2.リビト
仮住まいの家に戻ると、玄関先の石畳の上に持ち手付きのカゴが置かれていた。被せられている布を持ち上げると、焼き立てパンや野菜の煮込み料理、野菜の酢漬けなどが入っていた。
きっといつものように隣人たちがお裾分けに持ってきてくれたのだろう。隣人たちは家族のいないマヤを心配し、森で孤立しないように、と何かと目をかけてくれている。マヤがお返しに得意の手作り焼き菓子を渡すと、毎回のように喜んでくれていた。
料理上手な隣人が多く、自炊しなくても毎日美味しい手料理を食べることができていた。隣人たちにはとても感謝している。いつもなら、すぐにでも手を伸ばしてつまみ食いをしているのだが、今はさすがに食欲が湧かない。
寝室に入り、夕食をとる気にもなれず、ベッドで横になることにした。頭に浮かぶのは先ほどマーモーとしていた会話ばかり。
マーモーが言っていることは正しい。今思い出しても、浅はかな思いつきしかできなかった自分に腹が立つ。
マグスと人間の共生は良いことに違いない、自分がこの世界に来たのは彼らを救うためなのだ、と。自分勝手な妄想をマグスの王に提案していただけだった……。
マヤは自分がいかに考えなしに愚かな提案をしていたのだと、自己嫌悪に陥っていた。
それでもなぜだろうか、決して諦めてはいけない気がしていたのだ。愚かな上に、諦めの悪い自分を殴り飛ばしたい気持ちになる。自分が何もしなければ今の平和が続くのでは、という疑問も同時に浮かんだ。でも――!
「マグスと人間が仲良く暮らせる世界を実現するのが難しいことは、分かってる……。無理だからって、諦めてもいいの? だからといって、この森の皆を危険に晒したくない……。だけど……諦めたくない!」
マヤは自分の新しい一面を知った気がした。自分がこんなにも執着の強い人間だったとは思いもしなかったのだ。
今のままでも充分楽しく暮らせている。何もしなくてもこの平和は続くのだから、部外者の自分が何かする必要はないのかもしれない。いや、むしろ何もしてはいけないのかもしれない、そんな気もしてきた。
自分は勝手にラノベ小説や異世界もののアニメの主人公にでもなったような気でいただけだ。目の前にある世界は紛れもなく現実だ。自分には誰かを守る魔法も能力もない、ただの人間だ。そんな自分に何ができるというのだ?
マーモーの指摘で、ようやく冷静さを取り戻すことができた。頭の中はそれほど遠くもない過去の記憶が過った。
自分は元の世界でも無能な人間だった。会社員時代も波風を立てたくないから、とあえて下手に出て、上司や同僚たちの言いなりになっていた――。
「物石さんは仕事一筋だものね。今日も残業よろしくね」
「あぁ~、ズルい! 私の分もよろしくね~」
「物石くん、頼んでおいた資料の添付がなかったぞ。おかげで部長に嫌みを言われたじゃないか。しっかりしてくれたまえ!」
――私を都合良く使う人たち、皆嫌いだった。でも一番嫌いだったのはそんな状況を変えようともせず、全てを受け入れていた自分だ。
心の奥底では「私はこんなことをするために生きているんじゃない」って叫んでいた。でも、結局は内に飲み込んで、決して口にすることはなかった……。
退職したのも過労で倒れて休職が続き、職場にいづらくなったからだ。現実から逃げるように会社を辞めた。上司や同僚は誰も見舞いに来なかったし、心配してくれる人もいなかった。
アニマルコミュニケーターの仕事に出会ったのは過労で入院していた時に偶然、小児科に来ていたセラピードッグと触れ合うことができたからだった。
小さい頃から動物と触れ合うのは好きだったから、動物に関われる仕事をしたいと思うようになった。
たまたま見ていたテレビで知ったのが、アニマルコミュニケーター――動物の心の声の代弁者――という職業だった。
日本ではまだ知名度が低くて民間資格しかなかったが、「これが私の天職だ」と思い込み、アニマルコミュニケーターになった。
