110 生死
12月26日の朝。
クリスマスが終わって、昨日まで街を染めて居た色を塗り替えて行くこの日が、昔からいつも何だか寂しく思えた。
誕生日とクリスマス。
二つのイベントが一度にやって来て、あっと言う間に終わる。
つまらないなと、小学校高学年くらいになると、別々の日が良かったと思うようになったのを憶えて居る。
今はイベントに心躍らされる事も無くなって、それを寂しく思ったりもする。年を取ったな、なんて。
でも昨夜は楽しかった。皆が祝ってくれて、誕生日の意味が少し分かった気がした。
祝われる気持ち、祝う気持ち、両方を知るのが、年を一つ重ねて行く意味なのだろうと思う。
知らないまま過ごして来た、知ろうとしなかった事が勿体無いと、色々な事に対して興味を持てば、平凡な日々を”つまらない”という暇は無くなるのではないだろうか。
やる事も居る場所も無かった俺はどこかに消えた。
毎日、忙しくなって、行く場所も出来た。
お師匠様は、それは俺自身の”気づき”だと言ってくれた。
今日も忙しい。でも楽しい。
世界の見え方が、ほんの少し角度を動かしただけでまるで違って見えるなんて知らなくて、それは周りの皆に教えて貰えた事だ。
自分が実はしあわせな人間だという事も。
俺なんかが世界を変えられる訳が無い、なんて思って居たのは間違いで、俺だって何か出来る、やる前から諦めてたから何も出来なかったんだと考えられるようになった。
今日も向かう。自殺相談所のあるビルへ。バイト先の居酒屋へ。
今日はどんな一日になるかと、少しの不安と大きな期待を胸に、ペダルを漕ぎ出す。
昨日が終わっても今日が始まる。今日の俺が終わったら明日の俺になれる。
死を迎えるまで俺は、昨日から今日を生きて明日へ向かう。
当たり前の事を、楽しめなくなる人も居る。かつての俺もそうだった。
切っ掛けも分からないから、治し方も、いつ治るかも知らない。
先の見えない暗闇の中から抜け出したいと藻掻く事が出来るのなら、快方に向かう。
どうしていいか、自分がどこに居るのか、分からなくなると危険だ。
“生”より”死”を望む事になるかもしれない。
“どうしたらいいのか分からない”
“疲れた”
“死んだら楽になれるかも”
そんな考えに取り憑かれて、危うい日々も確かにあった。
多分誰の中にも”生”と”死”はあって、どちらが優位に立って居るかで決まってしまうのかもしれない。
いつかまた自ら”死”を考える日が来るかもしれない。
その時、冷静に考えられるように、或いは解決策を一緒に考えてくれるよう、周囲にお願い出来るようであればいいと思う。
相談所で様々な事情を抱えた人達の話を自分の事のように聞いて、もしも”死”について考えたくなったら、一人で抱えようと思わず、周りにも抱えて貰う事が、自分と周りにとって一番いい事なのだと分かり始めた。
午前九時になる前にバイト先の居酒屋に着いた。
相談所には片付けが終わったら向かおうと思って居た。
今日は鍵を持って無い。勝手口のインターホンを鳴らしたけれど、店長は出なかった。
まだ上の階の自宅で眠って居るのだろうか。
優くんに連絡しようと鞄の中を漁った時、エレベーターが到着して、開いた扉の向こうから優くんが現れた。
「おはよ、早いね、遼大。」
「優くん、おはよう。今来た所。鍵無くて、連絡しようと思ってた所。」
「ああそっか、うん。」
そう言って優くんはポケットから鍵束を出すと、厨房勝手口の扉の鍵を開けてくれた。
鍵束には店の入口の鍵もある。
正式なバイトではない筈の優くんは、すっかり正式なバイト仲間に見える。
ここのバイトが合うなら、ここで働いたら?と言いたくなるのを我慢するのは、優くんにはまたどこかの会社にお勤めした方がいいと、所長も店長もお師匠様も、優くんへの接し方からそう思って居るのだと察した。
俺の事は相談所にもバイトにもすんなり迎え入れてくれたのに、優くんが違うのは何故か分からないけれど、優くんがここで働きたいと望んでも突っぱねる理由が、絶対にあるのだろうという事だけ感じて居る。