13.嘘と謝罪
案内される中で和やかな会話が続き、マヤは敬語よりも少し砕けた話し方でピノンたちと話すようになっていた。マヤが案内されたのは今朝まで寝ていた倉庫ではなく、マヤの体のサイズに見合った小屋だった。
「小人の森にも大きな人用の建物があるんですね」
「……」
「えっ? あ、その……」
マヤはふと思いついた疑問を口にしただけだったが、ピノンはなぜかソワソワしだした。
マヤの右隣にいるリビトはピノンに鋭い視線を向けた。その視線を感じたのかピノンの額から汗が流れる。その様子が気になり、マヤはピノンに話しかけた。
「答えにくいことなら別にいいの。ふと思っただけだから」
「……」
「リビトさんがお泊りになるのは隣の棟になります。こちらへどうぞ。ピノン、マヤさんを中へご案内して」
「あぁ、分かった……」
沈黙を破ったのはパノンだった。マヤは聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと後悔したが、パノンが空気を変えてくれて安堵していた。リビトはピノンに対して何か言いたげだったが、パノンの後を大人しく着いて行ったのだった。
「わぁ! すごくきれいなお部屋。私がこんな素敵なお部屋を使ってもいいんですか?」
「もちろんです。ここはまだ1度も使われていないんです。初めてのお客様がマヤさんで良かった……」
「私が初めて? 体の大きなマグスのお客さんは来ないの?」
「えぇ、滅多に訪問客はありません。リビトさんのように緊急で立ち寄られる方もいますが、治療室で1晩を過ごして翌朝には発たれる方がほとんどですから」
小人たちは他の種族との交流が少ないのだろうか。マヤは疑問が浮かんだが、先ほどのように自分がまた地雷を踏んで嫌な雰囲気になるのは避けたかった。また余計なことは言うまい、と疑問を打ち消すことにした。
改めて室内を見ると、建物は板張りのログハウス風で、室内の家具はほとんどガラス製の調度品であることに気付く。そういえば昨夜の歓迎会での酒器もガラス製だったことを思い出す。
「もしかしてプエリはガラスの加工や細工が得意な職人さんが多いの?」
「えぇ、そうなんです。プエリの者は手先の器用な者が多いのです。例外もいますが、その者達は手先は不器用なのですが、人並外れた体力と腕力があるので荷物の運搬や負傷者の救護、建築、農業などの仕事を任されているのです」
「昨夜の果実酒も美味しかったけれど、酒器のガラス細工がとても素晴らしかったわ」
「……」
「ピノン? ごめんなさい、私またあなたの気分を害してしまったかしら?」
「いえ! そんなことは一切ございません」
どうやら昨夜の話なのか、酒器の話もタブーだったんだろうか。マヤはもはや何を話題にすればいいのか分からなくなっていた。
その時、入口のドアが開いてリビトが入ってきた。
リビトは先ほどよりも鋭い眼光でピノンの前に立った。
「ピノン、昨夜何があった? 本当のことを話せ!」
「……! パノン! まさかっ」
「僕は何も話していないよっ!」
リビトの後を追って小屋に入ってきたパノンは酷く慌てている。ピノンの顔色はみるみるうちに青白くなっていった。
そんなピノンにリビトは厳しい視線を向けている。
「リビト、何をそんなに怒っているのよ。昨夜は何もなかったよ。プエリの皆は私のためにご馳走やお酒を振る舞って歓迎してくれたの。リビトが怒るようなことは何もなかったの。むしろ私の方がピノンたちに迷惑をかけちゃって……」
「――ご馳走、酒、歓迎、二日酔い……! お前たち、まさか!!」
「申し訳ございません!!」
「ピノン!」
「パノン、お前も謝罪をするんだ!」
「兄ちゃん、でも……」
マヤは突然のことで何が何だか分からず、1人置いてけぼりにあった気分になる。自分のあずかり知らぬところで何か起きていたのだろうか――。
一方、リビトは何かピンときたようで、その表情から怒りがさらに大きくなるのが分かった。
「「申し訳ございません!!」」
「どういうことか説明しろ」
「はい、分かりました」
