【急襲】
『この世界』には、未開の『大陸』がある
そこでは指の数ほどの組織が、大陸の土地を、あるいは資源を、またあるいは地下に眠っている 『謎』 を求めた
となれば、愚かな人間のこと、全てを得んとするだろう
相手より多くを欲し、相手のものを奪わんとするだろう
そして争うだろう
組織達の大陸進出の際、そのような事を口走った政治評論家がいた
名をジョー・レイク
彼は組織達が大陸で殺しあいをするのを、全力で止めようとした
そのために資産家達から大量の資金を借り、準備を整えていた
しかし彼は、組織の手の者に暗殺されてしまった
遺体は溶鉱炉の中、証拠が残らないよう始末された
娘のミシェルは、ジョーが莫大な借金から逃げ出した、と考えている
無理もないだろう
父が金を借りていた事を、彼女は最近知ったばかりで、さらに言えば正義の活動をしていたことも、ミシェルは知らない
今もジョーは、一部の者を除いた人間には、行方を知られていない
彼を殺した暗殺者も、死んだからだ
もしかしたら、ミシェルは一生涯父の死を知らずにいるかもしれないだろう
知らないだけ、彼女は幸せだろうから
ジョー・レイクが今生きていたら、彼はそう思うだろう
しかし、彼の融けた鉄が、その娘を助けるために今日もとぶ死神の体にあることは、恐らく世界中の誰も、知らないだろう
コンクリートが敷き詰められた直径数キロにわたる基地
その基地がある地図を映像パネルに映しながら
、タナトスは出撃準備を整えていた
「作戦内容を説明します」
ミシェルの声が、コクピットを満たす
「『委員会』の補給拠点が、ここから10000メートル先に存在します」
液晶パネルの映像は、地図と赤い点を示す
赤い点の隣には、委員会基地の文字がはっきり映っている
「ここを一気に急襲してください」
地図上の現在位置から赤い点に矢印がのび、一瞬後に赤い点が映像から消え失せる
壊滅させろ、という意味だろうか
「作戦終了後、敵基地から10000メートル離れた山脈の麓に平地があります そこを輸送機との合流ポイントとします」
映像は、赤い点から離れた位置に伸びる線を表示した
そこが合流地点となるのだ
「敵陣の真っ只中は不利と想定します 背部ユニットに予備弾薬を搭載してますが、長期戦は控えてくださいね」
機体稼働音が耳に響く
それは言うなれば、レース前のアイドリング
「作戦領域到達!タナトス、出撃してください!」
輸送機が地表に近づき、ハッチを開ける
そこから死神が、堂々出撃する
爆音と爆炎と爆発を吹きながら、自慢のブースターユニットが推力を生む
やがて、黒の機体は、とんでもない勢いで基地に向かっていった
太陽が真上に昇り、昼時になろうかと言うところに
「み、未確認機接近!」
「傭兵の機体かと思われますッ!」
男性オペレーターの恐怖の声が響く
敵襲、敵襲、敵襲、敵襲
基地中のパイロットに緊急発進のアナウンスが掛かる
「敵機との距離は!?」
大慌ての司令官に、
「残り1000メートル!後30秒で侵入されますッ!」
無慈悲な報告が上がる
絶句したハゲ頭の頭脳は、全力で、この基地を守るべく策を練り始める
「いったいどうすればいい…!」
だが現実はいつも非情だ
「敵、加速しました!」
死神は30秒もかからずやって来た
委員会基地上空に黒い影が落ちる
死神が魂を奪い尽くすために、やって来たのだ
「対空砲火!撃ち方始めェーッ!」
しかしただ殺されるようでは兵士は務まらない
基地に設置された機銃から、大量の弾丸が吐き出される
黒い巨体はどうやら動きが鈍いようだ
直撃弾はないものの、無数の鉄矢に幾つものかすり傷を付けられている
タナトスが撃った
バズーカだ
強烈な爆発は、基地の格納庫の屋根を消し飛ばし、
「三番格納庫、信号途絶!」
「中の機体は!?」
「同じく…」
「クソ死神が!生き残りの施設を死守!機体の出撃を急げ!機銃じゃあ足りん!ミサイルを!」
しかし司令官の指示をオペレーターの進言が遮る
「施設に被害が出ます!」
「ならば三番格納庫にヤツを縫い止めろッ!今なら被害は出ない!」
「りょ、了解!」
それと同時、機銃の信号も全てロストした
