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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
28/30

26.王子の講義

 午後のティータイムが終わる頃、ジオウが図書館に姿を現した。


「やぁ、マヤ。待たせたね」

「……ジオウ、先生。本日からよろしくお願いします」


 マヤはジオウが近づいてきたのを確認すると椅子の横に立ち、ワンピースの(すそ)を控えめに持ちながら、頭を下げて挨拶をする。ぎこちなさは残るが、そこは勘弁(かんべん)してほしい。


「マヤ、私と君の仲だ。次からは堅苦しい挨拶は抜きにしよう」

「ですが……」

「いいね?」

「……はい」


 ジオウは目を細めてマヤを上から見下ろしてきた。笑顔ではあるものの、少々の威圧を感じたため、その申し出を素直に受けることにした。


「講義を始めよう、と言いたいところだけど、随分長いこと会議で疲れていてね。マヤ、少々私のティータイムに付き合ってくれないか?」

「はい、もちろんです。ですが、お疲れでしたら今日の講義は……」

「――講義は紅茶を1杯飲んだ後に始めようか」


 マヤが言い切る前に、やや被せ気味にジオウは講義を行うと断言した。ここまで言うのだから、お疲れでも大丈夫なのだろうと考え、マヤは素直に従うことにした。


 ジオウがマヤの座っていた椅子を後ろへ引き、目線で「座りなさい」と言われた気がして、大人しくジオウのエスコートを受ける。

 マヤが椅子に座ると、ジオウの従者と思われる男がマヤの隣に置かれた椅子を引いている。

 ジオウが椅子に座ったタイミングで、サーティスが2人分の紅茶と3段のティースタンドがテーブルの上に置かれた。


 ジオウは先ほど来たばかりなのに、いつの間にかティータイムの準備が終わっていた。王子の従者は仕事が早いのだと感心していると、ジオウが紅茶を1口(すす)った。


 マヤはすでに2杯の紅茶とパウンドケーキ1本分の焼き菓子で満腹だった。とはいえジオウの手前、紅茶を飲まないのは失礼に当たると思い、1口だけ飲むことにした。


 ティーカップを口元に近づけると、嗅いだことのない香りがした。それは紅茶ではなくハーブティーだと気付いた。

 マヤとジオウから少し離れた壁際に控えていたサーティスを見ると目が合い、(わず)かに笑んでいた。


 サーティスはマヤが紅茶とお菓子でお腹一杯なのを見越して、消化が良く胃に負担の少ないハーブティーを選んでくれたのだろう。

 紅茶の色と遜色(そんしょく)ないため、マヤ以外は気付きにくい。きっとジオウに気遣わせないためのサーティスの心配りであることを察した。


 サーティスという給仕がいかに優秀であるかを知り、自分もしっかり学ぶべきことを学ぼうと誓うのであった。


「マヤ、今日はどんな本を読んでいたんだい?」

「はい、ジオウ、先生が講義の具体的な内容を教えてくださったので、午後からルーディスの歴史に関する本を読んでいました」

「あぁ、この本か。懐かしいな」


 ジオウはマヤの斜め横に積まれている一番上の本を手に取り、パラパラとページを(めく)っていく。

 王子であるジオウはルーディスの歴史もすでに学んでいるのだろう。この本もその時に読んだのかもしれないと思った。


「ジオウ、先生もこの本をお読みになったのですか?」

「あぁ、確か、私が言葉を話せるようになった頃、父上がこれと同じ本を読むようにと勧められたよ」

「言葉を話せるようになった頃……」

「ルーディスの歴史を学ぶには最適な1冊だ。良い本を見つけたね」

「いえ、これは以前図書館にいた給仕の方が探してくださった本なんです。広い図書館ですから、最初は本棚を片っ端から見て気になった本を読んでみようと考えていたのですが、効率が悪いことに気付いて……。