ピノンはこれ以上隠し通せないと考えたのか、両膝をつき土下座のような形をとり、頭を深く下げた。隣に並ぶパノンも同様に。ピノンが顔をゆっくり上げると昨夜の真相を説明しだした。
「実は、マヤさんにプエリ特製の果実酒を飲ませたのです。その果実酒というのはリビトさんもご存知の通り、ベリタスの実を発酵させたお酒です」
「待て。ベリタスの果実酒と言ったら、自白剤に用いられる酒じゃないか。それをマヤに飲ませたのか!」
「はい……」
「信じられん! ボスの通達は伝わっているはずだ! なぜマヤにそんなものを飲ませたんだ!!」
「……」
「ひっ……」
リビトの強い追求に言葉が出ないピノン、パノンの顔は青ざめて引きつっている。それでもリビトは強い口調でピノンを問いただした。
小人たちは歓迎会の席の裏で、密やかにマヤへの取り調べを計画していたというのだ。
マヤは驚きのあまり言葉が出ない。そんなマヤをよそにリビトは語気を強める。
「なぜかと聞いているんだ! お前たち、ボスの命令に背いたのか!」
「そのようなことは決してございません!」
「ならば、なぜそのような馬鹿げたことをしたんだ!」
「それは……。正直なことをここで申しても?」
リビトは無言でピノンを睨みつける。ピノンはリビトの顔を一瞬だけ見て視線を落とし、静かな口調で話し始めた。
「ボスの通達を受けましたが、皆ボスの真意を測りかねておりました。なぜ今頃になって人間を助けろというのか。魔力切れで運ばれたリビトさんを見て……。失礼ながら人間が――マヤさんが、リビトさんを陥れたのではないかと疑っていたのです」
「それでマヤの本心を知るために、自白剤を強要したというのか!」
「そうです。ですが! マヤさんはリビトさんを助けたい一心でプエリの森へ来たのだと分かったのです。もうこの森でマヤさんを疑う者はいないでしょう」
「それなら、なぜ倉庫でマヤを寝かせたのだ!」
「それは……」
「誰が首謀した?」
「それは……。私の口からは……」
「それならば族長たちを集めろ! 今すぐにだ!」
「……分かりました。こちらでお待ちください。パノン、行くぞ」
「待ってよ、兄ちゃん!」
ピノンは弟を連れて小屋を出て行った。リビトは額に手を当て、大きな溜息をついている。苛立ちを抑えられないのか、外へ出ようとドアに向かった時。
「リビト! 待って」
「外に出て頭を冷やすだけだ。すぐ戻る」
リビトはそう言って小屋の外に出て行った。マヤは目の前で繰り広げられていた昨夜の真相を頭の中で整理していた。
大変なことになった。倒れたリビトを助けたい一心で飛び込んだ小人の森は、私を歓迎していると見せかけて、自白剤に使われている果実酒を自分に飲ませたのだ。それも、椀子そばのように酒器が空になる度お代わりの酒を注ぎ続けた。あれは自慢の果実酒で客人を持てなそうと一生懸命だった訳ではなかったのだ。
マヤは衝撃の事実にショックを受けたが、人間がマグスにしていることを思えば至極当然のことだと納得もした。思い返せば、はじまりの森で暮らし始めた時、嫌がらせこそなかったが、誰も自分と仲良くなろうとはしなかった。
マーモーたちに受け入れられていたからと、自分はマグスの誰もが同じように受け入れて、歓迎してくれるのだと思い込んでいた。そんな浅はかな考えをしていた自分が恥ずかしくなった。思わず拳に力が入る。
悪いのは小人たちじゃない。悪いのは人間たちだ。そして私は人間。小人たちに反感を持たれても仕方ない存在なのだ。私を酔わせて自白剤で本音を聞き出したことを、誰が咎められるだろうか。人間はもっと残酷なことを彼らの仲間にしてきたのだから。
暫くしてリビトが小屋の中へ戻ってきた。マヤの方へと向かってくる。外で新鮮な空気を吸ったせいか苛立ちは収まり、いつもの冷静な表情に戻っていた。だが、マヤの顔を見て苦しそうな表情に変わった。
「マヤ、すまない……。俺が付いていながら、こんな目に遭わせて……」
「リビト……。悪いのは私なの」
「えっ?」
「私ははじまりの森で皆に受け入れられたから、きっと他のマグスたちにも歓迎されると思い込んでいたの。でも私は人間で、彼らの敵だわ。彼らの家族や仲間を残酷な目に遭わせた人間は……」
