28 他人との繋がり
「何か可笑しかったか?」
きょとんとする渡辺を見た梢は、涙を更に零して笑い続けた。
こんなに笑ったのはいつ振りだろう。
誰の目も気にせず、安心して、お腹の底からただ、可笑しいという感情が素直に出せる。
梢は久し振りに、幼い頃に戻ったかのように、何のしがらみにも囚われず笑う事が出来た。
柊の事で悩んでいた、確かにそうだった。
でも・・・と梢は渡辺に指摘されて気付いた。
それに加えて、自分と夫についての悩みもあったのだと。それを柊一人のせいにして死んでしまう所だったと。
育児ノイローゼ、それは子どもに対してだけではない、きっと夫婦の問題があってこそ、悩みが深くなってしまうのだと梢は思った。
子どもの問題だけで家庭が崩壊するのではない。夫婦の問題も複雑に絡み合って駄目になるのだと。
もし、さっきあのまま死んでいたら、夫は、私と柊が死んだのは、柊の自閉症に悩み、将来を愁えた私が子どもと二人、心中したという事で片付けられたと思う。
「旦那と喧嘩しろ。腹割って話し合え。それからもっと他人に頼れ。自分一人で何とかしようとしている人の力と、他人の力を借りて何でもしようという人の力、どちらが大きいか分かるな?」
「・・・はい。」
「夫婦も他人、友達も他人、親子だって、血が繋がってても他人だ。じゃあ何が繋がっているかって?命だ。命が繋がっていると感じた瞬間、それは家族だ。俺とあんた達親子も、今俺は家族だと思っている。自分と自分以外の人、境界を作ったら使える力は小さい。でも、自分も他人も境界を決めなかったら、何でも出来る、大きな力があんたの目の前に見えて来る。使えばいい、いくらでも。他人に頼るという事は、決して恥ずかしい事じゃない。それは恥ずかしい事だと思ったとしても、みんなそうやって生きて行くのが自然な事なんだ。」
「はい。」
命が繋がっている───私は、夫と命を繋げた?柊とは繋がっていると思う、それは血の事だと思ってた。違う、命だったんだわ。柊と血が繋がっていないとしても、私は柊と繋がっていたいと思うから。
夫はどうなの?柊の事、もし血が繋がっていなかったら、今よりもっと構わなくなるかもしれない。多分愛さない。命を繋げようと考えていないわ。
梢は夫に自分の思っている事をぶつけたいと思った。
今まで、離婚が怖くて、ただ我慢する事しか考えられなかった。家庭を守るという事はそういう事ではないと渡辺が教えてくれた。
夫が、柊が、私がしあわせかどうかなんて考えられなかった。
命も繋がっていない、ただ生きる為、柊の為にと我慢していた。
我慢は自分の為にしていたのではない。生活の為だった。
だから死にたくなるまで追い詰められていた。当然だわ。すでに夫とは繋がっていなかったのだから。
もし、自分がしあわせを感じられていたら、何か窮地に追い詰められるような事が起きても、死にたいとは考えなかっただろう。
不幸せだからだ、死にたいと、この人生を投げ出してしまおうと考えていたのは。
梢は今、ようやく冷静になり、自分の人生を客観的に見る事が出来た。
思い通りにならないのは、思い通りに出来ると思って居なかったから。どこかで諦めて何もしなかったから。
ぶつかって壊してもいい。やられたらやり返せ。
誰もそんな事を言ってくれる大人はいなかった。
私の両親だって『離婚してもいい』なんて言わない。
『まだ小さい子どもの為にも我慢しなさい』そう言うだろう。
別に離婚したい訳ではない。ただ、このままの夫とはもうやって行けそうにないって事が分かってしまった。
柊が悪い訳ではない。私だけが悪かった訳でもない。
渡辺さんの話を聞いて、家族みんなでぶつかれていなかった事が問題だと分かった。