 給仕の方にお願いしていくつか本を探してもらったんです。どの本も挿絵があって難しい言葉もなかったのでとても読みやすく、とても助かりました」

「そうだったのか、それは良かった――」


 ジオウは目を細め、口角を上げてマヤを見ている。


 マヤがジオウに笑顔を向ける一方で、ジオウの従者とサーティスだけは目線をそっと逸らした。

 従者とサーティスは目が合った瞬間、互いに同じことを考えていたのだと分かり、微妙な表情になっている。


 従者は遠くを見つつ、主の命で図書館付きの給仕から事実上、護衛部隊に左遷(させん)された元同僚が、明日も主の早朝鍛錬の相手役として付き合わされることに同情めいた一息を静かに漏らしたのだった。


 2度目の午後のティータイムを終え、テーブルの上に積み重ねられた本やティーカップは従者とサーティスによって素早く片付けられた。

 大きなテーブルにマヤとジオウは正面に向き合う形で座り直すことになった。例のごとく、従者はジオウの椅子を、サーティスはマヤの椅子を引いた。


「さぁ、マヤ。初回の講義を始めようか」

「はい、どうぞよろしくお願いします」


 マヤは背筋を伸ばし、姿勢を正して座ったまま軽く会釈をする。ジオウは小さく(うなず)き、片手を伸ばした。

 いつの間にか従者はジオウの横に立ち、2冊の分厚い本をジオウに手渡していた。本を渡すと足音1つも立てずにサーティスと逆の壁際に立った。


「マヤ、今日から(しばら)くはこの本を使うよ。宿の自室に持ち出しても構わない」

「はい、分かりました」

「見ての通り、こんなに分厚い本だからね。最初から順番に教えていくとマヤがお婆ちゃんになってしまう。

 だから、私の方で重要な部分だけを抜粋して教えることにするよ。いいかな?

 あー、もちろん。マヤが可愛いお婆ちゃんになっても一緒にいられるなら、私は全然構わないんだけれどね」

「いえ! 重要な部分だけ教えていただければ!」

「そう……、まぁ、そうだよね。じゃあ、そうしよう」


 ジオウは釈然としない表情だったが、すぐに笑んでいたのでマヤは気に留めないことにした。


 ジオウによるルーディスの歴史講義が始まった。講義は手渡された本を基本にルーディスの歴史を学んでいくが、ジオウは本に書かれていない珍事件や怪現象など、堅苦しくなりすぎないよう、所々で面白い話もしてくれた。


 中でも興味深かったのは、ジオウの魔法でルーディスに生命を宿すまでの流れを映像で見せてもらえたことだった。まるで元の世界の地球誕生の歴史を見ているようで、映像に引き込まれていった。


 ルーディスは生きとし生ける者全てが誕生した大陸の名前で、『生』の根源とも言える場所である。その歴史は数十億年前の太古から今に続いているという。


 地と天が裂け、数えられないほどの地殻変動が起こり、ルーディスは誕生した。

 最初に天から雨が降り注ぎ、それは数百年にも渡って続いたという。雨は高所から低所へと流れていき、川の流れを生み出した。流れる川の行き着く先はより低く深い場所だった。


 雨が止むと、雲1つない快晴が続き、ぬかるんだ地面から新緑が次々と顔を表し始めた。

 日差しが届く海の底には濃緑や深緋(こきひ)の草が根を張り、潮の流れに沿ってユラユラと揺れている。


 次に海水が染み込んだ海底から微生物が顔を出し、海水へ溶け込んでいく。海水には海藻から排出される酸素が豊富に含まれており、微生物は潮の流れと共に移動しながら生殖の場を広げていった。

