24.魔力の器と苦い恋
妖精王に師事してから丸3日が経った。リビトは妖精王から習った自然界に存在する魔素を感じるための鍛錬を続けていた。
魔素とは植物や水、石など、ありとあらゆる自然に存在するものに宿る粒子のことで、魔力の原型ともいえるものである。
魔素は目に見えないが、自身に宿る魔力と共鳴させることができれば、際限なく魔素を取り込むことができる。つまり、魔力が尽きる心配がないということだ。
だが、魔素を取り込める量はそれぞれの器の大きさによって異なる。器の大きさは生まれ持ったものであり、長い年月をかけて鍛錬すれば器を大きくさせられるという訳ではない。
つまり、生まれつき器の大小が決まっており、魔素を無限に取り込めるのはごく一握りの者に限られている。
残念ながら、そのような大きな器を持つ者はこの世には存在しないという。妖精王もマグスの王でさえも、その器には該当しないのだ。
リビトも当然そのような大きな器を持つ者ではないが、魔素を一定量取り込めるだけの器の大きさはあるらしいことが長老と妖精王の評定によって分かった。それは半魔人には極珍しい器である。
「リビト殿は半魔人であったな」
「はい、それと器と関係があるのでしょうか?」
「……」
長老はリビトの質問を聞くと、その視線をリビトではなく妖精王に向けた。妖精王が頷くと、長老はリビトに視線を戻し、言葉を選びながら質問に答え始めた。
「通常、半魔人に流れる血のいずれかが魔力量が低い者である場合、子である半魔人の器はマグスよりも小さくなるのだ。だが、儂と王はリビトの器は通常の半魔人が持つべき器よりも遥かに大きい器であると判断した。つまり……」
「――つまり、人間の、俺の父親は魔力量が高い者であるということですね」
「リビト、お前知っていたのか?」
王はリビトの言葉を聞くな否や会話に割り込んできた。その表情は驚きに満ちていた。少しの間を置いて、横にいる長老に視線をやると、長老が頷き、リビトとの会話を続けた。
「リビト殿がそこまで情報を集めていたとは恐れ入った。ならば、この旅には裏の目的もあるのだろうな。最初に伝えておくが、我等は其方の母上や父上とは面識がない。其方が知りたい情報は得られぬだろう。
だが、魔力の器の大きさから1つはっきりしたことがあるぞ。其方はそれを聞きたいか?」
リビトは憂いない瞳を長老に向け、「教えてください」と懇願した。長老は再び無言で王の了承を得てから、口を開いた。
「ならば良かろう。其方の母上はごく普通の魔力量の器だと聞いている。通常であればリビトがそのように大きな器になるのは万に一つと言えるほど無に等しい。だが、父上が優れた魔力を備えた者であれば可能性は限りなく高くなる。
恐らく、其方の父上は高位魔力を代々受け継ぐ上位貴族または王族の可能性が高いと言うことだ」
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森の図書館は言葉通り、大木の中にある。木の大きさを遥かに超える空間が広がる内部はこの森の魔素を利用して作られているという。そのため、万が一妖精の存在が失われても、永久的に図書館はそこに存在し続けるのだ。
もちろん誰でも図書館の中に入れる訳ではない。妖精王の許可がなければ、虫1匹入ることはできないのだ。だからこそ、この図書館には稀少な本が所蔵されている。
妖精やマグスの歴史はもちろん、ありとあらゆる種族にかかわる本を読むことができる。そのうえ、人間が建国したヴェルテックス王国やポルカ王国など周囲の王国の歴史や文化、習慣、言語などの知識も全て知ることができるのだ。
森の図書館にある本を読みに、各地からマグスが訪れるとも言われている。マヤはそのような貴重な図書館に自由な出入りを許可してもらえたのだ。この世界でこの図書館以上に多くの情報や知識を得られる場所はないと言える。
ジオウに妖精の森へ強制的に連れて来られた時は慌てたが、結果的にマヤもリビトも今自分に不足している知識や能力を高める上で絶好のタイミングに絶好の場所で受け入れられたものだ。
マヤは今知っておくべき知識に必要な本探しを給仕の妖精に、いつものようにお願いした。給仕の妖精は体感で1分もかからない僅かな時間で戻ってきた。図書館1階の中央に置かれている広いテーブルに、本がずらりと並べられる。
