11.冒険者ギルド北部拠点
マヤとリビトは軽く朝食を済ませ、冒険者ギルドに到着したところだった。冒険者ギルドと言っても、ここはヴェルテックス王国の最北にある北部拠点である。本部は王都クレアシオンにあるのだが、北部一帯に魔物――マグスが生息していることから、随分昔に拠点が置かれたのだ。
目の前にあるのは木造2階の建物。外観はまるで西部劇にでも出てきそうな質素な建物である。建物の周囲にはちらほらと人がいるだけだ。
よく見ると、眼光が鋭い者や顔に大きな切り傷を携える者など、人相の悪さが際立っていた。マヤはそんな男達に見下ろされて睨まれる自分の姿が浮かび、思わず身震いする。
嫌な想像を打ち消そうと頭を左右にブルブルと振るった。隣にいるリビトがマヤの顔を覗き込みながら話しかけてきた。
「どうかしたか?」
「ううん、何でもない」
「入るの、止めるか?」
「ここまで来たんだから、しっかり偵察に行かないと!」
「偵察って……。あー、おい先に行くなよ!」
リビトの呼び止めも聞かず、マヤは目の前の階段をテンポよく上り始めた。リビトもマヤの後を追って急いで階段を上る。
横幅の広い階段の上にギルドの入口が設けられていた。入り口前には大人十数人が立てるカバードポーチが広がっている。
マヤが扉を開こうとした時、リビトの大きなが扉を押さえるのが早く呆気なく制止されてしまった。リビトは何も言わなかったが、「俺が開ける」と言いたげな顔をしていたため、マヤはコクリと頷き1歩下がる。リビトは取っ手に手をかけ、扉をゆっくりと開いた。
ギルド内は朝だというのに、多くの冒険者たちで溢れていた。通りで建物の外に人が少ない訳である。
特に集中していたのは貼り紙が何枚かある掲示板の前だった。ざっと見ても100人以上がいると思われる。
マヤが暫くその人だかりを見ていると、最後列の人の足元をかき分けるように出てきた者がいた。その人物は人だかりを抜けて立ち上がると、衣服を軽くはたいて皺を伸ばしている。顔を見るとマヤたちよりもやや年下と思われる少年だった。少年の手には紙切れが1枚。
その少年はマヤと目が合うと、にっこり笑顔で「お姉さんたち残念だったね。これが最後の依頼書だよ」と言いながら、持っている紙切れをヒラヒラと頭の上で見せびらかしてきた。そのままさっさとギルドから出て行ったのだった。
「さっきの子が最後の依頼書と言ってたけど、まだ人だかりはなくならないね」
「あぁ、なぜかって? 今に分かるさ」
マヤは疑問をリビトに投げかけたが、リビトは確かな答えは口にしなかった。それどころか視線は人だかりの方へと向いている。マヤにはリビトの顔が、まるで感情が抜け落ちたように見えた。
次の瞬間、ギルド内に野太い男の声が響き渡った。
「おいこらぁー! テメェやるのかぁ!!」
すると人だかりが全体的に広がるように後退し、中心に円を描いたようなスペースが生まれた。
スペースの中央には2メートル近くの大男の姿が見える。見るからに悪役俳優のような人相が悪かった。一方で、対峙する男はマヤたちのいる角度からは後ろ姿しか見えなかったため顔までは分からない。こちらも大して変わらないだろう、と思う。
大男と対峙する者は自分よりも1.5倍以上の背丈、肉付きのある大男にも怯むことなく口を開いた。
「この依頼書はお前ではやれん。よって私が貰い受ける」
どうやら大男と対峙しているのはしわがれた老人でもなく、幼さの残る少年の声とも違った。冷静でありつつ、内に熱いものを持っているかのような芯のある青年の声だった。
大男は馬鹿にされたと思ったのだろう。怒りが頂点に達したかのように顔を真っ赤にして、突然目の前の青年に殴りかかった。
次の瞬間、バタンと重量感のあるものが倒れたような音がギルド内に響き渡った。すると沈黙していた聴衆から野次やピュィィーーとからかいの口笛の音が飛び交った。
「おぉー! 女みたいな顔をしてるが、兄ちゃんやるな!」
「いいぞ、いいぞ! もっとやれ~!」
野次の内容からして、さっきのバタンという音はどうやら大男の方が倒れた音だったらしいことが分かった。マヤは誰も仲裁に入ろうとしないことに、不安が募っていく。
聴衆は野次や口笛を鳴らすだけで、誰も喧嘩を止めに入ろうとしない。隣にいるリビトもただ冷めた眼差しを向けているだけだった。
