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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
23/36

21.妖精王

 妖精の森、王の間。妖精王への謁見の前に浄化の儀式が必須とされる神聖な場所。


 こちらの都合も確かめずに、有無を言わさずマヤとリビトは妖精の森へ強制的に連れて来られた。


 マヤは自分が恩人だからと偉ぶるつもりは一切なかったが、息子の命の恩人に対する扱いは少々手荒ではないかという疑心も抱いていた。


 マヤが知っている王といえば、偉ぶることもなく、誰に対しても真摯な態度で接するマグスの王、スノボマーモーただ1人。当然妖精もマグスに含まれるのだと思っていたが、ここには王という冠がつく者がいる。それは、妖精がマグスとは一線を画した存在であると示しているのだろうか。


 リビトのジオウへの態度も非常に気になるところだ。もしやマグスと妖精は相容れぬ関係性なのだろうか。だが、妖精の森の長老とは親しげに会話をしているところを見ると、そうとも言い切れない。自分が考えることではないのかもしれないが。


 葉が重ねられた緑のカーテンを潜ると、さらに奥行きのある広い空間に出た。奥にはステップフロアがあり、段違いの高さの台の上に立派な椅子がそれぞれ1つずつ並べられている。1段高い方の椅子には妖精王らしき人物が座っていた。もう片方の空席は王妃の者だろうか。


 階段の両端には腰に剣を携え、片手に長槍を持つ護衛が1人ずつ立っている。


「ささ、リビト殿、マヤ殿。王のお近くまでお進みくだされ」


 立ち止まるマヤとリビトに前へ進むよう、長老に促される。マヤとリビトは広間の真ん中に敷かれたふかふかの濃緑の絨毯の上をゆっくりと歩き出した。長老は広間の端を足早に進み、マヤたちよりも先に王の斜め手前に立ってこちらを見ている。


 マヤはリビトの左斜め後ろを歩き、玉座から数メートル手前の所で立ち止まった。リビトが胸に手を軽く当てて、小さくお辞儀をしたのに(なら)い、マヤも慌ててお辞儀をした。


「リビト、よく参った」

「妖精王様、お久しぶりでございます。本日は謁見のご許可をいただき、誠にありがとうございます。この者は異世界から来たマヤです」


 王がリビトに声をかけると、リビトが応えるように丁寧な挨拶をして、マヤの紹介までしてくれた。すると、王が横に視線をずらし、穏やかな笑顔を浮かべながら話しかけてきた。


「おぉ、こちらがかの有名なマヤ殿ですな。これはこれは、可愛らしい御方だ。お会いできて光栄です。スノーが可愛がる理由が分かるな、長老」

「王、少々、お言葉が過ぎるのでは?」

「あぁ、すまんな。マヤ殿、悪気はないのだ。スノーが信頼する者だと本人から聞いておる。どのような御方なのかと想像していたのだが、こんなに素敵な方だとはな。大変失礼した」


 王は玉座に座りながら、膝に手を付いて頭を垂れた。王にこのような振る舞いをさせていいものか分からないが、誰1人王の振る舞いを止めようとする者はいなかった。


 これは私が止めるべきなのだろうと思い、慌てて頭を上げるように伝えた。すると、王はにっこりと笑い、「お許しくださり、ありがとう」と述べたのだった。


 何とも緩い空気感になったところで、長老がコホンと咳払いをすると、王は本題を話し始めた。


「さて、まずは我が愚息(ぐそく)の度重なる失態を謝罪したい。ジオウを奴隷商人から救出してくださった恩人に礼もせず姿を消したこと、そして、恩人のお2人の許可も得ずに、勝手に妖精の森へ連れてきたこと、無礼な振る舞いをしたことを深く謝罪したい。この通りだ」


