18.救出作戦
「ハァ、ハァ、ハァ」
荒く呼吸をしているのは猛スピードで道なき道を駆けた魔馬ではなく、魔馬から降りたばかりのマヤだった。
凄まじいスピードだ。まるで突風が駆け巡る如く、景色など目に入らぬほどだった。マヤは魔馬の本気はこんなに凄いのかと思い知らされた。馬の背に乗っていただけというのに、これほどまでに疲労を感じるのはなぜだろうか。
「だらしないわね。この程度でバテるなんて、本当に情けない」
こちらを遠い目で見ている魔馬は息切れ1つ見られない。それどころか、己の本気はこんなものではないと言わんばかりの言いぶりだ。マヤは内心、魔馬とは恐ろしい生き物だと実感したのだった。
ようやく息が整ったマヤはクーリアに向き直り、話しかけた。
「クーリア、リビトはこの近くに?」
「私の魔力ではここまでが限界よ。これ以上近づけば、奴らに見つかり警戒心を強めかねない。ここからはあんた1人で行くのよ」
「そう、なのね……。うん、分かった」
「この茂みの中を真っ直ぐ行くと川の合流地点がある。リビトはすぐ近くにある小屋にいる。小屋にはリビトと捕らわれた半魔人が1人。今なら安全に近づけるはず。でも、馬車が通る道は決して通るんじゃないわよ、見張りがいるから」
「分かったわ。ありがとう、クーリア」
「私はここで姿を消して待機している」
「えぇ、行ってくるわね」
「――気を付けなさい。リビトのことはお前に任せた」
珍しくしおらしいクーリアの言葉に、マヤは一瞬だけ目を大きく見開いた。すぐに目は細められ、口角が大きく上がる。
「クーリア、リビトのことは私に任せて!」
拳を胸に当てて、笑顔でクーリアに応えた。そして、茂みの中へ姿を消して行く。クーリアはその小さな後ろ姿をじっと見ている。脳裏には眩しい少女の笑顔が浮かんでいた。
マヤはひたすらに茂みの中を歩き進んだ。自分の身長よりも長い草が辺り一面生えていて周囲から身を隠せたため、思いの外、簡単に目的の小屋まで辿り着くことができた。
――クーリアの言う通りだ。本当に小屋があった。クーリアは透視能力でもあるのかな?
草むらから出る前、念のため周囲に人間がいないか確認する。
――どうやら周囲に人はいなさそう。よし、小屋の中へ行くわよ!
小屋の扉のノブに手をかけ、ゆっくり回すと、鍵は掛けられていなかった。
――良かった。鍵はかかっていないみたい。
小屋の中は天窓1つで、やや薄暗い。足音を立てず静かに小屋の扉を閉じた。
「リビト、どこにいるの? リビト?」
マヤは小声でリビトの名を呼ぶ。すると、奥にある大きな木箱の蓋が開き、中から人影が映った。
「ひぇっ」
マヤは急に動いた人影に驚き、咄嗟に変な声が出たが、恐怖のあまりその場でしゃがみ込み両手で顔を覆った。
「マヤ、俺だ」
マヤは両手をゆっくり下ろし、そっと頭上を見上げた。そこには険しい顔をしたリビトが立っていた。
「お前、何でここにいるんだよ。どうやって来たんだ」
「あははは、えっと、クーリアに連れて来てもらったの……」
「クーリアが?」
「クーリアは魔力で人間にバレるといけないから、少し離れたところで待機してくれてる」
リビトは鋭い目つきでこちらを見ているのが分かる。ついつい視線を逸らし、言い訳めいた言葉が続く。
「ちゃんと、宿で大人しく待っていたのよ。だけど、リビトに何かあったら、と思ったら助けられるのは私しかいないと思って!」
「……」
リビトはマヤの説明を聞き終えると「はぁー」と盛大な溜息をついた。
「来てしまったのなら仕方がない。だが、無駄足だ」
リビトはそう言って、片隅を指差した。マヤはリビトが指で示す場所に近づくと、木箱と木箱の間に隠すように置かれている檻が目に入った。その檻には眉目秀麗という言葉が似合いそうな男が丸まったまま横たわっている。
「すっごいイケメン! この人が半魔人なの?」
「ーーあぁ」
リビトの肩眉がピクリと動いたが、マヤは檻の中の半魔人に目が釘付けになっていた。少々苛立ちを覚えるが、マヤに状況を簡単に説明した。
「この檻は強力な結界で守られている。鍵穴もなく、物理的な力を加えてもビクともしない。それどころか、この半魔人の魔力も封じられていて、目を覚まさない」
