第11話
総司の療養所―
総司、縁側にあぐらをかいて座っている。
膝の上には、黒猫が寝ていた。そしてその足には傷跡がある。
総司「…大丈夫ですか?黒猫殿…」
黒猫はくいっと顔をあげて、総司に目を細めて見せた。
総司「…大丈夫って意味に取っていいのかなぁ。」
総司は、再び膝の上でくつろぐ黒猫を見ながら呟いた。
総司「…あなたは…どうして鳴かないの?」
総司はずっとそのことを考えていた。この黒猫は、目を細めて見せたり見開いて見せたり、なんらかの意思表示はするのだが、鳴き声をあげることがこれまで一度もないのである。
姉と一緒に、黒猫が他の猫と争っているところを見たときもそうである。
相手の猫は威圧するような鋭い鳴き声を上げていたが、黒猫は全くそうしなかった。それでも2匹は毛を逆立てて威嚇しあい、とうとう体をぶつけ合って争った。
総司が見たのはまさにそのときだった。あわてて中庭に飛び降りた総司を、姉があわてて止めて言った。
みつ「だめ!…こういうことに他人が邪魔したら駄目なのよ。」
総司ははっとして、お互いを傷つけあう猫を見つめていた。
……
最後に勝ったのは黒猫のほうだった、後ろ足に傷が残ったが、相手の猫は体中に傷を残し逃げていった。黒猫が縄張り争いに勝ったのだった。
総司は、ぐったりとした黒猫をあわてて抱き上げて、姉に「傷の手当をしてあげられないか」と頼んだが、冷静な姉は首を振ってこう答えた。
みつ「見て御覧なさい、総司。猫は自分で自分の傷を癒すことができるのです。」
言われた総司は黒猫を見た。すると黒猫は自分の傷ついた足を必死に舐めている。
みつ「これぐらいの傷なら大丈夫。この猫にとってはいつものことなのだと思うわ。」
総司はほっとして、胸に抱いている黒猫を見た。黒猫も自分の傷を舐めながら、総司を見上げていた。
……
黒猫は自分の膝の上で眠ってしまった。
すっかり安心しきった表情をしている。
総司「…黒猫殿…」
総司は黒猫の体を撫でた。
総司「…強い人だ。…私には…真似できないな。」
どんな時でも鳴き声をあげることのない黒猫を見たとき、総司は入隊当初、笑顔を見せなかった「中條」とこの黒猫を重ね合わせていた。
この、自分の膝で寝入っている黒猫の姿を見ながら、総司は中條が生まれて初めて食べたという「饅頭」を口にした表情を思い出していた。
嬉しそうな…幸せそうな…その表情を。