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おもいつき読切

よくある幼馴染みとの再会

作者: ひまうさ

 甘くて温かい香りがする…。ココア、かなぁ。


「ミルク、たっぷりの、カフェオレが……いいなぁ」

 寝ぼけながら、もごもごと呟いていたら、苦笑交じりの優しくて低い声が聞こえた。


「OK、お嬢様のお望み通りに」

 通りがよく耳障りのいい声は、滑らかに右から左に通り抜けて行く。もっと聞いていたい声だ。


「そう? じゃあ、そろそろ起きてよ」

「やぁ、今日は……」

 何か予定あったかな、と考えながら、自分は誰と話しているのだろうと別なところで考えて。目を開いた。


「コータ!?」

「おはよう、あ、丁度トーストもできたところだよ。食べよう」

「わ、ありがとー」

 テーブルの上に用意された出来たてトーストとベーコンエッグにホットココアという朝食に目を輝かせ、私は疑問もそこそこにベッドを降りて、用意された座布団に正座した。


「いただきます」

「召し上がれ」

 モグモグと私が食事をしている間に、目の前ではキッチンというのも烏滸がましい、狭い台所が片付けられ、たまった洗濯物が日当たりの良いベランダに並んで干されていく。それを楽しそうに鼻歌を歌いながら行っているのは、数年ぶりに再会してはずのお隣の年下の幼なじみ、渡良瀬コータである。


 見た目だけなら、十人中二、三人ぐらいの女の子なら振り返ってくれるんじゃないかなという中程度の容姿と言っておこうか。程々に日焼けして、今どき珍しい角刈りなのは彼のお父さんの方針だったはずだ。本当は坊主にするのを、母親が掛けあって、なんとか角刈りで収めたらしい。良かったねというべきなのか、反応に困ったのは学生の頃の話だ。


「ごちそうさまでした。いやぁ、あいかわらず料理上手だねぇ、コータ」

「お褒めに預かり光栄です?」

「で、その言葉遣いはなんなの。今度は何始めたの?」

「はい、カフェオレ」

「ん、ありがと」

 受け取って一口飲むと、たっぷりのミルクとコーヒーの仄かな味わいがじんわりと身体に染みこんでゆく。


「……じゃなくて」

 危ない、うっかり流されるところだった。コータは一見従順な仔犬みたいなのに、母親に似て、有耶無耶にするのが得意っていうか、自分のペースに持ち込むのが旨いというか。


「どうしてうちにいるの? てか、鍵は」

「志乃のおばさんに預かってきた。着いたのは、んーと、三時ぐらいだったかな。寝てると思って、勝手に上がらせてもらったよ」

「おかあさん?」

「心配してたよ、おばさん。盆も正月も帰ってこないから、悪い男に引っかかってるんじゃないかって」

「ははは、心配しすぎ。引っかかるも何も、出会いがないっての」

「会社には男だっているだろ」

「いるけど、仕事相手にそんな気になるわけないじゃない」

「そう?」

 軽く首を傾げる姿は、小学生の頃と変わらない。あの頃はもっと小さくて可愛らしくて、一緒にいると姉妹に間違われることだってあったというのに。どうして、こんなに可愛げなく大きくなってしまったのか。


