7章 重ねて、最後の贈り物
7章 重ねて、最後の贈り物
あれから、学校帰りと土日休日、凪の見舞いに行く事が習慣付いてきた。
凪が病室からの景色以外に、と言う時は俺が外の景色を撮りに行ったりした。
日常作業的にそれを繰り返し、季節は夏本番。夏休みになっていた。
そして今日、凪から良いお知らせがある。と言われ呼ばれてきた。今日は俺一人。あの二人は呼ばれなかった。きっと何か理由があるのだろう。俺も気が楽だし。
到着。病室の前。そこには凪の両親がいた。親父が「愛子が呼んでいるから、早く入れ」と言っている。言われなくても。
「よぉ、元気か?」
「はい! もう元気満々です」「それは良かったな」
「はい!」
なんかやたらと幸せそうな顔をしてるな。そんな顔で俺を見詰めやがって……照れるだろ。
「それで、良いお知らせってなんだよ」
「はい、私退院する事になりました!」
「本当か?」
「はい!」
「そうか、良かったな」
本当に嬉しいよ。こんなに心の底から嬉しいと思ったことはないな。昔から俺は暗く生きてきたから……
今の生活はとても幸せだ。温かさを感じる。
俺の家族は一人もいない。父親は博打に溺れ麻薬を使い母と離婚をしてから刑務所行きとなった。母親は俺が中学生の時、家で首を吊って自殺した。理由は離婚した父親の麻薬仲間からの暴力、罵声、金の応酬、とにかく大変だった。そいつらも捕まり今は何もないけど。俺は父親が博打で大量に貯めた貯金やらで生活をしている。
だから、凪の側にいると幸せを感じる。家族のように思えるから。凪の父親と母親も。その温かさが嬉しかった。
「あの……正晴くん?」
「あっ、ごめん。ちょっと考え事をしてた」
「そうですか……どんな事ですか?」
「本当にどうでもいい事なんだ。凪の側にいると幸せだな、と思ってな」
「そうですか、嬉しいです! それじゃあ、今からちょっと頼み事があるんですけど……」
「なんだ?」
「今から一緒に学校に行ってください」
「写真か?」
「はい!」
「じゃあ、早く行くぞ」
「はい!」
病室の片付けも終え、凪は正式に退院した。
そして、一緒に学校に行く事に。
この時に気付いていれば……その凪の心の底を。あの笑顔が生まれた故郷を。
知っていたら……もう少し軽いもので済んだのに……この気持ちの重さが。
学校。
夏休みだし人は居なかった。仕事が溜まっている新任教師達が必死に職員室で仕事をしていた。可愛そうに。せっかくの休みが台無しだな。
「屋上だろ?」
「はい!」
いつものように、俺と凪は屋上へと足を運んだ。一歩一歩、なんとなく凪の歩みが遅く感じるけど……きっと久しぶりに動いたからだろう。
一日三枚しか撮れない写真。選びに選んで撮った一枚目は、やはり空だった。こいつはきっと空が大好きなんだ。
二枚目、屋上の写真を撮っていた。
「今日、私が此処に居た証拠です」と言っている。
そして、最後の一枚。そのレンズの向いている方向には俺がいた。
「これは、今日私が正晴くんと一緒に居た証拠です!」
「そんなもの残さなくても……いつも側に居てやるよ……」我ながら照れる台詞だ。
「はい……お願いします」
結局、また二人とも赤面して立ち尽くした。何だ俺ら。
「もう、終わったか?」
「はい」
「じゃあ、帰るか」
「すみません……ちょっと行きたい場所があって……」
「何処だ?」
「ま……くんの……え……」照れた顔で言っていた。
「なんだって? はっきり言えよ」
「正晴くんの家に……」
「俺の家……か?」
「はい……」
「分かった。じゃあ行くか」
「はい!」
その後聞いた話によると、今日凪の両親はあれから花売りの出張に出ていないらしい。それで、関係者が近くにいないと何かあった時困るからと、俺の家に泊まるらしい。もう暗くなっているからその方が安全かな、とも思うが緊張度が凄い。頑張れ、俺。
そして時は過ぎ……
夜。初めて一緒に食べた夕飯はカレーだった。インスタントだけど……凪は今、「病院に居たから……」と風呂に入っている。病院帰りだから洋服もあるし、一安心だ。決して、覗きなんかはしないからな! 俺は……そんな人間ではない。
どうした事だろう……凪が「同じ布団で寝たいです……」と上目使いで言葉を吐いてきた。きっ、緊張なんてもんじゃないなこれは……仕方ない。
消灯。
「私……正晴くんが大好きです……」
「何だよ急に!」
「すみません……」
「俺も……凪が、愛子が好きだよ……」
「正晴くん……」
そして、接吻。しかも深く。初だった。俺の人生で。
一緒に寝た晩。何度も唇と唇を重ねて過ぎた時間。体も重ねた時間。
上手く進みすぎている。そんな疑問が頭に浮かんだ。が、排除しよう。凪が俺を信用してくれたんだ。恋人になれたんだって。本当は俺だって嬉しいくせに。
その晩の事、後から思えば心を苦しめる、或いは温かくしてくれる、大切な一晩だった。
これが、凪から俺へのメッセージだったとは気付けなかった。
ごめんな、愛子。
〈心が重なった時、君はどんな気持ちでいたの? 大切な物を残してくれて……〉