【父子】
わからない
なぜ、自分は大陸に残ることを選んだのか ミシェルはその答えに悩んでいた
フランシスカが傭兵チームに渡した大量の『死神の代金』 それさえあれば、帰ったら一生遊んで暮らせる
国家予算以上の額の二倍 借金や諸々の費用を差し引いても余りある
ならば一刻も早く帰ればいい しかしミシェルはそれを自分の中で拒否した
彼の存在が、あの傭兵の存在が、彼女にとってそれほど大きくなっていた証拠だった 胸に穴が開いたような、痛みと喪失感
今の彼女には辛すぎるものだった だから、この大陸から帰りたくない理由なんて最初からわかっていた
取り返したいのだ
「メアリ、準備はどう?」
「ああ、行ける いつでも大丈夫だ」
「そっちはどう、アレックス君?」
「待ってください、親父が今日は調子悪いみたいです」
だから今日、この依頼を受けた
朝陽が眩しい緑の草原
そこに相応しくないいくつもの鉄塊
ここに、後もう少しでフルハウス団の部隊が来る ここにいる白虎帝国の要人を襲撃するために
そこに、緑色のテントが一つ
「まずアリシオン・・・いえ、ハイパーアリシオンが陣形の端でスナイパーライフルによる遠距離攻撃を それから、ハイパーアリシオンが撃ち漏らした敵を白虎帝国部隊に迎撃してもらいます」
「俺はどうすればいい?」
「調子が悪いんだろ親父」
「アレックス君の言う通りです 万が一もありますし、デストロイアは最後方で待機してください 防衛対象に敵が接近してくるようならレールガンによる砲撃をしても構いません」
メアリ、アレックス、マイケル、ミシェル 四人の人物がこの場に集まっていた 作戦会議だ
如何にして依頼を完遂するか 全員の意見はそれに集中していた ただ一人を除いて
「ミシェル・・・」
「え?どうしたのメアリ」
振り向くと、パイロットスーツに身を包んだメアリがヘルメットを抱えてミシェルの方を向き見ていた その顔は、歴戦の傭兵とは思えぬほど綺麗に整っていた ミシェルはその大人な美しさを、時折羨ましく思っていた
「もしあの傭兵が来たら、どうすればいい」
「もし・・・」
その目は真っ直ぐミシェルを射抜いている 少しの嘘も見逃さないという意思が、そこからわかる
若干その険のある視線に後ずさりつつ、ミシェルは答える
「・・・倒して」
メアリは深呼吸をした その目はやはりミシェルを見ている そこにあった椅子を掴み、メアリは座る
そしてアリシオンのパイロットは、ミシェルの心を抉るように言った
「本心を、聞かせてほしい」
ミシェルは思わず目を逸らした 自分の醜い、独占欲のようなあの正直な気持ち メアリはそれを聞きたがっている
悪気など無いのだろう 瞳からは刃のような鋭さは無く、慈母のような柔らかさがあった しかしミシェルは話すのを渋った
わかっているのだ、彼女には この大陸に残り、依頼を受け続けることは無駄なのだと
そんな理由で、信頼している皆を引っ張るのは、とても嫌だ
「・・・正直でいいんだ」
メアリが諭すように言う
いつの間にかミシェルの目には、涙が一つ流れていた
その瞬間、アレックスが二人のいるテントに飛び込んだ そして、泡を食ったような顔で用件を簡潔に言う
「て、敵が接近してきました!」
ヘルメットを被り、メアリは立ち上がる
「ハイパーアリシオン、出撃する」
半身を振り向かせたメアリはミシェルに語る
「皆知っているよミシェル あの輸送機の皆も、彼の帰還を待っている だから、頼っても大丈夫だ」
そしてテントの外に出たメアリを見送り、ミシェルは涙を拭った
輸送機のオペレートルームに走るブロンドの淑女 カメラアイを起動させたアリシオン コクピットで素早く状況確認をするメアリ
戦闘が始まろうとしていた
「親父・・・」
アレックス・ジョンソンは不安だった 父であるマイケル・ジョンソンは明らかに顔色がおかしい 瞳に光がなく、煙草を握る手も小刻みに震えている
今の彼の状態を見れば、誰もが体調不良だと判断するだろう
「心配するなアレックス、これぐらいなんともない・・・」
そんな台詞も、どこか元気が無いように聞こえた
「親父、あんまり無理はすんな 他にも戦える人はいる・・・その人達に任せて、今は楽に・・・」
「そんなことを言えるならもう傭兵もできるだろう」
