20.妖精の森
奴隷として売り飛ばされそうになった半魔妖精を檻から救出することに成功したマヤとリビト。クーリアの協力もあり、何とか無事に港町アエクールから脱出することができた。
次の目的地はリビトの父親に繋がる情報を確かめに王都へ向かう予定だったが、予想外の出来事が起こったのだった。
「マヤ、その、助けに来てくれてありがとう。お前がいなかったら、あの半魔妖精を助けられなかったと思う。お前がガラス玉を持っていてくれたおかげだ」
「リビト……。リビトは私の大切な仲間だもの。助け合うのは当たり前よ。それにずっと私はリビトに助けてもらってばっかだったから、少しでも役に立ててうれしい」
マヤとリビトは素直な気持ちを伝え合ったことで恥ずかしさが込み上げてきたが、お互いに目が合うと笑い合った。
「クーリア、王都まで馬車で頼む」
リビトがクーリアにやさしく話しかけると、これまで聞いたことがないくらい力強く嘶いた。
クーリアは全身をブルブルと振るわせると、背に乗せた鞍がみるみるうちに馬車の御者台と荷台に変化した。
マヤとリビトは御者台に乗り込むと、リビトが手綱を引いた。クーリアがゆっくりと王都に向かって歩き出した。
「リビト、あの半魔妖精の彼は無事に逃げることができたかな?」
「彼はマヤの目の前で消えたんだろ? それなら妖精としての魔力は全て戻っていなくても、姿を消したまま町を出る馬車にでも乗っかっていれば簡単に出られるさ」
「まぁ、そうだよね。助けられて本当に良かった」
「あぁ、そうだな。今回は俺もちょっと見立てが甘かったから、危なかったけどマヤとクーリアのおかげで何とか逃げることができた。これで心おきなく王都に向かえるな」
「うん、そうだ、ね……?」
マヤが話し終わらないうちに、突然クーリアがピカッと光り出した。慌ててリビトを見ると、リビトも同じように光っている。そのリビトもマヤを見て、驚いているのが分かった。マヤは自分の手を見ると、自分も光っていることに気付いた。
すると、周囲の景色も見えなくなり、白い光に包まれていった。リビトが手綱を強く引き、クーリアの動きを制止させようとしたが、クーリアはそれを無視するように白い光の中へ馬車ごと進んでいった。
光のトンネルのようなものを通り抜けると、そこは見慣れぬ森の目の前だった。リビトは険しい顔で辺りを見回し、警戒心を高めた。すると、頭上からケタケタと笑う声が聞こえてくる。
マヤとリビトは同時に見上げると、そこには見覚えのある男が宙に浮いていた。リビトの視線はさらに鋭くなっていた。
「上から見下ろすのは申し訳ないから、今すぐに降りるよ」
宙に浮遊した男はゆっくりと地面に足をつけた。目の前に立つ男はこの世界で見た誰よりも美丈夫だった。肌は陶器のように白く透明感があり、鼻筋も通っていて、中性的な魅力を備えていた。まるで西洋人形そのものだ。
喋らずに黙っていれば、世の男性たちを忽ち虜にしていたことだろう。容姿だけを取り上げるのは忍びないが、彼があれほどまでに厳重な檻で逃げないように捕えられていたのは、よほど彼の美しさに魅了された人間がいたのだろう。
きっと裏ルートで奴隷オークションでもあるなら、過去最高額の落札金額で落とされていたに違いない。その時、その男と目が合い、マヤは良からぬ想像をした自分を恥じ、ふいに視線を逸らした。男はマヤの態度を気にすることもなく、自分の自己紹介を始めた。
「これはこれは、美しいレディーたち。お初に……いや、こちらのレディーには1度お会いしましたね。私は半魔妖精のジオウ・ヨセウィーと申します。先ほどは檻に捕われていた私を命がけでお救い下さり、感謝いたします」
ジオウは片手を胸に軽く添えて、上品な礼をした。どう反応するべきか悩み、リビトを見ると顔をプイッと横に逸らし、僅かに苛立っているような気がした。流れる沈黙に戸惑いながらも、マヤは御者台を降りて自分の自己紹介と御者台の上に腕を組んで座るリビトを紹介した。
「……」
「あ、えっと、私はマヤです。隣にいるのがリビト。彼も私と一緒にあなたを助けた仲間なの。そして、この魔馬はクーリアと言います。彼女の協力なしでは私たちは無事にアエクールから脱出できませんでした」
「えぇ、皆様方に深くお礼申し上げます」
ジオウは再び礼をして姿勢を正すと、先ほどの発光現象の説明と驚かせたことへの謝罪を告げてきた。