「志乃?」

「なんでもない。それより、鍵はわかったけど、どうしてうちにいるのコータ」

「引越屋が来るのが今日で、うちになにもないから、志乃んちに泊めてもらって、あわよくば引越を手伝ってもらおうかと思って。今日休みだろ?」

 そりゃ、休みだけども。こっちは一週間ぶりの休みなのに、何故私が手伝わなければならないのか。


「あの、ねぇ」

「ーーだけど、まさか寝られないとは思わなかったよ。いくら家事が苦手と言ったって、洗い物は溜めないほうがいいと思うな」

「っ!」

「ここまで綺麗にするの、苦労したんだよ?」

 にっこりと笑顔ではあるが、どうにも威圧を感じるのはきのせいではないだろう。


「手伝ってくれるよね、志乃。あと、少しだけベッド貸して」

 大きな手で通り過ぎ様に頭を軽く撫でられ、私が今まで眠っていたベッドに大きな身体が小さくなって消えてゆく。


「……え?」

 その後直ぐに聞こえた寝息に、目を見開いて振り返った私は、しばらく呆然としていたわけだが。


「ーー引越って、手伝えって、どういうことよ」

 部屋を片付けてくれたことは感謝するけれども、それとこれとは別ではないだろうか。というか、今日は一日ゴロゴロと怠惰に過ごす予定だったというのに、何故こんな事態に。


「顔洗お」

 ふらふらと脱衣所の鏡の前に立ち、顔を洗ったがすっきりしないので、序にシャワーも浴びるかと思い立ち、綺麗な浴槽にパジャマと下着を放り込む。そのまま熱いシャワーを浴びて、目が覚めたまではいいのだが。


「やば、着替え……」

 まさか裸のままで幼馴染みの眠る部屋に着替えを取りに戻るわけにも行かないだろう。いくらなんでも家族でも恋人でもない異性の前で、裸になる趣味はない。だが、脱いだ下着を身につけるわけにもいかない。


「うぅ……」

 脱衣所から顔だけだして、コータが眠っているのを確認する。それから、身体にタオルを巻きつけたまま、音を立てないように部屋に戻り、タンスを開けて華美ではない下着と服を取り出し、そっと振り返る。


 どきりとしたのは、幼馴染みがいつのまにかこちらを向いて眠っていたからだ。気づかない間に、寝返りしたのだろうか。


 手早く下着と服を身につけてから、私はそっと眠っているコータに近づく。まったく起きないということは、それだけ疲れているのだろうか。


 そっと伸ばした手は、触れる直前で止まり、触れぬままに戻してしまった。起こしてしまうのは忍びない。


「……なんで来ちゃうのよ、馬鹿コータ」

 人がせっかく離れてやったのに。


 子供の頃、よく泣くコータはいわゆるいじめられっ子だった。それで、幼馴染みの私はどういうわけか面倒を見るように言われていたのと、容姿を誂うという子供特有の理由で虐める同じ子供を許せなくて、よく食って掛かっていた。守るというのも烏滸がましい。ただ単に自己満足で、隣家の1つ年下の弟を出しにして、日頃のストレス発散をしていたようなものだ。だって、結局は私はコータをいじめていた男の子たちと混じって遊んでいることが多かったのだから。


 思春期を迎える頃、コータはどんどんと大きくなって、泣き虫でも無くなって。そして、学校でもそこそこ有名なスポーツ少年になっていた。それでいて、成績もいいし、品行方正だし、風紀委員長なんてやって、女の子にキャーキャー言われてた中学時代、私は帰宅部で適当に毎日を過ごしていた。一緒に帰っていたのは小学校までで、所属するグループも別だったが、隣同士ということもあって、それなりに交流は続いていた。


 変化があったのは高校生になってから。中の上程度の成績だった私は、近所の私立高校に進学したが、何故かコータも同じ高校だったが、別段気にはしていなかった。コータは家から近いからだと言っていたし、私もそれを信じたから。


 高校生になって直ぐ、コータは生徒会役員になった。私は相変わらず帰宅部で、自宅以外での接点などほとんどなかった。私はタイミングが合えば、誰と一緒に帰ることもあったし、一人で帰ることもあった。その日は、一人で帰った日だった。うちに近づいたとき、隣の家の前でキスをしている高校生のカップルがいた。相手は察しの通りコータで、一緒にいたのは知らない可愛らしい女の子だ。彼女が逃げるように立ち去った後で、私はそっと自分の家に向かって足を向けた。コータは、どこか難しい顔で眉根を寄せていて。


 よくある話だけど、私はそれで自分の気持ちを自覚したわけで。でも、コータにはキスするような彼女がいるわけで。ーーつまり、自覚と同時に失恋したわけだけど、それを悟られたくなかった私は、わざとらしくコータをからかうしかできなかった。


「可愛いカノジョだね、コータ」

「志乃」

「でも、一人で帰すのは関心しないよ? 送ってあげたら」

「……志乃?」

 どこか呆然としたコータを放って、私はさっさと家に入ってしまったから、後のことは知らない。そして、私はコータを避け続けて、大学も県外どころか、遠くのマイナーな大学に進学して、それっきりだ。


