22.王女の策略
王の間での晩餐会は無事に終わった。ホッとした束の間、マヤとリビトはガラスで作られた温室へと移動する。そこではマヤとリビトの歓迎会という名の茶会が開催されるという。
真っ白な丸テーブルを囲うように、背もたれのある白い椅子が4脚置かれていた。席に着いたのはマヤとリビトの外、ジオウとセリンである。王と長老は片付けなければならない仕事があるようで、茶会には参加しないとのこと。
マヤは内心ホッとしていた。王子と王女がいるというだけでも緊張するのに、その上、王や長老も加わればとてもじゃないが緊張で逃げたくなっていただろう。
ジオウの指示のもとでそれぞれが席に着いた。マヤの正面にはジオウ、右隣にセリン、左隣がリビトだった。
温室は大きく分けて5つのスペースがあり、茶会の会場となっているのが中央の広いスペースで、その四隅にある区画が栽培スペースである。
温室にはさまざまな植物が植えられている。マヤは初めて見る温室にワクワクし、辺りをキョロキョロと見回してしまった。
右隣ではリビトが腕と足をそれぞれ組み、こちらを冷めた目で見ている。「大人しくしていろ」と言われたような気がして、じっと待つことにした。
すると、木製のワゴンを引いた給仕の妖精が2人現れ、ガラスのティーカップに紅茶を注いでくれた。テーブルの中央には3段のティースタンドが置かれており、まるでどこぞの貴族の家で開かれる茶会をイメージさせる光景だった。
ティースタンドの上段には食用の花びらが練り込まれているクッキー数種類が並べられている。中段には洋酒漬けのフルーツが入ったパウンドケーキやマドレーヌなどの焼き菓子が数種類置かれている。下段には花びらやフルーツがたっぷり乗っているタルトケーキが1切れずつ並べられている。
「さぁ、父上も長老もいない席だ。マヤちゃん、マナーは気にせず、好きなものをたくさん食べてね」
ジオウがマヤに視線を向けて、にっこり微笑んでいる。どうやら、ここでも食べるのはマヤとリビトの2人だけらしい。ジオウとセリンの目の前には紅茶が注がれたガラスのティーカップだけが置かれていた。
リビトを見ると、すでに中段の焼き菓子に手を伸ばしていた。セリンはリビトを見て、クスッと笑っている。
「リビト兄上は本当に甘味がお好きなのですね。はじまりの森では甘味を食べる習慣がないので、お困りでは?」
「あぁ、はじまりの森ではマヤが作った焼き菓子を食べてた」
「まぁ、マヤ様は甘味を作るのが得意なんですか?」
「あっ、えぇ。でもリビアさんの方が何倍も美味しいんですけど」
「まぁ、リビア様も甘味をお作りに?」
「えぇ、私が簡単な焼き菓子の作り方を教えたら、ご自分でも新しいスイーツを生み出して、それがとっても美味しいんです」
「まぁ、私も食べてみたい!」
「私はマヤちゃんが作る甘味をぜひ頂きたい!」
「あ~、では調理場をお貸しいただける時に私で良ければお作りしますよ」
「やったぁ~」
「本当ですの! うれしい!」
兄妹そろって、感嘆の声を上げた。リビトは会話に加わろうとせず、黙々と目の前のスイーツを味わっている。
「お2人は甘い物は普段から召し上がられるのですか?」
「私は滅多に食べることはないかな~。でもマヤちゃんが作ったものなら何でも食べるよ」
「……」
「私は甘い物には目がないんです。父の前では控えてるけど、毎日ティータイムの時に用意してもらってます」
「そうなんですね。どのようなお菓子がお好きなんですか?」
「あ~、私はマヤちゃんが作ってくれるなら何でも好き!」
「私は、果実がたっぷり乗ったタルトケーキが大好物です。でも、私の知らない甘味を食べてみたいです」
「あぁ、なるほど。確かに、食べたことのない新しい味に挑戦してみたいですよね。それなら、セリン様も一緒に作りませんか?」
「私も!」
「お兄様は授業や鍛錬があるのですから、ダメです。それに甘味作りはマヤ様と2人きりでするので邪魔しないでください!」
セリンが兄を圧倒するような言葉を言い放ち、兄の方は「え~、そうなの~。ちぇっ~」とややいじけている様子だ。これはフォローしておいた方が良いのだろうか?
