【滞在】
「はー・・・」
タナトスの輸送機の内部、ミシェルはとても大きな溜め息をついた
「・・・はー・・・」
手に持ったノートのページを見て、もう一度溜め息をついた
確かに、借金は返済できた アリシオンとの戦いを経て、前回の依頼の依頼主から報酬を受け取り、それで大陸ともおさらば そのはずだった
「タナトスの修理費と弾薬費、輸送機の燃料費、人員の食費給料保険手当・・・その他諸々」
そう、傭兵チーム全体の諸費用を除けば
ミシェルはこれらの計算をせずにいた 結果、ぬか喜びしてしまった
「はあ・・・あ、ありがとう」
いつの間にか隣にいた傭兵が、湯気の立ち上るカップをミシェルに手渡した 中身は甘いココアだ 疲れた体にやんわりと染み渡る
「ごめんね、あともう少し、戦って欲しいの」
落ち込んだ顔で謝罪するミシェル ブロンドが目を隠したが、その瞳には涙が浮かんでいた
情けなかった ミスを犯した
ミシェルはその気持ちでいっぱいになっている
もう、彼が死神のようでいる必要はないと、そう思っていたのに
感情が零れ落ちそうになる
「ごめんね・・・」
涙を堪えようとしたミシェルの手を、もうひとつの手が優しく包んだ
彼だ ミシェルの心の拠り所
ヘルメットを見上げ、今度こそ、ミシェルは啜り泣いた
肩を震わせながら涙を流すミシェル その手を自らの手で包みこむ死神
その光景は、少しだけ、長く続いた
ミシェルは、それを望んでいた
ジョナスンは、大陸の外から来た補給船の艦長を怒鳴り付けていた
「だから、なんで俺たちがコイツの面倒見なきゃいけねえんだよッ!」
「仕方ないだろう!本社の命令なんだから!」
「だからっつってアリシオン用の物資まで・・・あの女に戦力与えるつもりかよ!?」
ディアーズがジョナスンを抑えている そうでもしなければ、ジョナスンが艦長を殴り飛ばしてしまうだろうから
「落ち着けジョナスン、下っ端に文句言ってもどうしようもない」
そんなディアーズも、静かな怒りに拳を握っている 一触即発
「親父さん、なんとか言って下さいよ!」
ジョナスンがラドリーに向かって声を掛ける
その場の全員の視線が、ラドリーに集中した
腕組みをしながら黙っていたラドリーは、ゆっくりと口を開いた
「タナトスを押し付けられた時は、結構焦ったもんだが」
間を置いて、叫んだ
「こうなったら一機も二機も関係ねえ!まとめて面倒見てやろう」
「いよっ!」
「それでこそおやっさん!」
サラとセーナが囃し立てた
ジョナスンが驚きに固まり、ディアーズが苦笑いをした
そして、居合わせたメアリもまた、信じられないような顔をしながらラドリーを見た
「ほ、本当に良いのか?」
「そんな質問するなら、心配はないさ」
顎髭を撫でながら、ラドリーは微笑んだ
こうして新しい仲間が、輸送機メンバーに加わった
「・・・ぷっ・・・くふふ」
その様子を眺めていたジャスミンが、メアリの言葉に吹き出した それにつられて、他の輸送機メンバーも笑いだす
「あはは、本当に良いのか?だってよ!」
「あんな強いのに・・・うっふふふ!心配症!」
「はははは!我慢できねえ!腹いてえ!」
笑いのネタが自分だと気付いたメアリは、顔を真っ赤にしていた
「か、勘弁してくれ!」
コクピット内部でオペレーターの美声が聞こえた
「作戦内容を説明します」
コクピットのディスプレイに、地図が表示される
ミシェルが続けた
「フルハウス団の依頼です この地点で待機している敵戦力の排除が、今回の目的です」
赤い点と青い点が地図に浮かび上がる 青い点はタナトスを、赤い点は敵を表している
「今回はアリシオン用の規格武装で出撃します スナイパーライフルで遠距離から牽制、敵部隊の懐に入りショットガンで近距離戦闘をしてください」
別の画面に、タナトスの両手が浮かぶ 右手にショットガンが、左手にスナイパーライフルが握られているのがわかる
間を置いた後、ミシェルが報告した
「作戦領域到達!」
タナトスのエンジンが唸りをあげる それは、言うなればレース前のアイドリング