 そして、大学を卒業してからも実家に帰らず、こちらで定職について、一人暮らしをしているのは、偏にコータに会いたくなかったからだ。


 会わなければ、いつか気持ちは消えていくものだと思っていた。事実、今までただの幼馴染みに戻れたのだと思っていた。コータがあまりに自然にうちにいるから。あまりに自然に話をして、まるであの頃と変わらない様子で接してくるから。


「……手伝ってはやるけど、さ」

 世話になった分の恩返しぐらいはしてやらないとな、と私はコータに背を向けて、食べ終わった食器を片付けるために立ち上がろうとしたわけだけど、どうしてか後ろから拘束されている。背中を見せた途端にくるということは、起きていたということか。


「志乃」

 耳元で囁いてくる声は、聞き慣れた耳馴染みの良い低音で。


「会いたかった」

 甘く聞こえるそれは、背筋を震わせる。


「一目逢えば、諦められるかと思った。志乃が幸せなら、俺はそれでいいと思ってた。でも、無理だ」

 独白のようなそれはバラバラのピースで、どうにも組み立てられない。しっかりと肩を抱くように拘束されて、立ち上がる事もできない私の顔を自分のほうへ無理矢理に向けて、口をふさがれる。


「っ!?」

「志乃、好きだ」

 いつの間にか拘束は解けて、代わりに身体を反転させて、後頭部を押さえられて、顔中にキス、されて。


「ちょ、まっ、コータ、待ってっ!」

 自由な両手で彼の顔を塞いだ私は、顔中に熱が集まって、頭はパニック状態で。


「志乃」

「ひゃぁっ!」

 塞いだ手のひらに、私の名前を呼ぶ振動が伝わってきて。


「何?」

 可愛らしく首かしげても似合っているのが憎たらしい。だれだ、こんな忠犬っぽく躾けたのは。おばさんか。コータのおばさんなのか!?


「急に、そんなこと、困るっ」

「なんで、志乃、彼氏いないだろ?」

 どうしてわかる!


「いたら、もうちょっと警戒心があるはずだから」

「だからって、どうして、私がっ」

「志乃も俺が好きだろ?」

「なっ!?」

 どうしてっ、わかるわけないのに。言ったことも、素振りだって、見せたことないのに。


「全部顔に出てる」

「っっっ!?!??」

「やばい、可愛い。食べていい?」

「た、な、ま、待って!?」

「あ、引越」

「そそ、そう! 引越! 時間!!」

「まあ、キスぐらいならいいよね」

 よくないという私の叫び声は、あっというまにコータに食べられてしまった。


 色々と展開に頭が追いついていないのに、ごちゃごちゃにシャッフルされて、何も考えられない。なにがどうしてこうなった。てか、ちょっと前まで寝ていたはずなのに、いつから起きてたんだ。まさか、着替え見られてたとか言わないよね!?


「名残惜しいけど、続きは引っ越し終わってから」

 最後に触れるだけのバードキスをされたけど、まだまだ頭はパニック状態でまとまらない。


「続きって」

「二度も我慢したし、三度目はないから」

 二度って、何の話だ。


 私の疑問に答えず、コータは笑顔大安売りといった様子で、私の髪を撫でている。色々と腑に落ちないのだが、今は問いかける気力がない。


 あの彼女はどうしたのとか、どうして今頃追いかけてきたのかとか、どうして彼氏がいないとわかるのかとか、あと本当に私のことが好……。


「志乃が俺を避けるようになってから、自分がどれだけ志乃に依存してたか気がついた。だから、そんな自分を変えようとしてたんだけど、どんな女と付き合っても、どこかで志乃と比べて、結局続かなかったんだ。正月に久しぶりに実家に帰って、それでおばさんから志乃の話を聞いて。それで、やっと気づいた」

 おかあさん、コータに何言ったの。


「志乃、ずっと待たせてごめんな?」

「……コータ」

 顔を上げてコータを見ると、困った様子で微笑んでいる。


「謝んないで。そもそもコータを待ってたわけじゃないし」

「志乃?」

「それに、先に逃げたのは私だし」

 コータの顔を見ていられなくなった私は、俯いてしまう。うう、どうしたらいいのかわからない。まだまだ絶賛混乱中なのだ。


 コータを待ってたわけじゃないし、時間が解決してくれると思っていた。だから、逃げた。あの頃はそうする以外の道がわからなかった。渋る父親を説得して、遠方の大学に進学して、それからなんだかんだと理由をつけて逃げていたのは私だ。帰らなかったのは、コータの隣にいる誰かを見たくなかったからだ。


