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マヤの理想郷のつくり方  作者: 蒼井スカイ
第1章
11/21

9.最大の宿場町ヴェネートル

 冒険者向けの最大の宿場町であるヴェネートルは日が沈んだ後でも賑わいを見せている。大通りを歩く者たちは互いに顔見知った間柄であるのか、道をすれ違った相手に次々と挨拶を交わし合っている。


 リビトは大通りを歩きながら周囲の警戒を怠らなかった。過去に人間がいる村で暮らした経験から、冒険者といえどもその大半は世のはみ出し者で、酒に(おぼ)れては乱暴を働く者が多いことを知っていたからだ――。


 肩が(わず)かにぶつかり合っただけで乱闘になるのだから。自分に火の粉が及ぶ前に立ち去るのが健全だ。中には殴り合う者たちを見て楽しむ輩もいたが。


 リビトはそんな人間たちにつくづく思った、救いようがないと。


 先ほどもマヤが正面からこちらへ歩いてくる酔っ払いにぶつかりそうになり、咄嗟に自分の方へ抱き寄せたところだった。その酔っ払いは見るからに横暴そうな男で、肩でもぶつかれば今頃殴り合いに巻き込まれていただろう。


 自分1人ならどうにでもなるが、マヤは魔力を持たず女冒険者たちのように粗野な男たちの扱いに不慣れだ。自分の魔力を使って逃げるのは簡単だが、人目を引くのは避けたい。それにマヤが男に絡まれるのも御免(ごめん)だ。


 だからこそ無用な争いに巻き込まないためにもマヤから目を離さず、周囲への警戒を最大レベルに引き上げている。他の男の視線に入らぬよう、大通りに出る前マヤにフードを深く被らせ、「男のフリをしろ、大きな声を上げるな」と釘を刺しておいたのもそのためだ。