その時、聴衆から「おおっ!」と歓声が上がった。
倒れた大男はよろめきながらも何とか起き上がり、長く太い腕を背負っている剣の柄に手をかけた。
さすがに誰か止めに入った方がいいのではないか、とマヤの脳裏に不安が過った時だった。
大男の全身は文字通り氷漬けにされており、瞼すら動かせない様子だ。一瞬のことで、マヤは何が起きたのか理解できずにいた。するとギルド内に大きく響く男の声がした。
「皆様、お騒がせいたしました。この者は度重なる違反をしたため、拘束いたしました。ギルドの登録リストから抹消し、即刻、国外退去させます。掲示板にある依頼書はそちらの方にお願いしたく存じます。どなたか異論はございますか?」
誰も異論を唱えるものはいない。さっきまでの賑わいはどこへ行ったのかというほど、静まり返っている。
皆が2階に視線を送っていたため、マヤもその視線の先を追うと、そこには背が高く細身で、黒いローブのようなものを羽織る男の姿があった。長い黒髪は後ろで束ねられており、その顔はまさに無表情という言葉が相応しい。
その男は右手の人差し指を立て、1階で氷漬けになっている大男を魔法で聴衆たちの頭上へ上げた。男がパチンと指を鳴らした瞬間、氷漬けの大男は空中でパッと消えてしまった。
2階の男はその場を動くことなく、聴衆が集まる1階を見下ろしながら抑揚のない冷めた声を発した。
「冒険者の皆様方、日頃より魔物討伐にご協力くださり、誠にありがとうございます。ギルドを代表し、感謝申し上げます。本日の依頼案件はすでにご依頼先が決定いたしました。報酬の受け取り以外の方は速やかに退室いただきますよう。
明日も多くの依頼が入ってくることが予想されます。引き続きご協力の程よろしくお願いいたします」
丁寧な挨拶を終えると、その男は2階の奥へと消えて行った。目の前の聴衆も次々と解散し始めた。
マヤは展開の早さに途中からついていけなくなったが、ケガ人が出なかったことにホッとしていた。
正直なところ、大男が顔を真っ赤にした時にはどうなることかと思ったが、絶妙なタイミングで2階にいる男が止めに入ってきた。
その男の口調は丁寧であるが、どこかひやりとするような冷たさを感じた。マヤは、大男を一瞬で凍らせるほどの魔力の持ち主なのだから、あの男はきっとギルドの上役なのだろうと予想する。
そこで1つ閃いたことがあった。きっとこの方法なら、思った以上に自分たちの目的を果たせるかもしれない、マヤは確信めいた手応えを感じていた。
ギルドに用がなくなった冒険者たちは次々に外へ出て行き、1階全体が見渡しやすくなった。
ギルドの入口を入った右手の奥に掲示板があり、左奥にはカウンターがある。カウンター越しにスタッフと話す人が数組いた。先ほどの2階の男が言っていたように、報酬の受け取りの話をしているのだろう。
マヤは全体を見渡してから隣にいるリビトを見た。リビトの視線はマヤではなく、別の方向をじっと見ているようだった。リビトの視線の先を辿ると、そこには掲示板の前に立っている男が1人いた。
「リビト?」
リビトはハッとしたようにマヤへと視線を戻した。
「俺達もそろそろここを出よう」
リビトが外に出ようとしたところ、マヤはリビトの腕を掴んだ。リビトにさっき閃いたアイデアを共有するためだ。
「ねぇ、リビト。私にいいアイデアがあるんだけど」
「アイデア? 一体何のことだ?」
「ちょっと耳を貸して」
マヤはリビトが返事をする前に思いついたアイデアを耳打ちした。
「ギルドの偉い人と会って話すの。マグスは悪者じゃない。話し合えば人間と共生できるって」
「……! 馬鹿、お前っ」
リビトは急に焦ったような表情になった。するとマヤの後ろから足音が近づいてきて、すれ違い様に声が聞こえてきた。
――ここでは自重せよ。さもなければ己の身に災いが降りかかるぞ。
すれ違った人の顔を見ようとしたが、すでに出口へ向かっていて後ろ姿しか見えなかった。その後姿を見ていると、その男は顔だけマヤの方をちらりと見てギルドを出て行ってしまった。
「あの人、何であんなことを?」
「マヤ、あの男に何か言われたのか?」
「えっ? リビト、何も聞こえなかった? 結構はっきりした声が聞こえたんだけど――」
