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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
6/21

4.友の温かな手

 リビトはマヤに足を出せと要求してきた。


 やはり足に付いた砂が気になるのだろうとマヤは思ったが、そもそも裸足で乗れと言ったのは他ならぬリビトだ。文句を言われる筋合いはない、そう思ったものの、床には砂が飛び散っていた。


 さすがに申し訳ないと思い、「ちょっと待って。外で砂を払ってくるから」とリビトに告げる。足の砂を払おうと立ち上がった時、リビトはマヤの足を(つか)み上げた。


「ちょっと待って。何するの! 驚くじゃない!」

「いいから、ジッとしてろ」


 リビトはそう言うと掴んだ足を離すと、その手をかざすように広げた。するとその手は光に包まれ、マヤの足に着いていた砂はポロポロと床に落ちていった。


 足に付いていた砂が落ちきると、床に落ちた砂が宙を舞い始め、馬車の外へ飛んで行った。光に包まれていたリビトの手は元に戻り、砂まみれだった足も馬車の床も綺麗になっていた。


 マヤが驚かされたのはそれだけじゃなかった。リビトは黙ったままマヤの片足を手に取って靴を履かせ始めたのだ。


「ちょ、ちょっと……リビト、何してるのよ……」

「……何って、見て分かるだろ。靴を履かせてる」

「いやいや、そうだけど! じゃなくて何でリビトが私に靴を履かせるのってことよ。自分で履けるから離してよ!」

「ジッとしてろって言ってるだろ」


 リビトは真剣な表情でもう片方の靴も履かせようとしている。マヤの足は大きく温かい手にがっしりと掴まれている。押し退けようと力を入れてもびくともしない。


 マヤは観念してリビトにされるがままに靴を履かされる羽目になった。慣れない態度に恥ずかしさが込み上げてくる。


 生まれてこの方、こんなことを男性からされたことがない。当然、元の世界でも、だ。マヤは頬の温度が上がっていくのをひしひしと感じていた。


 リビトの表情は依然として真剣そのもの。足はがっしりと握られているが、力の加減をしているのかちっとも痛くない。それどころか靴を履かせるその手が温かく、居心地がいいとすら思っていた。


 リビトに、こんな紳士的な一面があったのだと驚くと共に、恥ずかしさで顔が上げられなくなってしまう。気付くとリビトは席に着いていた。


「……さて、帰るか」


 マヤはリビトならこの後絶対にからかってくるだろうと構えていたが、靴を履かせたことも顔を伏せていることにも一切触れてこなかった。マヤは顔を伏せたまま、コクリと頷いた。


 パタリと馬車の扉が閉まる音がすると、ゆっくりと空高く上昇していった。


「帰りは急ぐから少し揺れるぞ。俺は少し寝る」

「うん」


 リビトは両手を組み、長い足を組みながら目を閉じた。


 マヤは、リビトはなぜ自分の靴を履かせたのか、その真意が気になり、リビトの顔をじっと見つめる。話しかけたいが、何をどう切り出せばいいのか分からず、口を開いては閉じるを繰り返していた。その時――。


「俺に言いたいことでもあるのか?」


 寝ているはずのリビトが目を瞑ったまま声をかけてきた。


「お、起きてたの?」

「じっと見られていたら、気も休まらないだろう」

「あぁ、ごめん……そうだよね……」


 リビトの声には少しだけ疲れが混じっているようだった。無理もない、リビトが今日使った魔法は移動のための馬車だけではない。移動中に誰の目にも映らないよう結界のような魔法もかけていたと海で聞いた。


 他にも食事の準備や、自分とマヤの体にも結界を張って人間の目に触れないよう守ってくれていたのだ。


 この半日で一体どれくらいの魔力や体力を消耗したのだろうか。マヤには魔力がなく、リビトの疲労度を知ることはできない。せめて帰りの移動時は少しでも休んで、回復に努めてもらいたいと思う。


「言いたいことがあるならはっきり言え。でないと俺も気になって休めない」


 リビトの言う通りだ。マヤがリビトなら、気になって休めないだろう。これ以上無駄に時間を引き延ばすのはリビトにとっても良くないと思い、マヤは頭に浮かんだままの言葉を告げた。


「その、さっきのことなんだけど……」

「さっき? あぁ、靴を履かせたことか?」

「う、うん」

「それがどうかしたのか?」

「いや、何というか……リビトもあんなことするんだなって……」

「それはどういう意味だ?」


 リビトは目を伏せたまま問いかけてきた。


「その、リビトは他の子にも靴を履かせてるから慣れているのかなって……」

「……そうだって言ったら?」

「えっ?」


 予想を反した言葉に驚いてリビトを見ると、その瞳は真っ直ぐマヤの瞳に向けられていた。マヤはリビトに心の奥を覗かれているような気分になった。妙な空気になり、居心地の悪さを感じる。絞り出した言葉は震えていた。


「そ、そうなんだ……」


 胸の鼓動は早鐘を打っている。自分でも、何でこんなことを質問しているのか分からない……。


 少しの間、馬車の中に沈黙が続いた。先に口を開いのはリビトだった。


「……チコやチビ達の靴を履かせているからな、慣れているんだ」

「あ、あぁ! なるほどね。そういうことか……。そうだよね。あははは……」


 リビトは小さく笑みをこぼしてから、再び目を閉じた。


「少し疲れた。俺は寝るぞ」

「うん。私のことは気にせず、ゆっくり寝て」


 暫くすると、今度こそリビトは小さな寝息を漏らし始めた。やはり魔力をたくさん使ったから疲れているのだろう。


 マヤは森に着くまでゆっくり寝かせてあげようと、馬車の中では車窓から見える景色を見て静かに過ごすことにした。


 馬車は行きよりも高度が高く、速度も早い。それでも馬車の中には軽い揺れしか感じない。むしろその揺れさえも心地いいと感じる。


 マヤは今日あったことを振り返っているうちに、欠伸が出るようになった。


『海でたくさん遊んだから少し疲れたなぁ。リビトも眠っているし、私も少しだけ仮眠を取ろうかな……』


「おい、起きろ」


 聞き覚えのある声がする。でも瞼が思った以上に重く開けられそうにない。


 温かく、心地いい揺れが眠気をさらに誘い、開きかけた瞼は一層重くなっていった。




 大きな欠伸が出て、寝ぼけ眼を手で擦り瞼を開けると、視界はぼんやりしていた。時間が経つにつれてピントが合うと、そこは見慣れた仮住まいの家の中で、外は夜だということが分かった。


