121 大願と心願
元旦、14時丁度に、優と二人で大樹の家を訪ねた。
両手には、開いて居た駅近くの大型スーパーの食品売り場で買って来た酒やつまみにお菓子、夕飯になりそうな総菜類と肉を買って詰めたビニール袋を提げて居た。
玄関のドアを開けた大樹は俺達を見るなり、
「何をそんなに買って来たんだよ!」と言った。
「まあ色々と!」優が明るく言った。
出逢った頃とは別人のように、無邪気で明るい表情を見せる。
「一泊だろ?背中のリュックもデカ過ぎないか?」
そんな優に対して、大樹も遠慮しない。
二人のやり取りは、旧知の仲なのでは?と疑ってしまう程、親しげだ。
大樹とはバイトの先輩後輩の関係だったけれど、大樹は無口だったから、こんな風に気安く話し掛けた事は無かったし、同い年という事も知らなかった。
優は、職場で上手く行って居ないと聞かされて居たから、コミュニケーションが苦手なのかと俺は勝手に思い込んで居た。
でも実は、俺よりずっとコミュニケーション能力が高い。
店長とも、お師匠様ともよく話して居たし、大樹とだって知り合って間もないのに対等に話せてる。
唯一、所長とだけ上手く話せなかったみたいだけど、それは俺もどうしてなのか分からない。
所長は誰の話でも”聴く”人だから、優も事も受け容れると思って居たのに、どちらかというと拒絶した。
何か理由があるのかもしれないけれど、それはまだ聞けていない。
「遼大、どうしたの?暗くない?」優に聞かれて
「ううん、そんな事ないよ。そうだ、初詣、いつ行く?」二人に返すと
「14時15分か。近所の神社なら、この時間はもう空いてると思うけど。」大樹が答えた。
「そうだね。初詣行って、お風呂貰って、ご飯食べてゲームしよう!」
「は?うちにゲームなんてねぇよ。」
「知ってる。掃除した時に、古いゲーム機見つけたけど、最近のは無かったね。」
「ゲームしてる暇、無かったし。」
「今日はある!徹夜でやろう!」
「はぁ?!」
「そうと決まれば、はい、戸締りして初詣行くよ!」
もしも三兄弟なら、優が長男かもという位、指揮を執る。
思わず笑った俺に、「遼大、どうしたの?」と優が聞いた。
「いや、何でもない」と噤んだ口の端が自然と上がってしまう。
俺も浮かれて居る。
同い年の友達と、こんな風に燥いだ思い出があまり無いせいかもしれない。
近所の神社への道案内は大樹がしてくれた。
住宅と住宅の間の細い路地に入り、緩い傾斜を道なりに進むと、古い石段が現われた。
見上げると、上に朱い鳥居がある。
二階の高さよりも上がると、小さい神社があった。
鳥居を潜ってすぐ、手水舎があり、先に清めようと優が促した。
柄杓で水を汲んで、交互に両手を濡らして、ハンカチで拭いた。
水が冷たくて、何となく身が引き締まった。
賽銭箱のある拝殿を見ると、二名三組程の列が出来て居て、俺達も石畳の上を辿り、列の後ろに並んだ。
「何をお願いする?」
優が聞くと大樹は「そういうのは言わねぇもんだろ」と答えた。
「遼大は?」
「あ、うーん、そうだな、何にしよう。」
特に毎年願う事は無い。
世界平和とか、みんなのしあわせとかかな。
「まあ何でもいいけど、出来たら自分の事を願えって、お師匠様が言ってた。」
「自分の事?」
「世界平和とか、みんなのしあわせとか願うんじゃなくてって。」
ドキリとした。お師匠様は俺の願い事をお見通しなのだろうか。
「大樹は特に、桜花さんの事じゃない事をって、お師匠様からの伝言。」
優は、いつ、お師匠様から伝言を託されたのだろう。
「俺の願い事なんだから、俺が勝手に決めていいだろ?」
「それはそう。」
二人のやり取りを聞きながら、俺は、何を願えばいいのか分からなくなった。
前に並んで居た人がお参りをする間に財布からお賽銭用の小銭を出して握り締め、いよいよ自分達の番になった。
俺の願い事は────考えれば考える程、頭の中は真っ白になった。
二人と並んで、お賽銭を投げ入れ、揃えてお辞儀、拍手をして心の中で願いを・・・・・・迷いながら咄嗟に出て来たのは、『本当にやりたい事、やるべき事が見つけられますように』だった。
俺の”やりたい事”、そして”やるべき事”、今まできちんと考えた事が無かったけれど、お師匠様から”自分の事”を願えと託されて、初めてそれが浮かんだ。
具体的じゃない願いだけど、うん、願いというより”抱負”なのかな。
叶えて貰うというより、自分で叶える事だと思えて、俺は小さく頷いた。