 王は玉座の横に立ち、大きな体を2つに折らんばかりに深くお辞儀をした。王とはこのように簡単に目下の者へ謝罪していいものなのだろうか。


 マヤは長老や護衛に視線を向けるが、彼らは王を止めるつもりはないらしい。リビトはじっと王を見て、その謝罪を受け止めているようだ。


 王はまだ頭を下げたままだ。さすがにお辞儀が長すぎやしないだろうか。ここは部外者とも言える自分が動くべきと思い、王に声をかけることにした。


「妖精王様、謝罪はお受けしました。お顔をお上げください、ませ……?」


 慣れない敬語を無理に使ったため、語尾が疑問形のようになってしまった。すると、斜め前のリビトの肩が(わず)かに揺れていた。徐々にその揺れが強くなり、どうしたのかとじっと見ていると。


「……くっくっくっ……あっはっはっは……」


 リビトは大きな声で笑いだしたのだ。それに釣られてか、玉座の横で長いお辞儀をしている王も顔を上げ、口に手を当てて笑いを(こら)えているではないか。


 マヤは目を見開き、一瞬何が起きたのか脳内での処理が遅れたが、自分の敬語がどうやらおかしかったようで、2人に笑われているのだと分かった。


「ちょ、ちょっと! 笑わなくてもいいじゃない!」


 リビトに向かって言ったつもりだったが、同じく大笑いした王が涙を溜めながら「マヤ殿、すまぬ……」と言いつつも、整った顔は崩れたままだ。


「お前、もっと礼儀を学んだ方が良さそうだな……くっくっくっ……」

「リビトっ!」


 長老や護衛の人は笑わずにいるじゃないかと思いきや、よく見えると長老も護衛の人も(うつむ)いたままで口元を固く結んでいるではないか。笑い声は上げなくても笑われていたと理解した。妙にその場にいづらさを感じる。


 すると再び長老がコホン、コホンと2度咳払いをすると、笑っていた王が表情筋をすっと引き締め、王らしい顔を作った。


「マヤ殿、申し訳ない。つい、そなたが可愛らしくてな。お詫び申し上げる。ここでは普段通りに話していただいて構わない」


 王からの申し出は有難いが、リップサービスではないのだろうか。失礼なことを言ってしまったら、罪に問われないだろうかと不安に思ってリビトの袖を引っ張ると、「いつもの話し方で大丈夫だ」と言われた。ホッとして、王に言葉を返す。


「ありがとうございます。では、(かしこ)まった話し方ではなく、いつも通りで話させていただきます」

「うむ。さて、謝罪をお受けいただいたところで、次に愚息の危機を救ってくれた2人に王として礼を尽くしたいと思う。私にしてほしいことや欲しい物があれば何なりと言って欲しい」


 突然、王から息子を助けたお礼をすると言われ、マヤは予想していなかったことに戸惑う中、リビトは即座に己の要求を王に告げた。


「ありがとうございます。私から1つお願いしたいのは、恐れながら王に師事のご許可をいただき、その知恵と才を学ばせていただきたく存じます」

「ほう、私から学び、その力を何に役立てるつもりだ?」

「はい、己を鍛え、強くなり、マヤと一緒に世を正しき道へと導きたいと思います」

「うむ、お前のいう正しき道とはどのような道なのだ?」

「私が考える正しき道とは、妖精もマグスも人間も、平等に生きられる世界を作ることです」

「妖精もマグスも、人間もか……」


 王の額に(しわ)が寄る。マヤは、リビトの表情は見えなかったが、リビトが自分と同じことを考えてくれていたのだとうれしくなった。だが、長老も護衛の人も妙にそわそわし出した。


 王は目を閉じて考えあぐねているようだった。沈黙の中で皆、王の一声を待っている。


 暫くの間沈黙が続いたが、王は目を開いた。その顔には迷いが見られなかった。そして、リビトに視線を向け、言葉を発した。


「リビト、随分険しい道を選ぶのだな……。お前が決めたことだ、スノーが受け入れたのであれば私もお前を止めることはしない。だが、覚えておきなさい。今よりも強い覚悟が必要だ」

