109 生真面目
「それじゃあ、今日はどうもありがとうございました。俺、明日片付けに来ますから、無理しないで下さい。」
「あー、いいっていいって、平気。こっちで適当にやっとくから。」
会計を済ませた俺に向かって店長が言った。
でも俺は、明日の朝、来るつもりだ。
店長の事だから、お師匠様や優くんの負担を減らす為、今夜は完全に片付けないだろう。
明日の朝に店長一人で片付ける姿が簡単に想像出来る。
「タクシー来たよ。」
妹が呼びに来た。
酔い潰れた父の腕を肩に掛け、脇を抱えて「父さん、帰るよ」とゆっくり立ち上がる。
俺より20kg近く体重の重い父の体は、支えて歩くのがやっとで、負ぶるなんてとても出来そうにない。
父が酔い潰れて居なかったら、俺は残って後片付けを手伝うと申し出て、けれど却下されて、どの道『家族と一緒に帰れ』と店長に帰宅を促されただろう。
「遼大、気を付けてね。」
濡れた手を拭きながら、厨房から出て来た優くんが手を振ってくれた。
「ありがとう。明日来るから。」それは優くんも”明日来てくれる”かどうかの確認だった。
「分かった。」
その回答ではどっちだろうと分からなかったけれど、彼の笑顔を見たら、うん、”来てくれる”のだろうと思えた。
明日の朝、店長に一人で片付けさせたくないという思いが、彼も同じなのだと考えると心強くなった。
父の体を支えながら妹と共に三人でエレベーターに乗り、ビルを出た所の路肩に停車されたタクシーを見つけた。後部座席のドアが開くと、既に乗り込んで居る母がおいでおいでと手招きした。
「助手席乗るから、後ろ座って。」と妹が言うので、俺は父を後部座席に何とか押し込んだその隣に乗り込んだ。
バタン。
タクシーのドアが閉められ、程無くして走り出した。
何か喋ろうと考えて居る内に、段々口が重たくなり、カチカチカチとウインカー音が車内に響くと、もう喋らなくても良い気がしてしまった。
家に着いて、完全に眠って居る父を二階に運ぶのは難しかったので、一階に布団を敷いて寝かせると、「シャワー浴びて来る」と妹がバスルームへ、母は「お茶淹れるわね」とキッチンへ向かった。
俺もキッチンへ向かい、ダイニングチェアに腰を下ろすと、「今日はありがとうね。主役なのに大変だったわね。」と母が労いの言葉をくれた。
「いや、全然。」そうは言ったものの、少し疲れを感じて居た。
職場と家族と、双方に全く気を遣わなかったと言えば嘘になる。
「お茶、熱いから気を付けて。それとこれ。」
母が台所の引き出しから封筒を取り出した。
見ると祝儀袋で、『お誕生日おめでとう』と書かれて居た。
「これ、何?」
「お誕生祝。少しだけどね、好きな物買いなさい。今日の支払いだって、遼大が全部したでしょう?」
「貰ったら、意味ないじゃん。」
バイト代でご馳走したかったのに、と思った。
「そんな事無いわよ。今日はご馳走様。」
「だから、要らないよ、これは。」
「あら、お誕生日プレゼントよ。」
「ケーキ貰ったし。」
「それはクリスマスもあったから。クリスマスプレゼントも兼ねてだと、もっと少ないけど。」
「いいってば。」
「素直に貰っておくのが、大人ってものよ。」と母が言って、お茶を啜った。
「おにぃが要らないなら、貰っちゃおうかな?」といつの間にかキッチンに来て、隣に座った妹が言った。
「え?」
「真面目、いや生真面目って言うんだっけ?損するよ?明日の朝だって、行くなんて言うの、向こうだって迷惑だよ。生真面目過ぎる人に振り回される周りの人の気持ちも考えなくちゃ。」
妹に言われて、そういう考えもあるのだと、周りに気を遣えて居なかったのかと、今更ながら反省した。
生真面目か・・・・・・真面目とは違うのかな。うーん。
真面目過ぎても良くはないという事なのだろうか。