表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
8/21

6.覚悟と決意

 リビトは心配そうにマヤが話を切り出すのを静かに見守っていた。


 実はリビトは最初からマヤが長老にどんな話をするのかを知っていた。それは今から数日前のこと――。


 帰宅してすぐ、居間のドアの前を通った時、「マヤ」という名が聞こえてきて、おもわず足が止まった。壁に背をぴたりと貼り付けるように息を潜めて聴覚を居間に集中させる。


「あら、マヤちゃんがそんなことを?」

「あぁ、マヤは最近何か考え込んでいるようだった。内容も内容だから、きっと誰にも相談できず思い悩んでいたのだろう」


 マーモーは、マヤから「マグスと人間が仲良く暮らせる世界を作りたい」と言われたことを妻のリビアに話していた。


「それで、あなたは何て?」

「……賛成も反対もしなかった。リビア、俺はマヤを追い詰めてしまったかもしれない」

「どうして?」

「俺はマグスの王として皆の命と暮らしを守る責任がある。『お前は皆の命を脅かすのか?』と言ってしまった……」

「マヤちゃんは何て?」

「マヤは黙り込んでしまった。表情も固くなって、自分が言った言葉を後悔しているように見えた」

「そう。あなたは正しいことを言ったと思うわ。それに、あなたのその言葉で諦めるのだとしたら、それはマヤちゃんにとってもいいことだと思うわ」


 リビトはボスの切なげな声を聞くのは初めてだった。リビアは己の取った行動を(ひど)く後悔している夫にやさしい言葉をかけている。


「だが……!」

「きっと、あなたはアイツちゃんとマヤちゃんを重ねて見ているのね。マヤちゃんがアイツちゃんのように消えてしまうのを恐れているのね」

「あぁ、そうかもしれない。アイツ――。マヤはアイツと同じことを言うのだ。アイツのようにマヤも深く傷ついて、この森から消えてしまうかもしれない。俺は二度とあのような別れをしたくない」

「そうね。私もマヤちゃんがアイツちゃんと同じことにならないか心配だわ。でもね、あなたは1つだけ見誤っているわ」


 夫を気遣う言葉を投げかけていたリビアが突然、マグスの王の判断が間違っていると言い出した。リビトはリビアが何を言うのか予測できなかった。息を潜めながら先の言葉を待つ。


「リビア、何が言いたいのだ?」

「だって、マヤちゃんはアイツちゃんと全然違うじゃない。マヤちゃんはマヤちゃんよ。別の世界から来た人間だからといって、アイツちゃんと同じように消えてしまうとは限らないじゃない。それに、私はあなたが思うよりもマヤちゃんは強いと思うわ」

「なぜそう言い切れる?」

「そうね、女の勘ってやつかしら?」

「ふっ、女の勘か――。お前の勘は当たるからな」

「そうよ! 私の勘は外れたことがないもの」


 リビアは時折、根拠のないことを言い切ることがある。ボスも、外したことは1度もない、と言っていた。リビトはそんなことある訳ないと思っていたが、すぐ後にリビアの勘の良さを体験することになる。


「だがな、マヤ1人で何ができるというのだ。俺はこの森を出る訳にはいかぬ……」

「えぇ、そうね。いくらマヤちゃんでもたった1人で成せることではないわ。それなら、マヤちゃんの意見に賛同する人をどんどん増やしていったらどうかしら?」

「マヤの味方を増やすということか? だが、どうやって」

「いるじゃない。適任が」

「適任? 誰のことだ?」

「ねぇ、そこにいるのよね? 盗み聞きは良くないけれど、あなたも心配なのよね」


 リビトはリビアの言葉にハッとした。自分の名前を呼ばれた訳ではないが、盗み聞きをしているのは自分ただ1人。周辺に耳を立てている者は自分以外にいない。どうやらリビアには自分が話を盗み聞いていたのが筒抜けだったらしい。


