2章 屋上、思い出の場
2章 屋上、思い出の場
屋上。そこに彼女はいた。
一人でベンチに座りパンを食べていた。
あのベンチは入学当時、俺と幸助が校庭にあったのを運んだものだ。放課後の校舎内、ベンチを屋上に持っていくのは一苦労なんて言葉じゃ済まない程大変だった。誰にもバレないようにするのは特に一番大変だった。でもその困難を乗り越えた結果、屋上で寛げるようになった。そのベンチの上に彼女が座っている。
「よっ、また会ったな」
「あなたは……朝の……」
「そういえば名前教えてなかったな」
「はい、私もまだ教えていませんでした」
朝会った時は教える必要はないと思ったが、これが偶然じゃないとするなら、今教える必要があるだろう。
「古河正晴」
「正晴くん? ですか……はい、覚えました!」
「お前は?」
「私は、凪愛子です。お母さんとお父さんが、人を愛せる子になるように。と
つけてくれた名前です。自分ではとても気に入っています!」
凪愛子かぁ。確かに見た目にあった名前だな。名前の意味かぁ。俺は何なんだろうな、聞いた事がない。
「そうかぁ。っで早速だけど凪」
「はい、何ですか正晴くん?」
「何で一人で食べてんだ?」
「それは……」
「あぁ〜いい、いい。やっぱり答えたくていいよ」
「そうですか」
人の悩める場所を探っていく程冷たい人間じゃない。きっとこいつは友達が居ないんだろう。良く見ると可愛い顔してんだけどな。静かだし、誰かと盛り上がったりするのがたぶん苦手なタイプだろう。俺もそうだからな。気持ちが分からなくもない。俺の場合、自分から人との馴れ合いを避けてるんだけどな。
「おい、凪はなんか部活とか入ってるのか?」
「前は入っていました。でも入部してすぐに辞めちゃいました……」
「理由は?」
「参加出来なかったからです……」
「そりゃ入った意味が無いな」
「はい、無駄死にです」
それはちょっと意味が違う気がするけどな。
「っで今はやる事の無い暇人か?」
「ごもっともです」
時折使う言葉の意味が違う気がするけど、まぁ 気にはしない。
「何部に入ってたんだ?」
「何だと思います?」
見た目は小さくて可愛らしい顔立ち。体力は有りそうも無いから文化系か……
「そうだな……見た感じだと、演劇部とかブラバンとかか?」
「どっちもハズレなのです」
「じゃあ、園芸部」
「それもハズレなのです」
「もしかするとバレーとか野球とか……」
「全部大ハズレなのです!」
「じゃあ何部だよ?」
「何部だと思います?」
その質問はさっきもされて、撃沈したんだけどな。まだ俺を戦わせるつもりか?
「もうギブアップだ。正解はなんだ?」
「写真部です」
写真部? 写真部で退部かよ。それほど酷い仕打ちを受けたのか、はたまたかなりの面倒臭がりなのか……どっちにしろ辞めた事には変わりないか。
「何で写真部に入ったんだ?」
「写真を撮るのがただ好きだったんです。動物を撮ったり昆虫を撮ったり……あぁ、でも足が沢山ある虫と変に飛ぶ虫は違いますよ! 怖くて近寄れないです……一番撮るのが楽しかったのは景色です。いつも撮っていました!」
虫の話は……まぁ無かった事にはしよう。
好き、かぁ……夢中になれるものがあるだけいいよな。俺なんて……ね。
「今も撮ったりしてるのか?」
「はい! いつもこの鞄の中に入っています!」
そこにあったのはカメラだった。けど……ちょいと古いタイプじゃないか?
今はデジカメやら、写真家なら高そうなカメラを使うだろうけど、凪が持っていたカメラはまた古い。やっと外に持ち歩きが可能になった時のカメラみたいだ。
「でも……このカメラ壊れちゃいました……」
だろうな。そうなると思うぞ、その古いカメラじゃね。
「だから、今はこっちの使い捨てカメラで撮っています。こちらでも綺麗に撮れるんですよ!」
「一日何枚くらい撮ってるんだ?」
「三枚と決めています! カメラの値段も無視出来ないものですし、私の限界もありますから……」
「限界……?」
「何でもありません! こちらの話です!」
気になってはいるが無理に聞き出すのも失礼だし、我慢して聞かなかった事にしよう。
「今日は何か撮ったのか?」
「はい! 二枚撮りました!」
「何を撮ったんだ?」
「朝、正晴くんが寝ている姿とさっきこの青空を撮りました! 二枚とも、とても綺麗に撮れました!」
「おい、待て! 俺の写真は現像するなよ!」
「何でですか?」
「何でもだ!」
いつの間に撮られていたんだ。気付かなかった……本を顔に載せていたから気付かなかったのか。
その時……
「正晴……俺は頑張った…誉めてくれ……あぁ〜」
そこには見るに耐えないくらいフラフラした幸助の姿があった。片手にカツサンドと何やらパンが入っていそうなビニール袋を持って。
「お〜サンキュー幸助」
「このくらい、何て事ないさ……」
そんな事を言いながら倒れた体を起こそうとした幸助はそこにいる小さな少女の姿を見た。
「全く、正晴ったら学園一モテモテで人気ナンバーワンの僕を買い出しに行かせるなんて……この美貌を汚している……そう思いませんか? お嬢さん」
「お嬢……さん?」
これがこいつの性格だ。女好きで格好つけ。嘘までついて自分をアピールし一目惚れさせようとする。本当のバカだ。結局、俺が知っている範囲では一人も良い返事は返していない。
「正晴くん……この変わった人はどなたでしょうか?」
「ただの変態、ナルシスト、馬鹿という名を作り上げた奴だ」
「変態……ナルシスト……」
「あぁ〜違う! 俺は正晴の親友で隅原幸助」
「っと、嘘をつくような奴だ」
「待て! 親友って所と名前は嘘じゃねぇ!」
「とても……愉快な人です!」
こいつは本当にお人好しなんだな。こんな幸助にまで優しくするなんてね。そんな女子生徒は初めて見たよ。普通は「変態!」とか「キモいんだよ!」とか言う奴が多いけど、凪は違った。
幸助も嬉しいに違いない。……うわっ、顔が輝いて見える。余程嬉しかったのだろう……
「正晴くん……あと、ついでに隅原さん、とりあえず昼食にしましょう!」
凪が積極的に誘ってきた。これはもしかしたら珍しい事なのかもしれない。目を瞑り頑張って言ったみたいだ。
「あぁ、さっさと食おうぜ」
俺はそう言ってベンチに腰を下ろした。幸助が買ってきたカツサンドを食べ始めた。
その幸助はと言うと……手を下につけ、かなり落ち込んでるような姿を見せていた。何故落ち込んでいるか、俺には分かっている。さっき凪が「ついでに隅原さんも」と言った事だろう。「ついで」がついたから落ち込んでるのだろうな。気にするなって。
そして俺達は昼食を済ませ、教室へと戻っていった。
最後に凪が呟いた言葉が耳に残る。その言葉は、幸助が落ち込んだままで俺と凪が昼食を食べ終わった時、「此処から見る景色、綺麗ですよね。特に空がとても綺麗です!」そう言った。
俺と同じ空を見ているのに、目の輝きとかが全然俺と違う。風に髪を靡かせて、真っ直ぐ前を見て言った言葉。俺には『俺が見ている空と違う空を見ている』、何故かそう感じた。
―同じ景色でも人によって見える景色は違うのだろうか―