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3 自己強迫の使命感

カーッ、小さく軽い音を立てて、自動扉が開いた。



それが閉まる前にと、慌てて中へ足を踏み入れたのは、自動扉に挟まった経験があったからだった。



でもそれがいつどこでだったか思い出せない。



鬱になる以前から、現実の中のような擬似体験の夢を見るようになって、本当に自信が扉に挟まれた経験があったのか、他人が挟まれたのを目撃したからなのかも自信がない。



夢を見た日は憂鬱だった。



日常そっくりな夢を見て、そして起きたらまた同じような、どこかでもう見て知っているような既視感の中で、夢で見たかもしれない悪い事態を警戒しながら神経をすり減らす暮らし。



深く眠れない体はダルいし、これをしないと良くない事が起こるんじゃないか、と強迫観念に苛まれ、動けなくなる日もあった。



ただ、強迫観念は中々消えない。長期戦になって来ると付き合い方も変わって来た。



利用してやる、そんな気持ちがあったのか、都合良く、しなくてはならない事に、こちらから強迫を付けて行った。



今日中にこれをしなければよくないとか、今すぐ出掛けて用事を済ませて来ないと大変なことが起きるかもしれないとか、



逆にそうしないと、怖く動く事すら出来なくなる。



自分が動く事で、人に何か悪い影響を及ぼすんじゃないかとか、またどこかで倒れて怪我でもして、家族に迷惑を掛けるんじゃないかとか。



引き籠もっているのが楽な訳じゃない。



外に出る事を考えられないから、外に出てもどうしていいかわからないし、強迫はいつどんな時にも出て来るし、それに人と話すのは疲れる―――



今は、知らない人となら、その場限りの会話はそれ程の苦も無く出来る。



けれど、少し顔なじみのある人や俺の事情を知らない親戚と会って話したりするのは嫌な気持ちが残る。



電話も好きじゃない。



顔の見えない相手だからいいと思うだろうけれど、セールスの電話等、断るまでは明るく媚びた猫なで声なのに、



「うちには必要ないので、結構です」と断ると、途端に「はい、わかりました。では、失礼します」と手のひらを返し、冷淡に響く声に変わって、あっという間に電話を切られる。



電話を切った後、俺のせいなのか?と、相手の気分を害してしまったような後味の悪さが胸に広がる。



電話一つで最低二時間は落ち込めた当時、友人からの電話でも、あんな事まで余計だった、しゃべり過ぎたかも・・・と電話を切った後でやはり落ち込み、メールでも、気の利いた言葉を書けなかった・・・と送信した後で後悔する。



対人恐怖症というのだろうか?



他人からの自分の評価に怯えていた。相手の心の中に、自分に向けた刃を隠し持たれている気分だった。



今も、何か自信の持てるものが見つかった訳ではない。



それでも、こうして街を歩き、見つけた怪しい”自殺相談所”に大胆にも乗り込んで、潜入取材を仕様だなんて試みている。



正義感と使命感がごっちゃになった今だから、ここまで来れたんだ・・・けど。



俺の目の前に立ちはだかっていたのは、ピンクのウサギ、一般男性等身大サイズの着ぐるみだった。



中に人が入っていると想像出来るのは大人になった証拠・・・いや、今はそんな事どうだっていい。



何だ?



黙ったままウサギは、A4用紙を挟んだクリップボードを俺にすっと差し出した。



まるで病院の問診票みたいだと思いながら、ボードに添付されていたボールペンを右手に握ると、入口横のベンチソファをウサギの手でさし示され、俺はボードに視線を落としながらベンチソファに向かった。



すとん、腰を下ろして、紙に記載された設問をサングラス越しの目で追った。



ええと、なになに?



“あなたの干支は?”



干支、確か”えと”って読んだよな・・・干支は、うま。



ウマって牛、あれ?違うなバツ、と・・・どうだっけ?



ああ、午、かな確か。上が出ない。



次の質問は・・・



“死にたい理由は?”



はぁーっ?



いきなりそれ?



そりゃあ、自殺相談所なんだから当たり前の質問かもしれないけれど・・・



これじゃあ、最後の方の質問に、もしかすると”考えている自殺方法は?”とか書かれてそう。



すぐ下に目を向けると、


“どのような方法で自殺したいですか?”と―――本当に書かれていた。



随分簡単に扱ってくれてるんだな・・・人の死にたいって気持ちを何だと思ってるんだ!



俺はボードにペンをバシッと叩き付け、立ち上がった体がワナワナと震えているのが判った。



多分怒りのせいだ。



何が何でも、責任者にどういうつもりなのか訊くまでは帰らないぞ!





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