80 迷惑
「”迷惑”って、悪い事だって思ってたけど、違うって、ここに通うようになって知った。自分の考える”迷惑”と相手の感じる”迷惑”って、心の中に占める割合が違うっていうか、自分の中では物凄く大きくなって手に負えなくってはみ出したものって感覚があるけれど、相手の感じ方は千差万別だって忘れがち。親子の話を聞いてから、俺は、今まで両親には迷惑掛けて、よく思われてない、厄介者だって思われてるって勝手に考えてた。でもさ、多分違うんだろうと思う。両親からしたら、そんな風に思ってないかもしれないって考える事が出来てから、色々見えるようになって来た。」
「考えを固定しなくなったって事?」
「360度ぐるりと見回す前に、一つの答えを決めるのは間違いである確率が高くなるって。」
「柔軟性が身に着いた?」
「まだ途中。世の中には沢山の人が居て、沢山の考え方があって、だからこの”迷惑”を”迷惑”と思わない人が居るんだって。俺に”死んで欲しい”って願う人が居るんだろうけれど、”死なないで欲しい”って願う人も居るんだろう。俺は、その時の自分のしたい方を選ぼうと思う。」
「俺が遼大に”死んで欲しい”って言ったらどうするの?」
「考える。それで自分で決める。」
「死を選ぶかもしれないの?」
「心からそうしたくなったらするかも。」
「自殺反対なんじゃないの?」
「自殺をいい事とは言えないけれど、悪い事とも言いたくない。それを言うのは、自殺した人は”悪い事をした人”になってしまう。今日も、世界では自殺する人が居て、止める事も出来ない。ただ、その人の苦しみが少なくなる事を祈ってる。話を聴く事で、一つでもいいから苦しみを軽く出来たら、笑顔を一つでも生む事が出来たら、自殺に興味を持たなくなるかもしれないって最近思う。」
「世界中の人の話を聴く、そう考えると、足りないね、時間が。」
「うん、そうだね。少人数で世界中は難しいけれど、みんながみんな、大切な人の話を聴けたらきっと、苦しいのが減って、楽しいのが増えるんじゃないかって、単純に考えるよ。」
「複雑な問題に単純に取り掛かるのは賛成。」
「優くんの方が面白い事言ってるよ。」
「そうかな?遼大の方が面白いよ。」
「お互い様だ。」
「確かに。あのさ、遼大。」
「何?」
「俺も、手伝えないかな。何か、ここで。」
「えっ?手伝うって、優くんが”相談所”を?」
「出来るか分からないけど、もし、来てもいいって、俺にも何か出来そうだったらさ、毎日じゃないけど、来れる時に来て、やってみたい。」
「分かった。お師匠様と所長に話してみる。」
「うん。よろしくお願いします。」
「こちらこそ、なーんて、先輩ぶってる感じかな?」
「改めまして遼大先輩、よろしくお願いします。」
「やめてよ、優くん。」
「何だか楽しそう。」
優里亜が言った言葉に、遼大は違和感を覚えた。
「えっ、何が?」
遼大は、恐る恐る真意を訊いた。
「相談所。」
「それは、えっと・・・”楽しい”って、相談とか聴くのは”楽しい”とは思わないかもしれない。」
遼大は”まさか”と思いながら、無邪気な表情を浮かべる優里亜に伝えた。
「うん、それは勿論。そうじゃなくて、相談者じゃなくて、相談受ける方の遼大達が”楽しそう”だなって。」
優里亜の表情は穏やかな微笑みを湛えて居たが、それにより、遼大の不安は却って増大した。
「えっと、誤解があったらいけないから言うけど、俺達、相談員は”楽しい”とか思ってないよ。ただ真摯に相談者の気持ちに向き合ってる。誰かの気持ちを聴く事は、結構大変な仕事だよ。」
「分かってる。そういう意味じゃなくて、”楽しい”って言うのは、関係性の────」
その時、ガチャッ、相談所へ続くドアが開いて、事務所に入って来たのは所長だった。
優里亜は所長の姿を見た途端、口を噤んだ。
「こんにちは。」所長が俺達の方を見ながら微笑んで言った。
「こ、んにちは・・・・・・」俯きながら発した優里亜の声は、だんだん小さくなった。