――この状況で知らんふりをする訳にもいかないだろう。だが、ボスが何と言うか。


 ドアの外に動きが見られず業を煮やしたのか、リビアはさらに続ける。


「叱らないから出ていらっしゃいよ」


 リビトは「もう誤魔化せない」と観念し、項垂(うなだ)れながら居間のドアを静かに開けた。


「リビト、お前今の話を聞いてたのか?」

「あ、いや、たまたま通りかかっただけだよ」

「たまたまね……。まぁいいわ。今の話を聞いていたなら話の内容は分かっているわね」

「あぁ、大体は……」

「お前……」


 ボスの細められた目がリビトに冷たく突き刺さる。そちらを見ずにリビアへと視線を向けることにする。


「分かっているなら話が早いわ。私は正直なところ、今の生活を続けていけるだけでいいと思ってる。でも、マヤちゃんのことも応援したいわ。あなたも同じよね?」

「あ、あぁ」


 ボスは顔に困惑の色を(にじ)ませながらも(うなず)いた。


「リビトはどうかしら?」

「俺は……、俺もマヤの力になってやりたいと思ってる!」

「そうよね。それならリビトはマヤちゃんの『一番の理解者』になってあげなさい」

「一番の理解者?」


 リビトはリビアが言わんとしていることが未だ(つか)めなかった。そもそも何を理解してやればいいのか? その動揺が顔に出ていたらしい。リビアは薄い笑みを浮かべながら、話を続けた。


「そう。マヤちゃんが悩んでいる時は話を聞いてあげて、落ち込んでいる時は励ましてあげるの。決してマヤちゃんの考えや思いを否定せず、マヤちゃんの気持ちを第一に尊重してあげるのよ」

「……それなら、できると思う」


 リビトはリビアの言葉に合点がいった。マヤのためにすべきことが明確に分かり、心に留まる不安な気持ちは霧が離散するように晴れていく。


 ボスの顔にも不安が出ているのがよく分かった。リビトから視線をリビアへと移した。それは正に、師匠にでも(すが)るような面持ちだ。マグスの王を付き従えるリビアこそ、真の王ではないか、と不謹慎にも思考が頭を(よぎ)る。


「リビア、俺はどうすれば?」

「あなたはどっしりと構えていればいいのよ。今はあなたにできることは何もないわ」

「俺はマヤの力になってやれないのか……」


 ボスは飼い主に叱られた子犬のように、悲し気な表情を浮かべている。

 自分はこの場にいていいのかと思う。ボスやリビアの顔を見るが、今のところ退室を求めていないから、黙って壁を演じることにした。


「あなた、あなたの出番はずっと先よ。マヤちゃんが多くの味方を見つけて事を起こす時、あなたの力が必要になるわ。それまでは後方支援かしらね?」

「そうか、そうだな。リビアの言う通りだ」


 マグスの王の表情は明るさを取り戻したようだ。リビアはさらに続ける。


「結論が一致したということで、次は長老様に協力してもらいましょう」

(じい)にか?」

「そう、長老様ならマヤちゃんをきっと正しい道に導いてくださるわ」

「あぁ、そうだな。その手があったな。だが、どうやってマヤと爺を会わせるのだ?」


 リビアがその場にいた2人に提案したのは長老の力を使って、マヤの思考に少しだけ干渉して自ら長老へ会いに行かせるよう仕向けることだった。

 リビトはリビアの作戦に驚愕し、言葉を失った。横を見るとボスも自分と同じ気持ちだろうと悟った。


「だが、リビア。それは(いささ)か荒療治ではないか?」

「リビアさん、俺もボスと同意見だ」


 ボスの指摘に、リビトは全力で乗った。

 だが、千里眼を持つ女王は1度言ったことを(ひるがえ)すつもりはないようだ。


「確かに、ちょっと卑怯な手ではあるけれど、マヤちゃんに閃きを与えるだけよ。マヤちゃん本人の思考を(あやつ)る訳ではないから危険はないわ」

「だが――。うむ、爺ならそこはうまくやってくれるだろう。分かった、爺に頼んでみよう」


 ボスはリビアの提案に同意した。王が呆気(あっけ)なく落ちた以上、もはやリビトにリビアの意見を引っくり返すカードはない。他に手がないのなら仕方ないと受け入れることにした。