「違う! お前は奴らとは違う。ヴェネートルでも捕まったマグスを助けようと行動したじゃないか!」
「でも結局は助けられず、逃げたわ。私はあのマグスを見殺しにした……」
「マヤ……。あの時は仕方なかったんだ。それに、恐らくあいつが救出したんだと思う」
「あいつ? あのマグスは救出されたの?」
「それは分からない。でもあの日冒険者ギルドで騒ぎを起こし、ギルド長から依頼を任された奴がいただろう?」
「顔は見ていなかったけど、確か大男から依頼書を勝ち取った人よね?」
「あぁ、たぶんあいつは人間に化けたマグスだ」
「えぇ!? そうなの?」
「魔力を隠していたようだが、俺と同じかその上を行くレベルだ」
「リビト以上……」
「分からないが、あいつは仲間を守るために依頼書を奪ったんだと思う。捕まったマグスもあいつが救出している気がするんだ」
「そうだと嬉しいけれど……」
「そんなことはいい。俺は族長たちに話を聞いてくる。お前はここで待ってろ」
「ううん、私も一緒に行く」
「だが……」
「私はこの世界のことを知るために旅を始めたの。たとえ自分に不都合な真実があったとしても、それから目を背けたら私が目指す理想の世界は作れないと思う。だから私も一緒に行って族長さんたちから本音を聞きたい」
「……分かった」
ピノンの案内で建物に入った2人の目の前には、異様な光景が広がっていた。族長らしき老人や年齢不詳の小人たちがずらりと横1列に並んでいる。数にして20人程度だろうか。
彼らはマヤとリビトが姿を現した瞬間、両足を折るように床に座り次々と低頭した。
プエリの族長は全部で2人。今となっては見た目の違いは分からないが、元は12の部族があったという。過去に部族間の対立があり、この地から出て行く部族もあれば後継者が生まれず衰退していった部族もあったそうだ。最終的に2つの部族とこの地に残った部族の生き残りが一緒に暮らしているのがプエリだ。
小人たちの突然の土下座に唖然としていたマヤとリビト。マヤは言葉を失ったままだ。沈黙を破るようにリビトが口を開く。
「プエリの族長よ。昨夜のことを正直に話せ! 俺はボスからマヤを託された。俺の言葉はボスの言葉と思え。事によってはただでは済まさぬぞ!」
「「も、申し訳ございません!!!」」
年老いた2人の小人が同時に顔を上げて大声で謝罪した後、再び自分の額を床に押しつけている。顔を上げた小人の1人は顔が青ざめていた。
「謝罪よりもまずは説明をしてもらおう!」
リビトの言葉は、小人たちを一層震え上がらせた。年老いた2人の小人がもう一度顔を上げ、そのうちの1人が話そうとするが、恐怖のあまり言葉にならないようだ。それを見かねた隣の小人が静かに口を開く。
「はいぃ、それが……」
「私がご説明しましょう。昨夜リビト殿が治療室にいる間、我等はマヤ殿を歓迎するための宴を開きました――」
詰まるところ、小人たちは人間であるマヤを信用できず、自白剤であるベリタスの果実酒を飲ませて酔わせ、その場にいた者たちがマヤを取り調べのように質問攻めにしたのだという。
しかしマヤはマグスに対して悪意の欠片もない。それどころかマグスと人間が仲良く暮らせる世界にしたいとまで言い出す始末。小人たちはマヤの裏の顔を剥いでリビトに突き出すつもりだったが、マグスを敵対するような二心は見つけられなかったという。
族長と幹部たちが夜な夜な会議をして今後の方針をどうするのか話し合った結果、マヤはシロという判断となった。しかし、小人たちの中には横暴な人間たちのせいで家族や兄弟、友人を失った者もいる。到底マヤを客人として扱うのには納得できなかったのだ。
その結果、マヤは倉庫に詰め込まれるように一夜を過ごすことになったということだった。黙って説明を聞いていたリビトだったが、族長の1人が説明を終えると静かな口調で話し始めた。
「つまり、ボスの通例を無視して許可もなくマヤを聴取したということか。族長、これはボスへの背信行為と見做されても仕方ないと思うが?」
「リビト殿の言う通りでございます。どのような厳罰も受ける所存でございます」