動物に関われて人助けにもなるこの仕事が好きで始めてみたはいいが、現実は楽しいことばかりではなかった。むしろ嫌な気分になることの方が記憶に新しい。
結局私はいつも孤独だったし、自分の無能さを感じ続けていた――。
過去の記憶を反芻する中で、妙に腑に落ちた気がした。
自分は、この世界に来て存在意義を証明したかっただけなのかもしれない、と。元の世界ではできなかったから……。
自分は本当に勝手だった。皆の為だと言って、実のところ自分の為だったのだから。マーモーが教えてくれなければ、自分はこの森の人たちを危険に晒すところだったのだ。承認欲求を満たしたいばかりに口を出た己の愚かさを恨めしく思う。
マヤは布団を頭のてっぺんまで覆い被せ、しくしくと泣き始めた。そして、ぽつりと呟いた。
「お花畑なのは私の方だ……」
マヤがこの森で暮らすようになったばかりの頃。誠実でお人よしすぎる彼らを「頭の中はお花畑なのかも」と笑ったことがあった。だが、今となってはお花畑なのは自分の方だったと気付き、自分を嘲笑った。
家の中はしーんとしていて、その静けさが何よりもマヤの心に冷たく突き刺さった。
目を覚ました時にはすでに辺りは明るくなっていた。大きく伸びをすると、自然に欠伸が出た。
窓にかかるカーテンの僅かな隙間から光が差し込んでいる。外からチュンチュンと小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「もう、朝? あのまま、寝ちゃったんだ……」
寝ぼけ眼を擦ると、目尻がカサカサしていることに気付く。
「あぁ。昨夜泣き疲れて寢っちゃったのか。きっと今、ひどい顔をしているだろうな」
今日は確か何も予定が入っていなかったはず、とスケジュールを頭の中で確認してホッとする。起こした上半身を再びベッドに沈ませ、今日は1日何もしないと決めた。
「このままゴロゴロして過ごそう。今日は何もしたくない……」
瞼を閉じようとした時、玄関扉をノックする音が聞こえてきた。ゴロゴロすると決めた以上、ここは居留守を使うしかないと開き直ることにした。
黙っていれば、訪問者が留守だと分かってすぐに帰るだろう、と思っていた。だが、マヤの予想を超え、唯一例外の行動を取る者がいた。
「マヤ、いるのは分かっているんだ! とっとと、ここを開けろ」
「はぁー、いた。居留守が通用しない奴が1人だけ……」
声を聞いて、居留守で逃げ切れないと分かると、マヤは項垂れたままベッドから起きて皺になった衣服を整え始めた。
「早く開けないと勝手に入るぞ!」
「あぁ、もう分かったから! 今着替えてるから勝手に入って来ないで!」
泣き腫らしたひどい顔を見せる訳にもいかず、何とか訪問者を中に入れないための言葉を放つ。扉を開ける音がしないから、無理やり入ってくるのは諦めたのだろう。
マヤは洗面所に移動し、蛇口を捻る。流れる水に手を伸ばすと、ひんやりした感覚が気持ちいい、と感じる。髪をリボンで束ね、流水で顔を洗う。洗顔後、顔にふわふわのタオルをそっと当てる。
壁に掛けられた鏡にはうっすら目元に腫れが残っているが、これくらいなら泣いた痕とは気付かれないだろう。
実はこの家は元いた世界と同じような造りをしている。それはこの家の主であるアイツという人が生活するのに便利なようマーモーが魔法をかけたり魔道具を拵えたりして新築したためだ。
蛇口を捻れば魔道具で地下から汲み上げられた新鮮な真水が流れ出る。部屋の掃除は毎朝5時に埃やゴミが綺麗さっぱり消えるようにアラーム付きの魔法が仕掛けられているという。
マーモーから家の仕組みを説明されたが、便利な家に驚いてほとんど聞き漏らしていたから詳しくは分からない。
ふわふわのタオルやハブラシなどの生活必需品はこの森から近い人間が暮らす街で購入されたものだ。前の主が人間の姿に戻って、こっそり生活必需品を買い集めていたそうだ。十分なストックがあったため、マヤは有難く使わせてもらっている。