「そんな……」
「檻を開けるには結界と同量以上の魔力で衝撃を与える他ない。だが、俺の魔力では到底開けられる代物ではない」
******
リビトは檻の仕組みをもっと詳しく説明できるが、魔力のないマヤには理解できないだろうと端折ることにした。
この檻は魔力の高い者の力を封じるためのもので、魔導具の技術が発達している異国で作られた物だ。庶民やそこらの商人はもちろん、下級貴族でも扱いが困難とされている。
つまり、この檻がここに存在するということは少なくとも上級貴族以上の魔力や資金力がある者か、それらと結託した者が裏にいることを示している。
自分の魔力では開けられない檻を軽々と操作する者の存在を知り、指が小刻みに震えた。リビトは自分では手に負えそうもない闇に足を踏み入れてしまっていることに気付いた。
視線を檻の中の半魔人からマヤへと向ける。自分がここで諦めてしまったら、皆無事にここから出ることはできない。何とか策を考えなければ、と思った時だった。
小屋の外から魔力の気配を感じ取った。リビトの魔力を持ってすれば簡単に倒せる相手ではあったが、檻の開け方が分からない今、騒ぎを起こせば半魔人を助けられなくなる恐れがあった。
一度引いて策を練り直してから半魔人を助けに行くか、それともこの場に隠れて様子を見るか。一瞬考えた後、リビトは後者を選ぶことにした。
「奴らが戻ってきた。マヤ、ひとまず隠れるぞ」
「……!」
リビトは先ほど入っていた大きな木箱の前に立ち、マヤを呼ぶ。「声を出さないように両手で口を閉じておけ」と短く言うと、マヤを軽々と抱き上げて木箱の中へ入れた。すぐに自分も木箱の中へ入り、蓋を閉じた。
木箱は大人2人が何とか入れる広さだった。箱の高さがあったため、足を折り曲げるだけで上半身はまっすごのまま座ることができた。
木箱の蓋を閉じて間を置かず、小屋の扉が開き数人の足音が聞こえてきた。そのうちの1つがリビトたちが身を隠す木箱の前で止まった。
マヤは口を覆う両手に力が籠る。リビトの額には汗がたらりと垂れる。
「兄貴ー、まだコイツ寝てますぜぇ」
「当たり前だ。その檻の中では魔力が封じられる。魔力が強いものほど眩暈がするほどの眠気に襲われるそうだ」
「へぇ、すっげぇ檻だなー。どうやって開けるんだー?」
「知らねぇーよ。無駄口叩いてないでさっさと中の荷物を運び出せ! 俺たちは下っ端にすぎねぇんだからよ」
「ちぇー、俺も欲しいなー」
カチャン、カチャンと金属がぶつかる音が聞こえ、足音が小さくなっていった。暫くすると、再び同じ足音が近づいてくる。何かを持ち上げているのだろうか。時折「よいしょ」という声が聞こえてくる。
何度か足音が近づいては通り過ぎを繰り返し、今、その足音の主はリビトたちが身を隠している木箱の前に立っていた。木箱の外は全く見えないが、リビトは誰かが木箱の蓋をじっと見下ろしている姿が容易に想像できた。
念のため、マヤの両手に自分の片手を重ねる。すると、木箱が大きく傾き、リビトの体はマヤに覆い被さるようになる。両手で木箱の壁を押してマヤを押し潰さないようにした。すると、今度は傾いた木箱が平行になり、リビトの胸にマヤの顔面が打ち付けられた。
「やけにこの箱だけ重いなぁ。何が入ってるんだ? ちょっとだけ覗いて見るかな……」
「「……!」」
リビトは木箱を持ち上げる男の言葉を聞くと、魔力は抑えつつも蓋が開いた瞬間一撃を食らわせられるように構えた。
「おい! チンタラしてねぇーでさっさと運べ!!」
「あ~い。ちぇっ、兄貴ったら人使いが荒いなぁ。よいしょっと」
木箱を持ち直した男はそのまま歩き始めた。少し歩いた後、何かの上に積んだ。木箱が置かれた瞬間、リビトは妙な浮遊感を覚えた。
「ここに長居は無用だ。すぐに出発するぞ!」
兄貴と呼ばれる男の一声で、側にいた男たちの足音は近づいてくる。「よっ、と」いう声が聞こえたと思ったら、木箱が大きく揺れた。リビトは木箱の壁の2方向に手をそれぞれ置いて体を固定する。