「いつも分かりやすい本を選んでくれてありがとう」
マヤは給仕の妖精に微笑み、お礼を伝えた。その妖精は表情1つ変えることなく、小さくお辞儀をしてからいつものように自分の存在を消すようにマヤの視界から消えていく。
最初は人間である自分に警戒心を持っていて無表情なのだろうと考えていたが、最近はそれが彼の特性なのだと理解した。彼は王に忠実で、たとえ人間であろうと王の客人に無礼な態度を取ることは一切なかった。
それどころか、視界に入る場所にいないにもかかわらず、声をかけようと振り返った時にはすぐそばで待機している。これはつまり、常にマヤの行動や思考を推測し、動いているということだ。マヤが給仕を呼ぶ手間すら与えない。
最近はその無表情な顔にも少し温和な空気が纏っているようにも感じられる。マヤはその感覚を言葉で表すことはできなかった。直感的に見抜いたとしか言えない。
実際、給仕の妖精はマヤの視界から外れた場所で、幾度となく口角を上げていた。今ではそんな己の変化すらも楽しんでいる。
まさか、友人にそんな様子を見られているとは知る由もないのだが。
マヤはいつものように図書館のテーブルで昼食を終え、食後の紅茶を味わっていた。給仕の妖精が膳を下げている時、図書館に近寄ろうともしない人物がマヤの前に現れた。
「マヤ、勉強は捗っているかい?」
マヤの目の前に立っていたのは麗しの姫と瓜二つの美しい顔を持つ王子だった。
ジオウは挨拶をしようと椅子から立ち上がろうとするのをさりげなく手で制止し、にこやかな笑顔を向けてくる。
これは堅苦しい挨拶はいらないということだろうか。とりあえず椅子に座ったまま、簡易的な挨拶を交わすことにした。
「こんにちは、ジオウ様。ジオウ様も調べ物か何かで図書館にいらしたのですか?」
ジオウはマヤの質問に答えずに、いつの間にか正面に置かれていた椅子に腰を掛けて両肘をつき、ニコニコと笑顔を向けてくる。
マヤはジオウが自分を見てニコニコしているのが不思議でならなかった。
「あぁ、ついついマヤちゃんが可愛くて見惚れていただけだよ」
「……なっ!」
「あははは、マヤちゃん顔が赤くなってる。本当に分かりやすくって可愛いよね~」
マヤはジオウに会うまで、ストレートに可愛いと言われたことがなかった。
もちろん、はじまりの森でリビアや近所のマグスたちに「可愛い」と言われたことはあったが、皆マヤからすれば親世代の者ばかりで同世代の異性に言われるのとは大きく違っていたのである。
実際はジオウは300歳と遥かに年上であり、見た目から受ける印象で言うと、という前提つきの話ではあるが。
「あ、あの、私に何かご用が?」
マヤは恥ずかしいこの状況から早く逃れたくて、話題を変えることにした。すると、ジオウはマヤに驚きの提案をしてきた。
「実はね、マヤちゃんの専属講師として立候補しに来たんだよ。
私はこの図書館の本をほとんど網羅しているし、マヤちゃんが知りたいこと、知るべきことを掻い摘んで教えることができる。
もちろん、詳しく知りたいことは手取り足取り教えることもできるよ」
マヤは考える。このまま1人で本を読み続けるだけでこの世界のことを知ることができるのか、と。
一時的に記憶してもすぐに忘れてしまいそうだ。それに、歴史をただひたすら知るよりも、歴史を学びながら文化や習慣などを口伝えで教えてもらうことができれば、もっと効率の良い学習ができるのではないか、とも。
ジオウは正直苦手なタイプの異性ではあるが、何と言っても妖精族の王子である。彼ならより詳しい知識や情報を得られるかもしれない。それにセリンとの約束も果たさねばならない。
勉強の合間リビトに対する感情を聞き出すこともできるかもしれない。
自分にそんな器用なことができるのかは分からないが、ジオウの提案を断る理由は思いつかない。変に断って、ここにいづらくなることだけは避けたい。
とはいえ、王は許してくれるのだろうか? ジオウは次期妖精王である。そのために厳しい鍛錬や過密なスケジュールの中で授業を受けているとセリンから聞いている。
そんな忙しい人が、自分なんかのために貴重な時間を費やすのは大丈夫なのだろうか?