身支度を早々と済ませて玄関扉を開けると、おしゃれな椅子に座り、紅茶を啜っている少年が一人。彼がこちらに気付くと、一瞬の間を置き、飽きれた表情を浮かべた。
「……お前なぁ。日が昇ったというのにまだ寝ていたのか?」
「放っておいてよ。いつ起きようと私の勝手でしょ。それより何の用?」
目の前の少年は小さく溜息をついた。そしてぶつぶつと何かを言っている。
「……だろ」
「え? 今何て言ったの?」
声が小さくて、マヤには聞き取れなかった。マヤが聞き返すと、意外な言葉が返ってきた。
「だから! 前に言っていただろ? 海を見に行きたいって」
「海……。海がどうしたの?」
「俺が、お前を、海に連れて行ってやるって言ってるんだっ」
「えっ? 海に連れて……!? 本当に海へ連れてってくれるの? 本当に? いいの?」
「コホン、今日なら時間があるから連れて行ってやってもいい」
「嘘っ!? えっとじゃあ、急いで支度するから待ってて!!」
リビトの気が変わらぬうちに、と返事をすると同時に玄関扉をバタンと閉める。寝室に戻ると、大きめのバッグに着替えや水着を詰め込んでいく。
水着といっても元の世界のような防水性のある素材ではない。厚い布を重ねて下着とワンピースを合わせたような作りだ。裁縫は不得意なため、普段着も併せてマーモーの妻――リビア――にお願いしている。
リビアはファッションセンス抜群で、マヤにぴったりのデザインを季節ごとに作ってくれる。服を受け取る度に「リビアさんの家の方角に足を向けて寝れません」と調子のいいことを言ったりもしている。
そんなマヤをリビアの横で呆れた顔をしているマーモーだが、愛妻が満足しているから良しとしている。
リビアがマヤを甲斐甲斐しく世話をするのは、娘を欲しがっていたせいもある。マーモーとの間には1人息子のチコがいるが、さすがに次期マグスの王にフリルいっぱいの服を着せる訳にはいかない。
そんな時、マヤが森で暮らすことになり、他のマグスたちがマヤを恐れる中、リビアだけは夜な夜な裁縫に打ち込んでいたのだ。それを知っているのはマーモーただ1人であるが。
マヤは忘れ物がないかと考えていると、後ろから鋭い視線を感じて振り向く。そこには外にいるはずの少年が玄関扉を開けたまま居間から、じっとマヤがいる寝室を見ていた。「早くしろ」という無言の圧を感じる。
「分かったから! もう終わるから外で待ってて!」
少年は渋々外へ出て、律義にも玄関扉を閉めた。
「リビトの気分が変わらないうちに早く行かないと。海かぁ……。元の世界でも海とは縁遠かったからなぁ」
マヤが生まれ育ったのは海がない地方の内陸部だった。生まれてこの方海を見たことがない。社会人になってからは仕事に忙殺される毎日で、休日に海へ行く気力も湧かなかったのだ。
まさか異世界で海を初体験できるとは考えもしなかった。だが、せっかく海に行けるのだからこの機会を逃す手はない。
「お待たせ。さぁ海へ行こう!」
「お前なぁ。海へ行くだけなのに支度するのが遅い。俺がどれだけ待ったと思うんだ」
「ごめん、ごめん! この通りだから」
両手を小さく擦り合わせるように拝んで、上目遣いで謝罪する。思いの外、機嫌が直ったのか、リビトが言ったのは「……分かればいい」の一言だけ。マヤはリビトから文句を言われずに済んだ。
マヤがホッとしていると、リビトの視線がマヤの肩に向いた。海に行くだけなのに荷物が多すぎる、と言われるのかと覚悟したが、今日のリビトはいつもと何か違っていた。
「……仕方ない、今日は特別に馬車を用意してやる」
リビトはそう言ってパチンと指をならすと、目の前に光り輝く馬車が現れた。虹色に輝く馬は全身をブルッと震わせ、鬣が戦いだ。すると、馬車の扉は誰も触れていないのに音を立てずに開いた。
「何これっ! 馬車? 可愛い! まるでシンデレラになった気分ね」
「シンデレラ? 何を訳が分からないことを言ってるんだ?」
「あぁ、こっちの話だから気にしないで」
