最終章 明日また空の下で
最終章 明日また空の下で
凪の人生を懸けた命の誕生。どっちを助ければいいか、俺の中では既に決まっている。勿論、助けたいのは凪自身だ。残念だけど赤ちゃんは諦めるしかないと思っている。
でも凪はただ1つの事しか思っていないだろう。それは……
それから数日。
凪の事を聞いて幸助と瑞樹が病院に駆けつけてきた。
「おい、正晴。どういう事だ?」
「どうもこうも、こういう事だ……」
「あんた、こんな場所で何やってるのよ?」
その場は病室ではなく、病院入り口のロビーの椅子。凪は4階にいる。何故ここにいるかって? そんなの決まってんだろ……
「全部俺が悪いんだよ。会わせられる顔を持ってない。俺には何もできないし、何もする必要がない。無力で使い物にならないんだよ……」
「あんた、何言ってんの!」
バシッ。
「…………」
「正晴、テメェ!」
…………
「お前、本当にそんなので良いのかよ! もっと良く考えろよ」
「私達は愛子の所に行くから。あんたはちゃんと考えなさい」
言われなくても分かってる。でも……もう、何もやる気が出ないんだよ……俺の真ん中に穴が空いた。何も無い。無力感しか残ってない。何だよ、これ……
ガチャ。
「愛子? 大丈夫?」
「……はい! 大丈夫ですよ!」
「愛子ちゃん、強がらなくていいんだよ」
「はい……」
「愛子」
「瑞樹ちゃん……凄く、凄く不安なんです……正晴くんに会えないで……私、嫌われちゃったんでしょうか……」
「大丈夫よ。大丈夫」
「そうさ、正晴はそんな奴じゃない。あいつは人を裏切るような奴じゃない。だから、泣かなくていいんだよ、愛子ちゃん」
「はい……」
「頑張れよ」
「頑張ってね」
「はい!」
出産予定日まで、1週間。
「おい正晴。いい加減決めろよ。もうあと1週間だぞ。お前は事の重大さを分かってるか?」
「そうよ。愛子、毎日アンタの事想って泣いてるんだから……」
「……本当か?」
「あぁ。そうだ。正晴、お前以外に誰が愛子ちゃんを助けられるんだよ」
「…………」
「愛子が1番好きな人はアンタなんだから!」
「悪い、俺行ってくるよ」
「早く行け!」
そうだ。本当は俺だって分かっていた。凪の側にいる事が俺にできる最低限にして最高の愛なんだ。それしかできない。分かっていて何もしなかった。何故か、俺は目の前で凪を見詰める事を恐れていたんだ。何もできないくせに、悩める苦労人のように格好つけていた。
そうさ、俺にできる事は1つだ。
「凪……愛子」
「正晴くん……名前で呼んでくれると嬉しいです! エヘヘ」
「ごめんな」
「大丈夫ですよ。ずっと正晴くんを待っていました。来ることも分かっていましたから。そう信じていましたから!」
「あぁ。愛子、迎えに来たよ」
「はい!」
それから、俺はずっと側にいた。どんな事があろうと愛子を悲しませる訳にはいかない。そう、俺は愛子を迎えに来た。だから、離れたりやしない、今まで通りの生活に赤ちゃんを足して連れていってやる。
出産予定日前日。
愛子は少しも不安そうな顔をしていなかった。むしろ、ずっと前を見つめていた。その眼差しは遠く先を。未来を。
「正晴くん、写真撮りに行きませんか?」
「あぁ、いいぞ」
「ここの屋上から見る景色綺麗ですよね。特に空が綺麗です」
「そうだな」
「今日も3枚。しっかり撮りましょう」
「あぁ」
綺麗な青空が俺達を包む。それは優しく、温もりを感じさせた。明日をも包み込みそうな温もりを。
「愛子」
「はい?」
「明日、また写真撮ろうな」
「そうですね。また是非撮りたいです。明日……」
「あぁ、撮ろう。明日また空の下で」
「はい!」
出産予定日当日。
その時は来た。
愛子は運ばれていき、俺もそれについていった。
そして、此処から先は立ち入り禁止。要するに俺は此処からは愛子の側にいてやれない。
「愛子、今度は俺が待ってるぞ。愛子が俺の側に来るのを」
「はい。今度は私が迎えに行きます」
「あぁ」
「ねぇ正晴くん。どうして私が『愛子』という名前を貰ったか前に言ったの覚えていますか?」
「いいや、覚えてない……」
「お母さんとお父さんが『人を心から愛せる子になるように』と願いを込めてつけてくれました。私、人を愛せていたでしょうか?」
「あぁ。お前は人を心から愛していたよ。少なくとも俺はそれを感じていた。愛子の『愛』をな」
「良かったです!」
「あぁ」
「じゃあ、私そろそろ行かないと」
「待ってるからな」
「はい! 迎えに来ますから」
「じゃあ、また後でな」
「はい!」
そして……
俺は知っていた。何故愛子が俺との子供を急に作ろうとしたか。何故3枚の写真を撮っていたか。
愛子はこの時が来る事を知っていた。だから、残したのだろう。俺に沢山のモノを。
3枚の写真。1日3枚。景色を撮っていたのはその内の2枚。俺と出会ってからは3枚の内1枚は必ず俺の姿が写っていた。会えなかった1週間も。病院から出ていく俺の背中をしっかり見ていてくれた。
それよりも大切なモノを愛子は残してくれた。
季節は春。
俺は桜の木の下で寝っ転がっていた。
「何やってるの?」
「空を見てるんだ。此処は思い出がある大切な場所だからな」
「そうなんだ」
「よし、行くぞ。遅れたら困るからな。早くしろ、愛」
「うん! 待って。お父さん!」
〈生きる力を沢山の貰ったよ。だから、この『愛』と共に、その分、返していこうと思う。ありがとう。〉
これで、この作品は終わります。ですが、この物語自体はまだあります。今後、ご期待していてください。