表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
18/23

16.酒場

 窓のない地下室、あちこちで紫煙(しえん)が立ち上っており、外に比べて空気が悪い。男は居心地の悪さを覚えながらもフードを深く被り、内に秘めた私怨を押し殺すようにカウンター席で1人酒を(あお)り、耳をじっと澄ましている。


「おい、ここだけの話だが、首都である話を耳にした」

「どうせいつもの当てにならない噂話だろう」

「いや、今回だけはちと違う。俺も最初はお貴族様同士の妨害工作の一環だと思ってたんだけどよ」

「それで?」

「知りたいか?」

「お前は話したくてうずうずしてるのだろう?」

「バレていたか」

「お前と何年の付き合いだと思ってるんだ」

「ちょっと耳を貸せ」

「あ、あぁ」


 青年から斜め後ろの奥の席に座る2人の男が顔を寄せ合った。1人の男がもう1人の男に耳打ちをしている。


 今から(さかのぼ)ること数時間前。リビトは、広場で勇者の話を聞いて憔悴(しょうすい)したマヤを宿へ連れ帰った。マヤが部屋の中へ入り、内鍵をかけるのを確認してから自室に戻った。


 リビトは何をした訳でもないが、疲労を感じる。ベッドへ横になると小さく溜息を吐いた。思い浮かぶのは先ほどの広場での一件だ。


 リビトはマヤがいる人だかりよりも距離を置いた場所にいたが、女剣士の話を一部始終聞いていた。というのもリビトが魔力を使って一時的に聴力を高めていた訳ではない。女剣士の声が風に乗って、本来なら聞こえるはずもないリビトにも話の内容がよく分かったのだ。


 女剣士の声が聞こえてきて、リビトは眉間がピクリと動いた。女剣士は自慢話を多くの者に聞かせたいのか、遠くにいる者にも聞こえるよう風魔法を使っていたのだ。


 最初は女剣士の行動の意図が読めなかったが、話を聞いているうちに自己顕示欲や承認欲求を得たくてそうしているのだと結論に至った。事前に長老から過去の歴史を聞かされていたから、今更人間の残虐な行為を知ったところでリビトの感情が大きく揺らぐことはなかった。


 それもそのはず、マヤの旅に同行すると覚悟を決めてから旅に出るまでの間、ボス直々に感情のコントロールの仕方を学んだのだから――。


「リビト、お前は感情を制御できるようにならねばならん」

「感情を制御する、ですか? 自分では今のところ、コントロールできていると思いますが」


 リビトはマーモーから指摘を受けた。マーモーは師匠が弟子に(さと)すように話を続ける。


「あぁ、確かによくコントロールできている。だが、それはこの森の中での話だ。お前はまだ若い。悪意ある人間たちの中に飛び込めば、怒りを完全にコントロールできなくなる時がいずれ来るだろう。

 怒りのまま内に秘める魔力が外に漏れれば、一瞬で人間たちに半魔人だと見破られてしまう。お前1人逃げることは容易だろうが、マヤを連れてとなればそう易々といくまい」

「……」


――確かに、ボスの言う通りだ。俺は人間に対して良い感情はない。かといって、全てのマグスに肩入れするつもりもない。母と2人人間の町を追い出された後、マグスが住む森を訪れたが、どこも俺たちを受け入れてくれるところはなかった。半端者はどこへ行っても半端なのだ。


 ボスに名を呼ばれ、遠くなった記憶から現実に引き戻された。


「それで、俺は何をすればいいでしょうか?」

「今日からお前に修行をつける」

「ボスが俺にですか?」

「私だけではない。長老にもご協力いただく」

「分かりました。よろしくお願いします」


 その日からボスと長老が交代で、さまざまなケースを想定した心理戦の修業が始まった。リビトは過去の経験から怒りという感情を知っていたし、対処法が分かればすぐに会得できると高を(くく)っていた。


 だが、修業は思いの外、長くかかった。それどころか、特に長老から知らされる残酷な歴史に、感情が爆発して自制が効かなくなっていった。


 長老は、リビトの頭の中に過去の歴史の膨大な情報を魔力と一緒に流し込んだ。リビトの脳裏には過去から現在へとつながる歴史の一部始終が映像で浮かび上がった。


 それは口に出すのも(はばか)られるような悲惨な光景だ。リビトは強い吐き気でむせ返る。食事の時間になっても食欲が失せてしまうほどに。体力を落とさないため無理にでも食べ物を口に押し込むが、すぐに吐き戻すという始末だ。


