104 誕生日のアルバイト
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さい。」
一旦厨房に下がろうとした所、父が「注文しよう。」と母と妹に言った。
そして俺を見て、「本日のおすすめはありますか?」と聞いた。
父が客と店員の距離を保ったまま話を進める体なら、その方が親子間の遠慮は無くなって、簡単だった。
大学を中退してから、いやそれ以前からかもしれない。父との関係は良好と言えないと感じて居た。父は直接俺には言って来ない。母を通してだから、嫌われて居る、若しくはどうでもいいと思われて居るのだろう。
亡くなった息子を想うワタナベさんのような父親は少数、いや、亡くしたからこそ、息子の存在と正面から向き合えて居るのかもしれない。
しかし、想像出来ない。俺が亡くなった後の父は、俺を偲んだりしないだろうと考えてしまうから。
母は泣いてくれると思う。妹は、どうかな?多少寂しがってくれる位かも。
父は────「先ず飲み物と、つまみをお願いします。生中と、お前は梅酒?あと路花はどれがいい?」
「カシオレのノンアル。」
「何それ?」メニューを眺める父が首を傾げた。
俺は笑いそうになるのを堪えながら、
「畏まりました。」と片手サイズの注文機にピピピッと入力した。
「遼大、ちゃんと仕事出来て凄いわね。」
母の褒め方は、俺が小さな頃から変わらないせいか、嫌な気はしない。でも上手く言葉で返せないので、いつも軽く笑って済ませてしまう。
「少々お待ち下さい。」
さて、と厨房に戻ると、飲み物の準備。
それを出したら、宴会客の料理を運んで・・・・・・と思って居た俺の後を、店長が付いて来た。
────えっ?俺、何か失敗した?
思わずヒヤリとした俺の背中に、店長が付いて来る。
「お待たせいたしました。生中、梅酒、カシスオレンジのノンアルコールです。」
俺がトレーからジョッキ、グラスをテーブルに置く間、父は『あー、カシオレノンアルって、それかー!』と言いた気な顔をして、妹の頼んだグラスに視線を向けて居た。
「永合様、失礼いたします。店長の内間木田と申します。本日はお越しいただき、ありがとうございます。」
後ろに居た店長は突然俺の横に立つと、テーブルに着くうちの家族に向かって挨拶し出した。
「あ、店長さんですか、いつも息子が大変お世話になっております。」
父が畏まって店長に挨拶をすると店長が頭を下げた。
「いいえ、こちらこそ。遼大さんの仕事ぶりにいつも助けられて居ます。今夜も急遽シフトに入って頂き、大変助かっておりますが、ご家族水入らずの日を邪魔してしまい申し訳ございません。」
えええ?そんなの店長が気にしなくていいのに。俺の誕生日なんてそんな、家族水入らずなんて大層なものでは無いのに。
「こちらでお世話になって居るせいか、最近息子が頼もしくなって来たと家内から話を聞いて居ます。店長さんのご指導のお陰です。ありがとうございます。」
父がそんな風に他人に向かって俺のことでお礼を言う所を、初めて見た。
「今夜は一段落しましたので、ここからは是非遼大さんも一緒に。」
そう言って店長は俺のエプロンを奪い取ると、靴を脱いで座敷に上がるよう促した。
「店長、でも俺、奥の宴会のお客様の料理運ばないと・・・・・・」
「そっちは大丈夫だから。」
「だけど、やっぱりダメです。」
「助っ人を呼んだから大丈夫。」
「助っ人って?」お師匠さんの事かな?だとしたら心配だ。
「配膳する人員が足りません。」
小声でやり取りするが、家族には多分全部聞こえてしまって居るだろう。
「店長命令。ここでご家族に祝われる事!l25歳の誕生日は人生一度しかないからな。」
どうやって配膳バイトに戻ろうかと考えたその時、店頭でチャイムが鳴った。店入口からお客さんが入って来ると鳴る仕組みだ。
お客さんが増えた事を理由に、誕生パーティー?には入らない。
俺が”このままバイト続行しないと、注文を捌き切れないです”と言おうとした時、「お待たせしました。」聞こえて来たのは所長の声だった。