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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
16/23

14.悪と正義

 マヤの強い希望によって、小人たちへの厳罰は打ち消しとなった。本来ならボスの命令に背いたことでプエリの森から追放されるのがマグスの掟である。森を追放されるということは事実上この国からの追放を意味する。


 他の森に住むマグスたちは追放者を(かくま)えば、同罪とされる。そのため、追放者は他国へ落ち延びる他ない。過去に追放された者がいたが、他国へ逃げる途中で人間に遭遇し、命が果てたという。つまり、追放は死を意味するほど重罰なのだ。


 マグスの掟はボスでも変えることは許されないという。リビトは小人たちのマヤへの仕打ちに怒り狂ったものの、ボスに代わって厳罰に処す立場としてはどうにか追放は避けられないかと考えあぐねていた。


 それに何より心配だったのはマヤのことだ。もしも自分のせいで小人たちが森を追われるとなれば、情が深くやさしいマヤのことだ、(ひど)く自分を責めるだろう。万が一人間に捕まり、命を失うことがあれば一生自分を許せなくなるはずだ。マヤの心に傷を作るのだけは避けたい。


 仲間に罰を言い渡す自分の責任も重い。ボスはいつもこんな責務を負っていたのかと、改めて心から敬意を表したくなったのと同時に同情心が湧いた。


 そんな時、マヤが「昨夜のことはなかったことにしよう」と言い出した。マヤへの仕打ちを考えれば、俺からなかったことにしようとは到底言えることではなかった。


 だが、横で果実酒を美味しそうに飲む少女は自分の提案通り、何事もなかったかのように族長や他の小人たちから嘘偽りのない歓待を受けて喜んでいる。その表情はリビトもよく知っている笑顔だった。


「リビト、本当にプエリの果実酒は美味しいね~」

「おい、飲むペースが早いぞ。また潰れるぞ」

「あははは、それ笑える」

「全く……。俺は笑えないんだが――」

「まぁまぁ、リビトさん。マヤさんも喜んでいますし。それに今、マヤさんが理想とする世界がこの森の中で実現していると思いませんか?」


 ピノンがリビトの空いた酒器に果実酒を注ぎ入れると、マヤを囲んで宴を楽しむ光景を微笑ましく眺めている。リビトもその光景を見て、ピノンの言葉に納得した。


「これがマヤさんの目指す理想の世界なんですね」

「あぁ、そうかもしれない……」


 リビトは、マヤが理想とする世界を具体的にイメージできないまま旅に同行していた。


 半分は人間の血を受け継いでいる自分だが、自分の知っている人間は狡猾で残虐非道。中には気が弱い者もいたが、リビトの母がマグスだと知ると(てのひら)を返したように暴言を浴びせ、(しま)いには石を投げつけてくることもあった。


 正直なことを言えば、マヤが「マグスと人間が共存できる世界」を目指そうが止めようが、どうでも良かった。ただマヤが自分のそばで笑っていてくれさえすれば――。


 歓迎会は2人の族長が酔い潰れたことでお開きとなった。小人たちは宴の片付けを始めている。リビトも手伝おうとしたが、ピノンから「客人に片付けはさせられない」といい、マヤを宿舎の小屋へ送るよう促された。


 さらにピノンからは「族長たちの酔いが覚めるのが早く、捕まれば朝までコースになる」と言われたため、明日の出発に備えて早めに宿舎へ戻るのがいいと判断し、隣のマヤに声をかける。


「マヤ、そろそろ小屋へ戻るぞ」

「えぇ~! まだ飲めるよ~」

「出来上がってるな……。明日も早いんだ、行くぞ」

「う~ん、まだ飲めるのになぁ~。でも明日も早いし仕方ないかぁ~」


 マヤが立ち上がる時にバランスを崩しかけた瞬間、リビトはマヤの腕を(つか)んで体を支えた。そのまま小屋まで支えて行こうとしたが、マヤから「大丈夫、大丈夫」と言われ手を振り払われてしまった。途中で倒れないか心配になり、倒れかけた時にすぐ支えられるようマヤの斜め後ろを歩くことにした。