横からはポコポコと何かが木箱の壁にぶつかる音が聞こえてきた。恐らく両手で口を覆っているマヤが、体を壁に打ち付けているのだろうと推測した。
男たちの声は聞こえてくることはなく、その静けさが妙に緊張感を高める。それでも数人の気配をずっと感じていたためリビトたちもずっと口を噤んでいた。耳を澄ますと、木箱の外からはギシギシという音の後にザブーンという水をかき分けるような音が聞こえた。
リビトは内心焦っていた。自分の推測が正しければ、今自分たちは小舟に乗せられており、川を下っているからだ。下流のどこかで降ろされれば隙をついて逃げることも可能だ。
暫くすると、男の1人が口を開いたため、そちらに気を取られて思考が途切れた。
「よし! ここまで来れば安心だろう。お前たちよくやったな! もう声を出しても大丈夫だろう」
「はぁ~、やっと喋れるぜぇ。俺、黙ってるのが一番苦手だよ」
「兄貴ぃー、俺たち皆大金持ちだよなぁ」
「あぁ、今夜は久しぶりに美味い酒が飲めるぞ、野郎ども!」
「いぇ~い!」
「やったぁ~、兄貴ぃ、ご馳になりやすっ!」
「あ、あぁ、そうだな! 今夜は俺の驕りだぁ!」
「ヒャッホォー」
男たちは口々に歓喜の声を上げている。木箱の隙間から灯りが入り込む。ここからの水路は安全だと踏んだ奴隷商人たちは次々と松明を燃やしていた。
リビトは再び、思考を巡らせた。
河口まで移動するとなると、間違いなく港町で降ろされて異国の貿易船に乗せられる可能性が高い。貿易船に乗せられてしまえば逃げ道は完全になくなる。何としてもその前に逃げる必要がある。
リビトは左腕に視線を向け、腕に感じる温もりに思わず口角を上げた。木箱の外は敵ばかりというのに、マヤはリビトの左腕に寄っかかって小さな寝息を立てていた。
だが、口角はおもむろに下がっていった。身を隠すためとはいえ、閉鎖された空間に男である自分と一緒にいるのだ。もっと警戒心を持ってもらわなければ男としての矜持が傷つくというものだ。
マグスと人間では生きられる年数が異なる。人間はせいぜい長生きしても100年位だが、マグスは数千年、数万年。大昔は数十万年、数百万年とも言われている。実際はどうかは分からないが。人間の血を受け継ぐ半魔人は人間よりも長生きだ。
見た目はマヤとそう変わらないが、実際は数百年を軽く超えている。マグスの中では1人立ちしたばかりの若造であるが、マヤよりも遥かに年上なのだ。自分がしっかりせねばと握る拳に力が入る。
どれくらいの時間が経過しただろうか。奴隷商人たちの声が聞こえなくなった代わりに大きな鼾があちこちから聞こえる。ちらりと左を見るが、何の変化もない。リビトは呆れるように小さく溜息を吐いた。
積み下ろしの場所に着いたのか、船が止まり、初めて耳にする声が聞こえてきた。
「ご苦労様です。ここまで順調みたいですね」
「あぁ、当たり前だ。無駄口叩かねぇで、早く前金を払え」
「まぁ、まぁ。そう焦らずとも。ほら、この通りしっかり持ってきてますよ」
男にしては声が高く、少年のようでもある。言葉遣いも奴隷商人たちと違って粗暴さが全くないことから貴族相手の商人、あるいは下級貴族だろう。
リビトは木箱の隙間から外を除くが、角度が合わず顔を確認できなかった。その幼さの残る声の男と会話しているのは声から察するに兄貴と呼ばれていた頭の男だ。
「さっさと寄越せ」
カチカチと薄い金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「おっと、気が早いですね。荷物を運ぶのが先ですよ」
「ちっ、逃げ足の早い奴だ。おい! てめぇら、いつまで寝ていやがる! 荷物を運べ!!」
「本当に君たちは荒っぽいんだから。道理で僕がこんなことに駆り出される訳だ。もっと違う仕事を与えてくれればいいのになぁ」
「何ブツブツ言ってやがる! お前も運ぶのを手伝え!!」
「あぁ~、ごめんねぇ。僕、力仕事には向いていないんだ。それに服が汚れるのも嫌だしね。運ぶのは君たちに任せるよ~」
「ちっ、ふざけた野郎だ! おい、お前らとっとと運べ!」
「兄貴ぃ~、分かったよ」