 そんなリビトの心配をよそに、マヤは初めて訪れた夜の宿場町を楽しんでいるようだ。

 知らぬこととはいえ危険に満ちたこの街で、子どものようにはしゃぐマヤに呆れるしかない。


 だが、リビトは自分の口角が僅かに上がったことには気付いていない。


 案内所で勧められた宿に到着した。


 リビトが宿の扉を開くと、カウンター越しに座る番頭らしき中年の女の姿が目に入った。女は日暮れの客を鬱陶(うっとう)しく思ったのか、こちらを見ようともしない。


 リビトはマヤに「ここで待て」と言い、1人で女に近づいて行った。


 女は自分に歩み寄る青年の顔を確認するとその端正な顔に機嫌を良くしたのか、猫なで声で話しかけてきた。


「あらぁ、お兄さん。お一人かしら?」

「今夜、2部屋頼む」

「残念、お連れさんがいたのね? あちらは妹さんかしら?」

「――あんたに関係ないだろう」

「あらぁ、怖い顔はお兄さんに似合わないわよぉ。そうねぇ、今夜はあいにく1部屋しか空いていないのよ」


 リビトはまとわりつく強い香水の匂いに苛立ちが増していく。不機嫌な表情も隠さず胸ポケットから巾着袋を取り出すと、カウンターの上に無造作に置いた。


 カウンター越しの女は巾着袋の中身を確認すると、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。


「2部屋だ」

「お兄さん、分かってるじゃな~い。そういうことなら、はいどうぞ。階段はあっち。部屋は2階の奥の隣同士よ」

「……」

「楽しい夜を~」


 リビトは小さく溜息をつくと、女を見ずにマヤが待つ方へ歩いて行った。不機嫌な表情は消え去り、張り付けたような笑顔になっていた。


「部屋は2階だ。行こう」


 マヤはリビトの忠告通り、声は出さずにコクリと(うなず)いて答えた。


 階段で2階に上がると正面の壁の案内を確認し、右の通路に進んだ。突き当りの部屋の前で鍵に書かれている部屋番号を確認した。


 リビトは手前の部屋の鍵を開けて入り、室内を一回りしてからすぐに出てきた。次に奥の部屋の鍵を開けて中へ入ると、立ち止まって一考する。


 廊下に出ると、手前、奥の順番でそれぞれの部屋を指差しながらマヤに話しかけた。


「俺はこっちの部屋にする。お前は奥の部屋だ。一先(ひとま)ず貴重品以外の荷物は部屋に置いて、飯を食いに行こう」

「うん、分かった」

「俺がノックするまで部屋の鍵は絶対に開けるなよ」


 マヤは再びコクリと頷き、部屋の鍵を開けて中へ入って行った。マヤが室内に入ったのを確認してからリビトは自分が泊まる部屋に入って行く。


 室内は実に簡素な造りだった。床や壁、天井は板張りで、間接照明を挟んで2台のシングルベッドが並んでいる。窓は1つで、1人掛けの椅子が2脚とテーブルが1つ、木製のクローゼットが1つあるだけだった。お風呂やシャワー室はなく、トイレだけは各部屋に設置されていた。


「ったく、あのおっさんにまんまと騙されたな。このままだとすっからかんになって宿にも泊まれやしない……」


 リビトはベッドに座り、やや伏せた額を手で押さえた。


「所持金を増やせやしないが、魔力を使ったことがバレれば厄介だな。ここは魔力が高い人間が多すぎる。長居するのは危険だ。明日にでも……」


 手荷物の中から貴重品だけを取り出し、残りの荷物は念のためベッドの下へ隠しておく。部屋を出てマヤのいる部屋と逆方向に歩き出す。


 十分なお金を払ったが、身の安全の保障はない。自分たちの身は自分で守るしかないことをリビトは過去の経験から理解していた。


 マヤにもこの町の危険性を詳しく知っていて欲しいが、全てをマヤに話せば必要以上に怖がらせてしまう。結局マヤには必要最小限の注意点だけを伝え、自分が目を光らせておこうという結論に至った。


 リビトは宿の中を歩き回って構造や経路を確認した。宿は地下1階を要する木造の3階建てで、受付やテーブルと椅子を置いた待合室があるのは1階、2階と3階は客室だった。トイレや簡易シャワー室は共有スペースとして2階と3階に1部屋ずつ設置されていた。


 地下1階には食堂がある。宿泊客の多くは歓楽街へ流れるため、50人は軽々収容できそうな食堂には数人程度しかいない。一人酒が趣味なのかは分からないが、それぞれが広いテーブルを陣取り、ちびちびと酒を(あお)っている。


 リビトに視線を向けた者の中には睨みつけてくる者もいれば、興味なさ気に目の前の酒と(さかな)に視線を戻す者などそれぞれだった。


――陰気臭いとこだな。マヤをこんなところに連れて来れる訳がない。


 食堂を後にしようとした時、大浴場の看板を見つけたが利用するつもりがないため、2階へ戻ることにした。



 ******



 リビトが宿を見回る中、マヤは出かける準備を進めていた。

 貴重品だけを小さなバッグに詰め、残った着替えや森の住人たちから受け取った餞別(せんべつ)を備え付けのクローゼットにしまうことにした。出かける準備は整いすることがなくなると、ベッドに座ってリビトが来るのを待つことにした。


「リビトまだかなぁ。さっき食欲をそそる悪魔的な匂いを嗅いだからお腹空いたなぁ。窓もないし、外がどうなってるのかも分からない。早く来ないかなぁ」


 時間にするとどのくらいだろうか? リビトの部屋側の壁に耳を当ててみるが、物音1つしない。


 リビトに何かあったのでは? と心配になったが、リビトから「俺がノックするまで部屋の鍵は絶対に開けるなよ」と言われたばかりで、ドアの前で足が止まる。


 その時、客室のドアをノックする音が聞こえる。コン、ココン、コン。それは普通のノックの仕方と変わったリズムを刻んでいた。マヤがドアを勢いよく開けると、いきなり拳骨(げんこつ)が頭上に振り下ろされた。


