107 生業
「ケーキ、食べたいけど、さすがに三つは無理かも・・・・・・」と、妹は八等分にカットしたケーキを二つ食べた後で言った。
「そうね。お料理もあるしね。」と母も、二つ目のケーキを半分食べた所で、お腹を両手で摩りながら苦しそうだった。
「ここのお店、暖かいからケーキ溶けちゃうね。残ったケーキを箱に入れて冷蔵庫に入れといて貰おうよ。」妹が言うので、母も「そうね。皆さんに食べて貰ってもいいわね。」と提案した。
「それいいね!持って帰らなくていいもんね!みんなに食べて貰おう!」
妹なら「残ったケーキは持って帰ろう」と言うかなと思って居たけれど、違った。
さっき厨房に行った時に、みんなと何か話したのかな?
いい人達だから、すぐに親しみを覚えたのかも。
厨房は今どうなって居るのか気になった。
座敷を離れる丁度良い口実だと、
「分かった。とにかくケーキ、厨房の冷蔵庫に入れて来るよ。」
二台のケーキをトレーに載せて立ち上がった。
すると妹が「一緒に運ぼうか?」と、珍しく手伝いを買って出た。
「大丈夫」と断ったが、「いいよいいよ、手伝うって!」と譲らず、付いて来た。
まあいいか。厨房から運ぶ料理もあるかもしれないから────「すみません、店長。ケーキ冷蔵庫に入れても・・・・・・」
厨房に足を踏み入れながら放った途端、円形になって立って居た店長、所長、お師匠様の三人がハッとした顔で俺の方を見た。
「あ・・・・・・すみません。お話し中でしたか。」
何かあったのだろうか?一瞬見せた所長の険しい表情に、背筋が寒くなった。
「私に急用が出来てしまって、お店を離れる相談をして居ました。」
「あ、それなら俺が配膳します。」
“急用”の詳細が気になったけれど、所長のそれは、聞くのも覚悟が要りそうに思えた。
何故なら、所長は普段通り、声は穏やかなのに表情が強張って居て、それはおそらく所長も気付けない程、余裕が無いという事、それだけは分かった。
「それでは、私は申し訳ありませんが、出掛けます。」
「おう!気を付けてな。進展あったら連絡くれ。」店長がコンロの前に戻りながら言った。
「気を付けていってらして。」お師匠様は所長のコートと帽子を持って来た。
「はい、いってきます。」コートを着込んだ所長は、店を出て行ってしまった。
何処へ向かったのだろう。
興味はあったけれど、聞けない雰囲気だった。
洗い場に居る優くんの方を見ると、視線が合った。
何か知って居そうな彼は、俺に内容を知らせてくれそうだけれど、所長達が言わない事を無理に聞き出したら、優くんが気まずい思いをするだろう。
何だか自分だけ仲間外れみたいで嫌だなと思うけれど、俺の信頼する人達が、俺には言えないと思って決めた事なんだったら、俺は知らないでている事が、みんなの望みを叶える事になるのだろう。
一個人の好奇心が、誰かを必要以上に傷付けてしまう事がある。
知らなくていい事を、知る必要は無い。その”必要”は俺のではなく、相手の”必要”だから。
自分の好奇心を満たしたいだけの質問は、今は”要らない”。
これも相談所で培った”心”の一つだ。
けれど、妹は違った。
「何かあったんですか?」
俺が聞かないでおこうと決めた事を、何も考えずに聞いてしまう。
お師匠様は微笑みながら「少しね。でもね、まだ事情が分からないの。それを確かめに向かったのよ。」と穏やかに答えた。
妹は、その落ち着き様に大事では無いと思ったのか、
「そうですか。あ、このケーキ、さっきの箱に入れて冷蔵庫に入れていいですか?後で皆さんに食べて頂けたら・・・・・・」と言った。
「まあ、ありがとうございます。では、私が冷蔵庫に入れて置きますね。代わりにこちらのお料理を運ぶのをお手伝いして下さるかしら?」
「美味しそう!運びます!」
妹は看板メニューの鳥の唐揚げ、本日はクリスマス仕様の盛り付けの皿を、トレーに載せ、いそいそと厨房を出て行った。
「お師匠様・・・・・・」どうしよう、聞かないと決めたのに、やっぱり気になって来た俺に、
「大丈夫ですよ。後でお知らせしますから、今日は楽しんで!それがあなたの今日のお仕事ですよ。」とお師匠様は俺の肩をやさしく摩った。