6 自殺反対
コンコン。
二つあるドアの一つ、俺が連れて来られた方のドアが外側からノックされた。
ハッとした俺は、首をそっちへ動かした。
「はい、どうぞ。」
カチャッ、ドアが開いて入って来たのは、鼻髭眼鏡の所長・タナカだった。
「お待たせしました。お師匠様。いかがですか、彼は。」
タナカはふざけた眼鏡を外し、机の上から普通の眼鏡を掛けてばあちゃんに訊ねた。
「あなたを待っていたところです。お茶が入りましたから、お二人でどうぞ。戸棚の中に頂き物のカステラがありますから召し上がって。次の方が見えられるので、私はそろそろ戻ります。」次の方が見えられるって、まるで予見しているみたいだ。
ばあちゃんはタナカに丸盆を手渡し、載せてある三つの湯呑みの一つを取ると、軽く呷って飲み干した。あまりに早かったので、湯呑みの中のお茶は、ほんの少ししか注いでないように思えた。
ばあちゃんがシンクの中に湯呑みをコトンと置いた。
「後で片付けますから。あちらでごゆっくりね。」机の前に立ったままの所長と擦れ違いながら、ばあちゃんは所長の背中の腰に近い位置を手でトンと促した後、相談所に続くらしいそのドアの向こうへ消えて行った。
「さて、ではお話、伺いましょう。」所長・タナカは、
こちらへ――――と言いながら、一人、衝立の奥にちらりと見える応接セットの多分テーブルに丸盆を置きながら、「あっ、そうでしたね。その状態ではいらっしゃれませんね。」と面白がる声で漏らしてすぐ、俺の口に貼られた粘着テープと、椅子と共に縛った体のロープを解いた。
口の辺りはヒリヒリ、ベタベタする。
すーっ、はーっ・・・やっと肺を大きく膨らませられる感じ。
「どうぞ、こちらへ。」タナカにニコニコ笑顔で応接ソファーへ促され、何だか調子が狂う。
手荒な事をされて、普通の人間ならここで怒るものだろうか?それとも、黙って逃げるように帰るか。
「・・・・・・」どうしようかなと思ったけれど、ばあちゃんの言っていた”あなたはここに必要な人です”というのが気になった俺は、そのままにして帰っても気になるだけだと、所長の話を聞こうと考えた。
そうだ。元々ここへ入ったのは、”自殺相談所”の実態を探る為だったんだ。
記事に出来ないとしても、せめてここがなんなのかだけハッキリさせてから帰ろう。
俺がソファーへ腰を下ろすと、所長は俺の前に湯呑みを一つ置いた。
一つは所長が、一口ぐびりと飲んだ。
「私は自殺相談所所長の田中と申します。あなたは?」
「永合遼大。」
「ナガイリョウタさん、年齢は24歳でよろしいですか?」
「えっ、何で―――」超能力者か?齢を言い当てるなんて。それとも当てずっぽう?
「ここに午年生まれとありますから、24歳、或いは25歳でしょう。」
「あの問診票みたいなの、それで干支を書かされたんだ―――」
「大体の年代を知りたいので、聞くようにしています。」
「何の為ですか?自殺方法の相談に乗る為ですか?」
「いいえ。ここに来てくれる皆さんは、まだ迷っている方々です。”相談所”に”相談”しに来ています。”自殺”の方法ではなく、この先どう生きたら良いのかと尋ねられます。」
「どう生きたら、って・・・」
「"自殺”それが物騒な名前だと反応する人は、自殺について深く考えたことがある人、そして”自殺”に対して否定的な考えをお持ちの人だと思います。実際に、自殺反対と考えていらっしゃる方は多いようですし。しかし、反対と申される方々が具体的に何をなさっていますか?自殺反対と声を上げられていますか?自殺したい人間の気持ちにの寄り添い、その気持ちを別の方向へ向ける手助けが出来る我々のような人間はどのくらいいるでしょうか?」
「それは・・・」俺は何も言えなくなった。乗り込んで来た時の憤りは、とうに冷めていた。