「リビト、マヤちゃんは酷く落ち込んでいるわ。今あなたにできることは何かしら?」

「俺に、できること。俺に――、リビアさん、ありました。俺にできることが」


 リビアはリビトに穏やかな微笑みを浮かべ、静かに頷いた。


 リビトがマヤのためにできること――。


 リビトは、マヤが以前、「海を見たことがない、一度でいいから見てみたい」と目を輝かせて言っていたことを思い出していた。


 落ち込んでいるマヤを元気づけるなら、海に連れて行くしかないという結論に至った。


 そうして、リビトはマヤとマーモーのやり取りの一部始終を知ることとなり、落ち込むマヤを(なぐさ)めるべく海へ連れ出すこととなったのだった。


 そして今、長老の力によってマヤが長老の元へ訪れるよう仕向け、マヤが味方を集めるという結論へ導くためのリビアの作戦が始まったのだ。


 リビトはリビアが言うようにうまくマヤを誘導できるのか、息を飲んで長老とマヤの話に耳を傾けていた。


「あの、長老様。今日は未熟な私に知恵をお借りできないかと思い、訪問させていただきました」

「ふむ。マヤ殿を悩ませているのはどんなことですかな?」


 長老は白く長い顎髭(あごひげ)を指で()で、マヤが話し出すのを待っている。


「実はマーモー、いえ、ボスから昔、マグスと人間は仲良く暮らしていたという話を聞いたんです。長老様もその頃のことはご存知でしょうか?」


 長老は(まぶた)を閉じると、無言になった。どうやら何か考えているようだ。少し長い沈黙の後に長老が瞼をゆっくり開けて昔を懐かしむように話し始めた。


「ふむ、あれは確か、私が先代の長老から引き継ぎを受けていた頃じゃったかな。スノボマーモーがリビアを妻に迎える前のことだ。

 我等はこの『はじまりの森』に生まれ、マグスだけでなく人間をはじめとする全ての生物を包括する立場にあった。

 『はじまりの森』は、この世界の始まりと共に最初のマグスが誕生した地なのだ。最初に誕生したマグスがこの世界――ヴィタエスト――の管理者になったと先代の長老から聞いている」


 ヴィタエストは最初のマグスが誕生した頃のこの世界の呼び名だ。全ての種族が『はじまりの森』に生まれ、各地へ散らばって各々が居心地のいい場所を選び、住み着くようになったという話を、リビトは随分前にボスから聞いていた。


 人間が支配するようになってからはヴェルテックス王国やポルタ王国など、それぞれで国を興し、国境を引き、国同士で争うようになったそうだ。


 リビトは、ただ静かに長老の話を聞いているマヤを見ていた。


 長老がこれから話す内容は、人間であるマヤにとって耳を塞ぎたくなる話だろう。強いショックを受けなければいいのだが、と思う。


 長老は淡々と昔話を続けている。


「マグスはヴィタエストの管理者であったが、相手が何者であっても平等に接していた。自ら模範となるよう振る舞いに気を付けていたのじゃ。それから長い時を経て、人間が生まれた。

 人間は知恵があったが、マグスのように魔力を持たぬ種族じゃった。他の種族に虐げられることのないよう、マグスの王族は人間たちが安心して暮らせる環境を作り、魔力の差によって誰かの安全が脅かされることのないようにしたのじゃよ」


 そう言うと、長老は再び白い髭を軽く撫で、小さく息を吐いた。


「人間は最初こそ数が少なかったのじゃが、数十世代の後に人間だけが暮らせる集落を作るようになり、愚かにもそれぞれが土地や食料を独り占めしようと争うようになったのじゃ。

