112 喜び
「厚焼き玉子焼き、完成!」
「わー!すごい。綺麗!優くん上手いね!」
「へへん!遼大の方は?鮭、焼き加減どう?」
「片面焼けたから、もう少しかな。それより、出汁はどうしよう?」
「お師匠さん、そっちの棚の缶の中の出汁パック使ってた。」
「了解。」
「あ、遼大、同じ棚に海苔の缶もあるから取って。」
「海苔、これか。はい、優くん。」
「ありがとう!」
うちのバイト、賄い飯は自由だ。
「食べやすいように、鮭おにぎりにしちゃおう。骨取って、ほぐしてさ。」
俺は、鮭を見ながら思いついた事を口にした。
「海老天結びとか作りたいけど、それって時間掛かりそうだし、海老が無いかもだよね。」
「海老天、いいね!今度の賄いで作ろうよ。天ぷら盛り合わせ注文入った時とか。」
「美味しいご馳走食べるのっていいよね。食べ物から元気貰ってる感じ。」
「分かる!いいよね、すごいね優くん。俺、そういうの上手く言えなかった。」
「そういうのって、その、おいしいもの食べて、しあわせ!みたいな感じの事?」
「昨日も思った。けど上手く言葉に出来ないんだよね。」
「俺、ここのバイト入って思った。飲食業界っていいなって。敬遠する人多いって聞くけど、美味しい物食べた人って、しあわせそうな顔になるなって。」
「そうだね。」
「次の仕事、飲食業界にしたら、大変かな?」
「どんな仕事も大変だと思うよ。だから、好きだったり興味ある仕事の方が頑張れると思うな・・・・・・って、俺じゃあ説得力無いよね、ごめん。」
「ううん、永合バイトリーダーの仰る通りです!」
「やめてよ、優くん。そろそろ鮭が焼けたかな?・・・・・・あー、しまった、少し焼き過ぎた。」
皮の端が黒く焦げた鮭の切り身を、皿に盛って優くんに見せた。
「いいんじゃない?美味しそうな焼き目付いてて。」
「ははは、ありがとう。」
フォローしてくれる気持ちが嬉しい。
失敗を詰って否定するのではなく、事実を肯定して、失敗について自分で考えさせる事は大事だ。
バイト中の店長がそう。
自分で気付かなければ、いつまでも同じ失敗をする。
そんな言葉を口癖のように呟くのを聞いて居た。
優くんも聞いたのかな?
真面目な優くんは、柔軟な店長と合わなそうに見えたけれど、そんな事はなかったみたいだ。
「優くん、店長の事、好きでしょ?」
「えっ?!」
優くんは受け取った鮭の皿を落としそうになりながら、「ど、ど、どういう意味でっ?!」と頬を染めて聞き返した。
「俺も好きだから分かる。」
「え?あ、ああ、うん・・・・・・」
「田中所長とは違うタイプだから、最初は正反対かと思ってたけど、実は所長と店長って根本が一緒だなって思えるんだ。」
「そうなの?俺、所長さんとはあまり話せてないから分からないけど。」
優くんは寂しそうに言った。それは所長が、優くんに相談所の仕事をさせようとしなかったからなのかもしれない。
俺は、なぜ俺だけ相談所に手伝いをさせて貰えて居るのか未だに分からないし、それに対して優くんに優越感を感じるとか絶対になくて、もしも優くんにそう思って居ると勘違いされたら嫌だな、優くんもいっしょに相談所の手伝いをさせたくれたらいいのになと思う。
だから優くんは、所長をあまりよく思わず、代わりに受け入れた店長を慕うのは当然かとも考えるけれど、優くんはそういう人ではないと思うし、所長をどう思って居るかなんて優くんの言動からは推察出来ない。
でも、店長に対しては、店長の話をするときの表情や、実際に店長と接して居る時の態度から、好きなのかもと思った。
いや、”好き”と言ってしまったけれど、”信頼”の方が適して居たかも。
「店長って、隠し事出来ない人だし、適当に見えてツボ押さえてるから、信頼出来るよね。」
優くんが、はにかみながら頷いたのを見た時、心から優くんと友達になれて良かったと思った。