 ある日、長老から修行の方法を変えると言われた。その日から森の奥深くにある洞窟(どうくつ)で過ごすことになった。過ごすと言っても何をする訳でもない。


 洞窟には本もご馳走もなく、あるのは暗闇と静けさだけだった。日が出ている間は足を組んで座り、目を閉じて心に空白をつくる訓練に励んだ。腹が空いたら、洞窟付近にある果実や薬草を食べ、喉が渇いたら川の水を手で(すく)って飲んだ。


 同じことをただ繰り返すだけの生活が終わりを告げたのは、2つ目の季節が過ぎ去ろうとしていた頃だった。ボスと長老が洞窟へ迎えに来て、「よくやり切った」と褒めてもらったことは今でも覚えている。


 その後、再び心理戦の修行に戻ると、それまでできなかった怒りのコントロールが容易にできるようになっていた。


 そして最終試験として、人間の思考や行動、文化、習慣などを頭に叩き込むためヴェネートルの町に1カ月ほど潜伏した。


 ボスから情報を得るには酒場がいいと教えてもらい、毎日のように酒場に通った。最初は酒や料理の注文の仕方も分からず、店主から怒鳴られたこともあったが、他の客の真似をして何とか乗り越えた。おかげでマヤとの旅をする中で、慌てずに人間の町に馴染むことができた。


 今思えば、昨夜自分が暴走せずに済んだのも、修行のおかげである。ボスと長老にはとても感謝している。


暫く様子を観察していたが、女剣士は自分の声を風魔法で広場全体に聞こえるようにはしてくるが、こちらに興味を示したり攻撃したりする様子はない。


 だが、次の瞬間獣の姿をしたマグスの集落を殲滅(せんめつ)したという話が聞こえてきた。


 母の同族たちが無残にも命を散らした様子を女剣士が可笑しそうに話をしている。修行の成果もあり、終始無表情を貫くことはできたと思う。だが、握った拳から血がとろりと流れていた。


 マヤを心配させないためにも、上着のポケットに入れていた手拭いできつく締め上げる。大した出血量ではないから、すぐに止まるだろう。


 リビトはベッドに横たわりながら、血で染まった手拭いを(ほど)き、真上に上げた。すでに血は止まり、傷は(ふさ)がっている。血の付いた手拭いに手をそっと充てて、ささやきのような声で唱えると手拭いは亜麻色に戻った。綺麗に折り畳んだ手拭いを上着のポケットに忍ばせた。


 このまま横になって寝ていたいところだが、自分にはやらなければならないことが残っている。リビトは重だるい上半身を起こし、その勢いのままベッドから立ち上がった。


 リビトが旅を決意した理由の1つはマヤの護衛として旅に同行すること。マヤが思い描く通りの世界が実現できるかは分からないが、どちらにしてもそばで見守りたいと思った。それに、魔法も使えないマヤを1人で旅に行かせるのは危険すぎる。自分が護衛として同行すれば、物理的な危険からマヤを守ることができると考えての上だ。


 もう1つの理由は、父親を探し出すためだ。母親は1度も父親について話すことはなかった。悪口を一切聞いたこともない。だが、自分と母親を捨てた男だ。息子として父親に求めることは何1つないが、会ったらこの手で一発ぶん殴ってやりたいと思っていた。


 もちろんこの国は広い。母親は父親のことを一切明かさなかったため、顔も名前も分からない。何1つヒントとなる情報を残さぬまま、死んでいったのだ。


 母がいれば十分だったし、父親に対して特別な感情はなかったため探すつもりはなかった。だが、母親の遺品を整理している時、偶然1通の手紙を見つけたのだ。その手紙はマグスの間で使用している紙質ではなかった。明らかに人間たちが使用している上質な紙だった。その時はボスにも教えずに、元ある場所に戻しておいた。


 ボスから最終試験でヴェネートルに行けと言われた時、その手紙をこっそり持っていき、どこで使われている紙なのかを調べることにした。人間の町では上質な紙が当たり前のように使用されており、出処を見つけるのは困難だろうと半ば諦めていた。