 つまり、あの頃から私はまったくかわらずコータが好きなわけで。前進も後退もできなくて、立ち止まったまま地面を見つめて立ち尽くしてたわけで。


「志乃」

 俯いていた私はコータの接近に、抱きしめられるまで気付かなかった。


「ごめん志乃。泣かないで」

「え?」

「いま直ぐ押し倒したくな」

「わぁっ!」

 慌てて両手を突き出し、コータから離れた私は、笑っているコータを前に、呆然としていたのだと思う。


「こんなこと急に言われても困るのはわかってる。でも、もう諦めないから。志乃が逃げるなら、俺はどこまでも追いかけるから」

 堂々とストーカー宣言された。


「志乃が受け入れてくれるまで……待てるとは思えないけど、努力するから」

「そこは待つって言って」

「無理。三度目はないって言った」

 だめだもう頭がグルグルする。なんで、どうして、コータが本当に? じゃあ、いいんじゃないの? いやでもと私の脳内では現在激しく会議中だが、結論は出そうもない。


「そもそもどこにどうしてコータが引っ越すのか聞いてないんだけど」

「隣」

「え?」

「ここの隣が空き家になってたから、買った」

「買った!?」

 一応ここらへんて一等地のはずなんだけど。あと、隣の空き家っていうけど、あそこには年老いて杖ついてるおばあちゃんとでっぷりした三毛猫がいたはずなんだけど。


 まって、いろいろ待って。


「コータ」

「ただし、九七歳のおばあちゃんと三叉の猫憑きの家なんだけど」

 ……本当に色々待って。いっぺんにいろいろ起こりすぎて、私の足りない脳みそじゃ、理解しきれないんだけど。


「ああ、もう引越屋きちゃうな。行こうか、志乃」

 差し出された手に反射的に自分の手を重ねてしまうと、何故か引っ張りあげるように立たせられて、腰を抱かれてしまった。


「こんなことなら、引越は明日にしておけばよかった」

「な、なんで?」

 コータを見上げながら、尋ねると、なんか甘ったるい視線が向けられるんだけど。ああ、なにこれ、本当になんなのこれ!


「志乃が早くうちに来てくれるように、俺頑張るから」

「うん?」

 何を、頑張るというのだろうか。どうしよう、数年会わないうちに幼馴染みの思考が全く読めない。これ、実は弟とか別人だったりしないだろうか。ーーでも、自分でもコータを見間違えるとかありえないとか考えちゃう辺り、どうにもならない。


 つまり、まあ、それだけ惚れてるわけで。全然風化しない想いに、いい加減私も観念したほうがいいのだろうか。


「ーーコータ」

 呼びかけると、嬉しそうに振り返る幼馴染みに、何をどう言えばいいのか。まとまらないままに、私は口を開いて。


「待った」

 何故か大きな手で口をふさがれた。そして、何故目をそらすのか、コータよ。


「ごめん、返事はともかく引越のあとにして。でないと、本当にもう無理」

 何が無理だというのか。というか、なんで赤くなっているのか。どうして、私の言いたいことが筒抜けなのか。


「ああもうだから全部顔に出てるんだよ、志乃は! いいから、今は引っ越し!」

 コータに手を引かれながら自分の顔を空いた手で触れてみるが、さっぱりわからない。


 まあ、後でもいいか。


 そうして後回しにした結果、いつの間にやらコータと一緒に住むことになったのが何故なのか、いつまでたっても私にはよくわからなかったのだった。


「志乃、今度志乃の実家に行こうよ。おばさんもおじさんも心配してるし」

 まあいいか、コータが笑っているなら。


「うん、コータのおばさんに聞きたいこともあるしね」

 どうやってコータを躾けたのか、是非に教えを請いたいということは伝わっていないといいな、なんて、ね。

勢いで書いた。

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