「あの、ジオウ様にも差し入れを持っていきますので」
「本当に! マヤちゃん、ありがとう!! うれしいな!」
ジオウはいつの間にかマヤの正面から隣に立ち、マヤの両手を自分の両手で掴んでいる。その様子を横で見ていたリビトは口についたクリームを舐めてから、魔法でジオウをマヤから無理やり引き剥がした。
「おい、リビト! 急に何をするんだ!」
マヤから引き剥がされたジオウは自分の席に座らされて、身動きが取れないようだった。プチンと音がしたと思ったら、リビトに視線を向け、「その程度では俺の動きは止められないぞ」と言い返している。
リビトはジオウの言葉には何も反応せず、マヤの方をジロリと細目で見ている。
マヤは、何かリビトの気に障ることをしたのかと記憶を辿ったが、思い当たる節はない。すると、リビトはマヤの目をじっと見て、口を開いた。
「俺にはいつものを作っといてくれ」
リビトはそう言うと、再び皿に残るクリームたっぷりのケーキを味わいだした。
マヤはリビトを見て思った。あぁ、自分にもお菓子を作って欲しかったのだと。それなら別に不機嫌な表情をしなくてもいいじゃないかと思うのだが、リビトの時々、訳の分からない行動にはマヤも頭を悩ませていた。
そんなやりとりを見て、セリンがクスリと笑った。
「リビト兄上ったら、うふふ……。そのような表情もなさるのですね。今日はとっても良いものを見たわ。マヤ様、ありがとう」
「えっ?」
マヤはセリンがなぜ自分に礼を言ったのかよく分からなかったが、セリンはそれ以上説明をする様子もなく、にっこり笑顔でいるから、マヤも微笑んでおくことにした。
茶会が終わり、マヤはセリンの案内で来客用の部屋へ案内してもらった。リビトには従者の妖精が1人付き、別の部屋に案内されるようだ。ジオウは「マヤちゃん、また明日ね~」と言うと、あっさり温室を出て行った。
それにしても、茶会とはいえ、話をしているのはジオウかセリンが中心で、時々マヤが相槌を打ったり質問に答えたりしていた。妖精はおしゃべりが好きなのだろうか、兄妹そろって話し好きなのがよく分かった。
それに比べ、僅か1名は黙々と目の前の菓子を食べ続けており、会話にはほとんど参加していない。普段ならもっと話をするタイプなのに、妖精の森に来てから、口数が減っている気がして心配になっていた。
茶会で話すことではないと黙っていたが、セリンならリビトとジオウの事情を知っているのではないかと、2人の関係性を聞いてみることにした。
「あの、セリン様。1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「まぁ、マヤ様。私のことは『セリン』と呼び捨てでお願いしますわ」
「それなら、私のことも『マヤ』と呼び捨てに」
「本当ですか? うれしい! では、マヤ……。少し照れますね。それでマヤ、私に聞きたいこととは?」
「えぇ、ここに来てからずっと気になっていたんだけど、リビトとジオウ様は仲が悪いのかな、と」
「いいえ、むしろ仲はいいんですよ」
「それならいいのだけど……」
「そう感じるのも無理ありませんね。私もリビト兄上があんなに兄上に怒っているのは初めてみましたから……」
「そうなんですか?」
「えぇ、リビト兄上は幼い頃から私たち兄妹の憧れの兄上なんです」
「?」
セリンはリビトのことを兄上と呼んでいる。おそらく幼馴染みなのだろうとは思っていたけど、本当の兄妹みたいに絆が深いのかもしれない。
「そうね、兄上たちの話をするなら、リビト兄上と初めて出会った頃の話をした方が良さそうだわ」
「初めて出会った頃?」
「えぇ、リビト兄上と私たち兄妹の初対面はどれくらい前だったかしら? 随分前のことなんだけど、ちょうどリビト兄上がお母上を亡くした後ではなかったかしら」
「リビトのお母さんが……」
リビトはマグスの母と人間の父の間に生まれた半魔人。父の顔は知らず、お母さんと2人暮らしをしていたと本人から聞いたことがある。容姿が人間と変わらないため、人間の町で暮らしていたこともあったという。
「リビト兄上はお母上を亡くしたばかりで、ボス夫妻に引き取られたのだけど、ずっと自室に引きこもっていたみたいなの。そこでボスがリビト兄上を気分転換させるためにこの森へ連れてきたの。
私はまだ幼くて言葉を話せなかったけど、3人の中で一番上のリビト兄上がよく遊んでくれたわ。リビト兄上と2人きりで遊びたくて、兄上と取り合いっこをしていたこともあったわ。
私が喋れるようになった頃には兄上もリビト兄上も男同士で剣の稽古をしたりすることが多くなったから、私は女であることを恨めしく思ったものよ。
兄上たちが2人で森の外に出る許可が出されるようになってからは、私もレディーになるためのレッスンで忙しくて……。それでも、兄上たちは時間を作ってくれて、時々3人でお茶会をしたわ」
マヤは自分の知らないリビトの話を聞き、何だか胸がザワザワして落ち着かなくなった。それが何なのかは理解できなかったのだが。チラつく思考を打ち消し、セリンの話に集中する。
