第18話
総司の療養所―
総司は自分の膝で寝入っている黒猫の体をずっと撫でていた。
しかし、傷のあるところは触らないようにしていた。
傷の具合を見る限り、たぶん棒か何かで殴られたのだろう。
黒猫は、総司のためにどこからか、魚を盗って来たに違いなかった。
総司「…痛かっただろう?…ごめんよ。私のために…」
総司は黒猫に愛想をつかされていたのだと思っていた。
が、黒猫の方は、総司が病に冒されていることまではわからなくとも、何かを悟っていたのだろう。
黒猫は気持ちよさそうに総司の膝で寝入っていた。
心なしか、微笑んでいるようにさえ見える。
その時、何か香ばしいような匂いがした。
寝入っていると思われた黒猫が突然目を開いて頭をあげた。
総司「…ああ、魚を焼いてもらったんだよ。一緒に食べよう。」
総司がそう言ったとき、ふすまが開き、老婆があらわれた。
老婆「やっと焼けましたよ。さぁ、食べてくださいまし。」
老婆はそう言って、魚がのった膳を総司に差し出した。
総司は礼を言って受け取ると、さっそく箸を手に取った。
黒猫は総司の膝から離れ、行儀よくお座りをして、総司のすることを見ている。
総司「はい。…黒猫殿からどうぞ。」
総司はそう言って、黒猫に魚を食べさせようとした。しかし、黒猫は体をよけて食べようとしない。
じっと総司の方を見ている。
総司「…わかったよ。…じゃぁ、先にいただくね。」
総司がそう言って、一口魚を含んだ。
総司「うん。おいしいよ。…ちょっと塩が利きすぎているかな。」
そう言って総司はおいしそうに食べた。
総司「ほら、こんどは黒猫殿の番だ。」
そう言って、黒猫に魚を差し出すが、黒猫は食べようとしない。
くいっとあごをあげて、総司を必死に見つめている。
総司「…黒猫殿…」
総司の目からふいに涙がこぼれた。黒猫は総司に食べさせるために、体を張って魚を盗ってきたのだ。自分が食べるわけにはいかないのであろう。
総司「…じゃぁ…遠慮なくいただくからね。…」
総司は涙声でそう言うと、魚を必死に食べた。
黒猫に見守られながら…。