 だが、偶然酒場で快活な男に出会った。その男は国内を転々とする根っからの商売人で、各地を旅しているだけあって博識だった。


 期待はしていなかったが、一応聞いてみようと思い、紙の出処が分かるか、と聞いてみることにした。


 商人は酒を(おご)ってくれれば知っていることを教えるという。その晩の飲食代は全て自分が持つと提案し、手紙から分かることを教えてもらった。


 幸い、手紙には送り主の名も宛名も書かれておらず、当たり障りのない内容だったため他人に見せても自分の正体がバレる心配はなかった。商人には人探しをしているとだけ伝えた。


 その商人によると、手紙に使用されている紙は特別なもので、首都に卸されている紙だと言った。さらに、首都でも階級の高い上位貴族または王族がご用達の商会しか取り扱っていない代物だという。


 まさか、マグスである母親が人間の貴族とつながりがあったとは想定していなかったため、随分動揺してしまった。商人はおしゃべりが好きな男だったが、無駄口をするのは好まなかったらしい。手紙を見せても、詳しい事情を聞いてくることはなかった。その代わり、その1晩で残り1週間の食費が飛んでしまうことになるのだが。


 リビトは客室を出て戸締りをしてから、マヤの客室のドアをじっと眺める。微かに寝息が聞こえ、朝まで起きないだろうと安心した。


 宿を後にし、始まったばかりの夜の歓楽街へ向かった。


 大通りに平行する裏道に入ると、昼間のように明るい大通りと対照的に薄明りが続いていた。右を見ると店先で女が数人の男たちを店の中へと誘う姿が目に入った。その隣の店先にいる女もその男たちに熱い視線を送っていた。


 リビトは迷うことなく左に曲がり、客寄せのいない酒場に入って行く。


 カウンターの奥に座ると慣れた様子で酒を注文する。店主は無言のままリビトの前にお通しを置いた。手際がいいのかそれほど待たされることなく、注文した酒瓶と酒器がそっと置かれた。


 酒器に酒を注ぎ、黙って酒を煽る。リビトの目的は情報収集である。酒をちびちびと()みつつ、周囲の声に意識を向けていた。


 暫く立つと、酒代をカウンターに置き、店を後にした。左右を確認し、目ぼしい酒場を見つけては酒を呑んで、店を出る。それを繰り返していた。


――冒険者が集まる宿場なら、1つや2つ面白そうな話が聞けるかもしれないと期待したが、今日はどうやら空振りのようだ。


 空が白み出してきた頃、最後にもう1軒だけ行こうと思い、目についく酒場に飛び込んだ。周囲の小綺麗な店と違って、やけに古びた外観だった。店内に入ると、もう間もなく夜が明けるというのに多くの客で(あふ)れていた。


 2人連れの客が多く、カウンターだけが空席になっていた。1人で来る客のために空けているのだろうか。店内を見回してからカウンターの奥の席を陣取り、酒を注文した。


 リビトはアルコールへの耐性が高く、これまで一度も二日酔いになったことがなかった。今夜も酔うことなく、宿に帰れるだろうと考えていた。


 カウンターにお通しと酒が置かれる。店主は髪や髭に白いものが混じる中年らしき男だったが、精悍(せいかん)な顔つきで服の上からでも無駄な肉が削ぎ落されているように感じた。注文の品を差し出した時、節くれだった手が目に入った。


 暫く横目で観察していたが、動作に無駄がない。リビトが一番驚いたのは隙が全くないことだ。その様子から剣の道を究めているのだと察する。


 リビトも剣を扱う者としてそれなりに自信があったが、今ここで店主に切りかかったとしてもあっさり切り替えされるだろうと考えた。これほどの者であれば過去に冒険者として誇る武勇がいくつもあるはずだ。


 店主が自分の正体に気付くかもしれないと、内心緊張感が高まっていく。だが、ここでも精神統一の修行の成果が現れた。緊張も不安も表情に出さず冷静を保てていたと思う。長く居座るのは危険だと判断し、注文した酒瓶を空けたらすぐに店を出ようと決めた。


 酒瓶が空になり、店主に勘定を頼もうとした時、耳を疑う話が舞い込んできた。一瞬、店主がこちらを見る。リビトは酒瓶をもう1本注文することにした。できる限り表情を変えずに、その声のする方へ意識を傾ける。


