105 誕生パーティー
「やっと来た。」店長が呟いたすぐ後に
「こんばんは。初めまして。」と俺達の前に立った所長が挨拶した。
「こんばんは。」両親が誰か分からないといった表情で返すと、
「私、自殺相談所所長の田中と申します。遼大さんにはいつも大変お世話になっております。」と所長が自己紹介した。
「あっ、はい!こちらこそ、あの、永合です。いつも息子がお世話になっております。」
驚いた後、姿勢を正した父が言った。
その様子が少し可笑しくて、だけどとても嬉しく感じ、思わず頬が緩んでしまった。
母も同様に姿勢を正し、軽く頭を下げた。
「本日は遼大さんのお誕生日おめでとうございます。どうぞごゆっくりお過ごしいただけましたら何よりです。」
「ありがとうございます。」
両親が所長に頭を下げた。
店長は「いい所全部持って行きやがって」と呟き、所長の背中を肘で小突いた。
所長は店長の手から俺のエプロンを貰うと、お辞儀をして、厨房へ下がった。
「俺、ちょっと行って来る。」
店長と所長の後について厨房へ入ると、「こら、リョウタ。戻って来てどうする。」と店長に言われ、「ここは大丈夫ですから、どうぞご家族水入らずでお誕生日をお過ごしください。」と俺のエプロンを広げて着けながらの所長に言われた。
「だけど・・・・・・」
「心配要らない。タナカはリョウタより先輩だ。店開けたばっかの頃は、毎晩手伝ってたからな。」
「懐かしいですね。しかし、店開けたばかりの頃だけではなく、以降も人手が足りない時はこうして呼ばれて手伝っていました。」
「あ、まあ、細かい事はどうでもいいんだよ。お、丁度料理上がったから、これ奥の宴会客の卓に頼むな。」
「相変わらずの人使いですね。」
やれやれと笑う所長と店長のコンビは、俺が知らないだけで、結構古くから良い関係のまま続いて居るのかもしれないと思えて来た。
「本当に大丈夫ですか?」
「勿論。ほら、タナカからも言ってやれ。」
「今夜のあなたのお仕事は、ご家族に祝われる事です。頑張ってください。」
「え?頑張る?」
「誰かを”祝う”よりも自分が”祝われる”方が大変な事だと私は思います。」
「そう、なんですか?」
「是非、今夜はそれを目一杯感じて下さい。」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
「自分の分の飲み物持って行け。生中でいいか?」
「あ、いや、ノンアルコールを。」
「ユウ!生中一つ!」
「はい、生中一つ!」
おいおい優くんまで店長とグルになって。
「遼大、はい、どうぞ。」
笑顔の優くんに生ビールを注がれたジョッキを手渡されたら拒否出来ない。
「いってらっしゃい。」
そうして皆に厨房を追い出された俺は、家族の待つ座敷席へ、客として向かった。
営業中にエプロンを外して客として店内を歩いた事が無かったから、変な気分だ。
考えたら、バイト以外でこの店に来た事が無かったな。
来ても良かった筈なのに。
「あっ、遼大。今夜、本当にバイトはいいの?」母が聞いた。
「うん、いいって。」
「良かったわね。」
そのつもりだったら、バイトに呼ばなければ良かったのでは?と思ったが、店長には何か考えがあっての事だったのか?とも、店長、そして所長に言われた”祝われる”という言葉を聞いてから、二人、お師匠様も含めると三人の思惑について考えるようになった。
「ここ座れ。乾杯しよう。」
父は、ビールジョッキを持つ俺を、父の隣に座るよう促した。
「それじゃあ、えーゴホン。遼大の25歳の誕生日に乾杯!」
「乾杯!」
笑顔の父、母、妹とグラス同士をぶつけた。
いつ振りだろう?ふわふわして擽ったい、でも悪くない気分を味わった。
祝われるってこんな感じだったかな。
昔、どんな風に誕生日を祝われて居たか思い出を振り返りながら、ビールを呷った。
初めて口にした時よりもビールを苦く感じなくなった事に、嬉しさと寂しさを覚えた。