もたれ掛かっていたパイプ椅子から立ち上がり、マイケルはデストロイアのコクピットへ向かう
「ああ、そうだ」
マイケルは振り向き、我が子に笑いかける
「もしも俺が死んでも、敵討ちとか考えるなよ それと、俺が死んだらミシェルさんのとこに世話になってもらえ」
これでは遺言ではないか アレックスは気付いた そして、慌ててマイケルを引き留めようとした
「おい、親父・・・何を言って・・・」
「最後になぁ」
その言葉を遮り、マイケルはアレックスをしっかりと見て、父親として、尋ねた
そこにはベテランの傭兵などと言う物々しい肩書きはなく、男らしい父親の表情がある
「俺は、お前の父として相応しかったか?」
質問の意味が不明で、アレックスは一瞬固まった
しかし、すぐに答えた
「ああ!」
その一言に満足しながら、マイケルはデストロイアに乗り込んだ
戦場は白虎帝国側が優勢だった
ハイパーアリシオンがスナイパーライフルを向ける 引き金が引かれ、凄まじいスピードの弾丸が飛んでいく
クリーンヒット 四つ脚キャノンの敵機が崩れ落ちるように倒れる
二発目、スコープの向こうの重装甲機を撃つ 弾は突き刺さるものの、敵は動きを止めない ハイパーアリシオンに武器を向け、放とうとする
反射的にメアリは、アリシオンにジャンプをさせた 横っ飛びに回避した機体の、先程までいた場所の土が、ロケットランチャーにより派手に巻き上げられる
着地したアリシオン その後ろから光が飛んできた
「デストロイアか!」
レールガンは重装甲のフルハウス団機を蒸発させ、その周りの地面ごと消滅させる 光の爆発が起こる
ハイパーアリシオンはスナイパーライフルのマガジンを取り替える 弾丸が満タンになり、銃撃を再開しようとした
「メアリ!」
突然ミシェルが通信を行った
「どうしたミシェル!」
「来たっ!」
前後の文は端折られていたが、『何』が来たのかはメアリにも検討ついた
黒いボディの、あの機体
「この局面でか!?」
ブースターでこちらに飛んでくるのは、間違いなくタナトスだ 時折その下から爆発が起きているが、大方バズーカで白虎帝国部隊を殺戮しながら進んでいるからだろう
舞い散る鉄屑 砕け散る味方 これ以上の被害は流石にまずい ハイパーアリシオンはスナイパーライフルを容赦なく撃った
ミシェルには悪いが、そもそも手加減できるような相手でもない 手加減しなくても勝てない メアリはそれを知っている
高速で移動する弾は、ものの見事にタナトスに命中した しかしタナトスはまるで傷一つついていないままこちらに飛んでくる
「効いていないのか」
ミシェルから聞いた『金色の装甲』、多分その部分に当たったのだろう 何しろマシンガンをいくら喰らってもびくともしないらしいのだから、スナイパーライフルも効かないはずだ
タナトスはそのままハイパーアリシオンの頭上を飛び越え、デストロイアのいる陣形の後ろ側に向かっていった
心なしかブースターの推力も強化されている気がする
黒い流星が飛んでいった先 もはやアリシオンでは追い付かないだろう
あそこを越えられたらもう防衛対象のところまでもう目前なのだ そしてあそこを守るのは、いつもより調子の悪いマイケル
最悪としか言いようがない
「聞こえるかマイケル!そっちに・・・マイケル?」
返事がない
もしや、まさか
「メアリ、デストロイアの反応が!」
あり得ない、死神はそこまで腕を上げたのか
戦闘が終わった頃、デストロイアの残骸の前 雄大な赤い四脚機の胸部には、深々と穴が開いていた
接近されてからのパイルバンカーによる一撃 遠距離型のデストロイアには、どうしようもなかっただろう
啜り泣くアレックスと、防衛対象の要人
その要人は、女性だった 麗しい帝王の娘とのことだった
その帝国王女も、アレックスの隣で泣いていた
ミシェルも、ラドリーも、サラも 傭兵としていつも死を覚悟しているメアリを除くその場の全員が、マイケル・ジョンソンの死を悼んでいた
「親父・・・俺、決めたよ・・・」
涙と鼻水でぐじゃぐじゃになった顔で、アレックスは叫ぶ
それは恐らく、世界一尊敬する父との約束だ
「俺・・・俺は・・・傭兵になる・・・親父みたいな・・・強い男に・・・」
そのままアレックスは膝から崩れ落ちた そして更に声をあげて泣いた
陽が、ゆっくりと沈んでいた