 小屋の近くまで来た時、木陰から歩いてくる小人が1人いた。薄暗く最初は誰か分からなかったが、声を聞いてリビトはすぐに誰が話しかけてきたのか目星がついていた。


「マヤ殿、少し話したいのだが……」

「ん? 私と?」

「あぁ、そうだ2人で……」

「うん、いいよ!」


 マヤは酔っぱらっていて、きっと相手が誰だか分かっていない。小人とはいえ、夜に若い男女が2人きりで話をするということにリビトは敏感に反応した。


「待て、俺も同席する」

「いや、しかし……」

「リビトは先に帰ってて。あなたは私と話があるのよね?」

「マヤ、だが……!」

「大丈夫、大丈夫! ほら、しっしっ」


 マヤは邪魔者を追い払うように手をヒラヒラとさせてリビトを先に帰らせようとする。

 昨夜の一件が丸く収まったとはいえ、リビトとしては警戒心を解くことはなかった。


 小人はそんなリビトの鋭い視線に怯えつつも、震える声で言う。


「リ、リビト殿が、し、心配するようなことは、な、何もない」

「心配かどうかは俺が判断することだ」


 小人がマヤに何を告げるのか、何をするのか分からない以上、リビトはその場を離れるつもりはなかった。


「マヤとどんな話をするつもりだ。内容によっては――」


 リビトの鋭い眼光が小人へ向けられる。小人は肩をピクリと震わせると、リビトのそばへ歩みより、一言だけ耳打ちした。


「自白剤を飲ませたことを自分の口から謝りたいのです」

「……」


 リビトは宴が始まる前に、果実酒を自白剤にすり替えた者の名前を族長たちから聞いて知っていた。


 小人は族長の息子でいずれ族長を継ぐことが決まっていた。昨夜の宴で普通の果実酒をベリタスの果実酒にすり替えたのは他ならぬ彼だった。自白剤で酔わせて皆の前でボロを出せばいいと期待してのことだそうだ。


 小人が果実酒をすり替えたのは、人間のせいで大切な親友を失ったからだった。ボスの命令に背いて復讐することはできないため、最大限譲歩して自白剤を選んだのだ。


 リビトも真実を知ってその小人に同情するが、だからといって人間だという理由で関わりのないマヤを陥れるのは許せなかった。


 マヤに真実を知らせようとしたが、マヤは「もう済んだことだし、知ってしまったらお互いに友達になりづらいでしょ」と言い、断ったのだ。


 リビトはマヤのためを思い、打ち明けようとしたが、マヤから断られて行き場のない怒りをずっと心に秘めていた。目の前には昨夜の首謀者である小人がいる。リビトにとっては恰好(かっこう)の餌食となった。


 リビトは目の前にいる小人へ一層細めた視線を向け、低い声で(つぶや)いた。


「マヤと友になれなくても構わないんだな?」

「――覚悟の上です」


 小人の瞳は一瞬大き揺らいだが、覚悟はすでに固まっていたようだ。瞳は曇一つない強い光を放っている。リビトは小人の意志は固いのだと理解した。


「俺は小屋の近くで待っている」


 リビトは一言だけ言って、2人から距離をとった。


 マヤと2人になった小人はマヤと向かい合わせに立ち、小さな体を2つに折って謝罪の言葉を述べ始めた。


「マヤ殿、申し訳なかった!」

「小人さん? どうしたの? 昨夜のことなら酔っぱらって何もかも覚えてないわ」

「今頃になって話すのは男として情けないことだが、どうしても自分の口からマヤ殿に謝っておかなければならないんです」

「――謝罪を受け入れます。この話は終わり!」

「マヤ殿、しかし……!」


 マヤの言葉に小人は動揺する。小人の様子をよそにマヤははっきりとした言葉で話しを続けた。


「私はあなたとも友達になりたい。もしも、あなたが私に償いたいことがあるのだとしても、私はそのことを知らないままでいたい。友達は常に対等な関係でいなければいけないでしょ?」


