6章 涼しい夏
6章 涼しい夏
病院の中はやたらと寒い。
身が凍えるほどだな。もう少しエアコンの温度を考えた方がいい。温度調節の仕方を教えてやりたいな。
あの日から1週間。
俺と凪は病院の一室にいる。大型病院。滅茶苦茶デカイ病院の4階の部屋に凪の病室はある。まぁ8階建てくらいデカイ病院だからまだ4階はいい方だけど、この階段を昇るのは面倒だ。一々来るのも帰るのもこんな階段数が多いところを往復して、だるいな。
今日は日曜日。
俺は凪のお見舞いに来た。変なオマケも付いて来ているが。幸助に瑞希。
幸助はなんとなく分かるが、何故瑞希もだ? こいつは凪と何か関わりあったっけ?いや、ないだろう。
凪の病室のドアを開ける。
ガチャッ。
「よぉ、な……」
「あぁ〜愛子! 久しぶり!」
「瑞希ちゃんだ! 久しぶりです」
ん? 何だこの慣れ親しんだコミュニケーション。凪が俺以外の奴と仲良く話しているのは初めて見るぞ。どういう関係なんだ?
「あのぉ〜盛り上がっている所申し訳無いのですが……お二人はどういったご関係で?」
と、何故か幸助が聞いた。お前は「俺の愛子ちゃんが〜……」とか思って聞いたのだろうけど。
「知らないの、隅原? 私たち親戚なのよ。いとこかな。ねぇ愛子!」
「はい。その通りです」
何故同じ学校にいる親戚なのに「久しぶり!」なんだ? 気になるな。
「でもさ、何で久しぶり! って言ったんだ?」と、また幸助。
「私、委員長で忙しいし愛子は学校来ない時あるし」
「そぉかい」幸助、聞いといて興味ないのかよ。
「あの〜正晴くん……」
「何だ?」
「ありがとうございました。助けてくれて」
「あぁ、いいって」
「あと……屋上で言った……」
「ちょ〜と待て! 待て待て待て! それは言うな!」
まずいぞ。その事は今言ってはいけない。絶対に今言ってはいけない事なんだよ、凪愛子さん。言わないでくれ……
「屋上でって何の事だ?」さっそく幸助。「えぇ〜アンタ愛子に何したの?」そして瑞希。誤解だ。いやらしい事なんてしてないし、お前等には関係ない!
「ちょっと二人とも少しの間病室から出てくれ」
「おい……正晴、まさか病室でやる気じゃ……」
「なんもしねぇ! いいから出てけ!」
やっとの思いで追い出した。全く、面倒な奴らめ。
「ごめんなさい……私が……」
「いや、大丈夫だから」
「それで……あの、正晴くんは私の事が好きと……」
「あぁ、言ったよ。それは本当の事だ。俺は凪が好きだよ」
「そうですか……ありがとうございます……」
「嫌なら嫌って言ってくれよ」
「いえっ、私、嬉しいです。私も正晴くんの事、好きですから……」
「あ、ありがとう……」
「はい……」
「なんか照れるな」
「そうですね」
そして、しばしの沈黙。顔を赤くする二人。やっぱり照れるな……その時。
「もう終わったか〜?」と二人が入ってきた。
「終わるも終わらないも何も無いけどな」
「全く……私の妹分を……」こいつ何言ってんだか。
そして、仲良く会話をしていると、ガチャ。
「凪愛子さん。検査があるのでこっち来て下さい」と看護師さんが来た。
「じゃあ、俺達は帰るな。また来るよ」
「はい。今日はありがとうございました」
「じゃあねぇ〜」と俺達は病室を出て階段を下り、外に出た。
「古河。アンタやっぱりあの噂は本当だったのね」
「何の事だ?」まずいぞ。
「俺達さぁドア越しからお前達の会話聞いちゃった!」
「はっ?」ヤバイぞ……
「皆には黙っといてあげるよ。仕方ない、委員長の私がクラスメイトを苛める訳にはいかないからね」
「僕、隅原幸助は友人に愛しき愛子ちゃんを奪われました……ショック……」
「お前等ー!!!」
そして、その日は過ぎていった。
検査が終わり、ベッドの上で微笑む凪愛子。
家に着き、ベッドの上で微笑む古河正晴。
幸助と瑞希が知らない事が1つある。
それは、あの沈黙の時間。俺と凪がキスをしていた事だ。
音のしない愛情。それだけはあいつ等にも俺と愛子にも聞こえていなかった。
でも心の声が聞こえた気がした。俺と愛子にだけ。
二人とも、
ファーストキスだった。
俺は凪の病気を知っている。
もう……って事も。
―俺の気持ちが溜まった届け物だよ。お前の唇に届けたから、ちゃんと受け取ってくれ―