どうやら声の高い男の方が頭の男よりも立場が上らしい。文句を言いながらも頭の男は自分の手下に向かって檄を飛ばしている。
――高い声の男は奴隷商人の取引相手、いや、仲介人か。奴隷商人の頭よりも魔力量が高いな。まだ抑えているかもしれん。迂闊に動くのは危険だな。
男たちの足音が行ったり来たりしている。足音が近づいてきたと思ったら、リビトたちが身を隠す木箱が急に持ち上げられた。
咄嗟にマヤの口元に手を当てようとしたが、当の本人は大きな揺れにもかかわらずぐっすりと眠っていた。リビトは呆れるべきか、不用意に声を上げられなくてホッとすべきか思いを巡らせていた。
リビトたちが入る木箱は再び閉鎖された暗い空間に入れられた。暫くすると、カツカツと蹄鉄が地面を蹴る際の似た音が聞こえ出し、木箱はゆらりと揺れが続いた。
――船から馬車に乗り換えたみたいだな。水路で進まないということはやはり目的地はアエクールか。どうやら一番考えたくない結末に近づいてるってことか……。
リビトは目を閉じて、脳内の引き出しから港町や貿易船に関する知識を呼び起こす。脳から必要な情報が引き出されると、次は情報と情報を結び1つに組み立てていく。
――この先に考えられるのは、港町アエクールの検問所を通る。検問所で門番に気付いてもらえれば……。いや、すでに取り込まれている可能性があるな。
それに、捕らえられた半魔人や俺もただでは済まないだろう。マヤを連れて逃げるのも難しい。
アエクールはファルサスで最大の港町だ。貿易船は大小が行き交っている。船の混雑も考えられる。憲兵が見守りをしている中で、馬車に半魔人を乗せたままでいるのは奴らにとって危険なことだ。恐らく一時的に安全な場所に隠すに違いない。
安全な場所か……。商団か貴族が所有する倉庫だな。奴らが倉庫から去った後にマヤを連れて檻ごと逃げるしかないか。俺の魔力でどこまで運べるのかが問題だが……。
リビトははじまりの森で時間をかけて積み重ねてきた知識を総動員させて、マヤと捕らえられた半魔人を連れて逃げる安全かつ確実な策を練り上げていた。
だが、必ずしもすんなりと進むとは限らない。考えたくはないが、最悪なケースも検討しておく必要があった。
――問題はもう1つある。倉庫から逃げられない場合だ。半魔人は異国でも高値で売れるという。これほどの人員と金をかけてたった1人の半魔人を運んでいるんだ。普通の倉庫では心許ないと考えるかもしれない。
もしも魔力の高い見張りがいたら。1人なら何とかできる。だが、2人を連れて逃げるとなると、できる限り魔力を減らさずにいたいものだ。さらに2人以上となれば、身を隠しながら逃げるのは難しい。
倉庫が高い魔力で結界が張られていたら、倉庫から出ることすらできない。この場合、倉庫の扉が開いた時から船に積まれるまでの間が勝負になる。
せめて半魔人を檻から出せれば戦力になるだろうが……。俺の魔力では檻の結界は破れない。貿易船に積まれれば全てが水の泡だ。大海の上では何もできまい。それどころかバレればマヤも俺たちもどんな目に遭わされるか分からない。
俺と半魔人は仕方ないとして、せめてマヤだけは安全に脱出させたいが……。最悪、俺の魔力を全て注いでマヤを逃がすしかないか――。
リビトがあれこれと考えている時、馬車の前方から願ってもない話題が持ち上がっていた。
「なぁ、お前はあの檻の開け方知ってるの?」
先ほど奴隷商人の頭に質問した、いかにも頭のトロそうな男の声だった。その質問相手というのがあの声の高い男だ。
「檻の開け方? あぁ、半魔人が入っているという檻のことですね」
「そう、そう。兄貴に聞いたんだけど、知らないって言ってたから。お前なら分かる?」
「あぁ、もちろん。僕は知ってるし、開けることができるよ」
「本当か? どうやって開けるんだ?」
「君はそれを知ってどうするの? 開けて逃がすつもり?」
「違う、違う! そんなことしたら兄貴に叱られるよ! そうじゃない。ただ知りたかっただけだよ……」
奴隷商人の男の声は徐々に尻つぼみになっていく。リビトもその先の会話を期待したが、そんな幸運が巡ってくるなんて思えない。