「マヤ嬢、クーリア嬢。突然のことで大変驚かれたでしょう。実はここへ皆様をお連れしたのは私なのです」
マヤはジオウがここへ招いたのだと知って驚きはしたが、ただお礼をしたかったのだと深く考えなかった。だが、気になることが1つある。ジオウはなぜかリビトの名前を呼ぶどころか、視線すら合わせない様子に不自然さを感じた。
「まずは美しいレディー方を驚かせてしまったことをお詫びいたします」
ジオウは片膝を地面につき、先ほどよりも深くお辞儀をして謝罪の意を述べた。
「ヨセウィーさん、そんな! 服が汚れてしまいます。顔を上げてください」
「ヒィーン(謝罪を確かに受け取ったわ)」
ジオウは膝をついたまま、瞳を潤ませてこちらを見つけてきた。
「お許しいただけるのですか?」
「もちろんです! だから早く立ってください」
「あなた方はとても心の広い方々だ。そんなレディーに無様なところをお見せしてしまい、本当に心苦しいです」
ジオウは立ち上がり、膝についた土を払い落としながらにこやかな笑顔で答える。マヤはその笑顔がどこか作り笑顔のような気もしたが、脇へ置いておくことにした。
それよりも気になったのがジオウとリビトの関係性だ。なぜジオウはリビトへ言葉をかけないのか、リビトもジオウが名乗った途端に苛立ちを見せたことが理解できなかった。マヤがリビトを心配していると、ジオウが話を続けた。
「それでですが、皆様をここへお連れさせていただいたのは、私の父である妖精王が礼を述べたいと申したためです。勝手ながらお連れさせていただきました」
ここへきて、妖精王ときた。マヤはこの世界に来て以来、妖精など出会ったことがなかった。ファンタジーものの作品で見た妖精の姿は掌に乗る位の小さな姿から人間と同じ背丈の姿などさまざまだ。
ジオウを見るところ、人間と同じ背丈位だから自分が知っている妖精の姿は後者の方だと理解した。妖精といえば、空を飛んだり花を咲かせたりする位しか、よく知らない。ジオウはマヤの目の前で姿を消したから、そういった力もあるのだろうと考える。
「妖精王がお父上ということは、ヨセウィーさんは妖精の王子様なんですか?」
「えぇ、その通りです。恩人を勝手に呼び出しておいて大変不躾だとは思いますが、あの森の奥に父がおります。申し訳ありませんが、中までご足労いただけますでしょうか」
ジオウが話し終わる前に、御者台に座ったままのリビトがようやく口を開いた。
「ふん、不躾だと分かっているのに、全くこちらの意思を尊重する気がないじゃないかっ」
「ちょ、ちょっとリビト! 失礼でしょ。こうやってお礼と謝罪も言ってくれたんだから」
「王子のくせに、人間に呆気なく捕まるなんてどうかしてる」
「リビトったら……、そんなこと言わないで」
リビトの挑発するような言葉に今度はジオウが嫌味で返した。
「確かに、人間に捕まったのは私のミスだ。だが、私を救えたのはマヤ嬢のおかげだろう。君に何ができたと言うのだ。あの檻を開けられなかったくせに」
「何だとぉ!」
御者台を勢いよく降りたリビトがジオウの胸ぐらを掴んだ。マヤが2人の間に割って入ろうとした時だった。あっという間にリビトとジオウが引き剥がされ、怒声が響いた。
「神聖な森の外で何をしとる!!」
マヤはあまりの大音量の声に驚き、肩をビクリと震わせて咄嗟にリビトの背中に隠れた。すると、今度は皺がれているが、やさしい声色がマヤの耳に流れてきた。
「麗しいレディーが怯えているじゃないか。マヤ殿、大変申し訳ない。私は妖精の森の長老じゃ。こんな所までよくぞおいでくださった。お噂は聞き及んでおります。ささ、王も中でお待ちですぞ」
マヤは顔を上げてその声の主に視線を向けると、そこには真っ白で長い立派な白髭を携えているご老体が立っていた。すぐさま自分も自己紹介をした。
妖精の森の長老が自分の名前を知っていることに驚いたが、それだけマーモーの統率力が優れているのだと納得した。
ちなみに、自分が驚いたのはあなたの長老の寂し気な頭頂部と大音量の怒鳴り声のせいだというツッコミはこの際、脇へ置くことにする。
「リビト殿、久しいな。随分立派な青年に成長されたようだ。さぞボスも誇らしいことこの上ないだろう」
「長老殿、お久しぶりです。まさか、俺たちが助けたのが偶然妖精王のご子息だったとは……。世間は狭いですな」
