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118 大人

しゃがんで居た大樹は立ち上がり、マスクを顎下にずらすと、お師匠様に向かって言った。



「だけど、桜花は使わない物も捨てたくないって言って、何でも溜め込むんだ。俺がいくら言っても聞かない。勝手に動かしたら、また不安定になるかもしれない。」



大樹も片付けようとはしてたみたいだ。でも、桜花さんの気持ちを考えると、出来なかった。



お師匠様はキッチンで調理台を磨きながら続けた。



「物を手離すと、人も離れて行きそうで怖いのかもしれないわ。寂しさや不安な気持ちがあるから、余計に物に縋りたくなるのね。でもね、それは逆効果なの。物ではなくて人に縋るべきなのよ。一人で何でもする為に物に頼る、というのはやめて、人に頼ればいいの。今の桜花さんは物ではなく、人との繋がりを大切にしなくてはならないの。だからなるべく物は減らして行きましょう。」



だけど、桜花さんが退院して、物が無くなった部屋を見て絶望したらどうしようかと思った俺は、突っ立ったまま無言になった大樹の代わりに言った。



「でももし、桜花さんの大切な物を勝手に捨てちゃったら────」



「ここにある物と桜花さんの命、どちらが大切かしら?」



お師匠様は、ズバッと言った。



「それは勿論、命の方ですけど・・・・・・」



「桜花さんは、命を捨てようとした。命を捨てたら、ここにある物はあの世に持って行けないの。死を選んだ時点で、ここにある物はすべて桜花さんに捨てられたのよ。もしも桜花さんが亡くなって居たら、大樹さんは一人で、ここにある物を捨てる事になったでしょうね。」



お師匠様らしくない、何かを断ち切ろうとするかのような物言いだった。



でも俺は、どうしてそう言ったのか、何となく分かって来た。



お師匠さんは腹を立てて居るんだ。自分を含め、ここにある物も大樹さんも、すべて彼女の命を守るものになれなかったと、悲しむより怒って居るように思えた。



近くに居たのに、見守る事さえ出来て居なかったと後悔して居るのではないか。



桜花さんは、一命を取り留めた。けれどもし死んで居たら、お師匠様の言った通りになって居ただろう。



大樹はこの家に一人になって、遺された物をどうにも出来ず、何が大切で、大切じゃなかったかとか分からなくなって、思い出も忘れて行って、そして大樹まで死を選ぶなんて事が────あってはならない。



「一番大切な物は自分の中にあるの。この家の中にある物が全部無くたって生きて行けるのよ。そしてね、桜花さんにとって二番目に大切なのはあなたよ、大樹さん。あなたもそうでしょう?生きて居るのだもの、不安は消えたり現われたり、上手に付き合えば、大抵の事は乗り越えられるわ。桜花さんがこの家に戻って来た時、不安を生む場所にしない為にも、今日はみんな頑張って貰いますよ。」



「分かりました。ピカピカにしましょう!」



優が元気に言うと、お師匠様はにっこりと笑った。



「頼もしいわ。よろしくお願いしますね。」



大樹は再びマスクを着けると、作業をする手を速めた。



よし、俺も頑張ろう。



そして、仲間として、ここにある物達よりも、二人に頼られるように、支えられるようになろう。



誰かの為は自分の為だって、聞いた事がある。



よく分からないけれど、誰かの為に尽くすと、自分も成長出来るから、って事なのかもと今思う。



自分が成長して頼られる側になる、それが大人になる事だと、子どもの頃に考えて居た。



20歳を過ぎて、周囲から『大人になった』と言われても、実感が湧かなかったのは、誰かに頼られたり支えたり、そういう事が自分には出来ないと思って居たからではないか。



そこには責任が生じる。途中で投げ出したり出来ない。



やり切る自信が有るとか無いとか考える前に、やるしかないという使命感に燃えて居るのが自分でも不思議だけど、これが”大人”なんだろう。



もっと冷静で胸の奥は”冷たい”のが”大人”だなんて子どもの頃は考えて居たけれど、違うな。



心の奥が子どもより”熱く”なって、考えるよりも先に”動ける”のが”大人”なんだって知った。




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