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この恋、諦められますか?

作者:

誰もいない教室は、西日を浴びてなにもかもを朱に染める。

少年は一人、誰もいない教室の窓から夕陽を眺めていた。

校庭では野球部が汗を流している。ちょっと前まで、あそこに自分がいたとは思えなかった。


藤本(ふじもと) 一喜(かずき)、野球部所属。ポジションはピッチャー。今年の夏、甲子園で脚光を浴びた人物である。

しかし甲子園では一勝も出来なかった。一回戦の相手が昨年の優勝校であったからだ。

世間では好カードと言われていた試合、正にその通りとなった。

壮絶なる投手戦、互いに2対2で延長に入った。

誰もが再試合になると思った延長15回裏、体力の限界だった一喜の球が少しだけ浮いた。


サヨナラ本塁打。


夏が……終わった。

しかしナインの表情は明るかった。誰も一喜を責める者もいなく、むしろ感謝をされたくらいだ。

夕陽を眺めていた一喜の目頭が少し熱くなる。


「なーに黄昏てるのよ。」


不意に後ろから声を掛けられ、少し驚きながらも振り向く。


「……なんだ、百合か。」


「なんだってなによ!!」


(さかい) 百合(ゆり)は野球部のマネージャーだった。過去形なのは引退したから。

よく一喜とは馬鹿な言い争いばかりしている。一喜曰く『百合なんて名前のくせにおしとやかじゃないのはおかしい!!』らしい。



「で、なんで外見てるの?」


「ちょっとなー。」


「ちょっとってなによ?」


「俺にはプライベートも無いのかよ。」


「まぁまぁ、私とアンタの仲じゃない。」


「……まぁちょっとした悩みごとだ。」


「悩み?アンタが?……熱でもあるの?」


「……俺が悩みを持っちゃいけないのかよ。」


「いや、いつも能天気なアンタが悩みごとなんて珍しいなぁ、なんて……あっ、わかった!!また野球のことでしょ?」


「ハズレ。」


「じゃあなんなのよ!!言わないと……」


「わっ、わかった、言うよ!!」


拳を振り上げる百合に一喜は思わず慌てた。


「………な……が……た…。」


「え?もう一回言って?」


「だから!!……好きな子が出来た……」


「………へっ?」


百合の口からは思わず甲高い声が出てしまった。

それもそのはず、一喜は今まで恋愛に興味がないとばかり思っていた。それに……


「へっ、へぇー。相手は誰よ?」


「馬鹿!!そればかりは言えねぇよ!!」


「……で、なんで悩んでるの?」


「いや、告白すべきかどうかを……」


「したらいいじゃない、告白なんて。」


「ずいぶん軽く言ってくれるなぁ。」


「大丈夫よ、アンタ意外と顔はいいから。」


「意外ってなんだよ。」


「もうすぐ受験なんだから早いうちの方がいいんじゃないの?」


「そうかぁ……うーん、考えてみるわ。」


「フラれたらお姉さんが慰めてあげるわよ。」


「はっ、冗談じゃねぇよ。んじゃな。」


一喜は机の上に置いてあった鞄を軽く持ち上げて、教室を後にした。


「聞いたわよ〜!!」


突如、掃除用のロッカーから不気味な声がして、百合は驚いた。

鈍い音の後、ロッカーから出てきたのは同じ野球部のマネージャーだった東雲(しののめ) (かすみ)であった。


「ちょっ、霞!?アンタなんでロッカーなんかに入ってたの!?」


「いやぁ、さっきまで『まっちゃん』に追われててさぁ、隠れてたってわけよ。」


『まっちゃん』とは百合達のクラスの担任で、密かに霞と交際している。


「ちょっと宿題サボっただけなのに追い回すんだもん、疲れるわぁ。」


「それは霞が悪いんじゃ……」


「それより百合!!アンタ何で言わなかったのよ!!」


「何を?」


「だからぁ!!アンタが一喜を好きだってことよ!!」


「いや、別に言うことじゃないし……」


「なに言ってるのよ!!このままだとアンタ、一喜が誰かに取られるわよ!!」


「……そうなったらそうなったよ。私は一喜が幸せならそれでいいわよ。」


「アンタ!!ちょっと何悲劇のヒロイン演じてるの……って、ちょっと待ってよ!!」


教室から出ていった百合を追い掛けようとしたところで霞は肩を掴まれた。


「かぁーすぅーみぃー!!宿題が残ってるぞ!!」


「まっちゃん!!今それどころじゃ……」


「問答無用!!」


霞は百合を追うことなく職員室に拉致されていった。







霞が自宅に帰ってきた時には既に夜であった。

『愛の教育的指導』と言いながら宿題が終わるまで帰してくれないのはどうだろう、と霞は考えていた。


――今度デート禁止にしてやるっ!!


