3章 空白の休日
3章 空白の休日
俺が彼女について知っている事は数えられる程しかない。たぶん、片手の指の数程だろう。
まず一つ目、名前が凪愛子という事。二つ目、写真部に所属していた。三つ目、そして退部した。四つ目、今でも写真を撮っている。五つ目、景色が好き。それくらいだ。虫の話とかもあったけど、それは例外という事にして……まぁ沢山知っていてもストーカーみたいだし、幸助のようにはなりたくないからな。
出会った日から一週間、あの日から毎日のように朝、一緒に学校に行くようになった。勿論、俺はチャイムが鳴るのを待っている。今は意識的に凪を待っている事はない。気付けばいつも来ている感じ、出会った日と同じようだ。
だが、一週間の内、一日だけ来なかった日があった。学校にもだ。
まぁ、その日は風邪か何かで休んだのだろう、そう思っていた。そう思う事は一般的な思考として間違いではない。確かにそうだろう。でも、その『一般的』では駄目だと気付いたのは後になってからだった。
それからまた、一週間。凪は一日休んだ。まぁ、俺には関係無い。そう考えてはいたけど、いつの間にか、俺の体は朝一人で居る事に悲しみを覚えた。常の事だったはず、当たり前の事だったはず、なのに一人で歩くこの道に、何か物足りなさを感じていた。
「どうした事やら……」
「なぁ正晴、今日凪ちゃん休みか?」
「あぁ、そうらしいな」
「あぁ〜会いたいよ、愛しのマイエンジェル!」
凪はいつからお前の天使になったんだ? なぁ、幸助。
そんな事しか話題もない昼食の時間。いつものように屋上にいる。今日もまた、綺麗な快晴だ。
きっと、この空を見て思ってしまったのだろう。
放課後、俺は凪の家の前にいた。幾つも花が並ぶ花屋。凪の家はそこにある。
俺の家から自転車で十分くらい、意外と近い場所にあった。
俺が何故、凪の家を知っているかと言うと、それは先週、共に屋上にいる時……
「正晴くん」
「なんだ?」
「正晴くんはお花は好きですか?」
「花? 何だよ急に」
「私の家、お花屋さんなんです! 沢山お花があります。もし、正晴くんの好きな花があるなら、差し上げようかと考えたのですが……」
「それは有難い話だな」
「では、今度お家にいらっしゃってください。待っていますから」
「あぁ、暇があればな」
「はい!」
本当は暇しかないような人生を送っているのに、俺も格好つけたもんだな。だから、今日俺は来てみた。聞きたい事もあるから。「公園の近くにあるお花屋さんです!」そう言っていた。
「此処だよな……」
俺はやや控え目に中に入った。特に花を買うわけでもないのに、というか、花屋に来るのは初めてだ。
「いらっしゃいませ!」
そこに立っていたのは若いお姉さんだった。凪の姉か?
「どのようなお花をお選びですか……ん? その制服はもしかすると愛子のお友達ですか?」「まぁ、一応知り合いですかね」
「あらあら、お友達がお家にいらっしゃるなんて、初めてです! お母さん、感激です!」
お母さん? こいつは凪の母親か? お姉さんとかじゃないのか? 確かに顔とか髪型が似ている。にしても若いだろ、俺にはまだ二十代に見える。
「ずいぶんと若いんですね」
「あらぁ〜なんて良い子なんでしょう」
「そんな事無いけどな。ただの一般男子生徒だ」
「そうですか。っでどんなお花を探しているのですか?」
特に花なんて探しちゃいないんだけどな。来た理由なんて、暇だった。とか、通り掛かった。って感じだし。いやっ、今のはただの強がりだ。聞きたい事があるから来たんじゃないか。
何故、俺はこんな事してるのだろう。俺でも不思議に思うよ。
「花には別に用はないな」
「じゃあ、何かお話でも?」
「あぁ、一つ聞きたい事があってな」
「何でしょうか?」
凪の母親は覗き込むように俺を見てきた。ちょっと言いにくいけど、仕方ないか。
「凪は何で必ず一週間に一回休むんだ?」
「それは……愛子とは、どのようなご関係ですか? ボーイフレンドとか?」
ボーイフレンド? それは程遠い呼び名だな。ただ、朝同じ道を歩いて登校してきているだけ、昼食は共に屋上で食べているだけ。
「だから、ただの知り合いだよ」
「では、失礼ですが愛子の事は説明出来ません……」
「何故だ?」
「貴方が嫌な想いを背負ってしまいます。だから、この話は聞かずにお帰りください……」
「そうか、分かった。じゃあな」
「あの、もし良ければまた遊びにいらっしゃってください!」
「いつか、な」
そう言い残して俺は歩いていった。そうだよ、俺には関係無い話なんだ。無理に聞く事もないし、知ったからといって、どうする訳でもないだろう。
「すみれ」
「勘太郎さん……」
「さっきの奴誰だ?」
「愛子のお友達のようです」
「何の用だったんだ?」
「何故、愛子は一週間に一回休むのか、と……」
「それで、言ったのか?」
「いいえ、彼を悲しませる訳にはいきませんから……」
「そうだな、それでいいんだ」「はい……」
今日は綺麗な茜空だ。真っ赤に染まった空の下、上手く整理がつかない心の中。俺には関係無いはずなんだ、そう思っているのに。胸を打つ疑問。
―凪、お前もこの空を見てるか? 綺麗だぞ。お前のカメラで残してくれよ―