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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
序章
2/23

0.物語のはじまりは突然に(後)

 青い生物は拳を高く振り上げた。茉弥は殺されると思った瞬間、無駄だとは分かっていても咄嗟に両手で頭を庇おうと防御態勢を取る。


 ところが、全く痛みも感じなければ殴られた衝撃すら感じない。恐るおそる頭上に組んだ両手をゆっくりと解くと目の前にいた青い生物は高く突き上げた拳をぴたりと止めていた。


「お前。今、何と言った?」

「え? だから、殺さないで!!」

「そうじゃない、その前だ」

「だから、話せば分かり合えるはずだって……!」


 青い生物は腕をゆっくりと下ろし、数歩後ろに下がって数メートル後の大きな木にもたれかかるように座った。


「私のこと、殺さないの?」

「だから言っているだろう。俺はお前なんぞ殺すつもりはないと」

「嘘よ! 今、私を殴ろうとして腕を振り上げたじゃない!!」

「確かに、俺はお前を殴ろうとした。だが、それは殺すためじゃない。この地に二度と人間に足を踏み入れさせないためだ」


 茉弥は危機が去って気が緩んだのか、目の前の生物が言っている意味が分からず、つい声を荒げてしまう。


「だ、か、ら! 殺さない、足を踏み入れさせない、は矛盾してるでしょ? それにさっきこの森に入った人間は誰1人出られないって言ってたじゃない!」

「俺の言うことは矛盾していない。なぜなら、お前は人間として森を出るのではなく、我らの種族としてこの森から永遠に出られなくなるからだ。だが、お前の一言でその考えは変わった」

「私、何か言ったっけ?」

「先ほど尋ねただろう。お前は確かに『話せば分かり合えるはずだ』と」

「う……ん。言ったような、言ってないような……」

「何っ!? あれは出任せだったのか!!」

「違う、違う! 咄嗟に出た言葉だけど、私の本心だから信じて!!」

「人間の言うことなど信じられるか……。信じられるのはアイツだけだ……」


 落ち着いて話始めたかと思うと、突然スイッチが入ったように怒り狂う。まるで先日の依頼主そっくり。


「あぁ、そうだ。こんなことをしてる場合じゃない。私、一体どこに来ちゃったの? 確か、自宅に帰ったところだったはずなのに。何で外にいるんだろう? 明後日は別の依頼が入っていたはずだから早く帰らないといけないのに……」

「……お前、まさか……! 別の世界から来た人間か?」

「別の世界から来た……。えっ!? もしかして私、異世界に飛ばされちゃったの? そんな、そんなこと……、漫画や小説の世界だけの話だと……。まさか、現実に起こるなんて……」


 異世界転生ものの一般的な話では、主人公が現代で死に直面した時に異世界の人間として生まれ変わることがある。自分もそれに該当するのなら、元の世界の自分はすでに死んでいるということだ。


 2度と元の世界に帰ることはない。絶望感がずしりと頭にのしかかってきた。


 青い大男は茉弥の言葉を聞くな否や目を大きく見開き、慌てたように前のめり気味に声をかけてきた。


「まさか! お前はアイツの仲間なのか?」

「アイツ? アイツって誰のこと?」

「アイツはアイツだ。お前と同じ別の世界から来た人間だ」

「それって、前にも別の世界から来た人がいたってこと?」

「あぁ、アイツは人間だが、まるで人間ではなかった」

「う~ん、言っている意味が分からないんだけど……」

「そうか、そうか! お前はアイツの代わりに来たのかもしれないな」

「いやいや、ちょっと待ってよ。全く訳が分からないんだけど……」


 絶体絶命の危機を乗り越えたからか、青い大男が離れた場所に座り込んでいるからなのか、はたまた頭が混乱しすぎてヤケになったのか分からないが、気付いたら青い大男とタメ口で話をしていた。


「お前もアイツの家を見れば理解するだろう。一先ず俺について来い」

「ついて来いって言って……、食べたり、殺したり、しない? 約束できる?」

「……」


 青い大男は1度だけ目を見開くと、その大きな瞳を閉じて「ふぅ~」と深く呼吸をした。再び目を開けると、ゆっくりと間合いを詰めてきた。


 茉弥は近づいてくる大男の姿を捉え、全身が凍り付いたように動けなくなる。だが、大男は先ほどのように腕を振り上げるのではなく、今度はやさしい微笑みを浮かべながら右手をこちらへ伸ばし、小指を立てるように私の顔の前で止めた。