勝手に誓いを立てていた霞のポケットが振動していた。まっちゃんとお揃いのストラップを揺らしながら表示を確認する。

液晶には見慣れた名前が浮かびあがっていた。


「もしもし、一喜?」


『おう、霞。起きてたか?』


「今帰ってきたところよ。まっちゃんにイジメられてたのよ。」


『お前……学校でそういうプレイはちょっと……』


「何考えてるのよ!!宿題やってなかったから残されてただけよ!!」


『なーんだ。『教師と生徒の秘密』みたいなことだと思ったのに。』


「で、エロ一喜君は何のご用かしら?」


『ああ、ちょっと相談なんだが……』


「相談?なんの?」


『実は………』






百合は家に帰ってから先程の一喜の様にぼんやりとしていた。


――……一喜に好きな人、かぁ。


高校に入った時から知り合いだった二人。百合が一喜に恋をしたのは丁度一年前。



地区大会の準準決勝で敗退したその日、百合が見たのは一喜の涙だった。

確かに一喜の体調は悪かった。風邪を押してまで登板したのだが、打ち込まれて6失点。結果、そのまま逃げ切られた。

あの時の一喜の涙に百合の気持ちは全て一喜に向かった。


――私……どうしよう。


気づけば涙が頬を伝っていた。







結局一睡も出来ずにぼんやりとしていた百合は、洗面所の鏡の前で思わず呟く。


「酷い顔………」


そんな顔と決別するかの様に冷水を顔に掛ける。涙の跡も水と共に流れていった。



気づけば教室の前まで来ていた。そっと扉を開こうとしたとき、肩を叩かれた。


「よっ。」


「………よっ。」


「なんだよ、元気ねぇなぁ。」


「………一喜こそ元気が有り余ってるみたいだけど?」


「いや、昨日お前に言われて考えてみたんだけどさ。お前の言う通り今日、告白することにしたわ。」


その言葉に百合の心臓が跳ねた。


「……そう。頑張ってね。」


精一杯の空元気を見せる百合。


「ああ、ちゃんと報告すっから。」


一喜は先に教室に入り、クラスの友人と挨拶を交した。百合も気持ちを切り替えて、教室に入った。






あっと言う間に授業が終わった。いや、百合にとっては終わってしまったと感じた。

机の教科書を鞄に移しているとき、霞が百合の方へ向かってきた。


「百合、百合!!覗きに行かない?」


「何を?」


「そりゃもちろん一喜の告白シーンよ。」


「………別にいいよ。」


「そんなこと言わないでさぁ、屋上らしいよ!!」


「ちょっ、霞!?」


百合は霞に腕を掴まれて屋上まで走らされることになった。



屋上には人の気配はまだ無かった。百合と霞は給水タンクの裏に隠れていた。


「やっぱ止めようよ、覗きなんてしたって意味ないよ。」


「いいから、いいから。それにしても遅いわね……ちょっと様子見てくるわね。」


まるで忍の様に素早く屋上の扉まで近付く霞を見ながら溜息を吐いた。頭の上に既に太陽は無く、西に傾いていた。


ガチャ


扉が開く音がして身をこわばらせる百合。入ってきたのは一喜と女性だった。黒い髪が顔にかかり、顔がよくわからないが、雰囲気で美人だと百合は悟った。

二人の口は動いているが、風が強く、聞こえない。

百合の心臓は跳ねっぱなしだった。百合は苦しさに負けそうになりながらも二人を見つめる。

次の瞬間、二人は抱き締めあっていた。百合の血が一気に冷たくなったのが自分でもわかった。

二人はそのまま顔を見合わせて………


「駄目ー!!」


気付いた時には百合は立ち上がり叫んでいた。


「ゆ、百合!?」


「駄目!!駄目駄目駄目!!」


まるで駄駄をこねる子供の様に叫ぶ百合。その瞳からは大粒の雫が次から次に溢れ落ちていった。