「はい! 今回のことで自分の至らなさ、覚悟が足りなかったことを、身をもって気付かされました。今のままでは叶えたきことも叶えられず、守りたい者を失ってしまうかもしれません。だからこそ、私はもっと強くならねばならないのです」

「うむ、お前は賢い。私が全て話さなくともよく分かっているだろう。お前の願いはよく分かった。私がお前に教えられる範囲でなら、私の弟子となることを許そう」

「妖精王、有難き幸せにございます。この通り、深く感謝申し上げます」


 リビトは片膝をつき、胸に手を当てて深くお辞儀をした。


「リビト、お前と私の付き合いだ。そこまで礼を尽くさぬとも構わぬ。さぁ、立ちなさい」

「はい、ありがとうございます」


 リビトが立ち上がると、王は視線を横にずらしてマヤを見た。


「さて、次はマヤ殿の番だ。私にしてほしいことや欲しい物はあるか? 遠慮せず何でも願うがよい」


 まさかの「何でも願うがよい」だ。こういう場合、断るのは無礼に当たるのだろうか? そんな急に言われても何も思い浮かばないし、リビトのように魔力がある訳ではないから、訓練したいとは言えない。どうしたものか……。


 散々悩んだ結果、リビトは自分の足りない部分を成長させようとしているのだ。それなら自分も足りないところを補えることを願おう。


 私はこの世界のことを知らなすぎる。リビトは人間やこの世界のことを勉強してから旅に同行してくれた。


 私がリビトの助けになるか分からないが、自分に今できるとしたら、この世界の知識を1つでも多く学ぶことだろう。そう思い、(うつむ)いていた顔を上げ、正面を向いて自分の願いを王に告げた。


「妖精王様、私は目の前で誰かが困っていたら、それが妖精であろうと、マグスであろうと、人間であろうと、助けたいと思います。困っている者を助けるのに対価は必要ありません。

 ただ、しいて言うなら、この世界のことをもっと知りたいです。もしもお力添えいただけるなら、この世界のことが分かる本をお貸しください」


「あっはっはっは! 天晴(あっぱれ)だな。スノーが信頼して止まない訳だ」


 突然、王が高らかに笑い出し、マヤはビクリと肩を震わせたが、どうやら今度は褒められているようだ。ホッとしていると、王は話を続けた。


「マヤ殿、私はスノー、マグスの王スノボマーモーとは古くからの友人でな。そなたのことは以前から話に聞いていたのだ。だが、失礼ながらマヤ殿は人間だ。私も正直なところ、多くの仲間を人間たちに奪われてきて、最初はそなたに良い印象を持たなかったのだ。

 スノーはそなたのことを心から深く信頼しているようだった。だから1度そなたに会って確かめたいと思っていたのだ。改めて聞かせて欲しい。そなたはなぜこの旅を続けているのだ? なぜ異世界から来たというのに平和な暮らしではなく、自ら苦難の道を歩もうとするのだ?」


 王が自分に対して疑問や疑心を抱くことは人間であるマヤにもよく理解できた。はじまりの森で長老から聞かされた歴史は、同じ人間として到底、過去のことや異世界のことで済ませられる内容ではなかった。


 確かに、自分も1度は考えた。自分が何もしなければ皆、今以上に危険な目に遭うことなく、森の中で平和に暮らせると。人間の一生はマグスに比べると僅かな時間しかない。自分の人生を楽しくすることだけを考えればいいのかもしれない。


 だが、納得はできなかった。悪意のない相手を一方的に、奴隷として売り飛ばしたり、残虐な方法で殺めたりと、人間たちの所業は許せないものばかりだ。


 だからといって、人間を排除すればいいという訳ではない。人間の中にもきっと良い人がいるはず。マグスたちのことを深く知れば受け入れてくれる人もいるだろう。そのような人間が増えれば、マグスも安心して広い世界を自由に行き来できるようになるかもしれない。