「一体何の真似?」

「お前の世界では『約束』をする時にこうするのだろう?」

「……あなた、『指切り』を知っているの?」

「あぁ、アイツに教わった」


 指切りを知っているということは、どうやら本当に自分と同じ世界から来た人がいたようだ。


「それで、アイツさんは今どうしてるの? 今もここに?」

「アイツは……もう、いない」

「いないって、まさか……!」

「違う、この森を出て行ったきり戻って来ない。今も生きているか分からない」


 青い大男はどこか遠い目をしていた。その表情は不思議と親しい者を失った時のような切ない表情に見えた。


「アイツさんは自分の意志でこの森を出て行ったってこと? でも、この森から人間は出て行ったことはないって……」

「あぁ、アイツは自ら望んで我ら種族と同じ容姿になったからな。俺以外、アイツが人間だと知らないんだ」

「でも、同じ容姿って……、そんなこと可能なの?」

「あぁ、俺の力でお前も一瞬で容姿を変えられる。試してみるか?」

「い、いいえ! 私は遠慮しときます。それに、私は今の姿のままで十分だから……」

「だが、同胞たちがお前を怖がらないか心配だ」

「それは『私が彼らを怖がる』の間違いではないの?」

「いいや、同胞たちはひどく人間を怖がっている。この地に人間が入ってくるのを恐れているのだ」

「それなら無理に私があなたと一緒に行く必要はないのでは?」

「お前は知りたくないのか? お前がアイツと同じようにこの世界に来た理由を」

「この世界に来た、理由?」


 青い大男はまるで敏腕交渉人(ネゴシエーター)のように、巧みな話術で茉弥の好奇心を煽ってきた。


「あぁ。アイツはこの森での暮らしは楽しんでいたようだが、頭の中は元の世界に戻ることで一杯だった。時々人間の姿に戻してやると、人間が暮らす近くの村や街に行っていた。その時に集めた資料がアイツの家にそのまま残っている。お前はそれが気にならないか?」


 茉弥はこの大男の言う通りかもしれない、と思い始めていた。もしも自分が本当に異世界へ飛ばされたのだとして、本当に元の世界に戻れないのだとしたら……。


 それに、この世界のことは何も知らないし、頼れる存在もいない。自分がなぜこの世界に飛ばされたのかも分からない。それならばこの大男の言う通り、目の前にある手掛かりから探る方が賢明だろう。


「俺と約束をするなら、お前をこの地に快く迎え入れよう。衣食住も全て心配する必要はない。ただし、皆自分の仕事を持っている。この地に留まりたいなら、お前も、お前にしかできない仕事を見つけろ」


 私にしかできない仕事……。そんなものあるのだろうか? 


 茉弥は一抹の不安を抱えつつも、他に選択肢がないため了承した。


「分かったわ。身の安全や生活に必要な最低限の衣食住を確保できるなら……あなたと一緒に行く!」

「いいだろう。俺が一声かければお前に危害を加える者はいない。ただし、この世界の人間と結託して我等の脅威となるなら話は別だ」


 青い大男は鋭い眼光を茉弥に向けた。肩の力が抜けかけていた身がギュッと引き締まる。僅かに指先が震える。


「そんな物騒なことはしません! 安心して。私も命は惜しいし、誰かの命を奪いたいなんて思わないから」

「ならば」


 目の前の大男は再び右手の小指を差し出してきた。約束は約束だから、私も右手の小指を立てて差し出す。すると、大男が自分の小指を私の小指に絡めてきた。


 大男の指だけあって、私の小指よりも大きく太い。まるで小指を片手に包まれている気分だ。大男の太く長い指が小指の骨を折るのではないかと心配したが、そんなことはなく、繊細な飴細工を壊さないように、と弱い力で絡みついてきた。


 絡められた指はすぐに解かれる。その瞬間、茉弥の小指が光輝き、青い刻印のようなものが浮き出てきた。その刻印はよく見ると、蔦が巻き付いているような模様だった。


「これは?」

「契約を結んだ証だ。この証があればお前は同胞たちから危害を加えられる心配はないし、俺が認めた者だという証明になる」

「つまり契約書のようなものね?」

「そうだ」

「もし私が契約を破ることがあったらどうなるの?」

「お前は我等と同じ姿となり、一生人間の姿に戻れなくなる」

「えぇ!? そんな……。でも、あなたたちに危害を加えなければいいのよね。それなら大丈夫!」

「これで交渉成立だ。さっそくだが、同胞たちにお前を紹介する」

「分かったわ」


 そんな驚きの出会いから数カ月経つ。


 マヤは森の住人たちと出会ったばかりの頃は彼らに恐れられ、避けられていた。話し相手はろくにできなかった。楽しそうに会話をする住人の輪に入ろうと近付くと、マヤに気付いた者が一目散に逃げて行った。