 争いによって男どもの数が減ると平和が訪れたが、十数世代の後に男の数が増えると再び争いが始まった。その後も同じことの繰り返しじゃった。


 じゃが、数世代前から人間たちは団結して、外に敵を作るようになったのじゃ。最初に敵として認識されたのは穢れを知らぬ妖精たちだ。

 人間は戦闘力が低く、純粋な心を持つ妖精に対し巧みな嘘で騙し、あろうことか片羽根を切り落として奴隷として利用するようになったのだ。妖精たちは種の存続と安全のため姿を隠すようになってしまった」


 長老は話を止めて、アイスティを1口啜った。グラスをテーブルに置くと、その視線はマヤの方へと向けられた。


 マヤは長老と目が合ったのか、申し訳なさそうな表情で(うつむ)いた。

 それでも長老は話を途中で止めることはなかった。


「次に狙われたのは獣族じゃ。人間たちは武器を作り、非情な罠をあちこちに仕掛けては獣族を絶滅に追いやったのだ。

 生き残った獣族もいたが、その一部は人間たちに飼いならされて数世代後にはただの獣と化してしまった。牛や羊、狼たちがそれに当たる。

 人間たちはマグスとの戦いに味を占めたのか、次々と他の種族たちに刃を向けていった。この地にいるマグスは人間との争いで生き残った僅かな種族なのじゃよ」


 マヤは途中から俯いていたが、ある話になるとこちらに視線が向いた。それは一瞬のことで、すぐに長老の方へ移ったのだが――。


「人間たちの中には妖精やマグスと交わるものも少なくなかった。それは妖精の力や魔力を宿す者を増やすための策だったのじゃ。そして数世代を経て、魔力を備えた人間が現れるようになった。

 魔力を手に入れた人間たちが最後に狙ったのが我等のように魔力のあるマグスじゃよ」


 長老の声には言葉にならない切なさが重なっているようだった。リビト自身は人間と真正面から戦ったことはないが、歴史を学ぶにつれて人間に対して強い警戒心を抱くようになった。


 だが、己の父は人間である。若くして散った母もまた人間を愛したマグスだった。体には(おぞ)ましい人間の血が流れているのだ。そんな自分の宿命を呪ったこともあったが、マヤと出会って考え直すようになった。


――最初はどこにでもいる人間と同じだと思っていたが、次第に他の人間とは違うと思うようになった。


 この森に来たばかりの頃、誰もがマヤを恐れ、避けていた。避けられても無視されても怒ることはなかった。それでどころか、マヤはマグスの輪に溶け込もうと自分から話しかけたり困った者に手を差し伸べたり、と努めていた。


 リビトはいつ、諦めるのかと興味を持ち、ずっと陰で見てきた。だが、マヤは決して諦めなかった。避けられた翌日も、翌々日も、繰り返し話しかけ続けていた。


 リビトはそんなマヤに苛立ちを覚え、「いい加減、諦めたらどうだ?」と話しかけたことがあった。


 だが、当の本人は「ううん、諦めない。だって諦めなかったから、こうしてあなたが話しかけてくれたでしょ」と笑顔になったのだ。その時の笑顔は、今でもリビトの脳裏に焼き付いている――。


 今、視線の先にいるマヤはその笑顔とほど遠く、表情は硬い。長老へ真っ直ぐと向く瞳は、この森に来た頃のそれを思い出した。必死で、健気で。


「マグスの王族は誰も傷つけてはならぬ、という掟があった。その教えを守った先代のボスや長老は同胞を逃がす時間稼ぎをするため、攻め込んできた人間に抵抗せず、御自らその首を差し出したのじゃ……。

