第六話 迷宮モノの鉄則
お久し振りです。間が空いてしまって申し訳ありません。未だ名前のない少女との掛け合いが納得いかず試行錯誤していたらこんな日が空いてしまいました。それにしても話が進まない…
完全な不意討ちだった。
王者熊を倒したことで油断していた俺は、まったく反応できなかった。
急に沈んだ足元の感触に何の反応も出来ず、視界が下にがくんと下がる。
そこでようやく、自分が落下していることに気がついた。
「なっ!?」
何だ、とか言う暇もなく、今まで立っていた地面が目の前を過ぎ、再び暗闇へ放り出される。足が宙に浮く感触に、背筋がぞわりとする。
少女を抱いていたため手を伸ばすことも出来ず、下の階層へ重力の働くままにフリーフォールを開始。
視界は一面の闇で、地面までの距離がどれくらいなのかもわからない。このままでは着地に失敗する確率が高い。
慌てて俺は、ある一つのスキルを唱えた。
(瞬歩!)
移動する距離を一メートルくらいに指定し、瞬歩を発動。
今更瞬歩を使ったって意味がないと思うかも知れないが、このスキルにはある効果がある。
実はこのスキル、使う直前までの速度や運動力を引き継がないのだ。
先程このスキルを試していたときに発見したのだが、全力で走っている最中にジャンプして瞬歩を使った所、瞬歩の移動が終わると俺はそのままその場に着地した。
なぜなのかはわからないが、とにかく理論上で言えば崖の上から飛び降りても地面に激突する直前に瞬歩を使えば無傷ですむということだ。
なのでこの場で使えば、落下速度が一瞬だけゼロになる。しかしすぐにまた落下し始める。だが一瞬あれば十分だ。地面までの高ささえわかればいいのだから。
もう一度瞬歩を使う。瞬歩は一度発動すると再使用できるまでに少し時間が空くのでその間に地面に激突しないか心配だったが、大丈夫だった。
目を凝らすと、弱々しい明かりに照らされた地面がギリギリで見えた。
(よし!)
あとは着地寸前にもう一度瞬歩を使い、衝撃を限りなくゼロにする。
そうして、なんとか無傷で着地することに成功した。
「ふう…」
一瞬ひやっとしたが、なんとかなったな。
最初にこの効果を発見したときはデメリットかと思ったが、こういう使い方ができるなら他にも色々使えそうだ。この効果は覚えておこう。
それにしても、あんないきなり不自然に足場が崩れるなんて、ついてないな…
「大丈夫か?」
念のため腕の中の少女に声をかける。彼女はちょっと目を見開いていた。
「びっくりした」
ぽつりと一言漏らすが、その表情はわずかに目を見開いている以外まったく変わりない。まあ本人が言ってるんだからびっくりしたのだろう。
再び辺りを見回す。また暗闇の部屋であることにうんざりしつつ、ふとあることを思い出す。
そういえば、さっきの王者熊は…?
俺がその事を思い出したとき、後ろから唸り声が聞こえてきた。
今度こそ俺は、血の気が引くのを感じた。
そんな馬鹿な、と思いながら後ろを振り向くと、紅の瞳でこちらを見る王者熊と目があった。
俺は咄嗟に身構え、スキルを発動しようとした。しかし、様子が少しおかしいことに気がつく。
放たれた唸り声は小さくてひどく弱々しく、こちらに襲いかかってくる雰囲気が感じられない。落下したダメージがかなり効いているようだ。もはや虫の息に近い。今度こそ、本当に安堵する。
だが俺は念のために距離を離すことにする。手負いの獣ほど怖いものはない。下手に近寄るのは危険すぎる。放っておいても長くないだろう。
それにやはり、自分の手で生き物の命を奪うのはちょっとまだ抵抗がある。素手だと尚更だ。
それよりも出口だ。ここがどういう構造になっているかはわからないが、今までの予想と情報を合わせて仮説を立てるならば、ここは多分ダンジョンだろう。
今わかっている限りでは、俺が最初に目覚めた部屋と、少女が最初にいて、王者熊と戦闘した部屋。そこから上と下に一階層ずつあることが判明している。問題は上と下、どちらに進むのが正解かということだ。俺は今までなんとなくここは洞窟か何かだと思っていたが、もしかしたら違うかもしれない。ああくそ、マップが欲しい。普通はまずそういうのを与えるべきではないのか。いや、俺も思慮が浅かった。生きるためには必須だが、今の状況では優先度の低い語学等をとってしまったのが悪い。もっと慎重に、熟慮をしてスキルを習得するべきだった。
とはいえ、今更後悔しても遅い。過去は変えられないのだから、今からの行動で未来を変えるしかない。
気を取り直して、俺はとりあえず辺りを調べることにする。いい加減何か良い方向の状況進展が欲しいものだ。
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辺りの探索を始めてすぐに、妙なものを発見した。箱である。長方形で、長い方は一メートルくらいだ。開けてみようとしたが、どこから開けるかもわからない。うーむ。
中に入っているものが役に立つものかもしれないので、出来れば手に入れたいが…
どうやって開けるんだろうと眺めていたら、お決まりの詳細表示が出た。便利さに感謝しつつ内容を読む。
『闇属性の封印が施されています。解除しますか?』
また封印か。もしかしてさっきの指輪のように彼女が触れたら解除できるのだろうか?