 数百年、数千年の時を経て、微生物は魚類や貝類、甲殻類などに姿を変えていく。


 海水内の酸素濃度が高まると、さらに大型の海洋生物が誕生していった。

 海水中に蓄えられる酸素濃度が臨海値を超えると、酸素は地上へと広がっていく。

 やがて地上に酸素が行き渡ると、海中で進化を遂げた両生類が住処を陸に変えて行った。


 地上の酸素濃度が高くなっていくにつれ、両生類の大型化や時の流れと共にさまざまな動物が誕生していく。

 地上で暮らす動物が増えていくことで、植物は動物が排出する二酸化炭素を取り込む代わりに酸素を作り出し、互いに無くてはならない繋がりを結んでいった。


 青々と茂る木は大型動物によって葉を(かじ)り取られてしまい、光合成ができなくなって一時減少していった。

 そこで木々は生存戦略として葉よりも味のいい果実を実らせ、大型動物に葉を齧られないよう対策した。

 その作戦は功を奏した。大型動物は果実だけを狙うようになり、木は葉を守ることができたのだ。


 木は地面に深く太い根を張り、隣同士の木の根と絡み合っていきながら森を形成していった。

 次第に大陸中に根が繋がる木々が広がり、巨大なネットワークが形成された。

 木のネットワークはその後、離れ離れに暮らすマグルたちにとって重要な情報交換のシステムとなった。


 ジオウが映像を一時停止し、マグスの一部に木と繋がることができる種族がおり、現在でも彼らは移動せずに木のネットワークを活用して大陸中の情報を集めているという話を教えてくれた。


 ジオウの短い説明の後、再び映像が再生された。


 暫くすると、マヤが見覚えのある森の風景が映し出された。

 その森の名前は『はじまりの森』で、マヤがこの世界で初めて目を覚ました場所である。

 「あっ」と声が出そうなところをグッと(こら)えると、ジオウと目が合い、どちらともなく微笑んだ。


 映像は『はじまりの森』の最奥へと進んでいった。間借りしていた家から時間をかけて歩いた長老の家も軽々と超えていく。

 さらに森の深くまで進むと、日差しが全く届かない暗闇の場所に辿り着いた。すると突然、暗闇だった場所に(まばゆ)い輝きを見せる1本の大木が姿を現した。


 この大木は大きな泉の中央に浮かぶ小島の上に根を張り、幹も枝も葉も全てが金色に光り輝いている。映像はそこで終わった。


「マヤ、急ぎ足だったけれどどうだった?」

「はい、ルーディスはとても美しい大陸だということが分かりました。この世界の生物は長い時間をかけて幾度も進化を遂げて誕生したのですね。とても神秘的だと思いました」

「そうだね。生物の寿命は短いけれど、親から子へ、子から孫へというようにさまざまな情報が受け継がれていく。そうやって生物はルーディスと共に歴史を刻んできたんだよ」

「それに、植物にも生存戦略があっただなんて、正直驚きました」

「植物は非常に知性の高い生物なんだよ。現に絶滅した種は多いが、植物は今もなお生き残っているのだからね」

「あの、ジオウ、先生。1つ質問してもいいでしょうか?」

「はい、マヤ君。質問を許可しよう」


 ジオウの言い方がおかしくて、つい吹き出してしまった。ジオウはレッスンを受けている先生の話し方を真似した、と白状してから笑った。


「それで、私に質問とは?」

「はい、映像の最後に映し出されたのは『はじまりの森』ですよね。あの光り輝く木を見たことないんですが、とても大切な木なのでしょうか?」

「――あぁ、マヤはまだ見たことがなかったんだね。そうだな……」


 ジオウは歯切れの悪い口調になったため、マヤは聞いてはいけないことを質問してしまったのだと焦った。質問を取り下げようと口を開きかけた時、ジオウはマヤの目をじっと見て説明を始めた。


「今から話すことはここだけの話として他言無用でお願いしたいのだけれど……」

「ジオウ! 様」


 これまで一言も話さず講義を見守っていた従者は、ジオウが話し切る前に制止するように主の名を呼んだ。

 ジオウは従者に視線を移し、目だけで従者を威圧した。従者は前のめりになった姿勢を正し、崩れた表情を直して壁際に立っている。


「あの、私が聞いてはいけないことなら……」


 ジオウは首を左右に小さく振った。マヤはこれから何を聞かされるのか、とこちらまで緊張感が伝染したように表情が強張っていくのを感じていた。


 そして、ジオウは静かな口調で大木の秘密を打ち明け始めた。


「マヤ、あの木は『原初の木』と呼ばれている」

「原初の木、ですか……」

「あぁ、またの名を『生命の木』とも。『原初の木』は生命を生み出す源と言われていて、誰も近寄ることはもちろん、触れることができないんだよ」

「近寄ることも、触れることも……」

「マグスの王は『原初の木』を守るため、代々の王はあの森から出られないのだ。もしも、『原初の木』に何かあればルーディスをはじめ、全ての生命は息絶えてしまう。

 存在を知っているのは歴代の王とその後継者だけと決まっている。マグスのほとんどがあの木の存在を知らないのだ。間違っても、あの場所を他の者に知られる訳にはいかないのだよ」