諦めつつも耳だけはそば立てていた。すると予想を反して、声の高い男は奴隷商人に檻の開け方を伝授したのだ。
「いいよ。どうせ方法を知っても誰も開けられる奴はここには誰1人、1匹としていないからね」
「本当に! 教えて!!」
「君そんなに賢そうじゃないから、簡単に説明するとね。普通の檻は鍵と鍵穴が存在するだろう。でもあの檻には鍵も鍵穴も存在しない。強い力で蹴ったり叩いたりしてもビクともしない」
「うん、うん。それで?」
奴隷商人の男は完全に聞き役に徹し、合いの手を入れている。高い声の男はまるで教師が生徒に教えるように分かりやすい言葉で説明していた。
「結界は分かる?」
「結界?」
「結界は魔力を注いでできた壁のようなもの。結界の魔力よりも弱い魔力で攻撃をしても壊れることはないんだ。だけど、それよりも大きな魔力で攻撃したらどうなると思う?」
「大きな力……! 壊れる!」
「そう! その通りだ。だけど、あの結界は恐らく僕クラスの魔力の持ち主でない限り、破れないよ」
「何だ、お前しか開けられないのか……」
「うふふふ。でもね。唯一魔力が弱くても檻の結界を破る方法はあるんだよ」
「本当か? どうやるんだ?」
「う~ん。どうしようかな~。ねぇ、君たち知りたいかい?」
声の高い男は恐らく荷台にいる男たちに話の続きを知りたいと聞いたのだろう。だが、何の返事もない。寝ていて誰にも聞こえていないのか、そもそも興味がないのかどちらかだろう。声の高い男は隣に座る男に話しかける。
「それは、ねぇ。掌に乗る位の小さなガラス玉だよ」
「ガラス玉?」
「そう、こんな小さなガラス玉に魔力を込めて、檻に思い切り投げつけるんだよ。あぁ、一応言っておくけど。その辺にあるガラス玉ではないよ。たしかあれは、幻のガラスだったかな?」
「幻?」
「そう、幻のガラス。何で幻っていうのかというと、人の目に映らない世界に生きる小人たちが作っていると言われているからなんだよ」
「小人? 小さい人間か?」
「あははは……。そうだよ。小人は優れたガラス細工職人らしくてね。でも小人は人の目で見えないから幻。その幻の小人が作るガラス玉だから幻のガラス玉と言うんだよ」
「じゃあ、その小人を見つければ俺もガラス玉を手に入れられる!」
「う~ん。まぁーね。だけど、きっと君にも僕にも小人は見えないから難しいんじゃないかなぁ」
「無理なのか……」
「それにしても、檻の結界を破るときはとっても綺麗なんだよ。パァッと檻が光ってね。光とともに消えていくんだよ。今でも忘れられないなぁ」
「お前、見たことあるのか?」
「もちろん、僕は檻を開けられると言っただろう」
「そうだったか?」
「まぁ、君の脳みそじゃそんなに長く記憶は持たないから仕方ないけれどね」
「今、お前、俺のこと馬鹿にした?」
「う~ん、君はどう思う?」
「俺? お前、脳みそがどうとか言ってたし……」
「はぁ~。僕は君よりも面白い人たちと話したかったよ。それができないのが残念でならないよ……」
リビトには語尾がやや大きく聞こえた気がするが、今はそんなことはどうでも良かった。まさか、檻の結界の破り方を敵が自ら話してくれるとは思いもしなかった。檻さえプエリに運び込むことができれば、族長たちにお願いすればガラス玉を提供してくれるだろう。
檻を開ける方法は分かったとして、どうやってプエリまであの檻を奴らに見つからずに運び出すかだ。さすがに、マヤと檻と一緒に飛んでもアエクールからプエリまではリビトの魔力がもたない。
思考が途切れた時、リビトはふいに温もりと少しの重みを感じていた左腕が軽くなった気がして左を向いた。マヤは眠ったまま寝返りを打とうとしたのか、体を左に傾けようとした。
リビトは慌ててマヤの顔が木箱の壁にぶつからないように自分の手を滑らせる。何とか音を立てずに済んだとホッとする。そっとやさしく自分の方へマヤの顔を引き寄せた。
左腕は再び温もりと少しの重みを感じ取っていた。リビトはマヤの顔にかかる髪の毛をそっと寄せると、正面に向き直り、再び半魔人とマヤの3人で安全かつ確実に逃げられる策を練り直すことにしたのだった。