リビトは長老と呼ばれるご老体と親しげに挨拶を交わしていた。その様子から、マーモーとも以前から親交があったのだろうと推測した。それにしてもマヤが気になったのはリビトの物言いだ。どこかおじさん臭いのはなぜだろうか……。
畏れ多くも長老の案内で、マヤとリビトは妖精の森の中へ足を踏み入れることとなった。リビトは長老と並んで、話をしていた。クーリアは別の所で好物の果物でおもてなしされているらしい。
ジオウは長老からきつく叱られて、シュンとしていたが、すぐにマヤの隣を歩きながら、妖精の森の見どころをたくさん教えてくれた。チラチラとリビトが後ろを歩くマヤたちの方を見てきたのが気になったが、ジオウが次々と話を振るので相槌を打つので必死だった。
妖精の森もはじまりの森と同じく、翡翠がなければ妖精たちに会うことができない仕組みになっていた。マヤの首にかけられている翡翠はマグスのボスが認めた存在であることを示していた。だからこそ、マヤは人間と知られていながら、妖精の森でもすんなり受け入れられたのだ。
妖精の森の中は色とりどりの花や、食べるのは偲ばれるようなカラフルなキノコ、蔦、果実などがあちこちに見えた。はじまりの森は鬱蒼とした怪しげな雰囲気が漂う景色ばかりだったが、ここはまるでおとぎ話の世界にでも迷い込んだような気分になる。
暫く歩くと、木の枝に座りながら不思議そうに視線を送る、子どもの妖精たちの姿が見えてきた。マヤが笑顔でその妖精たちに手を振ると、一瞬驚いたようだが、同じように笑って手を振り返してくれた。
「可愛い~。あの妖精たちはまだ子どもなんですか?」
「あぁ、あの子たちはざっと150歳位かな」
「150歳!?」
「マヤ嬢は人間だったね。妖精は人間よりも寿命が長いからね。長老位の年季が入ると、1000歳を軽く超えているんだよ」
「えぇ! そんなに? じゃあ、ヨセウィーさんはいくつなの?」
「あぁ、僕のことはジオウと呼んでくれて構わないよ。僕は、ね。何歳に見える?」
まさかの「何歳に見える?」だ。「お前は実年齢よりも若いと言われたい女か!」とついついツッコミたくなる気持ちを抑え、一応若く見えそうな年齢を適当に言うことにした。
「う~ん、300歳位とか?」
「あ~、当てられちゃった……」
妖精の年齢など分かるはずがない。仕方なく適当に、少しの年齢のサバを加えた年齢を答えたつもりが、ピンポイントで当ててしまったようだ。
ジオウは必死に作り笑いをするが、目が笑っていない。どうやら私はやらかしてしまったようだ。
「あっ、でも! ジオウさんは若くて綺麗だよね! 私、さっき初めてしっかり顔を見たけれど、お人形さんのように美しいもの!」
「ぷっ、くっくっくっ……」
ジオウとの会話を聞いていたのか、急にリビトが堪えきれずに笑う声が漏れ聞こえてきた。
ジオウの顔を見ると、子どもが拗ねたような顔をしている。一人前の男性に「綺麗」という言葉を使ったのが気に入らなかったのだろうか。この後、微妙な空気が続いたのは言うまでもない。
「リビト殿、マヤ殿。この先が王の間となります。足を踏み入れる前に御身を清めさせていただきますが、良いですかな?」
身を清めるとは何をするのだろうか? マヤが不思議そうにしていると、機嫌を直したジオウが説明してくれた。
「マヤちゃん、妖精の森では森の外から来た者を王の間に通す前に皆、体を清める儀式をするんだよ。儀式といっても、長老が塩と御神酒をパラッと振るだけだから、マヤちゃんはそこに立っているだけですぐに終わるから心配いらないよ」
ジオウがマヤ嬢から知らぬうちにマヤちゃん呼びになっていたのが気になったが、すでに厳かな雰囲気が漂っていたため、指摘するタイミングを失ってしまった。
それにしても塩に御神酒とは、元の世界の儀式に似ている。この儀式にどのような意味があるのか気にはなったが、場違いな気がして質問するのは止めておいた。
長老さんが儀式の準備を終え、言われるがままにリビトの横へ立った。
儀式は体感で1~2分位だろうか。目を閉じている間に何か振りかけられた気がしたが、濡れた形跡もなく、塩が肩や髪に残っている感じもなかった。
「さぁ、リビト殿、マヤ殿。妖精王がこの奥でお待ちです。前にお進みくだされ」
長老が手を広げた先には幾重にもなる葉で作られたカーテンのようなものがかけられており、両サイドには無言で控える妖精が1人ずついた。その妖精たちが葉のカーテンをそれぞれ手に取り、広げ上げると王の間の一部が視界に入った。