 自分は種族によってできること、できないことがないような世界にしたいのだ。


 王が話すように、妖精たちの中にも人間に対して悪いイメージしか持たない者もいるだろう。だけど、知ってもらいたいのだ。人間の中にも善はあるのだと。


 そして、マグスの善良な姿をともに過ごして知っている、人間の自分だからこそ、マグスと人間の架け橋ができるのだ。


 マヤは胸いっぱいになる思いを王に打ち明けた。


「妖精王様、私は皆さんのように魔力もなく、できることはお菓子作りや自分が知っている知識と経験を活かして困っている人に提案することくらいしか能がありません。

 ですが、私はマグスの皆と森で一緒に暮らして、もっと皆が安心して暮らせて、種族にかかわらず森の外を自由に歩き回れる世界を作りたいのです。もちろん、絶対叶えられるとはお約束できません。

 それに、今の私に何ができるのかも正直、分かりません。ただ1つ言えるのは、私は私の大切な者たちが傷つくところを見たくありません。

 マーモ……、いえ、マグスの王も私の提案に賛成した訳ではないのです。それでも私は諦めたくありません。

 いかに無謀であるかは重々承知しています。でも、やってみなければ分からないじゃないですか。

 私は皆の笑顔をもっともっと見たいんです。これが答えになっているのか分からないんですが、どうかお力を貸していただけないでしょうか」


 マヤが胸に(あふ)れる言葉にならない思いを何とか絞り出すと、皆の視線がマヤに向けられていた。


 斜め前にいたはずのリビトはマヤのすぐ横に立っていて、やさしく微笑んで、コクリと(うなず)いた。そして、リビトが王へと視線を移すと、マヤも王を見て返答を待った。


「うむ、マヤ殿の気持ちはよく分かった。私の立場としても、スノーと同様に手放しで賛成とは言い切れぬ。

 だが、そなたが我等のことを自分のことのように感じ、考えてくれたことは同胞たちに代わって、礼を言う。

 さて、私は2人を陰ながら応援したいと思うが、先王殿はどうですかな?」


 王は長老に視線を向け、先王としての意見を聞いている。


「王、(たわむ)れが過ぎますぞ」


 長老はしかめっ面を隠さずに、王を直視して話を続けた。


「2人の話をしかと、この耳で聞いた。(わし)が反対することはもうない。王はそなたなのだから、そなたが全てを決めるがいい」

「左様でございますか、先王殿。では、そのようにいたしましょう」


 マヤは2人の言葉遣いがそれぞれの立場と反転していることに驚きを隠せなかった。それに、長老が妖精の先王だとは聞かされていない。これまで失礼な振る舞いがなかったかと記憶を手繰り寄せていると。


「マヤ殿、貴方様のお気持ち、よく分かりました。お恥ずかしいのですが、マヤ殿の心の内を知るまでは人間と共生するなど有り得ぬと思っておりました。ですが、マヤ殿の話を聞いて、胸を打たれました。我等妖精族は……」

「長老、その言葉は私が言うべき言葉だ。控えておれ」

「……」


 長老の話が終わらない前に、王は自分が話すからと急に話を止めた。マヤは何を言われるのだろうと、全身の筋肉が硬直した。


 王の顔に笑顔はない。真剣な眼差しをこちらに向け、口を開いた。


「マヤ殿、我等妖精族は出来得る限り、そなたたちを支援しよう。必要であれば、いつでも力になる」


 うん? 出来得る限り? 支援? いつでも力になる? これはどういうことだろうか。マヤは王の言葉がどの程度の範囲において支援すると言っているのか判断がつかなかった。


 キョトンとしていると、隣にいるリビトが自分の腕をマヤの腕にぶつけてきて、小声で「マヤ、早く礼を言うんだ」と一言。それでも、よく分からないという顔をしていると、リビトがマヤの耳に口を近づけ、ぼそりと(つぶや)いた。


