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9章 空が見える場所

 9章 空が見える場所


 今日、凪は調子がいいらしく学校に行くと言っていた。まだ、赤ちゃんも大きくなっていないから、体の方も平気っぽいし、お腹が膨れて見える訳でもなかった。もし膨れて見えたらちょっとマズイからな……

 朝はいつも凪が起こしてくれる。凪は早起きらしく、俺がまだ心地の良い睡眠の中で出る気の無い迷路にいるように彷徨っていた。のに、凪が「正晴く〜ん、朝ですよ〜」と体を揺さぶって起こす。もう少し、もう少し……と言ってみるが、敢え無くその希望は撃沈。そんな毎日でも、凪と同じ部屋で寝て、同じご飯を食べて、同じ時を過ごす、それがとても嬉しかった。

 一緒に登校。桜の木の下での待ち合わせは無くなってしまったが、必ず桜の木がある道を通る事にした。今は春、新学期が始まったばっかり。桜は花を咲かせ、風にヒラヒラと花びらを持ってかれていた。

 まだ、学校の奴等には気付かれていないらしい。先生方には凪のお母さんと同行して事情を説明した。凪の親父はうるさく怒鳴ってはいたが、とても嬉しそうな、幸せそうな顔をしていた。「お前に愛子を渡すものか〜」とかいつも言っているけど、気にする事は無いだろう。


「なぁ、正晴」

「なんだよ、幸助」そんなにニヤニヤなんか変な顔しやがって。まぁ元々だけど。

「なんかお前、幸せそうな顔してるよな。最近ずっと」

「そうか? いつもと変らないぞ」そんなに表に出るのか?

「まぁ、ならいいけどね……」

 こいつに凪の事知られたら面倒になるからな。

 まぁいずれはこいつも知る時が来るだろう。その時までは待っていてくれ。


 それから、月日は俺達を何度も明日へと明日へと運んでいった。

 そして夏も近付いたある日。

 いつものように、凪は家でお母さんに出産について話していたり、健康面に気をつけて楽しそうに暮らしていた。その側に俺も居て。

 早く産みたいんだろうな。俺だって自分の子を早く見たいさ。楽しみだ。

 就職は幾つか当ったが、なかなかいい所が無かった。でも、工場の従業員とか工事現場の仕事はなんとなか良い手応えであった。準備は大丈夫だ。さぁいつでも来ていいぞ。

「正晴くん!」

「なんだ?」

「写真撮りに行きましょう」

「あぁ。いいぞ」

 結局、この習慣は変える訳にはいかないらしい。

 退院した後も、妊娠した後もずっと続けている。まぁ、俺と凪を繋いだモノだからいいけどな。

「今日は何処に行くんだ?」

「二つ、行きたい場所があります」


 一つ目が此処。

 学校の屋上。今日は休日だから生徒はほぼいない。部活をやっている奴が点々と見えるだけだ。

 この場所も良い思い出の場だよな。悪い場でもあるが。

「何でまた此処なんだ?」

「この空を撮りたかったんです。正晴くんと仲良くなった場所ですしね!」

「あぁ、そうだな」

「私はここで正晴くんの事を好きになったんです。この、空が見える場所で」

「そうか。明日も来るか?」休日は二日だ。明日も休みだし。

「はい!」


 二つ目は……

 あの桜の木の下。俺と凪が出会った、桜の木の下。

 と言っても、今は夏に近い季節上、桜は咲いていないが。

 そのまま家へと帰った。凪は幸せそうにカメラを抱いていた。ずっと、ギュット。


 その晩。

 その時は訪れた。

「おい! 凪! 大丈夫か?」

「ん……」

「凪!」

「愛子、大丈夫? お父さん車出して!」

「分かった! おい坊主、早く愛子を運べ!」

「分かった」

 突然だ。こいつは突然が多すぎる。倒れてからはただ呻くだけ。言葉にならない声を俺達に投げかけていた。

 凪、俺に何を伝えたいんだ?


 再び入院。

 妊娠の影響もあるのだろうが、また体調が悪くなったらしい。

 医師の診察が終わり、凪は個室へと運ばれた。そして、医師の一人が俺等へと近付いてくる。

「愛子はどうしたんですか?」

「娘さんの事は、もう分かっているでしょう……では、まず妊娠の事ですが……早産ですね。まだ、大きくなっていませんが夏の間には出てくるでしょう。ただし……」

「ただし、何だよ!」

「正晴さん!」凪のお母さんに止められた。

「産むという事になると、娘さんの命の方が心配になります」

「どうにかならないのか?」

「その時にならないと分かりませんが、もし、出産した場合、娘さんが助かる見込みは……50%以下ですね……」

「…………」

 そんなのありかよ……どっちかを取れって事か。ふざけるな……


 そして、翌日。

 凪は目を覚ました。事情を説明すると真っ直ぐに言った。

「私は産みます。どうしても産みたいんです」

「おい! でもお前が……」

「正晴くん……」


 出産予定日まで、あと2週間。

 俺は何をすればいいんだ……いや、それは分かっている。

 ただ、側に居る事しか出来ない。それが俺の役目なんだ。


 〈貰った分だけ返さないと それならお互い様だろ?

        君に貰った優しさの分 その分 ずっと 側に居るよ〉



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