俺は箱を調べるために一旦降ろしたまま、その場で立っている少女を呼び寄せ、箱に触らせてみる。すると箱はさっきの指輪のように光を放ち、ガコ、という音がした。封印が解除された旨のメッセージが出る。
そこまではよかったが、少女がその場にへたりこんでしまった。
「お、おい、どうした?」
いきなりのことに戸惑う。彼女はこちらを見上げ、
「足りない」
と呟いた。
「足りない?何がだ?」
「魔力」
詳しく聞いてみると、さっきの指輪の時もごっそり魔力を吸われたらしい。少女の様子が変わらないから全く気づかなかった。
「大丈夫なのか?」
「へいき。問題ない」
相変わらずの無表情なので本当に大丈夫なのかわからない。
「俺が頼んだせいだから、俺にできることがあれば言ってくれ」
罪悪感を感じた俺が申し出ると、
「…じゃあ、魔力ちょうだい」
少女はぽつりと、そう言った。
具体的にどうすればいいのか聞いてみると、
「『ねんまくせっしょく』がいいって、本に書いてあった」
俺を見つめ、何てことない事のように言い放つ。
「…………………」
俺は絶句する。つまり、粘膜接触というと、その、あれだよな。
「…粘膜接触って何をするか、知ってるのか?」
一応、念のために少女に聞いてみる。彼女は首を横にふった。なんとなく安堵する。
少女がそういう『恋人同士がするようなこと』をどこまで知ってるか確認してみたところ、彼女はキスすら知らなかった。もちろんそれ以上のことも知らない。かわいらしく首をかしげるだけだった。何も知らない少女に手取り足取り教えることも一瞬考えたが、やめた。俺は紳士なのだ。純粋無垢な少女を騙すような真似はよくない。
「リュージ、キスってなに」
しかし少女は興味津々のようで、汚れのない瞳で質問してくる。本当に知らないのか?
「知らないならいい。お前にはまだ早そうだ」
適当に言葉を濁そうとするが、
「どうして」
彼女はそれを許さない。何故かすごい罪悪感を感じる。
「とにかく、粘膜接触はだめだ」
「できることがあれば言えって、言った」
彼女は無表情のまま、言い放つ。その表情と瞳に責めるような色はない。ただただ純粋に、どうしてなのかがわからないので知りたいだけのようだ。
しかし、一から全部説明するのはなんか恥ずかしいし、説明した後に彼女がそれでもやると言うかもしれない。この様子だと彼女は恥じらいとか貞操観念とかこれっぽっちもありはしないだろう。「そういうのは好きな人と云々」と説明したところで、彼女が理解するか怪しい。
他の方法はないのかと聞いてみたところ、少女は少し考えるようなそぶりをした後にワンピースのスカートを両手で持ち、
「まてまてまて!」
捲し上げたところで慌てて止める。かわいらしいおへそが見え、南半球が表れた辺りで手を掴んで強引にやめさせる。だが、黒の紐パンと何もつけていないおっぱいの下半分がばっちり目に焼き付いてしまった。必死にそれらを振り払い、ワンピースをもとに戻す。
「どうして」
「こっちが聞きたいわ!」
あくまで不思議そうな顔をする少女に怒鳴る。頭の中は服の下の彼女の体で一杯である。素晴らしかった。凄まじかった。眼福だった。もうそれしか言えない。自分のボキャブラリーのなさに辟易する。死ぬまでにもう一度は見たい。
マイサンが超自己主張しているのをなんとか宥めようとしながら、脳内の天使はよくやったお前は紳士だと俺を褒め称え、悪魔の俺は何故あそこで止めた馬鹿野郎と俺を罵り、脳内の俺は先程の絶景を全力で記憶という名のフォルダに保存しようとしている。