リビトは怪訝そうな顔をしていたが、気を取り直したのか馬車の前まで行って自分の手をマヤの方へ差し出す。
「ん?」
マヤはなぜ手を差し出されたのか分からず、首を傾げる。瞬間的に報酬を要求されているのだと思い、「……ごめん、お金は持ってなくて……」と素直に告げる。
リビトの眉間がピクリと揺れた。マヤにも大きな溜息が漏れ聞こえてきたのが分かった。
「……違う、そうじゃない。手を乗せろ」
「手? はい」
素直にリビトの言う通り、差し出された手に自分の手を重ねた。すると、リビトは顎を馬車の方に向けた。
「あぁ、なるほど」
マヤはリビトがエスコートしてくれるのだ、とようやく気付いたのだった。
馬車に乗り込む時に「ありがとう」と言うと、リビトは耳だけ真っ赤になって照れているようだった。
リビトは不愛想で時々口煩いこともあるが、チコの次に声をかけてきてくれた心やさしい一面もある。今では軽口を言い合える友人の1人と認識している。
そんなリビトだが、今日はいつもと何か違うようだ。案外、リビトにも素直というか可愛いところもあるのだな、とマヤは余裕の微笑みを浮かべながら馬車へ乗り込んだ。
リビトがマヤと向かい合わせに座ると馬車の扉はパタンと勝手に閉じた。次の瞬間、扉の小窓の景色が流れるように変わっていくのが分かり、空を飛んでいるのだと気付いた。
「わぁ~、すごい! 空を飛ぶ馬車なんて初めて!!」
マヤは窓から見える景色に一瞬で釘付けになった。森がどんどん小さく遠くなっていく。不思議と恐怖心を感じることもなく、馬車で空を飛ぶ体験が楽しくて仕方がない。
「リビト、本当にすごいね! 私も魔法が使えたら良かったのになぁ」
マヤはリビトにとびきりの笑顔を向けて素直な気持ちを告げると、再び窓から見える景色に夢中になった。
「……お前は魔法なんて使えなくていい。魔法が必要な時は俺がやる……」
リビトの小さな呟きはマヤの耳には届いていなかった。
「……俺は少し寝る。馬車から放り出されたくないなら、大人しくしていろよ」
リビトは言いたいことを言うと、マヤの返事を待たずに胸の前で両手を組み、静かに目を閉じた。
マヤは内心で、もっとやさしく言えないのか、と言いたい気持ちになったが、そこをグッと堪える。リビトが眠ったことで車窓の景色を見る楽しみを奪われずに済むのだから、と喜んだ。
視線を車窓に移して思う存分、外の景色を眺めることにした。
暫く景色を堪能していると外は雲ばかりで景色が見えなくなった。馬車の高度が上がったのだと分かる。仕方なく窓を離れて座席の中央に座り直した。
正面には両手両足を組み、目を閉じたままのリビトが座っている。小さな寝息が聞こえてくるところから、ぐっすり眠っているようだ。
マヤの視線はリビトの顔に向けられた。そんな時、ふと思い浮かんだのが、水性マジックで瞼に目を描いたり、鼻の下に毛を書き足したり、と元の世界でよくあった悪戯だ。
寝ている今なら、リビトもきっと気付かないだろう。ただ手元に水性マジックがないことだけが悔やまれた。それでも指をペンに見立てて、リビトの顔に架空の悪戯書きをしてみる。
「くっ……」
思わず、目元、口元が緩み、吹き出しそうになる。咄嗟に両手を口に当てて、必死に堪え切った。恐るおそるリビトの顔を見ると、先ほどと変わらない表情のまま。どうやら起こさず済んだみたいだ。
他に何もすることもなく、ふいに窓の外を見るが、雲で真っ白だった。仕方なく正面を向くと、向かい合わせに座るリビトの輪郭に視線が戻った。
リビトは意外と端正な顔立ちをしていることに気付く。
顔の作りは人間と変わらない風貌をしている。マヤ以外の人間が見ても、一目ではマグスだと分からないだろう。
髪は栗色のサラサラヘアで、睫毛、細身で足を組んでいても長いと分かるスラッと伸びた脚。見れば見るほど、こんなにもイケメンだったのかと思う。
それもそのはず母親はマグスで、父親は人間だという。だが、生まれた時から父親はおらず、一度も顔を合わせたことはないそうだ。所謂シングルマザーの家庭で育ったのがリビトだ。
