第16話
総司の療養所―
総司は姉、みつにひげをそってもらっていた。
自分でもできるのだが、みつが許さないのだ。
みつ「…さぁ、きれいに剃れたわよ。…お疲れ様。」
総司は苦笑して「ありがとう」と言った。髪の乱れも先に直してもらっていた。
みつがいる限りは、小奇麗な病人でいられそうである。
みつ「…今日は、来ていないのね。」
みつが中庭を見渡しながら言った。黒猫のことである。
総司「…うん。…好きな人でもできたんじゃないかな。」
みつ「まぁ、振られたの?可哀想にね。」
総司「猫でも、元気な人がいいんじゃないかな。」
みつはふと口をつぐんだ。総司は冗談のつもりだったが、みつにはそう取れなかったようである。
みつ「…そんなこと…言わないでちょうだい。」
総司「うん。ごめん。」
総司はにこにことした。みつは不思議そうな表情で総司を見た。
胸のあばら骨が目立ってきている。かなり痩せてきていた。頬もこけ落ちている。
総司自身でも、腕や足の筋肉がなくなっていることを見ているはずである。
しかし、総司はいつも姉にはにこにことしていた。
今のような、ぎくりとさせる冗談も平気で言う。
姉は、総司が死への覚悟を決めていることを悟らずにはいられなかった。
…が、時々総司は、近藤の話をするたびに、「早く先生のところに行って、お役に立ちたい」と言うのである。
みつにはそれが、総司の生きようとする原動力になってくれているのだと思っていた。
だが、時折あきらめたような言葉も発することがある。
みつにも、総司の本心はわからない。
総司「姉さん?」
総司が考え込んでいるみつの顔を覗き込んで声をかけてきた。
みつ「あっ…まぁ…ごめんなさい。」
みつはあわてて、手元にあるものをまとめた。
総司「疲れているの?姉さん。…大丈夫?」
みつ「大丈夫よ。…さぁ、朝ごはんを食べましょうね。」
総司「…あ、まだだったかな。」
みつ「ええ、まだよ。食べさせてあげましょうか?」
総司「よしてよ。」
総司が眉間に皺を寄せて笑った。みつも笑いながら「すぐ持ってくるわね」と言って部屋を出た。
…出てから、何か胸に苦しいものが残っているのを感じていた。