102 誕生祝
2015年12月25日金曜日。
25歳の誕生日を忘れて居た訳じゃないけれど、”大人”に分類される頃には燥ぐ事も無かった。
ただ家族は、毎年欠かさず祝ってくれて居る。
誕生日とクリスマスが一緒という理由の方が大きいと思うから、俺自身、誕生日を祝われているというより、単なるクリスマスパーティーとして捉えて居た。
恒例行事のクリスマス兼誕生祝、母は仕事先の付き合いでケーキを買って来る。今年は二つもという事で、ケーキ消費人員という事で、参加は必須だったのだが、難しくなった。
アルバイト先の居酒屋で、人手不足発生。
理由は様々らしいが、詳しくは知らない。店長は把握して居る。
理由を知った所で、何とか出て来るよう促す事も難しいと思うし、どうしても出て来られないから欠勤を届け出るんだ。
23日水曜日、祝日の夜。
「ごめん、遼大。本当にすまない。今、頼めるの遼大しか居なくて。」
店長が申し訳なさそうに言うのを、俺の隣で聞いて居た優くんが「俺だけじゃ、足りないですよね・・・・・・」と言ってくれた。
「三日連続、宴会入ってて。まさかこんな事態になるとは想定外でさ、ほんと・・・・・・」疲労の色を隠し切れない店長の方が心配になって、「俺で良ければシフト入りますよ。」と言って居た。
残念がる母の顔が浮かんだが、仲間を助けない選択肢は無かった。
「ありがとう。助かる。」
「それより店長、ちゃんと休めてますか?顔色悪いですよ?」
「ああ、大丈夫。助っ人も頼んだから。」
「助っ人?」優くん以外にも?
俺と優くんは顔を見合わせた。
「昼も仕込み手伝って貰ってさ。もう少ししたらまた来てくれるって。」
店長の知り合いかな?と思って居たら、店が忙しくなって来た19時過ぎ、現れた人物を見て「えっ!」と驚いた。
「こんばんは、あら違いますね、おはようございます、ね?」
現れたのはコック服、コック帽に店のエプロン、マスクを着けたお師匠さまだった。
「千代さん、よろしくお願いします。」
「はい、店長。こちらこそ。」
「ええっ?!」
厨房でトレーを抱えて驚く俺を、優くんはお皿を並べながら、どうしてそんなに慌てるのかと不思議そうに見て居たので、「相談所のお師匠様。まさかお手伝いがお師匠様だなんて。」と小声で言うと、「分かってる。遼大、そんなに驚かなくても。」と冷静だった。
俺達のやり取りもお見通しなのか、お師匠様は、にっこり微笑んだ。とは言え、いつも通り目元しか分からないけれど、これからピークを迎える居酒屋の厨房の忙しさを、お師匠様が乗り切れるのか正直心配だった。
けど・・・・・・杞憂だった。
お師匠様は小さな体でテキパキ正確に次々料理を仕上げて行く。
若い、きっと俺より体力があるかもしれないと思う位パワフルで、それには優くんも驚いたようで、指示について行くのがやっとだった、と怒涛の時間が終わった後でこっそり教えてくれた。
「みんなお疲れさまー!いやー、どうなるかと思ったけど、何とかなって良かった!」
店長は、頭のバンダナを取って額の汗を拭った。
「お疲れ様。それでは私は失礼しますね。」
「千代さん、ありがとうございました。」
「ええ。あなたもよくお休みになって。」
「はい。」
店長は深々と頭を下げた。
23時半前、お師匠様は上の階にある自宅へと帰って行った。
「残った料理、持って帰っていいぞ。千代さんのは同じ味付けなのに美味いから。」
「店長、どうしてお師匠様が来てくれたんですか?」
「ああ、そっか。遼大が来てから千代さんに入って貰った事は無いんだったっけ?前にも店がピンチになった時、ちょこちょこ手伝いに来て貰ってたんだよ。」
「そうだったんですか。」
「そんな驚く程の事だったか?」
「いや、まあ・・・・・・」
「それより25日、聞いたぞ?」
「えっ?」
「席空いてるから、ご家族呼んで、ここで誕生祝したらどうだ?」
「えっ?店で?」
「それいいね、遼大!」
「それは、まあ・・・・・・でも、家族に聞いてみないと。」
「本当は休み取って貰えたら良かったんだけどな。」
店長の提案は罪滅ぼしのつもりなのだろう。
折角の申し出、断ったら申し訳ないなと思ったので、
「家族に聞いてみて、OKとなったらお願いします。」と言うと、
「そうか!サービスするよ!」と嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。」
俺は、アルバイト代で、家族を招待しようと思った。