「兄上は妖精王の息子、リビト兄上も養子とはいえマグスの王の息子でしょ。きっと立場的にも性格的にも気が合ったのね。魔馬に乗っては森の外に遊びに行っていたわ。私は連れ出してもらえなかったけど、必ずお土産は欠かさずに持ってきてくれたの。
人間の町で人気の甘味やぬいぐるみが多かったわね。さらに大きくなると……」
セリンが突然言葉を区切ったのが心配になり、顔を見ると。切ない表情をしていた。辛い話でもあるのかと思い、「無理して話さなくてもいい」と言おうとした時、セリンが口を開くのが早く、言うタイミングを逃してしまった。
「今から少し前だったかしら、兄上がリビト兄上といつものように森の外へ遊びに行って帰ってきたのだけど、リビト兄上が大ケガをして帰ってきたことがあって……」
「リビトが大ケガ? 大丈夫だったの?」
「えぇ、兄上と魔馬でどちらが早く走れるかを競争していたところ、人間が設置した罠に兄上が引っかかりそうになり、リビト兄上が兄上を庇ったところで猛スピードで走る魔馬から落馬して大ケガをしてしまったの。
その時の兄上の青白い顔は今でも忘れないわ。酷く狼狽えていたもの。今じゃ、その繊細さの欠片も見当たらないけれど……」
時々、マヤは思う。セリンの兄に対する言葉がキツイと感じるのは、自分の考え過ぎだろうか、と。
「治癒魔法が使える父上は不在だったけど、幸い、父上が戻るまで長老様がすぐに治療をしてくださったのでリビト兄上の体には傷跡1つないわ。でもその時に昔、お母上が大ケガを負った時の記憶を思い出したみたいで……。それからリビト兄上はこの森へ来なくなってしまったの。
幼い頃に受けた心の傷が深いほど、その当時の記憶を自ら封印することがあるそうよ。ずっと忘れていた悲しく辛い記憶を思い出してしまったのか、一度は開いた心を閉じてしまったの……」
「まさか、今日会うまでずっと?」
「えぇ、兄上は何度もリビト兄上に会いに行ったけど、結局1度も会ってもらえなかったの。リビト兄上が兄上のことを嫌ってしまったのかは正直、分からない。
でも、自分がケガするのも分かっていて兄上を庇ったんだもの……。楽観的すぎるかもしれないけど、私はそうではないと思いたい」
セリンの瞳から今にも涙が零れそうだった。マヤは何て言葉をかけていいのか分からず、ただセリンの背中に手を当ててやさしく擦ってあげることしかできなかった。
セリンは涙が収まると、いつもの上品な笑顔を見せてくれ、マヤは少しホッとした。重苦しくなった空気を何とかしたくて話題を変えようとしたが、またしても一歩出遅れてしまった。
「兄上はすっかりリビト兄上に嫌われてしまったと思い込んでいるわ。自分のせいで大ケガをした挙句、思い出したくもない嫌な記憶を目覚めさせてしまったのだから」
「でも、それは仕方のないことで……! ジオウ様のせいでは……。それに、リビトもジオウ様が嫌いになって会わなくなった訳ではない気がする……」
勢いよく思うことを言ったのはいいが、後半になって自分の考えに自信が持てなくなり、声量が尻つぼみになっていく。
「それから兄上は性格が変わってしまった。リビト兄上のことを話さなくなったの。私が話題に出すと、機嫌が悪くなるから、私も兄上の前では話題にしなくなったわ。兄上は完全に自分の人生からリビト兄上を消し去ってしまったようだった。私も幼い頃の楽しかった思い出を次第に忘れてしまっていたわ……」
「セリン……」
セリンは淋しそうな表情をしていたが、もう涙を流すことはなかった。それどころか表情は明るくなり、マヤの方を見て何か閃いたような顔をしている。
「マヤ! 私、良い事を思いついたわ。私たち2人で兄上とリビト兄上を仲直りさせましょうよ」
「えっ! えぇ!?」
「さっきも言ったけれど、兄上もリビト兄上もマヤの言うことなら絶対に聞くと思うの! だから、お願い! 2人の仲直りに協力して!!」
「えっ、でも、私は……」
「ねっ! お願い!!」
仲直りしてほしいのは山々だけど、事情が事情なだけに私が関わっても大丈夫なのか不安で仕方ない。下手したら、私までリビトに背を向けられてしまうのではないか。
背を向けられる程度で済むならいい方だろう。「旅の同行を止める」「お前の顔なんて見たくない」なんて言われたら、私は二度とリビトに会ってもらえなくなるかもしれない。絶対にそれだけは避けたい。
ここは何とか遠回しに、自分では役不足だとセリンに分かってもらおうと思った時だった。
セリンは瞳を潤わせながら、懇願するように上目遣いをしてマヤを見つめてきた。
まるで悪戯をして飼い主に怒られた子犬が「許して!」と言っているような可愛さである。これに対抗できる者は恐らくどの世界を探してもいないだろう。マヤは麗しの姫の上目遣いに呆気なく白旗を振った。
セリンはマヤがコクリと頷くと、すぐさまにっこり笑顔でこちらを見た。どうやらセリンは己の美貌の活かし方をよく分かっているらしい。
マヤは心の中で「やられた」と呟いた。この上品でいかにもお姫様のセリンは実のところかなりの策士であることに気付いたのだった。