「……!」
リビトはマヤの腕を掴み、急ぐようにギルドを出た。階段を降りると、すぐに辺りを見渡している。不審に思い、マヤはリビトに話しかけた。
「リビト? リビトってば!」
「……」
「どうしたの?」
「あぁ、いや。何でもない――」
リビトの様子も気になったが、自分の提案に対する意見を貰う方が最優先だと考え、リビトに答えを迫った。
「リビト、さっきの私の提案だけど、どう思う?」
「俺は反対だ」
「何でよ? ギルドが討伐を止めると言えば、マグスが命を狙われることも少なくなるじゃない!」
「おい、声が大きすぎるっ!」
リビトはマヤの声の大きさを指摘する。2人は周囲を見回し、誰も会話を聞いていない様子に安堵した。
「とにかく今はそのタイミングじゃない。もう少し後先考えてから行動した方がいい」
「でも……」
「お前の考えは分かるが、そう単純なことじゃないんだ。俺たちはまず味方を増やすために旅をしているのだろう?」
リビトは子どもを諭すような言い方でマヤを説得する。マヤはリビトの言うことにも一理あると考え直し、リビトに従うことにした。
「リビトの言う通りだよね。うん、今は味方探しを優先すべきだね」
「あぁ。これから、どう――!」
リビトはマヤに話しかけていたのを突然止めた。リビトは大きく目を見開いたまま、マヤの後を見ているようだった。
マヤが振り返ると、そこには光る縄のようなもので拘束されたマグスが、檻に入れられたまま2人の男に担がれ、ギルド内へ運ばれようとしていた。
「……!」
マヤはその光景を見て胸の奥から込み上げてくる大きな何かを感じ、ひどく動揺した。拘束されたマグスの体は小さく、幼い子どものように見えたからだ。顔や体に鞭にでも打たれたような傷跡があった。
リビトがマヤを制止するもマヤが走り出す方が早く、あっという間にマヤは冒険者たちの前に飛び出していた。
「おい、お前何してるんだ? 邪魔だから退け」
「お願い! その子を離してあげて!」
「はぁ? お前、何言ってんだ?」
「クソガキ、俺達は忙しいんだよ」
マヤは恐怖を覚えながらも幼いマグスを助けたいという思いで、後先も考えずに体が動いてしまい、男たちの行く手を阻む形になった。周囲にいた者たちが何事かと集まってくる。
「面倒くせぇーな。お前何とかしろよ」
「ったく、俺かよ」
最初は馬鹿にされていただけだったが、頑なにその場を退こうとしないマヤに苛立ちを覚えたのか、大声で怒鳴ってきた。
「おい! クソガキ!! やんのかテメェー!!!」
「……!」
男の1人がマヤに殴りかかろうと拳を振り上げた。マヤは殴られると思い、咄嗟に頭を隠すように両手でガードする。殴られた衝撃も痛みもないことを不思議に思い、恐るおそる手をゆっくり下げると、マヤに近づいてきた男は拳を振り上げたまま止まっていた。
辺りを見渡すと、自分以外は時間が止まっているように周囲の者たちは動きが止まっている。正確にはマヤを除くもう1人も体の自由が利いた。
「マヤ! お前、何してるんだ! 危ないじゃないか!!」
「リビト、これって一体……」
「話は後だ。この町にはもういられない。俺の正体がバレるのも時間の問題だ。すぐにここを出るぞ」
「えっ、う、うん。でも、あの子を助けないと……!」
「それは、無理だ……」
「リビトが魔法で時間を止めたんでしょ? だったら今のうちに助けられるじゃない」
「そんなに長くは持たない。ここから逃げるので精一杯だ。それに、あの檻は俺の力じゃ開けられない強力な魔法がかかっている」
「そんな――」
「今は身の安全を優先するしか選択肢がない。行くぞ」
マヤはリビトに強く腕を引かれるまま、その場から立ち去った。その足で案内所へ立ち寄った。案内所のおじさんはカウンターで居眠りをしたまま、時間が止まっているようだった。
マヤはリビトから入口で待つように言われた。リビトはカウンターの中へ躊躇もせずに入り、何かを探しているようだ。そのうち1枚の紙を見つけ、自筆の署名をして戸棚へ戻してマヤの元へ戻ってきた。
「行くぞ」
マヤは眠ったままのおじさんに、心の中で「さようなら」と言葉をかけ、リビトの後を追った。