「痛ったぁ――何するのよ! 痛いじゃない」

「さっき言っただろう。俺がノックするまで鍵は絶対開けるなと」

「ちゃんとノックの音を確認してから開けたでしょ」

「俺が言ったのはこれだ」


 リビトはドアをノックして見せた。聞こえてきたのはコン、ココン、ココンだった。


「あれ? 間違えてた?」

「おい! これくらいしっかり覚えておけよ。お前危機管理がなさすぎるぞ。もしもノックしたのが俺じゃなかったら、どうするつもりだ!」

「そんな、大丈夫だって……」


 リビトの顔を見た瞬間、冗談交じりの笑顔は凍り付いた。その表情は真剣そのもので、鋭い視線がマヤへと冷たく突き刺さる。それ以上何も言えなくなり、黙り込んでしまった。


 確かに、自分は女だけれど誰もが振り返るような美人でもないし、誰かに襲われるリスクは低いと楽観視していた。何よりリビトがそばにいるから安心だと。


 だが、リビトの表情を見て己の考えが甘いのだと反省した。


「リビト、ごめん。浅はかだった。次からは気を付けるから」


 マヤはリビトの視線を避けるように顔を伏せてしまう。沈黙が流れた後、リビトは大きな溜息を1つ吐いた。そして、ようやく口を開いた。


「分かればいい! 支度はもうできたな? 飯を食いに行くぞ」


 マヤが顔を上げると、目の前にはいつもの穏やかなリビトの顔があった。大げさすぎる言葉は暗い空気を明るくしようとするリビトの計らいだったのだろう。


 ホッとした瞬間、お腹から盛大な音が廊下に響いた。すぐさまマヤはいい訳をするが、それは後の祭りだった。


「だって、仕方ないじゃない! あんなにいい匂いを嗅いだ後なんだから。それにリビトこそ何してたのよ。支度するのが遅すぎる! リビトのせいだからね」

「あー、悪い。だからさっさと行くぞ! 鍵はしっかり閉めておけよ」

「あぁ~、ちょっと待ってよ。鍵、鍵! 今閉めるから待ってってば」


 マヤは急いで部屋の鍵を閉め、リビトの背を追った。


 リビトはマヤから部屋の鍵を受け取り、1階に降りた時にカウンターで待つ女性に鍵を預けに行った。なぜかリビトは不機嫌そうな顔で戻ってきた。何か言われたのかと聞こうと思ったが、お腹の音を抑えるので必死になっていたため、深くは気に留めなかった。



 ******



 宿を出てから、再び賑やかな大通りを歩いた。

 食欲をそそる煙や匂いが風に乗ってどこからか漂ってくる。一早く反応したのはマヤだった。


「ねぇ、何かいい匂いがしない?」

「タレに浸けた肉が焦げる匂いだな」


 2人は顔を見合わせ、示し合わせた訳でもないのに、同時に笑顔でコクリと頷いた。


「こっちからだな」

「こっちからね」


 獲物を捉えた獣のように、2人は同じ方向に体を向けると歩き出した。歩くスピードは徐々に速くなっていく。それでもリビトはやや斜め後ろを歩くマヤを時折振り返り、歩幅を調整するのを忘れていなかった。


 正面に十数人の集団が見えてきた時、リビトはすかさずマヤの前に左手を伸ばした。何事もなくその集団とすれ違ったが、伸ばした手を引っ込めることなく、マヤを見た。


「人が多い。バラバラになるのは危険だ。ここからは手を繋いで行くぞ」


 リビトの提案はごく自然なものだった。マヤは何の躊躇もなくリビトの手を取った。リビトは再びマヤのフードを被らせ、周囲を警戒しながら大通りを進んだ。

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