ついでにミサイル砲台の反応も消失した
「…え!?」
「どうした!? 」
「全砲台全滅…」
機材のパネルがそう告げている
先週設置した最新型だ、故障のはずはない
「バカな!三番格納庫が壊滅してから一分もたたずにか!?」
死神の目の前には、屑鉄になったミサイル砲台があった
たった今ブースターを限界まで吹かして基地を爆撃して回ったタナトスは、無駄弾を使いすぎて空になった両手武器のマガジンを詰め替えていた
空マガジンは捨てなかった 解析されて技術の流出が起きるのを防ぐために
そこに、ホバークラフトの下半身に人間の上半身を付けたような奇妙な機体が、浮きながら編隊を組み突撃を仕掛けようとした
しかし、そのような反撃を察知した死神は機体を旋回させて対応しようとした
「敵の左腕部に直撃!」
そうは問屋が卸さない
ホバーの肩に設置されたグレネードランチャーが火を吹き、黒の死神の左手に当たる
マガジンが手から滑って落ちた事など、説明するまでもないだろう
「全機、突撃せよッ!」
ホバーが一斉に殺到する
その両手には指の代わりに数門の砲があった
近距離の対象に対し、驚異の命中率を誇る散弾を撃つショットガンだ
バズーカの弾を詰める前に敵を討たねばならない
しかも、弾のバラけやすいガトリングでだ
装甲は使い物にならないが、左腕はまだ動く
タナトスが急いでマガジンを拾い上げるのと、敵の銃を撃つのがほほ同時なのは、果して運のいたずらか
「遠すぎる!有効打じゃない!」
「弾丸をリロードされる前に仕留めろ!」
右肩に弾を喰らいながらも、ブースターを吹かして後退
そのまま弾を詰める
「させるかぁ!」
再びグレネードが発射される
直撃弾だが、頭部に当たったそれは、死神の『仮面』を外すに留まった
熱で溶け、ひび割れる頭部装甲
兵士達は恐怖した
外装の中から覗くのは、
「あれは…!」
「な、なんだありゃあ!?」
「化け物が…!」
悪趣味な、頭蓋骨を模した骨格フレームだ
カメラアイが鈍く光る
魂を刈る死神の如く
「ま、まさか、本当に死神だってのか!?奴は!?」
敵兵士達が恐怖で足を止めている間に、タナトスはリロードを完了した
バズーカの弾はフルチャージ
死神の反撃が始まる
ホバークラフトの数は6機
状況を考えるに、これが基地の最終戦力だろう
死神はその最終戦力に大ダメージを負わされたが
「うろたえるな!こけおどしだッ!」
隊長機が振り向いて部下を叱責する
それは完全なる、隙
ガトリングが回る、回る
そして火を吹く
「隊長ッ!?」
穴だらけチーズになった隊長機の向こうから、更にバズーカが飛んでくる
2機落ちた
「クソッ!ヤバイヤバイ!」
「グレネードを一斉に撃て!」
「野郎、消し飛ばすッ!」
反撃の爆撃がドクロ目掛けて一斉に撃たれる
二度あることは三度ある、という
今度は一発、胸部装甲に当たる
しかしまだタナトスは動く
怒り狂うように頭部のカメラアイが光ると同時に、ガトリングの弾丸が波のようにホバーに襲いかかる
更に2機落ちる
「そんな、バカな」
絶句した兵士が、機体を止めてしまう
やはり現実はいつも非道だ
その機体にバズーカから放たれた、爆発する矢を受け止めるのは、並大抵の機体には無理だ
閃光一発、残り一機
「ウワアアアアアッ!」
その一機も、背を向け逃げ出す
よほど恐慌しているのか、隙だらけ
一直線に逃げてはただの的だと、隊長から教わった技術を、彼は忘れていた
「あっ」
ガトリングで下半身を穴だらけにされた、最後の一兵は、
「あ、」
死神に
「ああ、」
バズーカで、殺された
「ぎゃああああああああああッ!!」
爆発のあと、悲鳴はなかった
「なにやってるんですか!」
「まあ、ミシェル、落ち着いたら…」
「ラドリー、話なら後で聞きます」
指令室を破壊したあと、10000メートル先の合流ポイントに到着したパイロットは、あまりの損傷にこっぴどく怒られていた
主にオペレーター・ミシェルに
「タナトスが重装甲じゃなかったら死んでましたよ!危険過ぎます!」
説教は二時間後に、完全な修理が終わったのは、帰還から1ヶ月後だと言う
どうやら、死神に休暇が出来たようだ
修理主任ラドリーが過労死しかけたが