そして目の前の少女は、もう一度服を脱ごうとしていた。
「ちょ!おま!」
再び阻止され、またまた彼女は不思議そうな顔をする。
「どうしてなの」
「まず何故服を脱ごうとするのか説明してくれ…」
俺はため息をつき、説明を求める。彼女が言うには魔力補填の方法は粘膜接触以外にいくつかあったらしく、二番目に効果が高いのは全裸になって抱き合うことらしい。
何故そんなことになるのか…と思ったら皮膚同士の接触面積が大きいほど魔力の受け渡しがスムーズになるようだ。なにこのご都合展開。
もし彼女が一般的な知識と常識と女の子としての自覚をを持っていて、その上での頼みならまあしょうがないというかやぶさかではないというか断る理由はないというか是非よろしくお願い致しますといった感じだが、
「って、なにしてんだ」
気がつくと、少女は俺に近寄ってズボンのベルトに手をかけていた。
「あなたも脱ぐのよ」
何を今更、みたいな顔をしている。
「…………………」
もうなんといったらよいのだろうか。いっそペロリと頂いちまおうかと思ってしまう。
しかし俺はひたすらに根気よく説得しようとした。
「ええっとだな。なんというか、そういうことは『恋人』と呼ばれる者同士がすることなんだ。俺とお前は恋人同士じゃないから、そういうことはまだしちゃよくないんだ。粘膜どうしの接触もそう。だからお前にはまだ早いってことだ」
俺がなんとかそう告げると、彼女は首をかしげて
「…『こいびと』ってなに」
と聞いてきた。
よし、ちょっとだけ話がずれた。
「恋人って言うのは夫婦の手前だ。夫婦は流石にわかるよな?」
「お父さんとお母さん」
「そうだ。ちなみに、恋人になるにはとっても時間がかかるものだから、今すぐにはなれないぞ」
じゃあ恋人になってと言われる前に先手を打っておく。今度はどうして時間がかかるのと聞かれるだろうと思ったら彼女は不思議そうな顔で、
「…でも、お父さん、お母さんじゃない人とはだかで抱きあってた」
「 」
「どうして」
「いや、それは…」
「うそだったの」
「いや待て違う、ほんとはしちゃ駄目なんだ。あんまりよくないことなんだよ。そう、子供のうちはその、粘膜接触も裸で抱き合うのもよくないんだ。俺もお前もまだ子供だろ?」
「わたし、もう16よ」
珍しく、彼女はちょっとむっとした顔になった。初めてみる感情の変化だ。すごくかわいい。
ところで、この世界では成人の年齢が違うのだろうか?よくわからないが、屁理屈で誤魔化してしまおう。
「でも、キスすら知らないんだろ?」
「………」
俺がちょっと意地悪な質問をすると、彼女は黙りこんだ。いつものような無表情ではなく、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ拗ねたような顔だ。死ぬほどかわいい。
「あなたも、わたしを子供あつかいするのね」
彼女は不満そうに言う。いやだって実際赤ん坊か幼稚園児ぐらいの常識のなさだぞ。今時小学生だってキスくらい知ってるだろう。
「ばかにしないで」
彼女は言い放つと、スカートの中に手を入れた。すかさず止める。
「待て、何する気だ」
「証拠を見せる」
「何の証拠だ?」
「大人の証拠よ」
「…わかった!いい、見せなくていい、認める、お前は大人だ!」
なんとなく予想がついた俺は慌てて肯定する。彼女は元の無表情に戻った。あぶねえ。
わかればいいのよ、と言って再び脱衣を開始する少女。
「脱ぐことは認めてねえよ!」
なにちゃっかり続けようとしてんだよ!