 生き残ったマグスやその他の種族たちは各地に散り散りとなり、各地の神聖なる地を拠点に、今も息を潜めて暮らしている。

 マヤ殿、これが先祖代々伝わっている歴史です」


 長老が話終えると、リビトの視線はすぐにマヤへ向けられた。


 その顔は青白く、膝の上で組まれた指は僅かに震えているように見えた。


 長老はこれまでの歴史を包み隠さずに話した。そこまで詳細を告げる必要があったのかと、怪訝な眼差しを長老に向ける。


 長老はリビトの視線に気付いているのか分からなかったが、表情1つ変わらなかった。ただ、鎖骨辺りにまで伸びた白い顎髭を撫でる回数が多いと感じたのは自分の気のせいかもしれない。


 再びリビトがマヤに視線を向けると、唇を硬く結び、膝の上に繋いだ指をじっと眺めていた。


 そんなにも辛い思いをしてまで、マヤはなぜ1人で背負い込もうとしているのか。自分はボスとリビアに、マヤの理解者になると誓った。その半分でも自分に背負わせてくれたらと思う。


 その一方で、マヤが諦めてさえくれれば皆と一緒に毎日楽しく過ごせるのではないかと、不埒な思考が頭を過る。その思考は消し去るように目の前に集中した。


 見間違えだろうか。マヤの瞳に一瞬だけ輝きが増したような気がした。下を向いた顔はすでに上げられ、その凛々(りり)しい眼差しは長老を捉えている。


 さきほどまで青ざめていた表情はどこかへ消えたのだろうか。


 リビトは、マヤの表情の急な変化に驚いたが、すぐに確信した。「マヤは諦めていない」と。


 長い沈黙を破ったのは先ほどまで青白い顔をしていたマヤだった。目の前にいるマヤに、恐れも、戸惑いも見られない。


「長老様、詳しい歴史を教えてくださってありがとうございます。私はこの世界の人間ではありませんが、人間代表としてお詫びさせてください」


 マヤは椅子から立ち上がり、深々と礼をして顔を上げた。


 長老はマヤの行動に驚いているようだった。一瞬大きく見開いた瞳は、次の瞬間やさしい眼差しに変わっていた。


「マヤ殿。そのお気持ち、爺は有難く受け取らせていただいた。ご先祖たちも安堵していることじゃろう」

「ありがとうございます。それで、今日伺いたいのは……」


 長老はマヤが話し終わらないうちに、再び口を開いた。


「マヤ殿は先ほど人間代表と言ったが、マヤ殿はもうこの森の一員で我等の家族でもある。そうじゃな、リビト」

「あぁ、もちろん。マヤは俺たちの家族だ」

「長老様、リビト……」


 マヤはホッとした表情を浮かべていた。その表情を見て、リビトも安堵した。


「それでじゃ、マヤ殿が成し遂げたいことはよう分かった。じゃが、マヤ殿1人では少々、いやだいぶ無理があるように思う。まずは仲間探しから始めるべきじゃな」

「仲間探し……ですか?」

「そうじゃ。仲間がいれば心の支えとなる。マヤ殿が成し遂げようとしていることは多くの者、とくに人間たちから反発を()らうだろう。それでも思いを共にする仲間がたくさんいれば、どんなに高い壁でも乗り越えることができるじゃろう。違うか?」


 マヤの固かった表情に明るさが差し込んでいく。


「長老様! 私、仲間探しの旅に出ます!」

「うむ。マヤ殿のおかげでこの老いぼれもこの先の楽しみができましたぞ。ほっほっほっ」


 リビトはマーモーの家に帰る途中で、長老の家でのやり取りを思い出していた。


 ボスから聞いてはいたが、本当に爺さんの話は長かった。本題から反れるのを時折軌道修正したのはリビトである。


 長老が過去の悲劇を細かく話し終えると、マヤの顔は青ざめていた。あの時はどうなることかと心配した。


 リビアの先を見通す力が恐ろしい。リビアは女の勘と言っていたが、あれには驚かされた。結果的に全て、リビアの言う通りになったのだから。


 一先ずボス夫妻にいい知らせを手土産にできると安堵して、夫妻が待つ家へ向かった。



 ******



 テーブルを挟んだ向かいの席にはマーモーとリビアが座っている。リビトが横を見ると、指をギュッと繋ぎ、やや俯き加減のマヤが席に着いた。全員が席に着くのを確認したマーモーが話を切り出した。


