いいことありそう。
子供の頃、「耳が痒い」と母親に言ったら
「耳が痒いといいことあるって言うよ」と教えてくれたのを今でも覚えている。
ちゃんと定期的に耳かきをして耳をきれいにしていても、時々やってくる【軽い痒み】。
「あ、いいことあるかも」
と、私はその痒みを嬉しく感じていた。
ちょっとした痒みなので、いいことも、きっと、ちょっとしたこと。
【お釣りが10円多いかも】
【ジュースの販売機で当たりが出るかも】
【誰かが旅行に行ったお土産くれたりするかも】
そういうものだと思っていた。
ただ、この日はいつもの痒さとは違っていた。
耳の奥の方で痒い気がするけど、痒く感じる場所が移動しているようにも思える。こっちが痒い、あっちが痒い、なんか変な感じ。
ガサガサ
「えっ」
よく耳の中がゴロゴロするという表現を聞くが、それを大きく上回ったかのようなガサガサ、ゴソゴソという音がした。
これって・・・もしかしたら、耳の中に虫とか入っちゃったんだろうか。
変に耳かきをしてもっと奥に行っちゃったら嫌だし、どうしよう。私はネットで検索してみた。
「うわあ、結構耳に虫入ってる人いるのね」
検索結果の見出しを見るだけで恐ろしい内容がヒットして、私は見るのも怖くなったが、ちらっと見えた文章、『懐中電灯などで光を当てると虫は出て行きます』というのを見て、とりあえず、これを試してみようと、懐中電灯を用意した。
長い髪を後ろで簡単に一まとめにして、いざ、耳に懐中電灯の光を当てる。
虫さん、お願い、出て行って~!
ガサガサガサ!
うわあ、結構大きいのが入ってるのかな?まさかのゴキブリ・・・?それだったら、出たら出たでまたパニックになりそうだ。
ピョン!
その時、耳の外に小さい丸い玉のような物が飛び出したのだ。
「あ、出た!・・・なにこれ?」
机の上に、黒い小さな粒のような物が見えた。2mmぐらいの丸い形で、黒だけじゃなくこげ茶も見える。
「テントウムシの一種なのかな・・・」
ゴキブリではなさそうなので、私も少しは安心して、机の上の丸い物体をじっと見つめる。
黒とこげ茶の丸い物体は、モゾモゾと動き出し・・・
『とうっ!』
と、叫びながら、机の上に仁王立ちになった。
「わああああああああ!」
仁王立ちになっているのは・・・紛れもなくオッサンだった。こげ茶色に日焼けした肌に、黒いビキニパンツ。頭はスキンヘッドだった。
「ちっちゃ・・・」
偉そうに仁王立ちをしているが、どう見ても5mmほどしかない。見た目もイケていないので、思わずプッと吹き出しそうになる。
『何だね、その顔は』
小さすぎるオッサンが笑いを堪えている私に突っ込みを入れてくる。
「いや・・・そりゃ笑うでしょ。オッサン、小さすぎるくせに黒いし、なんかムキムキだし」
『こう見えてもボディビルダーだからな』
「えっ・・・超ウケるんですけどー!!!」
『・・・失敬な娘だ』
私は、オッサンが登場した時の姿を思い出して、オッサンに頼んでみた。
「オッサン、ちょっと、さっきみたいに丸くなって」
『こうか?』
オッサンが丸くなる。出て来た時と同じ、黒とこげ茶の丸い物体にしか見えない。
「ああ!あはははははははっ!!!」
私が突然笑い出したので、オッサンがビックリする。
『な、何がそんなにおかしいのだ?』
「いや、だって・・・さっき黒く見えてた部分って、そのビキニでしょ?」
足を抱えて丸まってるお尻の黒いビキニが、さっき黒く見えた部分だったとわかった途端に、笑いがこみあげてきたのだ。
「超ウケるっ・・・笑いすぎてお腹痛いわ。ていうか、オッサンは何のためにここにいるわけ?」
私はまだ笑いが収まらないが、とりあえず質問をしてみる。
『さっきからオッサン、オッサンとワシのことを呼んでいるが、ワシにも名前はあるのだぞ』
「ああ、ごめんなさい。オッサン呼ばわりして。名前はなんていうの?」
『仁徳川乃松浦楠野助三太夫だ』
「え?じん・・・なんて?名前長すぎだし」
『まあ、呼びやすいようにジンクスとでも呼んでくれたまえ』
「ジンクス・・・なんで洋風に略すの。ジンさんでもいい?」
『娘の好きに呼んでくれたらいいぞ。娘の名はなんという?』
「・・・なんか喋り方変ね。私は沙也加。よろしくね」
『爽やかとは変わった名前だな』
「爽やかじゃなくて、さ・や・か!オッサン、耳遠いの?」
『・・・オッサンとな?』
「ああ、ジンさんだったね、ごめん」
こうして、私は、小さすぎるオッサン、ジンさんと出会ったのだった。
『娘よ』
ジンさんが、私に話しかけてくる。
「誰が娘よ。沙也加って呼んでよね」
『すまぬ。沙也加よ、ワシは沙也加の思いが創り上げた生物なのだよ』
「ええっ?」
そんな・・・私、別にムキムキマッチョな人が好みってわけじゃないし。
『沙也加がずっと信じてきたことがあるだろう?耳が痒いといいことがあると』
「小さい頃にお母さんに教えてもらったからね」
『その沙也加の思いがワシとなって現れたというわけだ』
「え・・・じゃあ、なに?ジンさんが私に何かいいことしてくれるってこと?」
『まあ、早い話がそういうわけだ』
へえ!私が創った割には、すごいことになったわ。魔法とか使えるのかしら?お前の望みを3つだけ叶えてやろう、とかのパターンかしら?じゃあ、どうしよ。何をお願いしようかな・・・
『やれ、重たいな』
ジンさんがペットボトルの蓋を転がしながら机の上を歩いてくる。
「何してるの」
『いいから、見ておれ』
そう言ってジンさんは、私の目の前に来ると、
『そいやっ!』
と、転がしてきたペットボトルの蓋を倒した。
身長5mmほどのジンさんには、確かにペットボトルの蓋は巨大で重たい物かも知れない。
『沙也加、よく見るのだぞ』
ジンさんがペットボトルの蓋の上に立つ。何かしら、何が起こるのかしら!