 マヤは、まさかこの世界に存在する全ての生命の生死を左右する存在の話を打ち明けられるとは思わなかった。

 想像を遥かに超える重大な秘密を知らされ、動揺が走った。返す言葉が見当たらず、ただ沈黙が続いている。


 なぜそんな重大な秘密を自分に打ち明けたのか、疑問が浮かぶ。

 とはいえ、最初に質問したのが自分である以上、ジオウは真摯に答えてくれただけなのだと考える。

 だが、マーモーすら口にしなかったこの真実を自分はこれからどうやって守っていけばいいのか分からなかった。


「マヤ、少し休憩をしよう。このハーブティーは気を休める効能があるそうだよ」


 マヤの目の前には、紅茶よりも薄い色をしたハーブティーが注がれたガラス製のティーカップが置かれていた。

 呆然としていて、いつ置かれたのかも気付かなかった。ティーカップの横には砂糖漬けのサクランボのような果実が練り込まれたきつね色のクッキーが数枚並べられている。


 ハーブティーを1口啜ると、ジオウが言うように心なしか気分が落ち着いた気になった。


 次にクッキーへと手を伸ばす。外はサクッとしていて、中はしっとりしている。クッキー生地は甘さ控えめだが、砂糖漬けの果実の甘さが引き立っていた。


「美味しい……」

「マヤに喜んでもらえて良かったよ。好きなだけ召し上がれ」


 ジオウは柔らかな笑顔を浮かべ、自分はハーブティーにもクッキーにも手を付けず、ただマヤを見ていた。

 少々いづらさを感じたものの、クッキーの甘い誘惑に負けてもう1度皿に手を伸ばした。


「さて、あまり詰め込みで学習をしても寝たら忘れてしまうからね。今日の講義はここまでとしておこう。明日は執務で忙しいから、その翌日の午後のティータイムにここで会おう」


 ジオウは自分が言いたいことだけを言って、図書館を出て行こうとした。マヤはお礼を言おうとしたが、口の中にクッキーが入っていたため、むせてしまった。


「マヤ、大丈夫かい? ほら、ハーブティーをゆっくり飲むんだ」


 マヤはハーブティーを1口、2口と流し入れると、ようやくむせが治まった。

 ジオウはにっこり笑顔で「よし、それじゃあ、またね」と言い、マヤの挨拶もまたずに従者と一緒に図書館を出て行ってしまった。


 ジオウの講師ぶりは完璧だった。最初は分からない言葉ばかりで質問していたが、ジオウはマヤの反応を見ながら適度に補足を加えて説明してくれた。次第に、マヤが質問したり表情が曇ったりする回数は減っていった。


 もしかしたらルーディスのことを何も知らないマヤに合わせて説明したため、もの凄くスローペースの講義になってしまったのではないかとも思う。それにしても感謝や挨拶もできずにジオウは出て行ってしまった。


「お礼を言いそびれちゃった……」


 ふと気づくと、心の声が漏れ出ていた。サーティスはその声をしっかり捉えていた。


「マヤ様、お気になさらなくても大丈夫かと。心の広い……御方ですので。特にマヤ様には……」

「あっ、はい、そうですかね……」


 サーティスの言葉が途切れるのが気になったが、ジオウは笑顔だったし、自分に気を遣わせないように挨拶やお礼を言う前に出て行ったのだと思うことにした。


「マヤ様、もう少しでお夕食の時間になりますので、お部屋へ参りましょう」


 サーティスの言葉を聞き、ついつい(ふく)れたお腹に手を当ててしまう。

 夕食はなしにしたいが、皆に「食欲がないのか?」「具合が悪いのか?」と心配されそうだ。そんな事態は避けたい。

 今夜も無駄骨とは思うが、宿の自室で寝る前にストレッチでもして体脂肪を燃やそうと誓うのであった。

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