16 自認
「どうして、お・・・僕が親孝行だなんて言うんですか?」
「ナガイくんが親になれば分かるさ。」
「え・・・」
全然わからない。
親になればって言うけれど、親はそんなに偉いのか?
親にもなれない俺は、やっぱり駄目な奴だって言われている気にもなる。
うちの親は、俺を孝行息子だなんて思ってない。
駄目な息子だから期待していない―――諦めている。
『もっと頑張れ』と言われても「頑張ってるよ」としか返せないけれど、俺の心の中に”甘え”があると自分でも気付いてる。
頑張れていない。
でも、何をどう頑張れば成功なのか、それが分からない。
「若いっていいなぁ。」
ワタナベさんが言った。
若いから何なんだろう。
若くないと何なんだろう。
「若ければ若いなりの悩みは尽きませんよ。渡辺さん、彼の年に戻れるとしたら戻りたいですか?」
「いいや、それは勘弁。もう一度やり直すなんて無理だ。だけど・・・」
膝の上の拳をぎゅっと握り、首を振ったワタナベさんは小さく続けた。
「戻れるなら戻りたい日ってのは、あるな。今でも夢に見る。」
「そうですか。」
所長の相槌には、色々な言葉が含まれている感じがした。
ワタナベさんは、息子さんを亡くされた日に戻りたいのだろうか。
子を喪った親は、何年経っても悲しむものなのか。
俺の親は、俺が死んでもこんなに悲しまないかしれない。俺が居なくなったら、せいせいするかもしれない。
閉じた口の端を少し上に持ち上げた後、ワタナベさんは口を開いた。
「あー、元気が出た。田中さんに受け止めて貰うとスッとする。それじゃ、お邪魔だから、そろそろ帰ろうか。」
『受け止めて貰う』―――受け止める?何を?
「いえいえ、こちらこそ。渡辺さんとお話しすると楽しいですから。また来て下さいね。」
「ありがとう、田中さん。ナガイくんも、頑張ってな!」
来た時とは別人のように口を開けて笑ったワタナベさんは、どっこいしょと椅子から立ち上がり、手を振った。
所長が立ち上がってお辞儀をしたので、俺も急いで真似をした。
ワタナベさんの姿が見えなくなると、所長は静かに腰を下ろした。
後ろから見ていると、モソモソとバーコードハゲヅラを被り、鼻髭眼鏡を掛けたので、暑いけど俺も、とカウンターの隅に置かれた黒子の被り物へ手を伸ばした。
椅子から腰を浮かせた時、
「頭巾被りますか?」と所長が、黒いそれを手に回転椅子ごと振り返った。
「あ、はい。ありがとうございます。」
「扮装を解いたから驚いたでしょう?」
「あ、まぁ・・・」
「渡辺さんは特別です。他の方には解いたりしないのですが。」
「特別って・・・?」
「渡辺さんも、ここの非常勤のような方なのです。」
「非常勤?あの人も相談員、ですか?」
相談者の方ではなく?
「あなたより先輩ですね。」
「そう、なんですか・・・」
確かに、他の人が言ったら嫌味に聞こえそうな言葉でも、嫌味に感じなかった。
息子さんを亡くされているからなのか?
「人の痛みの分かる人は、みんな相談員になれます。」
人の痛み、そうか―――ワタナベさんの目は、深い悲しみの中を彷徨った後の目だったんだ。
所長に会いに来て、その度に”受け止めて貰って”、ここまで生きて来た人だったんだ。
「あの・・・さっきワタナベさんの言っていた、”受け止める”ってどうしたらいいんですか?」
「その人それぞれです。お話を聞いている内に分かります。相手の望む事を注意深く聞きとり、その望みを叶えて差し上げる事です。」
「望みを叶える?」
「その人の望んでいる事、それはもう決まっています。ですが、簡単には打ち明けられない。大切な想いですから、そう易々と話せるものではありません。宝物を誰かに見せるのと同じ事です。その宝物は、一人一人違います。その宝物をどうしたいのか、最後までそれを聞いた時、初めて宝物を見せてくれます。」
「宝物・・・?」
「人の望みは宝物です。箱の奥深くにしまい込んで、鍵を掛けて、人には見せない。それが大切な想いである程。」