「大人って認めた」
「いやだから、そういうのは恋人同士が…」
「子供だとだめって言った」
よし、いったん落ち着け。こいつできるぞ。よく考えるんだ俺。どうすればこいつを説得できるか慎重に考えるんだ。
「お前は大人かもしれないが、そういった知識がないだろ。まずは…」
いや待て、これだと「じゃああなたが教えて」ってなるパターンだ。この方向はまずい。ちくしょう、八方塞がりじゃねえか!誰だ脱ぐと魔力の受け渡しがスムーズになるとか言ったやつ!
…………………………ん?
「なあ、その方法なんだが、絶対に服を脱がないとだめなのか?」
少女は首を横にふる。ですよねー。脱いだ方が効果は高いってだけだよな。
お姫さまだっこの状態でも効率は落ちるが魔力の受け渡しはできることを確認し、裸になるのはご勘弁頂いた。彼女は「なぜ」「どうして」を繰り返したが、「後で教える」と言ってこの場は切り抜けた。後で、という言葉は魔法の言葉であり、その場しのぎの最終兵器である。ただし、あくまでその場しのぎだが。
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さて、件の箱だが、結論から言うと宝箱みたいだった。
蓋を開けた瞬間実はモンスターでした!とかを警戒していたのだがそんなことはなく、一振りの古びた日本刀がぽつんとおいてあった。
なんだこれ。ハズレかな、こりゃ…
若干拍子抜けしつつ、一応詳細表示で見てみる。
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特殊装備:妖刀・慚愧恢塵
レアリティ:伝説級
効果:魔力吸収・中 魔力開放 魂魄蒐喰 耐久値無限
装備固有スキル:怨霊剣・黄泉津平坂
備考:遥か昔、一つの国を滅ぼす原因となった妖刀。『十の魔剣』の一振り。
幾千の命を奪い、なお血の染みも刃こぼれ一つもないその刃には、今までに殺した命の魂が宿っている。
この刀を手にしたものは鬼神のごとき力を得るが、意思を強く持たないと逆に刀に乗っ取られてしまう。
もしもこの刃を向けられたら最後、生き残る術はないといわれている。
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………なんか、今までで一番やばそうなのが出たぞ………
俺は左手に持った刀を信じられない気持ちで見つめる。
見た目はただのボロ刀なのだが…もしかして封印って「レア物だから」じゃなくて「危険すぎるから」って理由だったのか…
俺は刀を戻すか否か考える。ようやく手に入れた初の武器だが、説明が怖すぎる。
もし本当に危険すぎるから封印されるような武器だったら持っていくのはヤバイだろうと思い、名残惜しいが刀を箱に戻そうとした。
しかし、腕が動かない。
それどころか、勝手に右手が柄を握ってしまった。
静まれ、俺の右腕!…じゃなくて!これはやばい、一体何が起こっているんだ!まさか説明にあった「乗っ取り」か!?くそ、迂闊に触るんじゃなかった!
まるで見えない腕に動かされているかのように俺の右腕は刀を抜き、
そして、白銀に輝く刀身が目に映った。
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『――――精神侵食の効果を持つ攻撃を受けました。「スキル:状態異常無効」の効果で侵食を強制的に無効化しました。該当の精神攻撃に対する抵抗力を10%引き上げます』
気がつくと、俺は刀を抜き放った状態で立ち尽くしており、目の前にはウィンドウが出現していた。
どうやら少しの間、意識を失っていたようだ。周りを見渡してみるが、特に変わった様子はない。少女も不思議そうな顔をしてこちらを見つめているだけだ。少し安心する。
しかし、危ないところだった…もし指輪をしていなかったらと思うとぞっとする。こういう攻撃も無効化できるとは、恐るべし『原初』の指輪。これは絶対に外しては駄目だな。
そしてこの刀も、やはり置いていこう。指輪があるから乗っ取りは無効化できるが、抜く度に精神攻撃を受けていたら話にならない。
そう思い、今度こそ刀を箱に戻そうとしたのだが、
『そうび は のろわれている!』
テロテロテロテロン、という音と共に腕が見えないなにかに押し戻された。
「………は?」
思わず間抜けな声が出てしまう。
気を取り直して、もう一度チャレンジしてみる。
テロテロテロテロン
『そうび は のろわれている!』
…………………………………えー。
ある意味どちらもお約束→初戦闘で強敵、一息ついたところで予想外の展開。どちらも鉄板ネタです。
迷宮モノの鉄則→拾得物の識別はしっかりと。シ〇ンでは常識。