「はぁ? 嘘だろ?」

「しっ、声が大きい!」


 耳打ちされた男は目を見開き、大きく空いたままの口は目の前の男に手で押さえつけられている。口を塞がれた男は友の手を無造作に払い除けると、目の前にあるグラスを(つか)み、酒を口へ流し入れようとした。グラスに酒が1滴も入っていないことに気付き、慌てて店主に酒を注文した。


 店主から注文した酒を奪い取るように、口へ流し入れた。大きな溜息を吐くと、目の前の男をじっと見ながら声を落とし、続きを話し始めた。


「こりゃ、一大事だ。万が一目当ての奴が見つかれば、政変が起きるかもしれんぞ」

「あぁ、下手すれば首都は火の海になるかもしれん」

「お前、こんな情報どこから仕入れたんだ?」

「たまたま酒場でカラスの知り合いという奴と意気投合してな。随分酔っぱらってて、聞きもしないことをポロポロと話し出してよ。周囲に聞かれていないか、俺の肝が冷えたほどだ」

「カラスって、あのカラスか?」

「あぁ、間違いない」

「なんでそいつがカラスの知り合いだって言い切れるんだよ。そもそもそいつが嘘を言ってても分からないじゃないか」

「この目で見たんだよ。カラスの入れ墨を」

「カラスの入れ墨……」

「そいつの肩にカラスの入れ墨があったんだ。だが、よく見るとカラスの足が消されていたんだ」

「足が?」

「足の彫りが消されたカラスは、『組織から追放された者』を表すらしい」

「追放……。一体何で……」

「そいつは大笑いしながら言ってたよ。俺は口が軽いからだって」

「あー、確かに。それは間違いないだろうよ」

「だが、話はここで終わらないんだ」

「はっ?」


 この話には続きがあると言い放った男の言葉に驚き、傾けかけたグラスをテーブルの上に戻した。


「そいつは酔っぱらって椅子に座ったまま寝入っちまってよ。まぁ、そのうち起きるだろうと思って、俺は1人で酒を呑んでたんだが、酒が空になって店主に追加の酒を注文したんだ。注文後、椅子に座り直すと、目の前でベロンベロンに酔って寝入っていた奴が消えてたんだ」

「消えた?」

「あぁ、ほんの少し目を離しただけだ。妙な胸騒ぎがしてな、俺は注文した酒を断って勘定してからすぐに店を出たんだ」

「胸騒ぎ……。おい、まさかそいつ」


 2人の男の顔から血の気が引いた。ゴクリと喉を鳴らし、同時に2人の男は目の前の酒を煽った。すっかり酔いも冷めてしまったようだ。


「まさか、そいつ喋っちゃならねぇことを話したから組織から消さ……」

「おい、馬鹿なこと言うんじゃねぇ。それに俺はこうして無事なんだからよ」

「まぁ、確かに。そいつの存在が消えていたら、お前も今頃は……」

「……」

「いや、まさかな。アレだよ、アレ! きっと飲み逃げだよ。そう、そう!」

「そ、そうだよな。きっとそうだ。そうに違いない!」


 その後、そのテーブルからは特段、興味を引かれる話は聞こえてこなかった。リビトは残りの酒を飲み干し、胸ポケットから出したコインをカウンターに置いて店を出て行った。


 暗がりにいたせいか、外に出ると強い光に一瞬目が(くら)んだ。店に入るまでは何の手がかりもなく諦めていたが、宿に戻らず正解だった。


 店内で聞いた話が自分の父親につながるかは分からないが、懐に忍ばせている手紙と合わせると、限りなく真実に近づいている気がした。


――マヤには酒場で情報を得たことは黙っておく方がいいな。


 朝まで酒を呑み歩いて情報収集していたと言えば、体に悪いやら、自分も連れて行ってくれと言われるのが落ちだ。さすがに、素性も分からない野郎どもの中にマヤを連れて行くのは気が引ける。


――マヤに聞かれても、ぼかして伝えよう。まぁ、昨日の様子からそんな余裕はないだろうが。


 リビトは掌を空高く上げ、心の中で決意する。


――次の目的は首都ファルサスだ!


 青年の目は光を取り戻したようにキラキラと輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