「マヤ殿……」

「じゃあ、こうしましょう。何年かかるか分からないけれど、私は必ずマグスと人間が仲良く暮らせる世界に変えてみせる。だから、あなたはそれを見届けるまで長生きしてほしい。それが私からあなたに対するお願い。決して私より先に死なないでね、絶対に!」


 マグスは人間よりも長生きをするが、種族によって寿命の長さは違う。特に小人は人間よりも若干寿命が短いと言われている。マグスにもかかわらず小人の寿命が短いのは、大昔に小人が悪さをしたせいでこの世界を作ったとされる神から寿命を短くされたのだという。


 小人に長生きしろというのは、マヤが単にお人好しで当たり前の約束をした訳ではない。むしろ小人の寿命からすると、マヤよりも長生きするのは確率的に難しいことであった。


「――分かりました。マヤ殿がそうおっしゃってくださるなら、私はマヤ殿が作る新しい世界を見届けるため、長生きしてみせます! 絶対に、です!」

「うん! よし、あなたは、えっと……」

「私はレックスと申します。マヤ殿、友として末永くよろしくお願いいたします」

「レックス、よろしくね!」


 マヤとレックスは和やかな雰囲気で握手を交わしている。話が終わったところでリビトは2人の元へ歩み寄った。


「話は終わったか?」

「うん、レックスと友達になったの!」


 マヤは子どものようにうれしそうな顔をしている。レックスは照れくさそうに笑っていた。リビトがレックスに冷めた視線を向けると、レックスは慌てたように握手している手を引っ込めてから「マヤ殿、ではまた明日」と言い、足早に去って行った。


「どんな話をしたんだ?」


 リビトは試すような口ぶりでマヤに話しかけた。


 実は、リビトは魔法で2人の話の一部始終を聞いていた。盗聴といえば言葉は悪いが、マヤの安全を考えるとそうも言ってられない。


 もしも不穏な空気に慣ればすぐにマヤの元へ飛び出すつもりでいた。幸い何事もなかったため、安堵(あんど)していたのだった。


 マヤは酔いが冷めたのか、リビトの目をまっすぐに見て答えた。


「友達になってほしいと言われて、いいよと答えただけよ」

「――そうか」


 リビトはマヤの小さな嘘に寂しさを覚えたが、マヤらしいなと思った。




 翌朝、リビトとマヤはプエリの森の小人たちと短い別れの挨拶を交わした。プエリの森を発つ前に代表としてレックスが2人の前に歩み寄り、友情の証としてささやかなプレゼントを手渡した。


 マヤにはプエリの森原産の鉱石レッドベリルのペンダント。レッドベリルは、この国ではプエリの森一帯でしか採れない希少な石だという。別名「赤いエメラルド」で、人間たちの間では「赤い貴婦人」と呼ばれ、貴族や王族たちに人気だ。石言葉には「清廉」「誠実」「聡明」などがある。主に、通信用として使えるという。


 ペンダントを手渡す際にレックスが「マヤ殿のように心が美しい女性にお似合いです」と言っていたのが気になった。マヤの横で冷ややかな視線を向けるリビトに気付いたレックスは苦笑しながら、リビトにも(はなむけ)の品を贈った。


 リビトの手に置かれたのは美しいガラス細工が施されたガラスの小箱だった。見た目の美しさとは釣り合わない重さがあった。レックスの説明によると、プエリのガラス職人が長い時間をかけて仕上げた小箱で、その中にはガラスの球体が入っている。こちらの球体もプエリの森との交信に使えるという。


 プエリの森の小人たちに見送られながら、リビトとマヤは馬車に乗って再び未知なる旅へと向かった。

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