リビトは次に馬小屋へ行き、預けた馬車を引いてきた。マヤは少し離れたところで、遠目にリビトの姿を確認した。遠目にも馬小屋には見張りの男が1人いたが、樽の上に座ってこちらも居眠りをしている。
馬車に乗り、検問所に着くと時間が止まったままの門番が2人立っていた。
リビトが魔法で門番を門の前から移動させ、馬車を走らせた。あっという間に町を出ることができ、心配になって振り返ると門番はすでに元いた場所に戻って固まっていた。馬車は加速し続け、マヤは振り落とされないようしゃがみ込み、必死に御者台の背もたれに掴まっていたのだった。
揺れが小さくなったことに気付き、マヤは顔を上げた。
「ここまで来ればもう大丈夫だろう」
リビトは大きな溜息をついた。
顔を見上げると、ひどく疲れているようだった。リビトは町から逃げる時間を稼ぐために時間を止める魔法を使用した。表情には余裕がなさそうで、たらたらと汗もかいている。
マヤはそんなリビトのことが心配になり、声をかけた。
「リビト、大丈夫?」
「悪いが、代わりに手綱を持ってくれないか?」
「えっ? でも、私、馬車なんて運転したことないよ」
「持ってるだけでいいから……」
リビトの声は張りがなく、徐々に顔色も悪くなっていく。
「リビト! リビト!!」
「あぁ、聞こえてる。まだ辛うじて意識は保ってる」
「どうしよう……! 私、どうすればいいの?」
「手綱を持っていれば、馬が連れてってくれる……」
リビトはそう言うと、気を失ってしまった。
「リビト! リビトっ!!」
リビトの名前を何度も呼ぶが、反応はない。リビトの顔は青白く、見るからに具合が悪いのが分かる。
――どうしよう! リビトが倒れちゃった!! どうしたらいいの?
マヤの頭の中は真っ白になった。冷静さは失われ、完全にパニックに陥っていた。
――どうしよう!! リビトがこのまま目を覚まさなかったら……! 私のせいだ。私のせいだ!!!
すると、どこからか声が聞こえてきた。
――うるさいったらありゃしないわ。まったく、人間はこれだから嫌なのよ!
「誰? 誰なの?」
辺りを見回すが、人の姿も見えなければ何の気配もない。ただ、謎の声だけがマヤの頭の中に響いていた。
――このアンポンタン、私が誰かも分からないの?
「アンポンタンって……」
――はぁ、だから嫌だと言ったのに。リビトが懇願するから仕方なしに乗せてやってるのに、この女は! 役立たずにもほどがあるわよ。
その声の主はマヤに痛烈な言葉を浴びせてきた。リビトが倒れた今、そんな悪態を気にする余裕もない。マヤは誰でもいいから助けてほしいと願うばかりだ。
「あなたが誰なのか分からないけれど、リビトのことを知ってるのね? それならリビトを助けて!!」
毛嫌いするのはマヤなのか、人間だからなのかは判断できないが、この際、藁にも縋りたい状況だ。マヤ1人ではリビトを助けられない。リビトを知っているなら、きっと助けてくれるだろうと、念を押すように懇願する。
「お願い!! リビトを助けてください!!!」
――まったく……。呆れてものも言えないわ。私はビービーうるさいのは嫌いよ、覚えておきなさいね。リビトは後ろの荷台へ寝かせるのよ。すぐに!
「えっ? あっ、はいっ!」
声の主の言う通り、リビトを荷台へ御者台から慎重に引きずり下ろす。リビトの体重を支えきれなくなって、マヤはリビトの下敷きになるよう荷台へ倒れ込んだ。何とかリビトを横に押しのけ、御者台に戻ると再び声が頭の中に響いた。
――いいこと、振り落とされないようにしっかり捕まっておきなさいよ!
「えっ?」
次の瞬間、馬車はもの凄いスピードで走り出した。突然、馬車が暴走したと思い、焦るが振り落とされないように御者台の背もたれに必死で掴まる。そのスピードはリビトが手綱を握ってスピードを出していたのとは比べ物にならないくらい早かった。まるで絶叫マシーンにでも乗せられたようだ。
どのくらい経っただろうか? 馬車が暴走し出して暫く、猛スピードで進んだ後、徐々に減速していった。ようやくマヤは顔を上げることができた。頭痛やら気持ち悪さに襲われたが、何とか意識を保って辺りを見回した。
どこかの街道を走っていたのかと思いきや、馬車は道なき道をただ進んでいる。暫くすると大きな池の前で停止した。そして、謎の声が再び聞こえてきた。
――お馬鹿さん、着いたわよ!