 森での暮らしに慣れないマヤを心配したマーモーは、話し相手として自分の息子であるチコを紹介してくれた。


 人間への恐怖心がないチコは自分と違う外見のマヤに興味を持ち、仲良くなるまでにそう時間はかからなかった。それは良かったのだが、顔を合わせる度に「何で青くないの?」「なぜおかしな服を着てるの?」と、質問攻めをされるのには非常に困った。


 だが、そんなチコと一緒にいるマヤのことを遠くから観察していた、森の住人たちは少しずつマヤに対する警戒心を解いていった。


 今では「マヤ」と親しげに名前を呼んでくれる仲にまでなった。ここでの暮らしを楽しめるのもマーモーやチコのおかげだ。


 ミマタノオロチの家へと向かう中、マヤの首にかけられた翡翠は一筋の光を放ち、目的地へと誘導してくれる。


 暫く歩いた後、薄暗い森のトンネルを抜けると開けた場所に出た。目の前にはぽつんとある家を囲い、「困った」「大変だ!」と右往左往する大勢の住人たちが集まっていた。


 そのうちの1人がマヤに気付き、ホッとしたような表情でこちらに手を振っている。その周囲にいる人達も次々とマヤに視線を向けてくる。


「マヤさん! よく来てくださいました。皆、首を長~くして待っていたのですよ」

「あぁ、ごめんね。遅くなって……」


 随分長い間待たせてしまったようだ。そんな中でも声を荒げたり怒りに任せて暴力を奮ったりする者は誰1人いない。それどころか、家に閉じこもっている仲間を心配する声が多い。


 マヤに近寄って来た住人から詳しい話を聞いていると、1人のご老体が会話に割って入ってきた。


「お主ら、何を言っておるのだ。マヤ殿は今日が久しぶりの休みだったのだ。ようやく取れた休みだというのに、我等のために急ぎ駆けつけてくれたのだぞ。「遅い」などと不平不満をマヤ殿に言うなど、無礼千万じゃ」

「そうだったのですか? マヤさん、お休みだとは知らず、大変失礼なことを申しました。申し訳ありませんでした」

「マヤさん、俺たちのためにありがとう」


 ご老体が諫めてくれたのか、その場にいた住人たちが次々と申し訳なさそうに謝罪してくれる。


「マヤ殿、面目ない。今回はこのご老体に免じてこやつらの無礼を許していただきたい」


 ご老体は曲がった腰をさらに深く曲げて、丁寧な謝罪を述べた。


「あの、頭をお上げください! それに通行が滞れば他の森にも被害が出てしまいかねません。それだけは避けないと……」


 ご老体は深々と下げた頭を上げても尚、申し訳なさそうな表情をしている。


 気にすることはない、と説明したいのは山々だが、今は一刻もこの現状を何とかしなければならない。


 マヤはご老体に微笑みながら「大丈夫」と声をかけて、ミマタノオロチの家に向かって歩いて行く。人だかりに割って入ると、玄関扉の前に立った。


 1度だけ小さく深呼吸をする。右手の拳を上げて扉をノックするが、返答はない。


「ミマタノオロチさん、私です、マヤです」


 やはり返答はない。これでは(らち)が明かない。他人の家に入るのは少々気が引けるが、ことがコトだけにこのまま放置して帰ることもできない。


 「ミマタノオロチさん、少しお話を聞かせてください。今から中に入りますよ」


 ミマタノオロチから拒絶する返答がないことを確認し、扉の取っ手に手をかけて中へ入っていく。


 十数分後、無事に説得が成功し、ミマタノオロチは自宅から意気揚々とした姿を現した。そんなミマタノオロチの姿を見た人たちからどっと歓声が上がった。


「ミマタノオロチさん、心配しましたよ」

「本当に、良かったですわ」

「隣の森まで急ぎの用があるんだ。さっそく頼むよ」


 ミマタノオロチは彼を心配する人や通行の許可を求める人に囲まれていた。仕事の遅れを取り戻そう、と気合いが入っているのだろう。腕を大きく振り回しながら皆と一緒に歩いている。マヤとその場に残る数人が彼らの後ろ姿を見送った。


 人だかりはなくなり、その場にはマヤと先ほど言葉を交わした者たちだけになっていた。


「マヤ殿、お見事でしたな」


 ご老体が労いの言葉でやさしく迎えてくれる。


「さすがマヤさん。これで通行も滞りなく進みます。ありがとうございました!」


 ご老体の横に立つ住人が感謝の言葉をかけてくれた。


「それにしても、どうやってミマタノオロチさんを説き伏せたのですか?」


 マヤは、魔族の長であるマーモーですらお手上げの説得を僅か十数分でやってのけたのだから、その方法に興味を持つのは当たり前のことだろう。


「ごめんなさい。それは秘密です」


 笑顔でそう言ってのけると、尋ねてきた住人は「それは残念」と苦笑しつつも、会話の最後には笑顔で納得してくれたようだ。

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