それに、王子の貴重な時間をもらう代わりに、私は何かを差し出さなければならないのだろうか? 元の世界で「タダほど高くつくものはない」という言葉が頭に浮かんだ。
まさか現実にはないだろうが、脳裏にレッドカーペッドを歩くマヤとジオウの姿が流れる。
2人とも薄い玉虫色の布を身に纏い、両脇にはそれぞれの親族や友人が並び、2人を笑顔で迎えている。
マヤはゾクリとする悪寒を背中に感じ、流れてきたイメージを急いで吹き消した。
正面に視線を向けると、テーブルに両肘をつき、頬を掌に乗せながらにっこりと笑んだジオウの顔がある。マヤは姿勢を正し、ジオウに話しかけた。
「ジオウ様、その、教えていただくのは大変ありがたいご提案ですが、ジオウ様もいろいろとお忙しいとセリンから伺っています。
それに、ジオウ様の貴重なお時間を頂くことになりますが、私は何もお返しできません。ですので……」
「あ~、それなら心配はいらないよ。父上から許可を得ているし、自分のレッスンや鍛錬のスケジュールをこなした上で空いた時間にマヤちゃんに教えるから問題はないよ。
それと、何だっけ? あー、見返りのことだよね? 別に私はマヤちゃんと一緒に過ごせるだけで十分なのだけど……。見返りか、その手が使えるとは考えていなかったな――」
マヤは自ら地雷を踏んでしまったのではないかと焦った。マヤの表情を観察していたジオウは悪戯な視線を向けてくる。だが、次の瞬間、屈託のない笑顔になった。
「見返りは、マヤちゃんの手作りお菓子でいいよ」
「えっ! 手作りお菓子? それだけでいいんですか?」
「さっきも言ったけど、私はマヤちゃんと一緒に過ごせるだけでいいんだ。でもそのままじゃマヤちゃんは納得しないよね? だから、見返りとして手作りお菓子をもらうことにするよ。それならお互い貸し借りはなしだよね?」
ジオウは貴重な自分の自由時間を削ってまで、マヤの勉強に協力してくれるという。さらに、見返りは手作りお菓子。
マヤは良からぬ妄想をした自分が恥ずかしくなった。申し訳なさと恥ずかしさで心は大いに乱れたのだが、何とか平常心を保ち、やや引きつっているであろう笑顔でジオウの提案を快諾したのだった。
ジオウの講義はジオウの早朝鍛錬に続き、昼食を挟んで行われるレッスン後に図書館ですることになった。
今後の講義のスケジュールをジオウが立ててくれるというため、マヤが知りたいこと、学びたいことを洗い出そうという話になった。
「この世界のことをたくさん知りたいんですけど、何から学んでいくのがいいのか分からなくて……」
「あぁ、確かに、ここには世界中の本が所蔵されているからね。興味がある本だけ読んでいても必要な知識は網羅できないからね。マヤちゃんの旅の目的は父上から聞いているよ。
そうだな、まずは時系列に歴史を学んでいくのがいいかもしれないね。この世界ができてから長い歴史があるから、大枠だけでも知っておくと各国の歴史や文化なんかも理解しやすくなるはずだよ」
「なるほど。そうかもしれませんね。それと、魔力についても少し理解しておきたいんです」
「マヤちゃんも魔力を使いたいの?」
「いえ、私は何の力もありませんから。自分のためというより……」
「――リビトのため……かな?」
「あ、えっと……はい……」
セリンからリビトとジオウの話を聞いていたため、妙にしどろもどろな喋り方になってしまった。その様子を静かに見ていたジオウはマヤに聞こえない位小さな溜息を1つ吐いた。
「あー、妬けちゃうなぁ。まぁ、でも魔力の基礎知識を知っておくことは今後の旅でも必要になるだろうからね。よし! 歴史や文化と合わせて魔力に関することも教えよう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
「そうだ。もう1つだけ見返りを求めたいんだけどいいかな?」
「み、見返りですか?」
ジオウは笑顔でマヤに話しかけているのだが、妙に笑っていない目が気になるところである。
あえてそこは気が付かぬ振りをするのが大人の対応というものだろう。何とか笑顔を作り、ジオウの答えを待つと意外な言葉が返ってきた。
「マヤちゃん、私だけ様呼びだよね? セリンのこともセリンと呼び捨てにしているし……」
マヤは背中がゾワゾワと嫌な感覚が肩に向かってくる気がした。恐るおそるその答えを黙って聞いていると。
「私のこともジオウと呼んで欲しい! ジオウ兄上でも構わない! あ~、ジオウ先生でもいいかなぁ。いや、やっぱり呼び捨てがいいな」