元々は母親と2人で別の場所で暮らしていたが、マグスと人間のハーフということで幼い頃から不憫な扱いを受けていたらしい。
人間が暮らす街でもマグスの住む森のどちらにも居場所がなかったところ、マーモーに受け入れられてこの森に住むようになったそうだ。
リビトの母親はこの森に移り住んで間もなく亡くなった、と聞いている。今はマーモーとリビアがリビトの養父母で、一緒に暮らしている。
それもあってリビトは森で起こった出来事の多くをマーモーから聞いて把握していた。マヤも仕事柄、森で暮らすマグスたちの悩み相談を受けているため、時々リビトと会って情報を貰っている。
親しい間柄でも情報を貰うには対価が欠かせない。それがこの森でのルール。リビトに支払う対価は手作りの焼き菓子だ。貴重な情報の対価がスイーツで相殺されるのは謎だが、リビトはそれでいいと言う。
マヤは情報と交換に手作りした焼き菓子を手渡す度に思った。
『リビアさんが作ったスイーツの方が何倍も美味しいのに。私が作った何の変哲もない焼き菓子を食べにくるのはなぜなのか? 私ならリビアさんが作ったスイーツで十分満足できるのに』と。
実は、スイーツ作りはマヤの唯一の趣味で、休みになると必ず焼き菓子を作っている。その匂いに誘われるようにタイミング良くリビトが足を運んでくる。
隣人たちからの評判も良く「売ってくれ」という声も増えてきたから、そのうちお店でも開こうか、と考えたこともあった。
リビトは、口の悪さや不愛想な性格を差っ引けば、女子が一目惚れするような美貌の持ち主である。同世代は無論、年上の女性たちにも恋愛対象にされてもおかしくない。
リビトはきっとモテるとは思うが、マヤはリビトを恋愛対象として見たことがない。リビトにもやさしい一面はあるが、良い面よりも口の悪さや、自分にだけ不愛想に振る舞うところがいけ好かない、とも思う。
マヤは以前、リビトが隣人たちと話している姿を見かけたことがあった。その様子はリビトの悪態を知るマヤからすれば、取って借りてきた猫のようだった。
リビトの隣人たちへの態度は、マヤに対するそれとは大きく違い、それを見てなぜ自分にはやさしく接してくれないのか、と腹立たしく思っていた。
だが、今日みたいに時々見せるやさしさに絆され、「まぁ仕方ないか」と思わされてしまうのだ。
マヤはリビトの顔をじっと見て、いろいろと思いを巡らせていた。その時――。
「そんなにじっと見られたら、顔に穴が開く。まさか、俺に惚れたとか?」
マヤの気配を感じたのか、リビトは目を閉じたまま冗談を言ってきた。
「なっ……! そんなわけないでしょ!!」
マヤは予想外の先制攻撃を受けて慌てるも、必死に反論した。
「私はリビトみたいに顔が良くても口が悪い人は好きにならないんだから! あっ……!」
思わず出た言葉にハッとした。時すでに遅し。
リビトが閉じた目を細く開き、マヤをじっと見ている。
マヤは内心「しまった……!」と心で呟いた。
こんなことを言えば、リビトの機嫌が悪くなり、海へ行くのをキャンセルして森に引き返してしまうかもしれない。
何かフォローする言葉を言わなければ、と焦っているとリビトは意外な反応を見せた。
「ふん、そうか……」
リビトは瞳を再び閉じて、口元だけ笑って見せたのだ。
マヤは想定外のリビトの反応に困惑する。いつもなら絶対に機嫌が悪くなって怒り出し、森へ引き返していただろう。
マヤはこんなこともあるだろうとリビトの機嫌取り対策として、手作りの焼き菓子をカバンにいくつか隠し持ってきていた。だが、幸いと言うべきか、まだ奥の手は使わずに済むのだと胸を撫で下ろしたのだった。
『リビトって本当に訳が分からない。まぁ、機嫌が悪くならないのなら、ひとまずは良しとしておこう』
マヤはコロコロと機嫌が変わるリビトに困惑しつつも、深く考えるだけ無駄だと思い直した。次の瞬間には、海に着いた後に何をしようか、と妄想を膨らませていたのだった。