「私だって……私だって一喜が好きだもん!!一喜が幸せならいいなんて大人ぶってたってやっぱり一喜が好きなんだもん!!」


百合は自分の想いを全てぶつけた。息はあがり、涙で顔はグシャグシャになっていた。




「……くくく……」


女の方が肩を震わせながら手で口を抑えている。


「……くく……ははははは!!」


突然大声で笑い出した女に百合は驚いた。


――………あれ?


百合はその声を聞いたことがあった。というよりさっきまで聞いていた………


「ゆーり、めちゃくちゃ可愛いぞ。」


黒髪に手を置き、そのまま持ち上げるといつも目にしている栗色の髪がなびいた。


「か………かす……み……?」


「ぴんぽ〜ん。」






「ごめんねぇ、騙すつもりは……めちゃくちゃあったんだけど。」


霞は舌を出しながら頭を掻いていた。


「もう………私の涙を返して欲しいわ。」


頬を膨らませながらそっぽを向いている百合。


「だって昨日さぁ……」




『実は……俺、百合が好きなんだ。』


「へぇー……って!!じゃあアンタさっき教室で言ってたのは!?」


『は?何でお前、教室のこと………さては覗いて』


「そっ、そんなことより!!どうしてよ?」


『いや、少し百合に引っ掛けてみたんだけど……あんまし効果が無かったな。』


「ふ〜ん……。!、一喜、いいアイディアが浮かんだわ!!」


『どんな?』


「それはね……」




「ってなわけなのよ。」


「アンタ達はホントろくなこと考え………ちょっと待って!!」


「どしたの?」


「今……一喜が私を好きって言った?」


百合は慌てて一喜を見る。一喜は離れたところで夕陽を見ていた。


「そっ、晴れてお二人さんは両想いでした〜、ってオチも何もない結末よ。」


霞が愚痴をこぼしているが、最早百合には聞こえていない。


――……一喜が……私のこと?


「さってと、お邪魔虫は帰りますかな。一喜ー!!」


霞の大声に反応する一喜。


「私帰るからー!!」


「おー!!サンキューな!!」


「今度お昼奢りねー!!」


それだけ言うと足早に屋上を後にした霞。携帯を開いて短縮を押す。


『はい?』


「まっちゃん、今からデートしよ!!」


『お前昨日電話でデート禁止って……』


「気にしない、気にしない。あれだけみせつけられちゃねぇ……」


『ん?なんか言ったか?』


「なんでもな〜い。」






「ほんっと、何考えてるのよ!!」


「……悪い。」


「もう……とんだ赤っ恥かかされちゃったわよ。」


「俺さ………野球しかやってこなかったからさ、こういうのよくわからなくて……」


「………もう。」


百合の言葉には既に怒りはなかった。


「じゃあ聞かせて。」


「何を?」


「決まってるでしょ!?告白よ、告白!!」


「へ?」


「アンタ、私に言わせてそれでおしまいだとでも思ってるの!?」


「うん。」


「うん、じゃないわよ!!……一喜の口から聞きたいの。」


この時の百合ほど可愛く感じられたことはない、と緊張しながらも一喜はそう思った。


「……好きだよ。」


「もっと大きな声で!!」


「俺は!!堺 百合が!!大好きです!!」


一喜の顔は夕陽よりも真っ赤になっていた。もちろん百合の顔も。


「私も……私も大好き!!」



夕陽は二人を包みこみ、二つの影はやがて一つに重なった。

やっぱりハッピーエンドでした(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] 私も告白する勇気が出てきました。これからも頑張って書いて下さい
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