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10 自覚

二度と来ないと思っていたビルに、自ら足を踏み入れる事になるとは、思いもしなかった。



しかも翌日にだ。



9月2日。暑さのキツくなって来た昼前の時刻。



ビルの中は暗く、陽が当たってないから涼しいだろう・・・と考えていたが、エレベーターの中は冷房もなく、肌に風を感じない分、外より蒸し暑いと感じた。



貼り紙の横にぶら提げられたビニール袋には、使い捨てマスクとサングラスが入っている。



相談者なら着けるべき・・・しかし今日の俺は”相談者”なのか?



違う。背中のモヤモヤをばぁちゃんに祓って貰いたい―――つもりだったけど、今は不思議と感じなかった。



あれれ?



・・・ま、いっか。ここまで来たんだし、昨日の相談員にどうかって話は無かった事にしてと、はっきり断っておこう。



エレベーターを四階で降りると、ツンとした臭いが鼻を衝いた。



何だっけ、この臭い。



・・・思い出した、プールの臭いだ。塩素臭?まさか危険物?



遼大は首を左右に振り、薄暗い廊下の端から端、床、壁、天井まで、不審なものが無いか目を凝らした。



昨日は怒りに任せて相談所の中に飛び込んだから、周りをよく見ていなかった。



温度とか臭いとかも気にならなかった。



得体の知れない場所への恐怖は無くなったが、別の感覚に包まれている俺の握った拳の中は、昨日と同じく、じとりと汗ばんでいた。



今日は静かだな。誰とも擦れ違わない。



普通の会社なら昼休みの時間だから、相談所も昼休みとか?



一般的な店とは違うから、入口には”営業中”や”休憩中”の看板はないけど、ボランティア事業だし、やっぱり昼休みなのかな?


しまったな。昼時を避けて、もう少し早いか遅い時間にすれば良かった。



まぁ、時間はあるんだから、待つか。



遼大はエレベーターの隣の壁、ヒビの入った箇所を何となく避けて背中を預けた。



“自殺相談所”の入口扉の下には、赤いマットが敷かれていたが、中の人の気配を全く感じ取れず、昨日に比べて随分ひっそりしていると思った。



南側の窓から相談所内を通って、入口のガラス扉へ届く光は多くない。



昨日入ってわかった事だが、それは相談所内が、一人分の幅で区切られているからだ。



各相談員のブースに直結された、迷路のような通路の壁。それによって、廊下が薄暗い。



通路の奥、方角はおそらく西に、黒いブラインドで覆われている窓枠が見えた。



あれを開けば、この通路は、もう少し明るくなるかもしれない。



はぁ・・・遼大が溜め息を吐いた時、彷徨わせた視線の先が、昨日出て来た憶えのある事務所の扉に行き当たった。



裏口。昼休憩中なら、こっちに居るかも。



灰色ペンキの塗られた金属性の重厚な扉もまたどこか見憶えがある―――ああ、学校の防火扉に似ている。



遼大はエレベーター脇の壁に預けていた背を起こすと、一歩、二歩と足を事務所の出入口へ向かわせた。



何も書かれていない、知らない人が見たら、ただの倉庫と思いそうな素っ気ない扉の前に立った。



グーにした右手の硬い部分で扉を叩いた。



コン・・・コン。



応答を待った。



あれ?



誰も居ないのかな?



もう一度。



コンコン、コン!



強めに叩くと、骨に響いて、手が痛くなった。



いててっ。



すると中から、はーい、と聞こえたような、空耳のような。



遼大は、内から扉が開くのを待っていた。



しかし開かない為、遼大は、扉の窪みに手を掛けて引っ張った。



ガチャッ、ガチャ!



少しだけ動いて戻った扉には、鍵が掛けられている。



あれぇ?今、中に誰か居ると思ったのにな。



というか、ちょっと待て俺。



何で相談所の事務所に入ろうとか考えてんだ?



そもそもどうしてここに来ている?



相談所の相談員を引き受けるとか考えてないだろ?



金にもならないボランティア。してる暇なんてないんだよ、俺は。



だったら何で俺、ここに居るんだ?



わからない。



ただ―――



『必要な人です』



その言葉をもう一度聞きたいということを、遼大は自覚していなかった。





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