正直、一国の摂政がそんなことで大丈夫かと思う。



 と言うか事実上の皇帝なのだから、本当にシスタニアは大丈夫かと心配になってしまう。

 ここで素直に心配できるくらいには、ベガはシスタニアに馴染み始めていた。

 とりあえず、エドワードの働きに期待するところが大であった。

 むしろエドワードがいないシスタニアが想像できないので、他の者も彼に期待をかけているのかもしれなかった。



「ははは、ヴィクトリアは可愛いなぁ」



 それに、妹に構ってもらえてあんなに嬉しそうにしているのだ。

 ベガはそこに水を差すような野暮な性格はしていなかったし、むしろ自分の方が邪魔なのでは無いかとさえ考えていた。



「姉さまぁ」

「はいはい」



 今日はきっと、このまま平和裏に終わってくれることだろう。



  ◆  ◆  ◆



 平和裏に終わるだろうと思っていたのだが、現実はそんなに甘くなかった。

 早い話が、ヴィクトリアが飽きたのである。



「姉さま、たいくつー」

「そ、そうか。それは大変だな……」



 まぁ、ボードゲームと言うものは、ルールを覚えてしまえば慣れるのも早い。

 慣れるのが早いと言うことは、飽きるのも早いと言うことだ。

 特に、取り立てて興味も無いのにやり始めたゲームともなればなおさらだった。



 カーペットの上を転がることにすら飽きたのか、ヴィクトリアは今はベガの膝の上で身体をゆらゆらと左右に揺らしていた。

 手を伸ばしてべがの髪の毛を弄っている、枝毛でも探しているのだろうか。

 最近はメイドが梳いてくれるので、たぶんほとんど無いと思う。



「何故だ、何故なんだヴィクトリア……」



 そしてもう見慣れたが、リチャードがショックに打ちひしがれて倒れていた。

 女性に大層人気があるリチャードだが、えぐえぐと涙ぐんでいる姿を見れば100年の恋も冷めるのでは無いだろうか。

 自分? 自分はもう見慣れたので、「またか」と思うだけだ。



(本当、雨が良く振るねぇ)



 ちょいちょいと髪を弄られながら、ベガは窓の外へと視線を向けた。

 薄暗い雨雲としとしとと振り続ける雨が見えて、嘆息する。

 ヴィクトリアでは無いが、確かに退屈だ。

 宮廷生活で退屈は天敵だと聞くが、それはこういうことなのかもしれない。

 何もすることが無く宮殿の中でぼうっとしていると、自分が消えてなくなってしまいそうだ。



「うう、俺はこんなにもヴィクトリアのことを想っているのに……」



 ついでに言えば、ネガティブになってしまう。

 リチャードの落ち込みがいつもより酷い――またはウザい――のは、もしかしたらそう言う部分もあるのかもしれない。

 ただ彼の場合、膨大な執務があるので退屈なはずは無いのだが。



『いつか叛逆してやる……』



 何かエドワードの幻聴が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。



「あー……なぁ、ヴィクトリア?」

「姉さま、枝毛!」

「あ、うん」



 あったらしい。

 まぁ、元々そんなに上質な髪質でも無い、梳いていても枝毛の一つや二つくらいあるだろう。



「いや、それは良くて。なぁ、ヴィクトリア?」

「んー?」

「えっとな……」



 何事かをヴィクトリアの耳元でごにょごにょと囁くベガ。

 いじける振りをしながら耳をそばたてているリチャードだが、どうやら聞き取れなかったらしい。

 はたして、ベガはヴィクトリアに何を囁いたのだろうか。


最後までお読み頂き有難うございます、竜華零です。


あれです、梅雨は暇だよね、と言うお話です。

それでは、また次回。


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