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1 自分の知らない世界

俺は二十四歳のフリーライター。高校卒業後、大学に入学したが、心を患い二年で中退した。


現在、父母と専門学校生の妹と実家暮らし。金は持ってない。仕事らしい仕事もない。


フリーライターっていっても、ネット応募で、有名ではない雑誌の穴埋めに採用されたのは、一本半。二本の内の一つは半分以上改稿され、違う括りで終わっていた。


家に籠ってても何も書けないので、記事のネタを探してブラブラ街を歩いていた。


九月。


夏休みが終わり新学期を迎え、学生にはかったるい日々の始まり。


社会人になってもかったるさは変わらない。


仕事をバリバリこなす人生なら楽しいのかなと考えてみたけれど、


学生時代、乗った通勤ラッシュの電車内で、ウキウキした顔のサラリーマンは一人も見つけられなかった。


ただなんとなく大学卒業して、ただなんとなく就職して、ただなんとなく生きて死ぬ―――――


ある日、電車に乗れなくなった。


何かをしていた訳じゃないが、突然息が出来なくなって、


その時の記憶は曖昧だが、電車から下ろされて、駅員室だったかな、どこかタバコ臭い部屋の椅子に座らされて、


苦しくて、


目をギュッと瞑って開いたら、揺れ動く車の中で台の上に横たえられていた。


ヘルメットを被った隊員と(おぼ)しき年上の男性が付き添っている。


救急車の中だった。降ろされたのは大学病院の救急入口。


昼間だったから「すぐ先生来ますからねー」と言われて、酸素マスクされてたから、大分楽になりつつ待ってたら、


全然来ない。


ま、その件はいいけど、病院の人に連絡先を聞かれて、喋るのも辛かったものだから、


学生証とスマホ画面に母の携帯番号を表示させた。


「このまま電話かけますね」というので、うんと答えて―――――



処置が終わって、回復室で横にならされて、スマホも弄れないから暇で、壁掛け時計の赤い秒針を眺めていた。


コッチコッチコッチコッチ・・・


電池が切れるまで定格に刻み続ける音を聞きながら、電車に乗ってから二時間が過ぎようとしていた時、


母がやって来た。



それからどうだったかなんて、聞かれもしないつまらない話。


忘れかけている辛かった日々の事なんて、今更思い出しても歩みを止めるだけで社会の役には立たない。


もがいた日々を思い出しそうになるのが嫌で、咄嗟に右足を蹴り上げた。


すると、ガン、とスニーカーのつま先が、


四角いスナックの置き看板の下に当たった。


思わず「いっ、てぇぇ・・・」と声を上げたが、そんなには痛くなかった。


歩道の上を行き交う人の目をまた気にしだす、悪い癖はもうやめた筈なのに。


俺は蹴ってずらしてしまった置き看板の両脇を手で持って、歩道の端に移動した。


「スナックの営業時間はとっくに終わっているだろ。ここに置かれたままじゃ、邪魔なんだよ・・・」とそのスナック名を見ると、


紫地に黒文字の識別しにくい配色で、


『自殺相談所 四階↗(よんかいななめやじるし)』とあった。


「はっ?自殺相談所(じさつそうだんしょ)?」


縁起でもない名前をよく付けたな。


俺はその雑居ビルの四階を見上げた。


太陽が反射した窓には、事務所と書いてあったのを消されたらしい薄い跡と、閉め切ったブラインド。


自殺の相談なんて軽々しくするものじゃないのに、しかもここでは商売にしているなんて、胡散臭い詐欺まがいの悪徳商法に違いない。


ようし、自殺相談所とやらのあくどい実態を暴いて記事にしてやる。


心の弱った者達の気持ちも解らず、見下している連中に、自殺なんて名前を軽々しく使うなと抗議してやる。


実態不明な『自殺相談所』をこっそり取材し、記事にする為、


九月一日、永合遼大(ながいりょうた)が、この世界(ビル)に初めて足を踏み入れてしまった日。




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