 何だ、私眠っていたのか。今何時だろうと起き上がろうとした時、左手にほんのりと温かさを感じた。時折ピクリと小さな振動が指を伝わってくる。


「えっ?」


 左手の違和感を確認しようと、胸の上の膨らんだ布団を右手で引き寄せて左手を見ると、がっちりと誰かが手を握ったまま寝ていたのだ。


『ちょっと、誰? 誰が私の手を握ってるのよ。落ち着け、私。今日、何があったのか思い出そう……!』


 無理やり記憶を巻き戻して、今日1日の出来事を思い出すことにした。


『そうだ。確か、リビトと海に行って、砂浜でご飯を食べて、また海に入って。それから馬車に乗って、帰ってきたのよね……。あっ! 私少しだけ寝ようと思って目を閉じたんだった。

 ん? 何で馬車の中じゃなくて家のベッドで寝てるの? それに、馬車を降りた記憶が全くないんだけど。

 そういえば、誰かに「起きろ」って言われた気がする……。って、まさか、あのまま馬車の中で眠りこけちゃったんじゃ……!

 ということは、私を家の中まで運んでくれたのはリビト? それじゃあ、私の手を握っているのは誰なの?』


 私の左手を握る人物に視線を戻し、改めて特徴を観察してみる。髪は栗色のサラサラヘアで、顔は髪で隠れていて分からなかった。


 それでも自分の手を握る者の正体が分かるのに、そう時間はかからなかった。マヤの手を握ったまま寝ているのは他ならぬリビトだと、すぐに気付いたからだ。


 決定打になったのは肌の色だった。マヤと同じ肌の色を持つ人物は、この森でただ1人しかいないからだ。


 マグスはさまざまな肌の色をしている。王族の血筋にあるマーモー一家は青い肌だが、他のマグスは緑や黄色、黒など原色の肌色を持つ者が多い。


 マヤが出会った中で人間のような肌の色を持つのはこの森でリビトだけだ。自分の左手を握る者の顔が見えなくても、肌の色だけでリビトだと分かる。


『どうしてこんなことに? リビトが私の手を握ってここにいるということは、私が寝ぼけてリビトの手を握って離さなかったのだろうか?』


 マヤは、自分が手を離さないからリビトは仕方なくこの家に留まることを決めたのだと理解した。握られた手を動かすにもリビトを起こしかねない。どうしたものか、と思い悩む。


 何なら、リビトの手をこっそり離して、横を向いて寝たふりでもしようか。そんなことを考えているうちにリビトが目を覚ましてしまった。


 慌てて眠ったふりをしようとしたが、時すでに遅し。


「何だ、やっとお目覚めか」

「あー、えっと。その……」


 リビトはマヤの手を握ったまま自分の手を高く上げ、マヤにさらなる追い打ちをかけてきた。


「そろそろ解放してくれないか?」

「えっ! あぁ、ごめん!!」


 握っていた手をパッと離すと、リビトは握られていた方の肩を大きく回し始めた。コキコキと音を立てている。


「はぁ、やっと解放された」


 マヤは寝ぼけていたとはいえ、一晩中リビトの手を握って離さなかったのだと知り、恥ずかしくなって顔を上げられなくなってしまった。


 すると、リビトは座っていた椅子をおもむろに立ち上がった。


 マヤの手から解放されて自分の家に帰るのだとマヤは思ったが、リビトはその場から動こうとせず、マヤの顔をじっと見ている。そして、一言を言い放った。


「ちょっと、そこどけ」

「えっ? 何で?」

「いいから」


 リビトは理由を言わない。マヤは「ベッドから下りろ」という理不尽な要求に少々苛立ちを覚えたが、自分が不始末を起こした手前、喉から出かけた文句を飲み込み、黙って従うことにした。


 ベッドから降りると否や、リビトは履いている靴を脱ぎ、あろうことか私が寝ていたベッドに横になった。


「ちょっと! 何してるの?」

「見て分かるだろ。寝るんだよ」

「寝るなら、自分の家で寝なさいよ」

「誰かさんのせいで俺は一晩中、硬い椅子に座らされていたんだぞ。動きたくても強く手を握られてたから……」

「あぁ、もう分かったから! それ以上何も言わないで!」


 リビトは勝ち誇ったように笑んで、まるで自分のベッドであるかのように布団に包まって目を瞑った。


 だが仕方ない。リビトが帰りたくても帰れなかったのは自分のせいだし。昨日、リビトは魔力を多く消耗したのだから自分の家に帰る気力も体力もないほど疲れているのだろう、と思うとそれ以上何も言う気になれなかった。


 それに無理やり家から追い出せば、リビトに後から何を言われるか分からない。ここは黙っているのがいいだろうと考えた。


 マヤのベッドで横になり、本格的に眠ろうとしているリビトを横目に、着替えだけをクローゼットから持ち出して寝室のドアを静かに閉めた。なるべく音を立てないように隣の居間で身支度を整えることにした。

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