『・・・ふんっ』
ジンさんが蓋のステージの上で、ボディービルのポーズを取り始める。ああ、ボディビルダーだって言ってたから、きっとこれが魔法の合図で、これから魔法で素敵なことになるんだ。私はなんだかワクワクしてきた。
『・・・ふんっ』
『ふぅ~っ、ふんっ』
ポーズを変えてムキムキを見せつけるが、一向に魔法が始まらない。
「ねえ、ジンさん」
思わず声をかけてしまう。
『なんだ?ちゃんと見ておるか?』
「見てるけど、魔法、まだなの?」
『魔法?なんのことだね』
「え?魔法で私にいいことしてくれるんじゃないの?」
『今、いいことしているではないか』
「ええ???」
『・・・ふんっ』
ジンさんはポーズを決めながら、私に言った。
『ワシの肉体美、素晴らしいだろう?見れて良かっただろう』
「え・・・それだけ?」
『なんだ。物足りぬのか?・・・仕方ない、沙也加になら見せてやろう・・・』
ジンさんが、黒いビキニに手をかけ、脱ごうとしたその瞬間、
「この変態オッサンが!!!!」
と、条件反射で手で思いっきり払いのけてしまった。
『あ~~~れ~~~~っ』
なんと、ジンさんは、私が払いのけた力が強すぎたために、吹っ飛ばされてしまった。
「あっ!!!!」
しまった!窓が開いていた。ジンさんは、窓の隙間から外に放り出されてしまった。うわあ、私ったらなんてことを!ジンさんにひどいことしちゃった!ここはマンションの1階。だけど、5mmのジンさんからしたら、ものすごい高さから落ちたことになる!私は窓に駆け寄り、下を見る。
が、小さすぎるジンさんを中々見つけられない。
『う・・・』
白いコンクリートの上に、かすかに動く黒い点が見える。ああ、ジンさん。無事だったんだ。どうしようかな、助けに行こうか・・・でも、またビキニ脱ごうとしたら嫌だしなぁ・・・と、私が躊躇していたその時だった。
ニャ~オ・・・
近所のふてぶてしい顔をした猫がのっそりとやってきた。あ、まさかのジンさんピンチ!?やっぱり助けに行こうかな、と窓を離れて玄関に向かおうとしたら、
『うわあああああああ・・・』
ジンさんの悲鳴が聞こえた。窓の外を見ると、ふてぶてしい猫がペロリ、と満足気な表情で舌なめずりしているのが見えた。
「わ、食べられてしまったんだ」
私のせいだ・・・とは、思ったが、落ち着いて考えてみると、
「ま、いっか。どうせ私が創った物だし」
後味は確かに悪いが、もう、食べられてしまったからには諦めるしかない。
「ジンクスとでも呼んでくれたまえ、か」
私は、ジンさんの自己紹介を思い出していた。
ジンクス・・・そういえば、『耳が痒いといいことがある』というのは本当の話なんだろうか。私は再びネット検索で調べてみた。
「へえ、いろんな説があるんだ」
【耳が痒いといい知らせが入ってくる】
【右耳ならいい噂、左耳なら悪い噂】
などの他に、朝や夜でジンクスが変わってきたりもするらしい。
私にとってのジンさんとの出会いは・・・このジンクスを調べてみるきっかけになったのかなぁ。そういえば、子供の頃から知ってたことだけど、この年になるまで一度も調べたことなかった。
これからも、耳が痒いといいことがあるかも、って信じていこう。
もしかしたら、ジンさん2号が現れてくれるかも知れない。今度はもうちょっと若くてかっこいいジンさんがいいなぁ、なんて思いつつ、今日も耳かきする私なのであった。
~いいことあるかも。(完)~