「妖精族は俺たちの味方になってくれると言ってるんだよ」

「えぇ!」


 マヤはリビトが(ささや)いた内容に驚き、大きな声を上げてしまった。咄嗟に手を口に当てたが、時すでに遅し。


 また笑われるかと思い、覚悟をしていると。広間には笑い声ひとつなかった。王の顔を見ると、やわらかな笑みを浮かべていた。


 ようやく妖精王が言っていることの重要性を理解した。


「妖精王様、皆様。ありがとうございます! 微力ながら精一杯頑張らせていただきます!!」


 マヤとリビトは妖精王から、自身の息子であるジオウを奴隷商人から救ったことを感謝される。王はマヤとリビトに礼を尽くすために、どのような願いも叶えるといってきた。


 リビトは妖精王に師事し、自身の魔力量アップと能力の拡大のための鍛錬を願い出た。マヤはこの世界のことを深く知るために知識を高めたいと申し出た。それを受け、妖精王は森の中にある図書館の出入りをマヤに許可した。


 滞在中、マヤには妖精王の娘であるセリンプスが世話役となった。通常であれば王族が世話役を任されることがないため、マヤに王女が割り当てられたのは特例中の特例である。それだけマヤは妖精王にとって重要な客人であるといえる。


 妖精王との対面が終わり、マヤとリビトを歓迎する晩餐会が開かれた。妖精王や長老、王子、王女が参加した。


 玉座の正面には王の席があり、王の左手側に長老、ジオウ、王女。王の右手側にリビト、マヤの順でジオウと王女と向き合う形となっている。


「マヤ殿、改めて紹介しよう。そなたたちに命を救われた王子のジオウだ」

「父上、その話はもう良いではありませんか」

「何を言う。お前がこうして無事でいられるのもマヤ殿とリビトの慈悲と寛大な心のおかげだ。お前は胸の奥に深く刻んでおきなさい」

「父上……」


 ジオウは皆の前で自身の失態を父親から掘り返され、マヤは本人に同情した。妹もいるこの場で蒸し返されるのは第一王子としての矜持(きょうじ)が傷ついていることだろう。


 すると、ジオウの横に座る王女が自分の紹介を待ちきれず、口を開いた。


「父上、次は私の番です」


「あぁ、悪かったな。マヤ殿、ジオウの隣にいるのが我が娘で王女のセリンプスだ。滞在中はマヤ殿の世話役だ。分からないことはセリンプスに尋ねるといい」

「お初にお目にかかります。セリンプス・ヨセウィーと申します。マヤ様、リビト様、我が兄をお助けくださり、ありがとうございました。マヤ様、私のことはセリンとお呼びください」


 セリンは上品な笑顔を浮かべながら立ち上がり、ドレスの裾を持ち、丁寧にお辞儀をした。妖精の王女というだけあり、白く透き通った肌にぱっちりした大きな瞳、髪は輝く銀髪である。ドレスは光沢があり、動きに合わせて光が当たる角度が変わるとキラキラと輝いて見え、ジオウと並ぶ美しい顔立ちに負けず劣らず映えている。


 この2人がいれば、大国の1つや2つは簡単に傾くのではないだろうか。


 うっとりとセリンの所作に見惚れていると、隣に座るリビトから「マヤが挨拶する番だぞ」と声が聞こえてきて、慌てて席を立った。


「ご、ご挨拶いただき、ありがとうございます。私はマヤと申します。そのまま、マヤと呼んでください。滞在中はご迷惑をおかけすることもあるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」


 何とか無事に挨拶を終えると、王の一声で食事が各テーブルに運ばれた。妖精はどんな食事をするのだろうと考えていると、マヤのテーブルにも料理が運び込まれた。


 目の前にはサラダやスープ、魚料理、パンと、次々に料理が並べられる。サラダには色とりどりの花びらが飾られており、実に色彩豊かだ。


 スープは見た目はコンソメスープに似た澄んだ黄金色である。魚料理は白身魚のソテーだろうか、パンからは香ばしい匂いが漂ってくるところから、焼き立てなのだろう。


 ふと正面のジオウのテーブルが目に入ると、テーブルの上にはガラス細工が美しいグラスが1つだけ置かれていた。給仕の妖精たちはせっせとマヤやリビトのテーブルに料理を運ぶだけで、ジオウのテーブルには料理が一切運ぶ様子がない。