恐れる事態が起こった。まさか妖精の王女に続いて、王子まで呼び捨てにして欲しいだのと言われたら、さすがに王や長老たちの前でどう接すればいいのか分からない。
恐れ多いではないか。なぜ兄妹揃って、私に呼び捨てをさせたいのか全くもって謎である。
もちろん親しい友人同士は呼び捨てをするのだろうが、私は人間で何の力も取り柄もない。
むしろ仲良くなっても、誰も徳はしないだろう。そんな自分に目上である王女、王子の名前を呼び捨てにするなど、他の者たちも納得しないはず。さすがに王子の呼び捨てだけは避けたい。
数日前に会ったばかりの者を「兄上」と呼べるほど肝は据わっていない。とはいえ、様呼びを続ければ王子の機嫌を損ねる恐れもある。できればそれも避けたい。
いろいろと考えた結果、消去法で「先生」と呼ぶことにした。ジオウは不服そうだったが、マヤのことを呼び捨てにすることを提案すると、曇っていた表情はパぁッと明るくなり上機嫌になった。
「マヤ、もう1度」
「ジオウ先生……」
「マヤ、もう1回」
「ジオウ先生……あの、これっていつまで続くんですか?」
「あぁ、ごめん、ごめん。ついついうれしくって」
その時、マヤに夕食を知らせる助け舟が出され、先生呼びの連呼という罰ゲームのような時間が終わったのだった。
マヤがジオウと一緒に図書館を出て行く時、いつものようにマヤは給仕の妖精に「いつもありがとう。また明日もよろしくお願いしますね」と笑顔で告げた。
だが、いつもなら給仕の妖精は無表情のまま小さくお辞儀をし返してくれるのだが、今日はなぜかマヤと目線を合わすことなく、やや何かに怯えている様にも見える。
ジオウがいるため、それ以上話しかけるのはやめておいた。明日図書館に来たら、今日のことを聞いてみようと思ったのだった。
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会話に参加しない1人を除き、マヤたちが和やかに夕食をとっている裏で、給仕の妖精は己の唯一の楽しみを奪われて絶望を感じていた。
「グラビス、給仕の職を解任されたそうだな。何やらかしたんだ?」
「ジオウ殿下の勘に触ったらしい……」
「殿下の? おい、何をやらかしたんだよ!」
「私は何も……」
「何もしないで、何で殿下の怒りを買うんだよ。もしかして……あの客人絡みなのか……」
「お前、気付いていたのか?」
「グラビス、俺たち何十年一緒にいると思ってるんだ? お前のことだ、どうせあの客人に惚れたんだろう? それを殿下に見つかって……」
「あー、もう言うな! 分かっていたさ。それにあの方はリビト殿の大切な御方でもある。俺なんかがどうできるっていうんだ。
無理なのは最初から分かっていた。ただ、あの方が図書館にいる間は居心地よく過ごしてほしかっただけなんだ……」
「お前も運が悪かったな……。だが、幸いお前がずっと懇願していた護衛部隊に入隊できたんだ。これはお前にとって大チャンスじゃないか!」
「あぁ、そうだ。俺がずっと願っていた部隊だ。もう俺があの方にお目にかかる機会はないだろう。これで良かったのかもしれないな……」
長年の友人は自分の憧れである父の背中を追って護衛部隊への入隊をずっと夢見ていた。
それを俺はそばで見てきた。その友人の夢が叶ったのだ。幸い入隊は明日からだ。急すぎる異動に驚いたが、友人にとって祝い事に他ならない。今夜は思う存分酒を酌み交わし、叶えた夢を祝ってやりたい。
だが、本人は夢が叶ったことを喜ぶのではなく、給仕の職を解かれたことにかなりのショックを受けている。それほどまでにあの方を好いていたのか……。
あの日、見た友人は自分が知らない表情をしていた。俺は気付いていながら、知らぬふりをしていた。
俺が知ったところで、友人があの方を好いているところで、何も変わらないことは俺も友人も分かっていた。
今度、友人にお似合いの知人でも紹介してあげよう。あの方のことはできるだけ早く忘れた方がいいのだから。
しょんぼりする友人の目の前に度数の強い酒をたっぷり注いだ酒器を置く。
「今夜の酒は俺が驕る。一緒に浴びるほど飲むか」
「あぁ、そうだな。今夜は、酒に呑まれたい気分だ」
友人は酒器を口元へ持っていくと、一息に酒を流し入れた。眉間に皺を寄せたところ、思いの外、度数の強い酒に驚いたのだろう。
だが、同じ酒を空になった酒器へ注ぎ、勢いよく口の中へ流し込む。それを暫く繰り返していた。
少々ペースが早すぎるところは心配になるが、今夜は、今夜だけは黙って付き合うことにした。




