表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/120

5 自殺相談所に必要な人

俺の身が運ばれた先は、古いけど綺麗に掃除された、いかにも事務所という造りの場所だった。



机が並べられ、隅に見える黒い革張りの応接ソファーは磨り硝子の入ったパーテーションで仕切られている。



相談所の表と違って裏は明るい。開かれた窓にはカーテンがはためき、表と裏を逆にした方がいいんじゃないか?なんて悠長な考えを持てるようになったのは、



俺が椅子に縛り付けられて何分か経った後の事だった。



相談所の表から裏に連れて来られた俺は、背凭れが異様に高い椅子に座らされ、ヒゲ眼鏡の所長タナカという男とレスラーと呼ばれた覆面男、二人がかりで白いロープで椅子に縛り付けられた。両腕と胴体は背凭れに、足首は椅子の脚に。



おまけに、口に粘着テープも貼られた。これじゃあ、まるで銀行強盗に遇ってしまった人質。



「むー、んー、ふー、ぐ・・・!」なんで俺がー!



「鼻で息して。」ガタイに似合わず、ご丁寧なアドバイスをするレスラー。



「んーっ、んーっ、んー・・・」ガタガタ、椅子の脚を揺らすと不安定で、体ごと傾きそうになって、慌てたタナカが椅子の背と俺の膝を押さえた。



「転ぶと危ないから大人しくしてて下さい。今の相談が終わり次第、すぐこちらに戻って来ます。」



口調は紳士なのに、やる事が乱暴なこの男・・・タナカ。



口を塞がれて喋れなくなった俺が、けしからん所長のタナカをキッと睨むと、ひげ眼鏡の目尻は皺が寄って笑っているようなのに、その瞳の色は、冷たく感じ、ゾクリとした。



それから大人しくなった俺を一人事務所に残し、レスラーとタナカは戻って行った。



パタパタ、パタパタ。



秋の匂いを含む風が頬を撫でる。



鼻で息をする、そういえば、鼻で息を吸うと冷静になれるって、どこかで聞いたな。



深呼吸、深呼吸。すーっ、はーっ、すーっ、はーっ。



すーっ・・・やめよう。



そもそも、何故俺が縛られなくてはならないんだ?



客なのに、この扱い。戻って来たら激しく抗議してやる!



ガチャッ。



表に続くドアの、銀色の丸いドアノブが動いてドアが開いた。



「んーっ(このーっ)!」



「あら・・・随分 荒っぽいことを。」



入って来たのは、占い師みたいな恰好のばあちゃんだった。



縄で椅子に縛られた俺を見てそう言った後、


「お茶でも煎れましょうかね。」


ニコニコと目元を緩ませ、壁際に作り付けられた簡易キッチンのコンロに、水を入れたやかんをかけた。



お茶なんていいから、俺の体を縛り付けているロープと、口に貼られたテープを外してくれよ。



スニーカーの足裏をパタパタとしてみるが、ばあちゃんの耳は遠いのか、コンロの火を見つめたまま微動だにしない。



おーい・・・!



そうか、ばあちゃんもグルだった。俺の縄を解いて、ここから逃がしてくれる事は期待出来ない。



がくりと項垂れて、目を閉じていたら、


「あなたは、どうしてここにいらしたの?」


急にばあちゃんの声が近くで響いて、驚いた俺は、急いで目を開けた。



ばあちゃんはベールを脱いでいた。白髪頭を後ろでダンゴに纏めている。



俺の前に立って、目を合わせた。



その目・・・全部を見透かされるような目・・・見ているとクルクル眩暈がしそうな・・・



「そうですか、わかりました。」



その声にハッとした俺は、そこでばあちゃんの魔力から解放された。



ばあちゃんはくるりと背を向け、簡易キッチンの方へ歩き出した。



わかったって、何が?



俺、何も喋ってないのに。



何だか怖い、このばあちゃん。



背も小さくて、上品な物腰、顔の表情も普通のばあちゃんなのに、眼力だけ半端じゃない。本当に魔女?



完全に呑まれてた。



占い師じゃなく、もしかして、超能力者とか、催眠術師とかなのか?



それで、人の心が見透かせるから、占い師をやっている・・・?



「ええ。私の場合はそうです。」



「?!」



「そうはいっても、全てではないわ。大体のことが分かるというだけ。でもそれで十分。今の世は、物が多過ぎて、便利になった分、一つの事をじっと考えられなくなってしまったから、分からないこと、迷うことだらけになってしまったのよ。当たるも八卦当たらぬも八卦というでしょう?確率は半分。」



「・・・・・・」



何が言いたいんだ、このばあちゃん。



「あなたがここに来たのは、ここに来るべき人、必要な人だったということでしょう。」



『ここに必要な人?』



“必要”―――――その言葉は、俺を浮き立たせた。



誰かに必要とされるなんて事は、そうそうあるものじゃない。



しかし・・・ここって、どこ?



「あなたはこの”自殺相談所”に必要な人です。」



ばあちゃんは、にこりとしながら、その眼で真っ直ぐ俺を捉えながらそう言った。



俺が、”自殺相談所に必要な人”・・・?





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