 視線を横にずらすと、セリンのテーブルにも、長老のテーブルにも同じグラスが1つだけ置かれている。


 マヤは王のテーブルに視線を移した。やはり、王のテーブルにもグラスが1つしかなかったのだ。


 最初に頭に浮かんだのは、妖精のおもてなしは客人にだけ料理を振る舞うしきたりでもあるのだろうかという考えだった。


 そもそも晩餐会とは夕食を一緒に食べるための会であるはずだ。メインである食事が客人にだけ振る舞われるのはどういうことだろうか。


 思考を巡らせていると、嫌な予感がした。まさか、妖精の森は食糧難なのだろうか、と。僅かな食糧でマヤたちのために食事を用意したのではないか。彼らだけ食事を我慢して、恩人である自分たちにだけ料理を作らせたのでは。


 その時、王が「ジオウの生還とリビト、マヤ殿の歓迎を祝って乾杯をしようじゃないか」と言い出した。


 皆がグラスを片手に頭上に上げたため、マヤも目の前のグラスを持ち上げた。


 全員がグラスを持ち上げたのを確認し、王は「乾杯!」と声高らかに言った。


 片手に持つグラスを口に寄せて1口(すす)ると、爽やかな甘みのある飲み物だった。花の香りが鼻から抜けていく。乾いた喉を(うるお)すように流れていった。


「マヤ殿、これは森で採れた花の蜜と清らかな源水を合わせた『花蜜水』だ。お味はどうかな?」

「あっ、はい。とてもおいしいです。花の蜜を使っているから、花の良い香りがしたのですね。お水もクセがなく、喉に染み渡っていくようです。とても飲みやすいです」

「そうか、喜んでいただけて良かった。花蜜水は客人をもてなす時にだけ振る舞われる飲み物でな。王とて滅多に味わえぬのだよ。そなたたちが来てくれて、喜びも大きくなった。改めて礼を言う」

「いえ、こちらこそ。貴重な花蜜水でおもてなしくださり、ありがとうございます。美味しく頂かせていただきます」

「あぁ、料理も冷めぬうちに召しあがってくれ」


 王が料理を食べるように促してくれるが、マヤは皆の視線が集まる中、非常に食べづらいと感じていた。


 ふいに横を見ると、リビトは何の気兼ねもなく、料理に手をつけている。


 リビトは自分たちだけ料理を食べることが気にならないのだろうか。マヤの手が止まったままなのに気付いたセリンがマヤに声をかけてきた。


「マヤ様、もしや私たちのテーブルに料理がないのを気にされて、食べるのを躊躇(ちゅうちょ)されているのではないでしょうか?」


 マヤはその言葉をかけられるのを待っていた。心の中で思わず、拳の親指を立て「セリン、良くぞ言ってくれた!」と叫んだのだった。


「あぁ、マヤ殿。これはこれは申し訳ないことをした。マヤ殿は妖精のしきたりを知らぬのであったな。すまぬ。我等妖精族は基本的に食事はせぬのだ。腹が減ることもないのだよ。


 ただ、魔力量が著しく減少した時は森の果実を食べるのだが、それも数年から数十年に1度くらいのものだ。だから、我等のテーブルには料理がないのだよ。我等は花蜜水だけで満腹になる。気にせずじっくり料理を食べてくれ。


 この料理は腕の良いシェフに頼んで作ってもらった。スノーからマヤ殿の好物も聞いている。食後は甘味も用意している」


「そうなんですね。お心遣いありがとうございます。では、遠慮なく美味しくいただきますね」


 王は柔らかな笑みを向け、頷いている。マヤは目の前の料理に視線を戻し、ゆっくりと味わうことにした。

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