「着いた? ここはどこ?」
――ここがどこかも知らないの? 信じられないわ。あぁ、迎えが来たようね。
「迎えって?」
謎の声はマヤの質問に答えてはくれなかった。周りをキョロキョロ見ていると、池の奥の森から誰かが出てくるのが見えた。
森の中から現れたのは一見、人のような風貌をしているが、どこか違和感があった。彼らはこちらを確認すると、足早に馬車へと近づいてきた。
馬車の前には5人並んで立っている。よく観察すると、彼らの背丈はマヤの半分くらいで子どものようだった。しかし顔には深いシワがあり、髪には白髪が交じっている。その風貌から彼らが小人であると推察した。
小人の1人が首を大きく下げた馬の頭をやさしく撫でながら、マヤではなく馬に向かって話し始めた。
「ご苦労さん、少し遅かったら儂らも仕事に出ておったわい」
――私は少し疲れたわ。喉も乾いたし、いつものも用意してくれると助かるわ。
「サン、こちらの貴婦人に水といつもの食事をご用意しろ」
「あい! 任せておけ」
小人の1人は指示を受けてすぐに、森へ走って行った。
「ニー、急ぎ森へ戻り、長老へ報告しろ」
「へい! 任しておきな」
もう1人の小人も返事をすると、森へ足早に戻って行った。先ほどから的確な指示を出す小人が今度はマヤの方へ視線を向けると、にっこり笑顔で話しかけてきた。
「これは、これは。ご挨拶が遅れました。プエリへようこそ!」
「プエリ?」
「えぇ、ここは『プエリの郷』です。あなた様がマヤ様ですね」
「私のことを知ってるんですか?」
「もちろんですとも。ボスからお話は伺っております。我等同胞の中であなた様を知らない者はおりません」
「ボス? あっ、マーモーのことね?」
「マーモ……、はい、そうです。マグスの王スノボマーモー様です」
マヤは親しい者の名前を久しぶりに聞いて、ホッと胸を撫で下ろした。ようやく状況が飲み込めるようになり、ハッと気付いた。荷台に倒れたリビトのことを思い出したのだ。
「あの! リビトが! 友達が魔力を使い過ぎて倒れてしまったんです!! どうか助けてください!!!」
「ちょっと失礼しますね」
リーダー格らしき小人がひょいっと馬車の御者台に上り、荷台で倒れるリビトの様子を観察する。
「あぁ、ただの魔力切れですね」
「リビトは大丈夫なんですか??」
「えぇ、少し休めば回復するでしょう。ゴー、シー、こちらの客人を治癒室へ運びなさい」
「あいよ!」
「ほ~い!」
御者台に上った小人が馬車の外で待つ残りの2人の小人に指示を出すと、その2人は元気よく返事をした。
「マヤ様、リビトさんを森へ運びますので、一度下りていただいてもよいでしょうか?」
「あっ、はい。分かりました」
マヤが馬車を降りると、御者台の上の小人も地面に飛び降りた。次に2人の小人が御者台に上って、荷台へ移る。2人いるとはいえ、あの小さな体で自分たちの何倍も大きいリビトを運ぶのは無理があるだろうと思い、自分も一緒に運ぶとリーダー格の小人に申し出ることにした。
「あの、私も一緒に運ぶのを手伝います」
「いえいえ、客人にそのようなことはさせられません」
「でも、2人ではリビトを運ぶのは大変だと思うんです」
すると、沈黙を破ってまた謎の声が聞こえてきた。
――まぁ、呆れた。
リーダー格の小人は目を一瞬だけ大きく見開いた。すぐに穏やかな笑顔に戻り、マヤにやさしい言葉をかける。
「我等を気遣ってくださり、ありがとうございます。しかし、これは我等の仕事です。それに、我等はあなた様が考えている以上に腕っぷしに自信があるのですよ」
リーダー格の小人が微笑み、視線をマヤの後に向けた時だった。マヤの横を、リビトを担ぐ2人の小人が猛スピードで走り去って行くのが見えた。よく見ると、1人の小人がリビトの肩を両手で持ち上げ、もう1人が両足を持ち上げている。リビトの姿はすぐに森の中へ消えて行った。
マヤは、小人たちがあまりにも早いスピードで走り去ったため、一瞬の出来事のように感じた。驚いて口はポカンと空いたままだ。
リーダー格の小人が「コホン」と咳払いすると、マヤはようやく我に返った。自分が余計な心配をしていたと気付いたのだった。