「マヤ、リビトから長老と話をしたと聞いた。それでお前はこれからどうするのだ?」

「まずは皆に謝らせてほしいの。本当にごめんなさい。私は何も考えていなかった。理想だけで何とかなると思っていたの。でも、私は皆を危険に晒すところだった」


 皆、口を挟まずにマヤが話すのを黙って聞いている。


「長老様から過去のことを詳しく聞いて、同じ人間として情けなく思ったし、なぜそこまで残酷になれるのだろうと憤ったりもしたわ。

 人間だけが自由を得て、マグスだけがひっそりと暮らすのはやはり間違っていると思う。でも、全ての人間が悪だと決めつけるのは早いと思うの。

 話せば分かってもらえる人ばかりじゃないことは理解しているつもり。それでも人間である私がこうして皆と穏やかに暮らすことになったのにはきっと理由があると思うの」

「理由?」


 リビアが疑問を口にした。


「えぇ。ここにいる人は知っていると思うけど、私には相手が誰であろうと心の声を聞くことができる能力がある。マグスの中には人間の言葉を話せる人もいるけれど、全てのマグスが同じように人間の言葉を理解できる訳じゃない。

 だけど、私はマグスとコミュニケーションが取れる。それって何か意味があると思うの。私の勝手な思い込みかもしれない。


 それでも、私はマグスと人間の中を取り持つことが自分の使命なんだと思うの。


 マーモーと話をして、最初は自分の存在価値を証明したくて何かをしなければならないと思い込んでいたわ。でも、今は違う。チコや皆にこの森の外を気兼ねなく歩いて欲しいし、人間たちにも皆のやさしさや誠実さを知って欲しい。

 私も元の世界で酷く傷ついた経験があるの……。もちろん皆や皆の仲間が受けた傷には到底及ばないことだけど。

 一方的な圧力や暴力では何も解決しないと思うし、そんな方法で解決するのも間違っていると思う。だから、私は同じ考えに賛同してくれる仲間を見つけようと思うの」


 マヤの覚悟を改めて知った夫妻は黙っていた。リビトたちからすれば、マヤが仲間探しをするように仕向けたのだから、結果は分かっていたはずだった。


 だが、いざ別れが近いと悟ると、誰1人マヤにかける言葉を見つけられなかった。


 黙っている3人の顔を1人ずつ見たマヤは、皆が待望しつつ、耳を塞ぎたくなる言葉を告げた。


「マーモー、リビアさん、リビト。私、この森を出ようと思うの。私はこの世界のことをよく知らないわ。まずは世界を知るためにも、この森を出て旅をしながら学ぼうと思う。旅を続ける中で味方をたくさん作って、もう一度この森に帰ってくるわ」


 黙って聞いていたマーモーがようやく口を開いた。


「マヤ、お前の考えはよく分かった。俺は反対も賛成もしない。だが、これだけは忘れるな。お前は俺の友であり、大切な家族だ。いつでもこの森はお前を迎え入れる」

「マーモー……ありがとう」

「そうよ。マヤちゃん、あなたは私の大切な娘よ。それは忘れないでちょうだい。あなたがこの森を旅立つのは寂しいけれど、いつでも帰ってきていいのよ。この森はあなたの家なんだから」

「ありがとう、リビアさん」

「……」


 マヤはマーモーたちの同意を得ると、話題は旅の相談に移っていった。


 リビトはただ1人、沈黙を続けている。マヤが話の時折、こちらを見ていることに気付いてはいたが、今自分の胸の内を告げるタイミングではないと喉から出そうな言葉を飲み込んだ。


 マヤは、その青眼に揺らぎのない強い意志が宿っていることに気付くかない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