輸送機のハッチが開き、黒い巨人が顔を出す
背部ブースターが起動 凄まじい勢いでタナトスを目的地へ飛ばす
排煙の軌跡を残し、死神は飛び立った
「ねえ、ラドリー」
「どうしたミシェル?」
隣の整備主任が軽い感じで返事する
「・・・やっぱり、無理あったんじゃ・・・」
「メアリちゃんは、同じ会社のほぼ同規格だから装備できるってよ」
やはり軽い感じでラドリーは返事する
頭を抱えたミシェルに、ラドリーは笑みながら付け足す
「アイツなら大丈夫だろ」
それを聞いた一秒後にミシェルはラドリーの方を向き、その更に一秒後に微笑んだ
「それもそうね」
そう言い、ミシェルは画面に体を向けた 今は心配より、支援をするべきだ
画面でタナトスの状態をチェックしようとしたとき、ミシェルは違和感を覚えた
タナトスが接敵していたのは計算通り しかし、敵の攻撃が激しい
情報では、敵は戦闘で疲労して遠距離攻撃が出来ないハズなのに、スナイパーライフルや砲弾が死神に飛んでくるのだ
「な・・・タナトス、聞こえますか!?何かがおかしいわ、注意して!」
雨が降る、山脈
スコープを使い、敵を見る そして、スナイパーライフルの引き金を引く
死神の一連の動作の瞬間、ミシェルの声が響いた ひどく驚いているようだ
「あれは・・・フルハウス団の機体っ!?」
空中でブースターを動かし、タナトスはスナイパーライフルを回避した
反撃にスナイパーライフルを、撃った機体に撃ち込んだ 弾は見事に貫通した
敵はフルハウス団の、つまり依頼主の戦力
しかも明らかに狙って攻撃している 初めから依頼主はこちらを嵌めるつもりだったらしい
スナイパーライフルを持った四つ脚の青い機体がいる どことなく、かつて共に戦ったデストロイアに似た重厚な人型機体も見受けられた
砲弾は重厚な機体が、肩のキャノンから撃っているようだ
タナトスがスナイパーライフルを再び撃った 規格と合うのか、はたまたパイロットの腕か、その弾丸は吸い込まれるように四つ脚の胴体へ当たる
空中からの狙撃にフルハウス団は反撃するも、一機また一機と撃墜される
少しずつブースターの噴射口の方向をずらすことで、敵に狙いをつけさせない
スナイパーライフルの四つ脚が全滅した頃、タナトスは既にフルハウス団の懐に入っていた
まず、目と鼻の先にいた一機に、弾切れのスナイパーライフルを槍の如く突き込む 見事に胸部に刺さる銃 後ろへ倒れる敵機
よく見ると、敵機は赤い色をしていた ますますデストロイアに似ている
太い敵は右手のリボルバーをタナトスに向けるも、タナトスはショットガンで撃たれる前に撃つ
やられる前に、やる 至極真っ当な意識だ 戦場では
別の一機のリボルバーを足に食らいながら、タナトスはショットガンの銃口を動かす
ブースターで一気に敵へ突撃、放つ
散弾に穴だらけになった赤い敵が、被弾の反動で吹っ飛ぶ 仰向けになった敵に、死神はだめ押しのもう一発をお見舞いした
しかし、振り向くと最後の一機がキャノンをタナトスに向けている このままでは確実に食らうだろう
タナトスは再びブースターで突撃した そしてショットガンをキャノンに押し当てる
砲口を塞がれながら放たれた砲弾はキャノン内部で爆発、ショットガンを道連れにキャノンは破壊された
そして、トパーズのごとき光を放つ死神の目が敵に向けられる
左ストレート 起動するパイルバンカー
一瞬震えた赤い敵は、そのままタナトスにもたれかかるように倒れた
全てが終わった後、タナトスは輸送機に向かって飛んでいた
が、そこに一通のメールが届く
それはパイロット以外は知らない、禁断の文通
相手:フランシスカ・ディバイング
件名:謝罪
本文
本日は申し訳ありませんでした。これは貴方の実力を疑ったスペード派による独断行動です。私から謝罪させていただきます。しかし今回の件で、彼らも貴方の腕を認めたようです。あの作戦の成否は、貴方に委ねられそうです。これからも是非よろしくお願いします。