「そうか! ならばボスより沙汰を待つがいい!」
「待って!」
マヤは思わず声を上げていた。
小人たちが自分にしたことは犯罪行為であり、決してしてはいけないことだ。だが、人間たちに大切な人を奪われた小人たちの気持ちを思うと、自分にされたことよりも同情心の方が勝っていた。実際、果実酒を飲まされて取り調べみたいなことをされたというが、その辺の記憶はすっぽり抜けている。
正直、真実を聞いて嫌な気分にはなったが、聴取以外の実害は出ていないため謝罪を受けられればいいと思っていた。マヤが驚いたのはリビトの怒りようだ。
ピノンと話している時のリビトはこれまで見たこともないくらいに怒っていた。元の世界の言葉で言うなら、確実にキレていた。マヤへの仕打ちに対する怒りもあるのだろうが、何よりマグスの王の命令を無視したことへの追求の方が罪深いのではないかと思える。
このままでは自分のせいで小人たちが処罰を受けることになってしまう。マヤはそれだけは避けたいと思った。
「リビト、処罰だなんて大げさすぎるよ」
「はっ? お前は薬を盛られたんだぞ!」
「――確かにそうなんだけど、でも小人さんたちの言い分も分からなくないの。だって彼らは人間のせいで大切な人を失ったんだから……。だから、謝らなければならないのは私の方で……」
「馬鹿か! お前は確かに人間だが、奴らとは全く違うだろ? お前が謝る必要なんてないじゃないか!! それにこれはマグスの掟の問題だ。お前が口出すことではない」
マヤが訴えてもリビトの態度は変わらない。掟を破った者は処罰する。その一点張りだ。何とかこの状況を変える方法はないかとマヤは試案する。
その時、ある案が頭に浮かんだ。ダメ元かもしれないが、リビトに提案してみることにした。
「リビト、昨夜のことはなかったことにしよう」
「…………」
リビトは口をぽっかり空けてマヤの方へ視線を向けている。
自分でもとんでもない提案をしている自覚はあるが、もうこの方法しかないのだと思う。
――よし! このまま畳みかけてしまえば何とかなるかもしれない。何なら、隠し持ってきた手製の焼き菓子を取り引きに使えばいい。
マヤの腹黒な新しい一面が見えた瞬間だった。
「私はお酒を飲み過ぎて昨夜の記憶はないし、酔っぱらって皆に迷惑をかけてしまった。そんな自分に嫌な顔もせずに接してくれたし、リビトの看病もちゃんとしてくれた」
「……」
マヤはいつものにっこり笑顔をリビトに向けて、リビトも小人たちに世話になったことを強調して話し、リビトの様子を伺う。マヤの話を聞き終えたリビトは額に手を当てている。
――もう一押しだ。もう一押しでリビトを黙らせられる。
ブラックマヤがとどめの一言を言い放つ。
「それに誰1人私を無下に扱った人はいないし、私はこの森の人たちが歓迎してくれるなら、またここに来たい」
決まった。マヤは頭の中でガッツポーズをしながら、勝利を確信していた。当のリビトは額に手を当てたまま動かない。
一度は厳罰を覚悟していた小人たちは急展開に驚くも、顔を上げてリビトが出す結論を見守っていた。彼らの視線はリビトに集まる。
リビトは額の手を下げて大きな溜息をつく。リビトとマヤの視線がぶつかった。リビトの瞳にはもう怒りの感情は見られず、目元は垂れ下がっている。そして、マヤにやさしい口調で話しかけてきた。
「お前は本当にそれでいいのか? 後悔しないか?」
「もちろん!」
マヤはリビトの問いに間髪入れず答えた。リビトはマヤの笑顔に押し切られるように、彼女の提案を受け入れた。
マヤの勝利の確信は現実のものとなった。
リビトはマヤの意向を受けて、今回だけは無かったことにすると小人たちへ伝えた。小人たちの中には涙を流す者、両手を上げて喜ぶ者、ホッと胸を撫で下ろす者と反応は十人十色だった。
2人の族長が立ち上がり、マヤの前まで歩いてきて昨夜の詫びと、愚行を犯した自分たちを庇ってくれたことへの感謝の気持ちを伝えた。
族長たちの行動を後ろで見ていた小人たちも自身の判断でマヤの元へ歩み寄り、それぞれが自分の言葉で謝罪と感謝の気持ちを伝えたのだった。




